「これは、二宮二水が作りましたよね」
病床に腰掛けテーブルの食事を一口食べて判断した。分かった。
昨日の夕食でアタシが食事を摂らないと出て、朝食は予想通り、嘯かれたものが出てきた。
文句を言いつけて持ってきたまったく同じ献立を食べて判断した私の言葉に、呼び出された烹炊班長は顔を青くする。
栗中尉と山軍曹が背後を固めた。
いい加減に堪忍すればいいものの、とぼけるつもりらしい。
「アタシの舌はごまかせません。彼の作る食事はもっと味が繊細です。味の違いは分かっています」
「なんの知識もなく、文句だけつけるのはよしてください!」
烹炊班長は明らかに苛立ちを抑えてアタシにたてつく。背後に山軍曹が控えているから手を出すことが出来ない。どこまでも卑怯だ。ここで手を出せば、それはただの蛮勇。全てが終わりを告げる。
「以前、二宮二水を殴りましたよね」
「はい」
「彼に何の落ち度があるのですか」
ゆっくりと怒りを思いのナイフにこめて、刺しこんだ。
二水の落ち度はどこにもない。山軍曹の下調べで判明済み。目の前にいる大柄で卑怯者なやっかみものをどうにか、長良から離したい。
「彼はアタシたちのために食事を作っているだけです。それに最近の言動は、ただの逆恨みでしかない」
「うるせぇ!小娘が!」
遂に大柄な姿が動き出す。大きな拳が張り手をしようとアタシの頬に向かってきた。大きな張り手は大きく、顔面全てを覆ってしまいそうだ。あれが当たればどうなるか、分かっているからこそ、誰も止めない、止められない。
ここはアタシの舞台、出番。
周りが青白く光る。使い魔の身体能力強化が伝わり、自己保護魔法が発動した。
ただのヒトでしかない目の前の男は、どれだけ大柄でも痛みを伝えることは出来ない。
「サブ、噛め」
手を出したことを確認した栗中尉が、愛犬に指示を出した。
烹炊班長は慌てて逃げだした先には、上陸している長良の乗組員たちが勢ぞろいしている。上層部も、水兵も、関係なく。
山軍曹がタイミングを指定して、騒ぎの丁度に集まるよう仕組んだ。上層部には栗中尉が提案した。
艦内の風紀を乱した烹炊班長は、処分できない邪魔者だったが、アタシに手を出したことでいくらでも処罰できるようになった。
「卑怯だと思うでしょう」
「貴方がやりたかったこと、こういうことですよね」
魔法力があるからこそ、勇気を出せたのか。勇気を出したからあの一瞬で魔法力を展開できた。
「もう、誰も貴方についていきません」
アタシを出汁にして、皆を煽動した。あまりにも陰気臭い、卑怯な手段。アタシたちの帰る長良を騒動に陥れた重罪。
陰に隠れて糸を引く行動だった故に、上層部も処罰出来なかった。
「艦長」
「あぁ。皆聞いてくれ」
アタシからバトンを受け取った艦長がゆっくりと語る。
「これまでの混乱、彼の言葉についていった者も多いだろう。彼は犬宮一飛曹に対して心配などしていなかった。ただの材料でしかなかった!」
煽動された水兵は、アタシのことを心配してそう走った。煽った張本人が、アタシに対して暴力を振るったとなれば怒りも大きい。
ガヤが大きくなり、一触即発になる。
「しかし、暴力を振るい弱いものイジメをすることはいかん。いくら、悪いことをしようがそれは構わんのだよ。規則に則って処分するべきだ」
「賛成と思うものは手を挙げよ」
医務室外の庭いっぱいに集まった長良の水兵たちは我先にと手を挙げる。ここまでアタシを慕ってくれるのはありがたいと思うような・・・迷惑な気もしないでもない。
「以上だ。二宮二水はただいまをもって懲罰房から解放。変わりに、処分が決定するまで板田伍長は懲罰房にて謹慎、解散」
艦長がそう締めると、アタシは山軍曹に案内してもらい懲罰房に向かった。
二宮二水はこの情報が伝わっていない。
彼に大きな事件が起きたことも教えてもらった。
アタシが取り逃したネウロイが発射した弾道弾は、彼の実家に着弾した。
彼の実の家族は全員、爆発に巻き込まれたか、蜘蛛ネウロイによって惨殺された。
火葬された遺灰と焼け落ちた実家の敷地を拝んだ後に懲罰房に戻ったそうだ。
アタシは、彼に自分の過去を話そうと思う。同情をもらうためじゃない。謝るためでもない。
ただ、自分の中での覚悟を決めたかった。
「二宮さん」
「犬宮一飛」
弱り切った表情を強張らせて、独房の中、横になっていた二水がこちらを振り向く。吹きっ晒しの檻の窓とコンクリート造りの壁、夜は相当冷え込む。温度変化で体調を崩すのも致し方ないと言えた。
「懲罰房は取り消しになりました。今から医務室に連れていくので、休んでください」
「食事は自分が作らなきゃ!」
アタシ、そんなに固執してる変人みたいに見えるの。
「そんなこと言いませんよ。今までのは、あの伍長を追い出すための作戦です」
体調が悪いのを承知でわざわざ食事を作ってもらった。早く実行しなければ、もっと具合を悪くして、二宮二水が調理することが出来なかった。
かなりギリギリ。
「ゆっくり休んで、体調を良くして。またアタシにご飯を作ってください」
アタシは貴方の食事が好きだから。
「迎えに来れるのが遅くなって・・・ごめんなさい」
優し気な笑顔で、アタシたちの制限のある食事を作る二宮二水の価値は測りしれない。
「あの時、突き飛ばして、ごめんなさい」
アタシは負い目もある。あの時突き飛ばしてしまったこと、銀のネウロイを仕留めきれなかったこと。彼は実の家族を失った。
魔法力を発動した山軍曹に肩を貸されて、医務室のベッドに座った二宮二水はアタシのことを見る。
「何か、お話したいことでもあるんですか?」
見通された。
この7年間隠した喪失感を共有できる相手を見つけてしまったから、高揚してしまったのか。それは間違っている。
アタシがこれから彼に話すことは、アタシ自身に覚悟を決めさせるためのもの。
「はい。聞いてください、アタシの7年前の出来事を」
それからは1時間ほど話していた。
アタシの簡単な身の上。弾道弾ネウロイの攻撃で家族を喪ったこと。それがあの時突き飛ばした理由の切欠であること。
「命に代えてでも、あのネウロイを撃墜します」
「自分の家族のことで犬宮一飛が思いつめているわけではないというのは、分かりました」
でも、と二宮二水が一区切りを置く。
「自分は、犬宮一飛曹が無理をするようなことは二度と見たくないんです」
「どうして、ですか?」
アタシの純粋な疑問に返答が返ってくることはなかった。
さて、次のお話に進みます