手元の紙切れを、サエちゃんに片方手渡す。
「はい」
整備した諸々が纏めてある資料。飛行前に資料を毎回用意して、万が一整備不良で危険になっても、判断出来る。
アタシたちは「テストウィッチ」だから。今後のための不具合の洗い出しは本業。
「サエ軍曹の秋水には欧州タイプの魔力感知水晶を載せたから、これなら問題なく操縦できるはずだよ」
「感知水晶、載せ替えできるんですか」
サエちゃんは魔力を発動した時に現れる魔法陣が欧州、カールスラントの方面に伝わる術式。
秋水ユニットは扶桑人を載せる前提で生産されたので、個々人の魔法力を感知するセンサーに扶桑の魔法陣を組み込んである。
昔は、これで充分だったけど、欧州派遣以降各国軍と肩を並べた皇国軍のユニットは、魔法陣の違いを乗り越えるため感知水晶の置換で対応している。
「うん。本当はエースウィッチがやるみたいに無理やり両方通せるのが一番なんだけど」
これは他国のユニットも同様で、ほとんどそっくりと言っていい国同士以外は頻繁に行われるマイナーチェンジ。
魔法陣、ひいては魔法の存在が国や地域で違う。それまでの歴史と地勢上の成り立ち。
扶桑ほど他国と離れていない欧州各国は一次大戦で、魔法力の統合する動きもあったし、魔法文化も混ざりあっていた。
魔法力感知に関しては大きく「欧州」「扶桑」の二系統に分かれている。
「さすがに私たちのレベルじゃ、感知には足りないですね」
扶桑もカールスラントの技師を招聘して国産ユニットの開発を進めた時代に欧州式の魔法陣へと切り替えようという意見があった。
当時現役の従軍ウィッチや、新たに入営するウィッチにとって、教官も扱いを心得ている扶桑式から、未知の世界で、整備補修にも手間が増える装備の多様化には忌避感が強かった。
それを解決したのが、宮藤理論以降に製造された感知水晶交換式。
「本当に宮藤博士様様だよ~」
おまけにアタシは、彼の奥方のおかげで生きながらえた身だ。
それぞれの製造ラインで、魔法圧や魔法陣が違うのに対応して上手くハマり、魔法圧が少ないウィッチでもユニットを動かせるようになった結晶が、電探ユニット。
魔法力の波長自体を感知する水晶が、ユニットの最も中心。
飛行機で言うなれば操縦系統。ユニットの耐久性もここを中心に設計される。
魔法力の波長を増幅して魔法陣を大きくすることによって推力を最適化した最新ユニットは、魔導エンジンより増幅する過程に大きな貢献をする水晶が重要。
「飛行前点検!」
アタシたちはそれぞれ装具を確かめる。
減速傘と降下傘の二種のパラシュートから始まり、海が近いので海軍の浮き輪になる装具。
降下傘も舞鶴の飛行隊に借りた、足を通す通常のもの。
アタシたちは上衣の裾を押さえ折りたたみ着用。
歩いて外装点検。
「よし!」
「こちらも大丈夫であります、曹長」
サエちゃんの様子を見ても、コメートで慣れている印象を受けた。
外装点検では、同じ装備が同じ位置についていると言わんばかりの素早さ。
コメートと秋水も似通っているが、サエちゃんの記憶力も高い。
秋水の点検項目は霞ヶ浦に居た短い期間で覚えたらしいが、とても正確。
「栗田大尉!犬宮飛曹長以下1名、飛行点検のための燃料満載離陸訓練を行います!」
「ん。怪我だけはすんなよ。モニタリングはこっちでしとくから、データは二の次でいい。まずは確実で完璧な離陸からだ。以上、かかれ」
「かかります!」
「かっ、かかります!」
栗大尉の合図で動き出したアタシに対してサエちゃんが返答の仕方を聞いてないと睨んだ。
仕方ない、栗大尉があんなしっかり訓示したのは初めて。今まで邀撃直前に一言二言話したぐらいなのに。
「秋水1番より2番。離陸は先ほど伝えた方法で」
手にした自身の武器の最終点検を行いながら、軽い通達。
「ヤボール」
舞鶴の滑走場に臨時設置されたジャンプ台を利用する滑走離陸。ゆったりとしたピッチ角度のある台が置いてあり、合成風力とカタパルトの加速を置き換える。
魔法力を使う。羽と尾羽が伸びる。サエちゃんから猫の三角耳とカギ尻尾が生えた。お互いに得物を背負う。
ユニットに足を入れると、太ももに心地よい温度が触れる。
「行くよ」
命令を待つサエちゃんの方の手を人差し指だけクルクルと回した。
エンジンを掛けるモーターを始動。凄まじい轟音で、秋水ユニットの先に魔法陣が広がり異なる巨大な影が四つ現れる。
「秋水1番!出ます」
エンジンの段階を2段から3段に入れて、発進促成ロケットに点火。
取り外し式車輪が前に動こうと、盛られた土の車輪止めを乗り越えようと空転する。
車輪止めを越え一気に滑走台を飛ぶ。車輪が落ちる。
「秋水2番、出ます」
アタシの離陸で起きた砂煙を割り、自身を保護する青い波動に包まれたサエちゃんが飛び出した。
飛行姿勢はしっかりと芯が入って、身体がエンジンの推力に負けていない。
呂式エンジン特有の大きな魔法陣と燃料由来の薄黄色の燃焼煙が四本。
秋空に轟音が鳴り響きぐんぐんと飛び上がっていく。
雲の影はすっかり秋。実りの季節はすぐそこまで迫っている。扶桑は農業国家。アタシたちの背中はなんとしてでも守らなければならない。
雲の中を突き抜ける秋水2人。どこまでも、きっとどこまでも飛べたらいい。
「秋水1番より長良1番。離陸終了。秋水編隊異常なし。現在のコースを維持し1万メートルまで上昇します」
「長良1番了解」
秋水によって重力の足枷がとんと軽い。空の色は深く、深く、濃い青色。
「秋水1番、聞こえるか」
「感度良好です」
「すまん、水を差すようだが、敵だ」
また?アタシの初陣も試飛行でやってきた。武器を持っていたからいいけど、扶桑の防空網は本当に穴だらけ。
「高度は、低空ですね」
「奴ら、ある程度高く上がったらバレるって気づきやがった」
半島の方角、高度は5千。こちらは現在7千5百。燃料はあと一分。
サエちゃんにハンドサインを送る。
また試験飛行で戦ってる・・・もはや恒例・・・