二の腕を指で叩く。組んだ腕はかれこれ、数十分同じ姿勢。
目の前には、格納壕から引き出されて男たちに取り囲まれている秋水。
「まだ、なんですか」
言葉がついて出た。
昼にお偉いさまが到着して陽が高いうちにと、下士官ウィッチ向けの新戦闘衣装のお披露目写真を撮った。そこまではいい。
搭載したばかりの呂式魔導エンジンの懸架に不具合があり、整備士総がかりでの修理が始まった。
陽は段々と落ち始め、気付けば夕方の海へと落ちていく時間となっている。
「そう焦るな。犬宮一飛」
肩を震わせた。知らない声だ。振り返れば、普段は見ることもないような白い士官服に階級章。
この秋水ユニット初飛行を確認しに来た、技術大佐殿。
「いえ、焦ってなど・・・ただ」
「ただ?」
すぐそばに立った、技術大佐殿が聞き返してくる。こんなに階級が高い人と話すことなんて、今までなかった。
宇野部少佐は固い中にも柔軟で話しかけやすい雰囲気があり、行動も階級には見合わないほど身軽だ。
この大佐殿は顔つきは落ち着いている。話によればその道では知らぬものが居ないほどの重鎮であるらしい。その重そうな腰を上げた理由は何だろう。
「燃料を減らしたことも、気に掛かります」
秋水が搭載する呂式魔導エンジンの最大燃焼時間は、およそ五分から七分。今回は、離陸して着陸する試飛行であり離陸を簡単にするため、燃料は二分程度のみを搭載することになっていた。
二分、である。凡そ半分以下、そしてタンクからの燃料供給の不具合の報告もある。
もし、その不具合の原因が燃料をタンクの底まで吸いきれないという場合、アタシは上昇もままならない状況でガス欠を起こす可能性があった。
嫌な予感がする。
それは総じて、あの事件から常に当たってきている。
あの日は家に居ると不安が頭を過るので、鳥小屋に向かった。
虫の居所が悪い、というのだろうか。どこか落ち着かない時、何かが起きる。自分にとって不都合が起きる。そんな体験をしてきた。
今回は技術的にも疑問点がある。
確かに呂式魔導エンジンは爆発する危険性があった。燃料の搭載を少なくして、離陸重量を軽くするというのも理にかなってはいる。技術的問題として不安が生じるのも同じ事実である。
「新しいものを試すときは、何事も不安が起きる。それは致し方のないことなのだよ」
すぐ傍に立った技術士官、吉沼大佐はそう言った。
整備の時間が過ぎていく間、アタシは彼に、何故秋水の初飛行に足を運んだのかを聞いてみた。
「・・・私はこう見えて、射撃指揮装置に関わってきていてね」
吉沼海軍「技術」大佐、文字通り、技術に関わる軍人として、艦政本部で長く射撃指揮装置の開発、研究に携わってきたそうだ。
それを聞いて思わず声に出した。
「有人砲弾、ですか」
秋水ユニットを揶揄する言葉。
秋水の攻撃タイミングは、上昇と滑空時のたった二回。進路を違えば一度も敵を狙うことなく帰途につかねばならない。
言ってしまえば、高射砲の砲弾の二倍しか攻撃ができない。おまけに敵の速度や進路変更を考慮すれば、その場で発射してすぐに飛翔していく高射砲弾といい比べものになってしまう。
上昇しながらも、地上の電探ユニットからの無線に合わせて進路を変更。射撃指揮装置が戦艦の主砲を指向するように、電探ユニットと秋水ユニットの組み合わせは、そんな関係。
「それと犬宮一飛、君個人の固有魔法も気になっている」
「自分の固有魔法、でありますか?」
アタシの固有魔法、魔法針と未来予知の合いの子とも言われる能力。
魔法力を展開すると、使い魔のアネハヅルの羽や尾羽だけでなく、二本の角の形状をした魔法針が前を向いて現出する。
この朱角二つは、アタシの前方・・・視界の範囲内において魔法の電波を発信、跳ね返ってきたものを受信することで、敵の軌道を予測することができる。
