SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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part.4「夕焼けに叫ぶ」

 

 帰投して、飛行の見直しをして。

 夕食まで時間が出来たので、少し外の空気を吸おうと鎮守府をぶらついた。

 酒保に向かう。今日は何を食べようかな。

 長良では夜間待機で、偶にチョコレートが出るぐらい。

 それ以外は肝油を砂糖で包んだものが出て、酒保で食べられるおやつとは違う。

 

「ふんふーん、ふんふん、ふーん」

 

 小さくタイミングを取り、ただ歩く。

 長良では二週間も狭い艦内暮らしで、広い陸の長い道を見ると延々伸びるように見えた。

 遠くを見ていたせいだろうか。酒保の入り口で誰かとぶつかった。

 

「あ、すみません!」

「あ」

 

 ぶつかったアタシと誰かはそのままもつれあって、アタシが誰かを抑え込んでいる。

 跳ねる勢いで慌てて飛び上がると、驚いて止まったままの相手を見て止まった。

 文字通り、身体の動きも、息も止まって。心さえも止まりそうだった。

 相手は二宮二水。おやつを買い込んでいるらしく手元の紙袋から煎餅やチョコレートの銀紙がこぼれている。

 

「大丈夫です。曹長こそ、お怪我はないですか」

 

 落ちたお菓子を紙袋に戻した二水に、声をかけようと思って、こちらを向くつらそうな笑顔を見て声が出ない。

 どうしてだろう。彼に向かうと、声が出なくなってしまう。

 

「ぁ、はい。大丈夫です」

 

 言葉を絞り出した時には、彼は紙袋を左手に抱えて右手は水兵帽子を目深に被っていた。

 

「あの」

 

 引き留める言葉が口から漏れ出るのはどうしてだろう。彼に止まって欲しいなんて、なんで考えたんだろう。

 

「どう、されましたか」

 

 彼の瞳は、どこか遠くを眺めている。目の前のアタシを見ていない。その理由が知りたくて。

 彼が何を思っているかなんて、わかるわけがない。

 アタシと彼は同じ部隊に居る、少し関わりがあるウィッチと水兵でしかない。

 ウィッチは男性と関わることを良しとされない。

 万が一、なんてことが起きたら相手は上層部から重い判断をつけられてしまうから。

 

「少し、あの、その」

「お話、を、出来ませんか?」

 

 誘ったアタシは、おやつを買いに行く目的を忘れ。話しづらそうな二水が向かう場所についていく。

 こんな風に男性兵と気軽に接してはいけないことも、今だけは頭の隅においやった。

 

「それで、お話とは」

 

 彼が向かった先は、お芋を蒸かしてくれた竈の畦。

 グラウンドを大きく囲んだ畔道の横、体操座りのアタシから一段低い位置に腰を落とす二水が言葉の火蓋を落とす。

 

「ずっと、気になってたんです。いつも、アタシを見ると」

 

 とっても辛そうに笑顔を浮かべるようになった。それは、あの日以来。

 アタシを誰かと重ねているみたいに。

 

「すみません。お気づきになられていましたか」

 

 応えた二水が目を伏せ言葉を選ぶ。

 

「自分には、弟と妹が居たんです」

「妹が犬宮曹長と同じくらいの年頃で」

 

 二水は、あの日家族を失った。舞鶴でも有名な洋食店が全壊し、最も被害を受けたことは市中はもちろん、鎮守府でも話題になった。彼はあの日、自分以外のすべてを失った。

 

「アタシを見てると、思い出しちゃうんです、よね」

「すみません」

 

 彼は顔を落とし、泣いた。

 どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。だって、アタシの階級は飛曹長でも。中身は14歳。彼とは兄妹ほどに差があって、彼は妹さんとアタシを重ねて見てしまう。

 

「アタシは、守ります」

 

 話してくれてよかった。そう思う。アタシは彼の気持ちをようやく知ることが出来た。ずっと苦しんだ彼の声を聴けて、本音を聴くことが出来て、覚悟が出来た。

 

「今度こそ」

 

 誰になんと言われようとこれを果たす。

 鈍い色をしたネウロイは、アタシの家族を殺した仇で、任務として決して見過ごせない。

 

「曹長、お願いです」

 

 すっかり泣き腫らした二水が顔を上げ、呟いた。

 

「もう、戦いなんて、どうでもいいんです」

 

 ただ、と続く。

 

「長良の皆は悪い奴じゃないし、大尉や栗軍曹、サエ軍曹も皆よくしてくれます」

「皆が居なくなるのが、ずっと怖いんです」

 

 彼は、直属の上官に虐げられた。上官に皆が煽動され苦しい思いもした。

 

「俺は、何にも出来ないんです」

 

 至極当然のこと。彼らにとっては耐えきれない現実。

 魔法力を持たない人たちは、ネウロイを倒せない、前に出ることが出来ない。アタシたちを戦地に送っていることに苦しんでいる。

 だけど。

 

「そんなことはありません!」

 

 アタシたちが戦うためには、整備をする人、ご飯を作る人。ユニットや武器を製造する人、食事の原料を生産する人。人々一人一人の生活の上で成り立っている。

 ウィッチだけがヒーローなんじゃない。

 人は誰しもが同じ位置で、横のつながりはトラス構造で守りあっている。

 

「アタシは、こうやって支えてくれる皆の方がかっこよく見えます」

 

 今は戦時だ。誰もが苦しい。

 その苦しみを耐えて、一歩一歩踏み出している、明日へと向かって足を前に向け続ける人たちが居て、皆の足が揃って前を向くと思う。

 

「アタシは皆を守ります。もう、誰も、居場所も、失いたくないから!」夕焼けに向かって叫ぶ。

 

 それがアタシに出来ること。皆が支えてくれて、戦える。そんなアタシがやることは、戦って、皆を守ることしかない。

 

「曹長、お願いです」

 

 陽の沈む水平線を向いたアタシの背後で、二水が声を上げた。

 

「戦いに行くな、なんていうお願いは聞きませんよ」

「自分も気が弱ってました」

「アタシは、あいつを倒すまでは」

 

 墜落して骨が折れようと、燃料に生身が侵されようと。決して挫けることはない。最後まで、這いずってでも、あのネウロイを倒してやる。そう決めた。




ヒドラジンの魔女第十話
「戦爆連合会敵!」
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