番外編とは言いますが、完結した際に少し書いていたエピローグ候補を一話に書き上げたものになります。
「料亭秋水の朝」
夜明け。
「あさ」
開いた雨戸から朝露と潮風がそよいでいる。
同居人はすでに市場。
いつもと変わらない日常。
「んーっ」
布団の中で蹴伸びをして身体を動かし始めれば、意識はしゃっきりと目覚める。
寝間着の紐を緩めて、枕元の下着をつけた。
アタシがこうして軍を辞めた生活を始めて、まだ半年。
まだ半年しか経っていない。
15歳で、女子としての一般的な成長期が終わったからって、元がちっちゃいからまだ大きくなる。
そう、そうに違いない。
「そうでなければおかしい」
サエちゃんからの手紙に同梱された写真、ルフトバッフェ制服姿に映るあの膨らみは、一体なんだ。
サエちゃんが変わりすぎ。
制服の襟章は「中尉」扶桑に居た頃は軍曹。飛曹長のアタシですら昇進しても、准尉か特任少尉なのに、階級飛ばし。手紙で問いただしても上層部の事情と誤魔化される。
「ま、いっか」
軍を辞めた今、彼女や元上官の栗さんにあれこれ言えないし、
する気もない。
彼女たちが無事に軍務を終え、この熱海に訪ねてきてくれることを祈るだけ。
「さてさて」
布団を裏手の家屋から南側に2人分干し、作り置かれていた麦飯の干しホッケ茶漬けの朝食を手早く済ませた。
母屋の料亭側の中から外まで一通り掃き掃除をして、市場から仕入れた食材を載せたオート三輪を出迎える。
「雅さん、今日は?」
「新鮮な白身魚が沖合で取れそうなので、それをカルパッチョにします」
じゃあ、今日はパン食だ。ご飯炊くの大変だもん。パンは買ってくるだけだし。
「アタシは、浴場の方をお掃除してお客さんを迎えに行ってきます」
「よろしくお願いします」
同居人、二宮雅、元二等水兵。
刈り上げの頭に薄手の和服、青いエプロン。
半年前から変わらない敬語。
アタシが墜落した怪我で療養し始めた頃から、ずっと。
二人で商う料亭「秋水」は、元々アタシの療養のためだった。エーテルと魔法力が帯びた温泉が湧く場所を、縁戚が譲って恩を着せようとしたところから始まった。
アタシはその申し出を断ったけど、退役ウィッチ会が会員のための保養地としてこの土地を買い上げ、行き場を失っていた雅さんと共に来ることになった。
「長い半年だったなぁ」
至って普段の生活を取り戻したのが、三か月前。師走間近の大安に改装と準備を終えた料亭秋水が立ち上がり、退役ウィッチ会の会報「こうせき」の取材と、窓口業務をお任せして、経営は順調に進んだ。
経営は。
「色々あったよね」
この間の六か月。
アタシと雅さんはほとんどの時間を共有したにも関わらず。敬語で互いに遠慮した同棲生活をしていた。
理由は分かる。彼はまだ19歳、アタシも15歳。互いに一人立ちしているが、それも家庭環境が消失した特殊なケース。
雅さんは一人立ちしてもいい歳だけど、アタシは女学生でもおかしくなくて、結納なんて法が問題になる。
「とにもかくにも、まだ、行けるはず」
最初は役所に届け出て仮の兄妹になることも検討した。そうなれば将来的に婚姻が考えられなくなる。
意識ある間柄で、あと数年は待ってもいい。アタシは軍を務めた分の退職金と報奨金が出て、現在の生活でも貯金を一文たりとも切り崩していない。
仲たがいしたなら、女学校に行けるし、皇都で働ける。
だから周りの意見、特に山軍曹の反対を押し切って、この生活を始めた。
「それにそれに、昨日なんて、腕枕なんてしてもらっちゃって・・・」
以前、長良で一緒に居た頃感じていた距離感は段々と近づいているとは思う。
最近はお布団を並べて一緒に寝ている。この年頃でそれは、兄妹のあれそれではない。
いくら仲が良くとも、アタシは実の兄弟とは6歳、尋常小に入った時には別の場所で寝ていた。
実家が士族で部屋が多かったのもある。
今の生活はそれなりの大きさしかなく、居間と寝床に土間、風呂釜の部屋程度しかない。
「よし、洗濯洗濯」
浴場を掃除する前に、昨日の服と今朝の寝間着を集めて桶に入れる。石鹸塊を片手に裏手の蛇口に構えた。
これでも家のある程度を任せられている。食事は雅さんの本領で手を出さないが、それ以外は基本的にアタシが請け負う。
「ふん、ふーん、ふんふん」
鼻歌でリズムを取って、石鹸が泡立った洗濯板に服を当ててこすり洗う。自分自身で色々やっていると、とても楽しい。裏表なくはっきりと断言できた。
一通り濯いで、風通りのいい裏手の物干し竿に一通りかけていく。料亭という都合で、中庭は造園で家屋の二階にある布団はお客さんが来る前に陰干しにする。
浴場は季節的にそれほど汚れない。春先や秋の終わりは落ち葉が凄かったが、夏の始まりの今は青々と茂った木々が見えて気持ちがよいぐらい。
湧いている温泉の調子をみて、デッキブラシを使って足元を洗う。
「ふんふんふーん」
熱海という温泉地、その中でも極めて珍しい魔法力を帯びる湯は、治癒魔法や保護魔法のように痛みを引いたり怪我の痕が薄くなるなどの効能がある。
なんせ、最後の戦いで燃料を残したままユニットごと墜落した時についた太ももの怪我は、すっかり痛みも引き、痕も薄くなった。
効果は抜群であると自信を持って言える。
魔法力が残っているウィッチならば共鳴して、より効果が上がると来た。
「よっこいしょ」
屈んでいた姿勢で固まった身体を動かして、立ち上がった。
トントン、と腰を叩きながら駐車場に置いてあるオート三輪に向かう。
「雅さーん、仕入れてきますねー!」
料亭秋水は基本的に市場を雅さん、それ以外をアタシが営業時間直前に仕入れている。
わざわざ普通の漁が終わった午前中遅くに海に出てもらう分、幾らか値上がりするけど、儲けも大きいので仕入れには頓着も妥協もしない。
温泉だけではなく、食事も最高級のものを用意するからこそ、多くのお客様に来ていただける。
今のところは経営の大元を、退役ウィッチ会の経理さんにお任せしているものの、仕入れや稼ぎの帳簿はアタシがはじいている。
「気を付けてー!」
オート三輪のエンジンを掛けた。心地よくかんじる発動機の音を鳴らして、海沿いの道へと走り出す。
「行ってきまーす!」