射撃指揮装置と理屈は同じだ。
と言っても、この固有魔法は自分の予測射撃の感覚に頼らなければ、範囲の限られた、ただの魔法針でしかなかった。
「今後、秋水ユニットは本土防空を担うだろう。将来のユニットや戦闘機も、敵の軌道を予測できるようにならなければならない」
それは高速化するネウロイに対して、現状の見越し点射撃や予測射撃ではいずれ太刀打ちできなくなるという現実。
大佐は神妙な顔つきで続ける。
「もし、君のように小さな範囲を探針し、見越し点を照準器に表示できれば」
アタシが使う予定の、ロケット弾発射器には専用の照準器がある。ベースは海軍の使っている光像式照準器ではあるが、魔法力の伝達を行うパーツを埋め込むことで、固有魔法の探針で敵を照準の内に収め、あとは見越し点を感じるだけ、というものだった。
これが、汎用的なものになれば。
現状、欧州などで第一線を飛ぶエースウィッチ達は、若干旧い機関銃と据え付けられた照準器を使っている。それを使ったこともあるが光像式照準器と違って、十字と円を描く固定式の照準器では、経験がなければ当てられない。
光像式照準器に敵の位置を、或いは銃弾や砲弾が飛ぶ方向を表示することが出来るのならば。
それは革命。
敵のおおまかな位置をレーダーや魔法針で捉える技術はある。
敵の位置を予測したり、照準に映すのは、未来予知や固有の名前がつくような固有魔法でなければ叶わない。
「君のように、探針したものを照準器に表示できたりそれに類するものが作ることが出来れば、確実な射爆が可能になる」
大佐の顔つきは、未来を見据えていた。
「有人砲弾扱いをされるかもしれない、確かに、理屈は同じだ」
「今迫る脅威も、これからの脅威に対しても。電探と効率的な邀撃機の配置は扶桑の急務でもある」
「それだけ、期待をしている」
大佐は、戦艦の射撃指揮装置の権威。例え、戦艦の射撃がネウロイに届かない場合でも、別のアプローチで技術開発をしている。
「それと我ながら似合わんと思うんだが、大佐などという階級のせいなのか」
「一飛が今後所属する邀撃研究部隊の司令は、私だ。現場を見ることも重要だからな」
そこまでで言葉を切った大佐は、指を差して呟いた。
「出番だぞ、一飛」
気づけば、秋水の整備と燃料搭載は終わっていた。
秋水が据え付けられていたユニットゲージからは、十メートルほど離れた位置に整備士たちは避退した。
いつもは身に着けない紺のベルトと、落下傘。それに落下傘が絡まった時のための小刀を脇差しのように固定していると、大佐とアタシの話が終わるのを待っていた宇野部少佐が肩を押してくる。
「ほら、さっさと行け」
「少佐!」
「万が一があれば、燃料は投棄。無理して着陸アプローチを取らなくてもいい」
「・・・了解。行ってきます」
ユニットゲージに登り、靴を脱ぐ。息を吐いて、吸って。
周囲を確認。
秋水の大きくて丸いユニットに足を通した。セーラーの中に絞ってあるオレンジのマフラーをギュッと握り、もう一度息を吐くと魔法力が発動する。
使い魔の羽と尾羽が、頭と臀部に生えた。
各動翼チェック。
事前、最後の打ち合わせではユニット背部部分の荷重許容が想定よりも軽い・・・つまりは強度不足が伝えられた。これは、秋水の合板を多く利用した設計上、他の部分もその可能性が高い。
無駄な荷重は分解を招く。今、アタシの両脚を挟んでいるタンクの中の2種類の燃料は非常に毒性が高い。魔法力を展開し、魔法による身体への保護を張っている限りは身体が溶けることはないが・・・服は溶ける。
飛行前の一通りの確認を終えると、私は声を張り上げた。
「秋水一番、発進用意、ヨシ!」