SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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part.4「試製秋水」

 暖かい色の光を放つ太陽が海に沈もうとしていた。辺りは黄昏時とも言える色合いの空へと変わり、アタシのすぐそばでは多くの人が固唾を飲んで見守る。

 魔法力を、ストライカーユニットの起動モーターへと回した。

 

「しどーうっ!」

 

 猛烈なモーター音にかき消されないように叫ぶと、周囲で消火器を持って待機していた整備士たちの緊張も高まる。

 魔法陣が広がり、ユニットのエンジンに火が点った。土煙を周囲にひどくまき散らしながら、呂式魔導エンジンに送り込む魔力は第一段階を超える。

 濃度八割の過酸化水素を酸化剤とした「甲液」とメタノール五割強と水化ヒドラジン三割強に、水一割弱の混合液「乙液」を化学反応させた燃焼が、秋水ユニットのノズル部分から炎の筋を伸ばしていた。

 エンジン始動は完了。

 グッと挙げた両手を握りこぶしにして、左右に開く。

 安全距離である十メートルは離れた場所に居る整備士がユニットゲージの遠隔装置を操作し、ユニットが自由になった。

 この時点で、エンジンの燃焼段階は二段階目に入っている。

 轟々と鳴り響く、ロケットの音が。新時代の音が、追浜飛行場一杯に響く。

 遠くの管制櫓で振られた発進の合図である旗を見て、腹の中から声を絞り出し叫んだ。

 

「秋水一番、発進!」

 

 エンジンの燃焼を最大にする。凄まじい推進力を感じると共に、ゆっくりと滑走路をユニットの魔法陣が滑っていく。

 加速の勢いは確実に上がり、ユニット側部に懸架された滑走保持用の車輪はガタガタと音を立てる。

 一瞬だった。

 ふわりと浮かんだ瞬間、大きな魔法陣を空気に当てるようにして姿勢を上に上げた。急上昇の姿勢だ。

 引っ掛けられていただけの車輪は滑走路に落ちていき、アタシの身体はとてつもない推力で押し上げられながら、夕日の方向へと飛び上っていく。

 燃料の混合比は問題ない。上昇も、申し分ない。高度はあっという間に、百、二百と進んでいくように感じた。魔法力や魔法圧が異常を示すこともない。

 上昇の角度を更に上げた。

 その瞬間だった。

 

 プスン。

 

 たったその音だけを残して、呂式魔導エンジンは轟音を失う。動かなくなった。ついさっきまでは大きな魔法陣を展開していたユニットのノズル方向からは、薄汚れた排煙が出るだけ。

 

「ガス・・・欠っ!」

 

 予想していた事態が起きてしまった。落ち着け。

 落ち着け、犬宮、豊。

 急上昇姿勢での推力を失った場合、それは秋草での失速テストと状況が変わらない。今回は燃料を多く積んでいるわけでもない。

 高度は目測三百メートル強、落ち着いて、落ち着いて体を捻る。

 空を向いていた視線は海面に変わった。体を捻ったから。滑走路からは少し離れている。なんとか、上昇姿勢からの失速による不安定な機動は免れた。秋水自身の、ストライカーユニットらしからぬ大きな主翼は滑空も出来る。

 

「燃料を、投棄して・・・!」

 

 毒性の強い燃料は、墜落した場合の危険性が高い。幸い眼下は水面だ。魔法力をユニットに通し、燃料を投棄する。

 燃料全てを投棄できているかは、分からなかった。燃料タンクに積んでいた燃料はおよそ二分の量。始動から停止までの時間はおよそ一分半も経っていないぐらいだ。タンクの底に、余っている可能性が高い。

 ならば、着陸をしなければ。

 ゆったりと、旋回をかける。それまでは海の方角に滑空していた自分を追浜飛行場の滑走路へと向けた。

 推力はないから、高度の下がり具合が速い。

 滑走路への降下進路には掘っ立て小屋がある。ぶつかってしまう可能性が見えた。

 落下傘を開くかどうか。その判断は素早くなければいけない。機体の速度は失速ギリギリだ。飛行場には戻れないと、直感を信じる。

 落下傘の紐を引っ張ると、腰の後ろから落下傘を引っ張り出す小さな傘が出た。その傘が引っ張られることにより、大きな大きな落下傘が引き出される。

 

「間に合わないっ」

 

 落下傘を開くということは・・・失速寸前の自分を更に減速させるということで。

 判断が一瞬遅れてしまったアタシは、急速に迫る海面を睨みつけることしか出来なかった。

 訪れる衝撃。

 ユニットの合板構成で作られた外装が、落下の速度を落としきれなかった衝撃で壊れる。

 自分の意識さえも、飛んでしまった。

 たちまちに目が覚める。

 痛い、のだ。猛烈な痛みを足が訴える。着水の衝撃で骨が折れたか?違う。燃料だ。

 身体に絡みつく落下傘を、脇に差していた小刀でパラコードごと引き裂いていく。燃料と触れ続けていてはいけない。早く海面に上がらなければいけない。なのに、落下傘の布地が水面を大きく覆っていた。

 魔法力は、再び展開できた。足の痛みは止まらない。何かが溶けるような・・・そうだ、秋水の燃料は皮膚を溶かす。ウィッチの魔法力さえあれば、掛かった程度では服が溶けるだけ。高高度の気圧の変化さえ受け止めるウィッチの身体は、保護魔法によって守られている。

