SW「ヒドラジンの魔女」   作:ムロ913

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お久しぶりです。

pixiv版、ハーメルン版、双方、読みやすく、各所矛盾を訂正した改稿版に差し替えを終了しました。

もしよろしければ、もう一周・・・とは言えないですが、新規書下ろしを用意したのでお楽しみください。

多分、番外編はこれっきりです。


「二人の気持ち」

「曹長」

「曹長?」

 

 嫌だ。離れたくない。

 暗がりの中、見えるのはマサさんの瞳の二つの明かり。

 それに縋りたい。飛んでいきたい。

 

「怖いんです」

 

 明日、長良を乗っ取ったネウロイと決着をつける。

 仇は関係なく、自分が戦う理由は、自分が軍人であるからに過ぎない。

 だから、怖い。

 自分の意思として戦うことを失った今、秋水が怖い。

 アレを履けば、怪我をする。分かりきってる。生きていれば御の字だ。

 わざわざそんなことをしたいとは思わない。

 

「飛曹長」

「いえ、豊さん」

 

 腰を落としたマサさんが、抱き着く私の背に両手を重ねる。

 トン、トンと。右手で背中を叩き、左手で軽くさする。

 

「自分は、いえ、俺は、曹長の大変さはなんも分かんないっす」

「俺はメシ作るのが仕事で、それ以外知らないですし」

 

 無責任だけどと話が続く。

 そうだよ。マサさんが、ウィッチの苦労なんて分かるわけがない。

 

「俺は明日も飯を作ります」

「世界の全ては分からなくても、自分のやるべきことは知ってるから」

 

 やるべきこと。自分に与えられた運命。

 魔法力がじんわりと体に帯びる。空気中のエーテルが反応した。アネハヅルの羽と尾羽が伸びる。

 アタシは彼と契約して与えられた仕事がある。

 誰も見られない、あの青の先に飛ぶ。彼を、怪我を負っていた彼を連れていく。

 あぁ、そうだった。そうだったじゃないか。

 

「あ、は、あ・・・あ、そうだった」

 

 アタシはただ、飛びたかった。彼が見せてくれた幻覚の景色をもう一度見たかった。

 

「マサさん」

「アタシ」

 

 それまで軽く摩る程度だった両腕の力が強くなった。

 二つの灯りから、ぽたぽたと輝きが落ちる。

 

「曹長、お願いです」

「どうあってもいい、何を叶えてもいいんです」

 

 グッと強く抱きしめられている。二人して、どうしようもなく涙を零している。とめどない想いの溢れ方は、同じ境遇の傷のなめあいなのかもしれない。

 

「俺は、貴方が飛ぶのが好きです」

 

 ずっと、周りから目を離そうとしていた。

 着任してすぐは、忙しくて。

 舞鶴から飛びあがった時、防空壕に入ることも忘れて空を見上げていたそうだ。

 

「貴方の飛行機雲は、どこまでも伸びていって」

「それが、すごく綺麗で」

 

 ずっと、目を離せなくなった。

 長良が喪われた日、彼は機銃座に居て25ミリを上方に向けて固まったそうだ。

 

「貴方の鬼気迫った表情が」

「俺たちを」

「長良をこれだけ想ってくれているんだって」

 

 こんなこと思うの、おかしいですよね。そう続けて、雅さんは口ごもった。

 

「そ、それじゃあ、そろそろ明日の仕込みが」

 

 作戦前、夜も遅い。

 言いたいことも、話したいことも、話し終えた。だからもう、離れなきゃいけないって分かってる。分かってるのに、生まれたての小鹿のように足が震える。

 あれだけ覚悟を決めたのに、まだ、おびえている。怖い。

 

「俺、今度軍を辞めます」

 

 今の部隊に合流する前にお世話になった皇都の伝手で、皇国ホテルに修行に入るという。

 

「やっぱり、夢を追いかけたいんです」

「そ、それならウチの部隊は!」

 

 次はヨーロッパに行く、と言おうとして、軍機だったことを思い出して言いよどむ。彼が望むもの、世界の食事を自らのものにするという夢。

 部隊についてきても叶うはずなのに。

 

「そこに貴方は、居ますか?」

 

 どうしてアタシのことが分かるのだろう。

 そんなに分かりやすいのかな。それにしたって彼はアタシのことをなんでも見通す。

 

「銃殺になってもいいから言います。俺、貴方が好きです」

「山田大尉はお美しいですし、大山軍曹は気丈です。マリィ軍曹も可愛らしいです」

「でも、俺は貴方が好きです」

 

 グッと抱きしめられて口説き落とされる。確かめてくれる。

 アタシの気持ちと貴方の気持ち。

 どうして、こんな短い間なのに、こんな想いを持っちゃったんだろう。

 一度も恋なんてしたことない。いい年をした異性と会ったことがない。

 この想いが間違いだったら、どうしよう。そんな気持ちもある。

 

「アタシは・・・いえ」

「返事は、帰ってきて伝えます」

 

 彼の胸元に顔をうずめ、呼吸を抑える。作業服に涙を押し付けないようにして、互いに恐る恐る離れた。

 

「明日の朝ごはんは握り飯ととろろの味噌汁です。あったまりますよ」

「・・・はい!楽しみです!」

 

 

「キャーっ」

 

 カウンターの下で足を振ってしまう。

 

「この二人どうなっちゃうんでしょうね!」

「・・・突っ込んでいいです?」

 

 朝の料亭秋水。

 雅さんは漬物にした葉物を取り出しながら呆れている。

 対してアタシは帳簿とにらめっこ中。完全に手が止まった。

 置いてあるラジオは国営放送が流れている。

 

「これ、モデル、俺たちじゃないっすか」

 

 アタシたちを描いた放送。正確には、職業における恋愛を描いた連続ラジオ小説の1節である。

 改めて、似たようなやり取りをしたことが恥ずかしい。

 

「こんな直接的じゃなかったですよ!」

「回りくどくて悪かったです・・・」

 

 大分脚色された艦載ウィッチと飯炊きの恋愛物語は結末を明かすことなく終わる。

 だから、結末を知っているのは、私たち、だけ。

 あの夜を知っているのも、アタシたちだけだ。

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