夢を見る。
「幸せだった」
7年前。家族皆元気で、笑いあって生きてきた。祖父母も、両親も、兄弟も。
そんな日常は一瞬で消え去ってしまった。
幸は、辛いという字に線を一本加えるだけ。簡単に変わる薄氷だ。
大切なものはいつまでも記憶に残るけど、無くなるには時間がかからない。気づいても間に合わない。
夢は覚める。視界が一気に暗闇へと染まった。
「落ちろぉっ!」
FG42のファイアレートは格段に速い。撃ち切った弾倉を空に放り、残り1つとなった弾倉を叩きこむ。
高度差は100を切った。ネウロイは赤パネルから光線を打ち、アタシを迎撃しようとする。何度ロールを打ったか覚えていない。どんな機動を取っているかも覚えていない。
ただ、ただ撃ち続ける。
コアの周囲は修復が追いつかず、次々と剥がれた。
残弾が残り少ない。狙いすました一発。
固有魔法である予測魔法針、二本の朱い角。探針した予測が光像式照準器にぼんやりと浮かんだ。
最後の攻撃。燃料も、弾薬も、全てを使い切った。
扶桑本土上空決戦は、扶桑の勝利という形勢が見えてきている。残るのは、決め手。
「とどめだ」
予測、照準、呼吸、体勢、全てが整ったほんの一コマ。引き金を引き絞る。
「ここっ・・・だぁっ!」
飛んでいく弾丸は魔法力の青い色に包まれて、紺色の空に一筋の線を描いた。
続くのはネウロイの破壊音。それに伴って癪気で暗く染まっていた空が一気に晴れる。
あぁ。青い。
空は、地球は、こんなにも青く美しいものだったのか。
今まで気づかなかった。気づかないふりをしていた。今のアタシは、何もかもを受け入れることが出来た。
「父さん、母さん、昌にぃ、勝、祖父ちゃん、祖母ちゃん」
失った家族に呼びかける。空の向こうには、宇宙しかないけれど、お天道様に呟いた。
「終わったよ」
アタシの身体は弛緩し力の入らぬまま空に放りだされる。
アネハヅルの白い翼が、空の向こうに飛び上がっていく。
お前は、小さい鳥だけど。きっとどこまでも遠く飛んでいく。
さようなら。
▽5年後
「なぁ、神原」
「あ、なんだよ栗」
百里原を出て一路東京から、東海道線を下る。鉄路の中で、俺たちはぼんやりと駅弁を食っていた。
「こんな忙しい時に出てって、司令、怒んないかな」
目に浮かぶは、規律にひと際厳しい恩師の顔。
「忙しいっちゃ忙しいよな」
半島にネウロイの巣が出来た。それが今年の最もたる事件。
扶桑軍は一時釜山まで撤退したが、リベリオンとブリタニアの協力を得た部隊が上陸作戦を行って反撃を始めた。
そのまま押せ押せムードで進んだ戦いも、半島の南半分を奪回。残るも、ネウロイの巣が残った北部の付け根だけ。
「つってもよ、俺たちゃ練習飛行隊だぜ。ましてユニットですらない」
神原は、心配しすぎなんだよ、と笑う。
確かに最新鋭の戦闘機を扱う。すぐに前線に向かうわけでもない。俺たちの仕事は直掩を行う航空機に対しての仮想敵業務。
最新の装備が誂えられたジェット戦闘機で、ユニットや航空機に高速迎撃機の戦闘を見せることで練度を高めるのが目的。
「そもそも、ちゃんと司令に許可取ったし」
「それを先に言え」
「てか、栗気づいてないのか」
神原が俺の背中を指さす。嫌な予感しかしない。
「栗、お前衰えたんじゃないか」
「宇野部司令ぇ・・・」
俺の背後、座っている位置の真上にラフな服装に身を包んだ我が上官の頭が出てきた。
「全く、いきなり休暇を申し出たと思ったら。お前ら、もっと上官孝行してくれたっていいじゃないか」
別に隠してたわけじゃない。
ただ、あそこに連れて行ったら、あいつが責任を感じてしまいそうだと思ったから。
「豊は私が来たとしても、どんと構えてるだろうよ」
そんなことを話していれば、あっという間に目的地。
サブ、元気にしてるかなぁ。
