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part.1「仲間」
胸元にやった手が空を切る。
「あ」
皆からもらったマフラーは墜落してどこかに行った。代わりに支給品の白マフラーを使うけど、気が向かない。
あのマフラーはそれだけ気に入っていた。
必要なものや人に執着してしまう癖がある、と言われた。それはどうも二宮二水のことも入っている。
「まるで、アタシが彼のこと好きみたいじゃんか」
自分に自覚が無かったのか、と聞かれると返答に窮する。
アタシ自身、物に執着する癖があるのは知っていた。小さい頃は、怪我をして弱り切ったアネハヅルを治してあげると言って憚らず、実際に行動に移した。
予科練に行けば、先生にもらったリヒトホーフェンの伝記を時間が出来れば読み耽って、今も売ることなく持ち込んでいる。
捨てられない。空を飛ぶという切欠を与えてくれたこの本を捨てられない。
きっとアタシが空を飛ぶことを辞める時に捨てる。
ずっと楽しかった今までの思い出を切り捨てる時。
あの本に与えられた影響は大きい。アタシの人生は、空を飛ぶだけで一変した。
だから、目の前の少女が語った言葉を理解しないわけじゃない。
「自分はベルリン奪還までにノイエに戻ります!」
「ベルリンの空を守るんです!」
アタシと同じ年頃、身長はずっと高く。二つのおさげに分けた綺麗な金髪と、黒い瞳。サエ・ツィーグラーという少女の瞳は悲壮的だった。
自分がベルリン奪還に加われないことに対し、怒りを覚えている。
「任務には従うのが軍人だろう」
栗大尉が呆れたように語り掛けた。
任務に従うのが軍人。アタシたちは自分をコントロールできない少女でもある。相反する二面性。
それでも、アタシたちはウィッチで軍人だからこそ、違う。
大尉の語る言葉は正論。でも、サエ軍曹の思うことも違う。
「長良飛行隊改め、試験迎撃統合飛行隊・・・なげぇな。とにかく俺たちは、統合軍という枠組みでやっていくんだ」
「その中で、サエだけを特別扱いするわけにはいかない」
「それはそこに居る犬宮飛曹長もそうだ」
うっ。
現在進行形で処分を受けている。毎朝早く起床して、艦首の上甲板をモップ掛けしている。命令違反したのが悪いだけにその言葉はよく刺さる。
特別扱いをするわけにはいかない。
栗大尉は、アタシにも二度と命令違反をするな、と釘を刺した。暗にアタシが銀のネウロイを倒すことだけに行かないようブレーキをかけた。
「サエ軍曹」
「なんでしょう犬宮曹長!」
「アタシも、故郷の空を取り戻すために行きたいって気持ちは分かるよ」
それは。
「栗田大尉だって同じことを考えてるよ」
「・・・っ」
この第二次怪異大戦、対ネウロイ戦争に対して何の感慨も沸かないわけがない。
男の人たちは、ウィッチや、自分の戦友と家族を喪うこと、大けがをすることを望んじゃいない。そんな世界は来ないでほしいと思っている。
それでも、ネウロイには何の関係もない。ネウロイにとってアタシたちは攻撃対象でしかない。
ネウロイのことをアタシたちが分かりあおうとすることも、出来ないのだ。
「だから、話し合おう」
生き物同士の場合は違う。人間には言葉という能力がある。動物も身動きや吠えを持つ。
人同士は、言葉を交わし続けて、互いの意思を確認する。
「でもっ」
軍人になる以上、上に従わなければいけない。
「落としどころ、アタシの座右の銘」
自分の意志でやりたい作戦があっても、自分の意志でやりたい行動があっても。上官がダメだと言えば、仲間を危険に晒すと分かっているなら、絶対に行動に移してはいけない。
人は社会という組織を作る。軍の中だって同じで、動物の群れとしてもいい。
仲間の不利益になることを自分がすれば、仲間から切り捨てられる。群れから置いて行かれる。
現代ではいくらでも挽回するチャンスがある。
「アタシたちは郷を失ったことはないから、サエ軍曹の考える気持ちがどれほど重いかは分からない。でもね、大切な人を喪ったことはあるんだよ」
家族のことを思い出し、瞼を閉じて語る。
「今も長良の仲間を喪うかもしれない気持ちと、帰る場所が無くなる気持ちで戦っている」
扶桑はそれだけの危機的状況に陥っている。脳裏を過るのは家族を喪った二宮二水の乾ききった、辛そうな笑顔。
「扶桑が貴方にとっての第二の故郷なんでしょ、なんて縛ったりはしない。それだけ、ベルリンに想いを寄せているのは分かるから」
アタシはウェーブがかった藍色の黒髪をいじくって、言葉を伝える。
「アタシたちはこれから一緒に飛ぶ。戦っている間だけは他のことに目を向けないで」
「ま、そんなこと言ってるお前も」
「・・・言わないでくださいよぉ!」
締まりがなくなっちゃった。
初めての部下に言葉を掛けた後、水を差した栗大尉の言葉でアタシは真っ赤になった。
紅色の頬を覚ますように振り払った後、サエ軍曹の肩に手をかける。
「大丈夫。なんとかして、ベルリンに行けるようにするから」
「え」
「ね、栗大尉?」
アタシが上官を見ると、大尉は再び呆れて肩を落とすと眼鏡を外し、レンズ部分に息を吹きかける。
「上官をあてにするな、とはいうが。サエ、お前の任務は」
「俺たちの迎撃任務の方法を観戦武官と一緒に吸収してベルリン防空に役立たせることだろう」
「成果を出せば、ノイエのお偉いさんからベルリン行きがすぐに告げられるだろうよ」
サエ・ツィーグラー軍曹に与えられた任務は2つ。
長良に所属する飛行隊の一員として戦闘任務に関わること。
もう一つが本題の、観戦武官の役割。電探ユニットと最新のストライカーによる迎撃網の構築。これは領土奪還後を見据えるカールスラントにとって必要不可欠。
扶桑語とカールスラント語の両方を流ちょうに話せるサエ軍曹が選ばれた。
「サエ・ツィーグラー、階級は軍曹であります!これから、よろしくお願い致します!」
「俺は隊長の栗田。階級は大尉だ」
「アタシが戦闘隊長の犬宮豊飛曹長」
よろしく!の言葉が、格納庫に響き渡った。