 アタシは意識を失ってしまった。一瞬でも魔法力で、自分に保護を掛けることが出来なかったのだ。漏れ出した残燃料は、アタシの身体を蝕んでいく。文字通り、皮膚を溶かして。

 

「はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

 ようやく水面へと顔が到達した。ユニットは外れ、小刀はパラコードに引っかかり見つからない。きっと、服はかなりの面積が溶けているだろう。

 近づいてくる大きな呼び声に安心したこと、そして痛みの余りに、アタシはそのまま・・・意識を手放した。

 

 

「犬宮!犬宮一飛!」

 

 着水地点に急行したカッターから手を伸ばし、気を失ってしまった犬宮を引き揚げる。両脇に手を入れて引っ張るが、意識を失っている少女一人を持ち上げるには、二十二歳の女一人の力では敵わなかった。猫の耳と尾っぽ、使い魔の一部を現出させながら魔法力で強化した身体能力で引き揚げる。

 

「・・・ひでぇ」

 

 カッターを漕いでいた水兵だろうか、誰かが唖然としながら呟いた。

 彼女の履いていた、短い丈の袴のようなベルトは溶けている。そして溶けおちたベルトの中、秋水を履いていた両脚の太もも部分が焼けただれたようになっていた。

 

「急げ!追浜飛行場に戻れ!」

 

 私は思わず大声で叫んでしまった。自分らしくはない。手塩にかけて、大事に面倒を見たウィッチが傷ついている。平静を保ってはいられなかった。

 追浜飛行場に、ウィッチは所属していない。

 治癒魔法を固有魔法とするウィッチは数が限られる。

 この周囲に居るとすれば、横須賀海軍病院・・・と、一つだけ覚えがあった。民間の療養所だが腕は確かと聞いている。

 治癒魔法は・・・既に身体についてしまった傷を、自分の保護魔法を張りなおしてしまった身体さえも治せるのだろうか。そんな不安が頭を過る。

 カッターに寝ころがるようにされた犬宮は、激痛が走ったのか目を開いた。

 

「・・・しょうさ?」

 

 弱々しくも、確かな声が耳に響く。

 

「大丈夫だ・・・大丈夫だ!あと少しの辛抱だ!」

 

 不安そうな声音に、根拠もない言葉でただ励ますしかなかった。ひたすらに、声を掛けることしか出来なかった。

 何故、私は治癒魔法を持ったウィッチを試飛行の会場に連れてこなかったのかと、後悔の念が走る。時を巻き戻すことは出来ない。進むばかりだ。時間が進むごとに、犬宮の怪我は痕が残る。

 今すぐにでも、空を飛んで治療ができる場所に連れて行かなければならない。

 すでに溶けてしまった部分から、肉や骨が出ていないことは唯一安心できることだが、この太ももの痕は確実に残ってしまう。

 痛みに顔が歪む犬宮を、少しでも楽にしてやりたかった。

 追浜飛行場の医務室にモルヒネなんて上等なものはない。ヒロポンもないらしい。

 ならば、と。富士のふもとにある飛行場から履いてきた彗星夜戦ユニットを履いて、私自身が運ぶしかない。

 急げ、急げと頭が騒ぐ。

 焦ろうとすれば、腕の中の顔が痛みに引き攣る。

 早く、行かなければならない。治癒魔法を生業とする、宮藤診療所へ。私は魔法力を彗星のアツタに可能な限り注ぎ込んで、少女を運んだ。




1話「ロケットの魔女」終わり。

ちなみに時間軸的に、芳佳ちゃんは居ません(多分ヘルウェティア・・・ですかね?)。居たら、痕も残らなかったかもしれない。

第2話「邀撃研究部隊」に続く。

次話より、ハーメルンで各パート連載。総集編をpixivで、という形になります。pixivの名義は「ムロ」です。

お気に入り、しおり等ありがとうございます。

更新は不定期ですが、よろしくお願いいたします。



(改稿版おまけ)
▽登場人物紹介

・犬宮 豊(いぬみや とよ)
 扶桑皇国海軍所属航空ウィッチ。階級は一等飛行兵曹、年齢は十四歳。
 固有魔法を含めて高い飛行能力を買われて、新鋭ユニット「秋水」のテストウィッチとして養成コースの航空歩兵予科から引き抜かれる。
 藍色がかった黒髪のショートボブで、癖毛が特徴。身長は百四十センチほどで、線が細く華奢。
 モデルは秋水のテストパイロット、犬塚 豊彦 氏

・宇野部 正子(うのべ まさこ)
 扶桑皇国海軍所属航空ウィッチ。階級は少佐。年齢は二十二歳。
 皇国海軍唯一の夜間攻撃ウィッチ部隊「芙蓉隊」を率いる、上がり間近のナイトウィッチ。豊の才能を見抜き、秋水の訓練に支援を行うなど、「秋水」計画の支援者。
 黒髪の腰丈ロングストレートで、静かな顔つきに比較的長身な背で美麗。
 モデルは「芙蓉部隊」指揮官、美濃部 正 氏(海軍入隊時の苗字は太田、結婚により改姓)

・吉沼(よしぬま)技術大佐
 皇国海軍技術本部にて射撃指揮装置に関わっていた重鎮。「秋水」ともう一つのピースをかけ合わせた本土防空計画の主案者。
 モデルは実際に秋水の運用案に関わった菅沼氏

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