かつての相棒を思い出し、荷物を取って客車を降りる。
待っていた少女が手を振ってくれる。少女と呼べる年齢でもないが、見た目はどう見ても少女。
「お疲れ様です!」
「おう、豊。元気にしてたか」
「もちろんです!最近はこの辺りも活気に溢れてきてますよ!」
犬宮豊、元飛行兵曹長。19歳。
もう何度も会ったが、あれから5年経っても相変わらずちびっこい。度胸も相変わらず座っている。
「サブはどうだ?」
「んー、最近は、食が細いです」
「歳が歳だからな」
愛犬サブは、俺がウィッチを辞め使い魔じゃなくなってから、豊に預けている。
長良に居た頃から懐いていたし、俺は軍人を続けるために官舎暮らし。愛犬を置いておくのも難しい。
サブも、気づけばいい歳だ。犬の寿命は短い。俺たち人間からすれば、気づけば年寄りになる。
街から外れた古い温泉街、静かな佇まいの扶桑家屋が立っている。暖簾には「秋水」の文字。
「皆さん。料亭秋水へようこそ!」
着物に身を包んでいるとは思えないほどの軽快さで、豊は店の中に戻って慌ただしく用意を始める。
料亭秋水。
元は豊の親戚が持っていた熱海の別荘。
英雄として豊が称えられ、手のひらを返した親戚が縁を手繰ろうと譲ってきた。
すでに魔法力を失った豊のため、家屋を皇国の退役ウィッチ会が代わりに土地ごと買いあげて。
裏の山で湧き出す魔法力を帯びた温泉に浸かれるようにした。
この料亭秋水は退役ウィッチはもとより、治癒魔法による湯治に、やってくる人々が多い。
「大将、やってるかい!」
「栗さん!それに神原さんと宇野部さんも。今日は新鮮な生シラスが入ってますよ」
かつて長良で腕を振るった二宮元二水は、皇国ホテルで修行を積み、今はこの料亭で腕を振るっている。
「あ、そう言えば豊」
席に座るなり、上に羽織ったカーディガンを畳む司令が女将の豊を呼び寄せた。
「サエから手紙来てたか」
「はい、来てましたよ」
サエ、マリナ・ツィーグラー。軍曹に身分を隠した中尉の少女は、あの後ベルリン防空の任を与えられ戦闘隊長に抜擢された。
今はジェットユニットで迎撃飛行隊の司令となっているらしい。
「山さんも元気にやってるみたいです」
「あいつ、しれっと見合いで旦那決めよったからな」
ぼやくと、隣に座っている神原がちょんと肘で腰をつついてくる。
「なんでぇ、JIW初代隊長様は周り全員から置いてかれてったってか」
「るせぇ」
そもそも、豊とサエはまだそんな歳でも、いや、豊は魔法力がないし、いやいや、大丈夫だよな?
「大丈夫だよな。豊?」
「ふぇっアタシが何か」
「二宮とこれじゃないんだろ」
小指だけを立てて聞いてみる。
「いつまでも同棲ってのもお互い色々ありますし」
困ったように笑顔を零した豊を見て、安堵した。
ロケットウィッチを、カールスラントでは「ヒドラジンの魔女」と呼ぶと、サエは教えてくれた。
ロケットユニットは危険で、扱うロケットウィッチは勇敢だった。彼女たちを尊敬し、畏れていた。
扶桑で最初にテスト飛行を行い、最も多く撃墜数を稼いだ秋水ウィッチは、やはり扶桑一のロケットウィッチ。
彼女が無事に日常を送れている。
ヒドラジンの魔女でありながら、大切な人と出会えた。
二人を含めた民草が幸せに暮らせるようにするのが俺たちの仕事。
・・・俺も早く相手を見つけたい。
くぅーつか。
そういうわけで、SW「ヒドラジンの魔女」完結です。
ここまでのご支援、誠にありがとうございました。
お気に入りや評価、感想などのおかげでのびのび書くことが出来ましたし、無事に9月前に完結することが出来ました。
後書きらしい後書きはありませんが、次回作があればまたよろしくお願いいたします。
それでは、最後までお付き合いいただきありがとうございました。