「やは~、一昨日の動画のアーカイブ、アップされてる~」
一人の少女がソファに腰かけながら、スマートフォンにデフォルトでインストールされている動画サイトへとアクセスした。ケタケタ、とまるで生きているかのように笑ったスマートフォンの画面では一つの動画が再生を始める。
満点の星々が煌めく夜空、天空を彩るかのように打ち上がる花火、それを際立たせるかの如く美しく萌える緑色のコート。その場所に一人のスーツを纏った男性が現れた。年齢は40代から50代といったところか、スマートな立ち振る舞いの中にいかにも成功者と呼んでも差し支えない気品が感じられた。スタンドに詰め寄せた観客たちの歓声に応えるように手を振った男性は、マイクを取ってはその口を開く。
「レディースエンドジェントルマン。皆、ポケットモンスターの世界へようこそ。ここツバサ地方は豊かな自然と美しい街。そしてたくさんのポケモンと共に暮らす素晴らしい場所だ。いいか、我々はポケットモンスター、縮めて―――」
そう言って男性は赤と白、二色に分かれたボールから小さな恐竜のような生き物を出現させる。緑色の身体に口から生えた小さな牙のようなものを持った生き物は男性の真似をするかのように観客に向かってジャンプして応えた。
「ポケモン、という生き物と力を合わせて暮らしている。そう! ポケモンたちは海や空、街の中……至るところに生きているのだ! そして、そのポケモンたちを育て、戦わせ、競い合う少女たちのことを何と呼んでいるか―――そうそれこそが“アイドル”だ!」
アイドル。ポケモンと共に戦い、踊り、歌い、頂点を目指し競い合う。全ての少女たちの憧れの存在だ。
「おっと、私の紹介がまだだったな。私は“アマイ”。このツバサ地方のポケモンリーグ委員長を勤めている者だ。それでは、このツバサ地方で最強にして最高のアイドル―――無敵のクイーン“トオル”の戦いを皆にお見せしよう!!」
パーン、という派手な爆発と共に現れたのは一人の美しい少女。中性的な見た目と透明感溢れる佇まいからアイドルとしてデビューしてから一度も負けたことのない無敗の女王。それが彼女、トオルだった。
「イエーイ」
自分を映しているカメラを見つけると、トオルはそう言って微笑を浮かべる。その微笑が男女問わず多くの人間を惹き付ける。そしてそんな彼女の後ろには翼の生えたドラゴンのような姿をしたポケモン―――“かえんポケモン”の“リザードン”が付き従う。トオルの相棒であり、数多の艱難辛苦を乗り越えたきたこのリザードンが彼女の力の象徴なのだ。
リザードンと共に大歓声に応えるトオルの前に、新たに一人の少女が現れる。170cmを超える長身に長い黒髪を一つにまとめたモデルのような見た目の少女。そんな彼女の横にはとぐろを巻いた茶色い蛇のようなポケモン。今日はエキシビジョンマッチが行われることになっており、トオルと対峙する少女が彼女の対戦相手なのだ。
「やあ、トオル。今日はエキシビジョンマッチだから勝敗の記録はつかないけれど、君の無敗記録を私とこの“サダイジャ”たちの手で止めさせてもらうよ」
「ふふっ、やばっ。超やる気じゃん」
「君とのバトルはいつも以上に燃えるからね。奮わずにはいられないよ」
「……まあ、どんな試合でも負けないよ。じゃ“ダイマックス”しちゃおうか、リザードン」
トオルの右腕に巻かれたリストバンドのようなものが輝くと、リザードンの身体がどんどん大きくなっていく。数十メートルの大きさにまで巨大化したリザードンの咆哮は、まさに天を貫くかのように轟いた。
*
「やは~……ヒナナ、やっぱりトオル先輩のことすきだな~」
一昨日行われたエキシビジョンマッチの動画の再生が終わり、暗転したスマートフォンの画面には一人の幸せそうな表情の少女の顔が映る。この少女の名前は“ヒナナ”。ツバサ地方の片田舎である“ハロンタウン”で暮らしている。さっきまで動画に映っていたトオルはこの街の出身であり、ヒナナは同郷の英雄であるトオルの大ファンなのだ。
「ズズズ……」
ヒナナのいる部屋では“おおぐいポケモン”のゴンべが気持ちよさそうにいびきをかいている。そんな時、彼女の家のインターホンが鳴った。おじゃまします、と礼儀正しく入ってきたのは黒髪を三つ編みにした小柄な少女だった。
「お、おはようヒナナちゃん!」
「あは~、おはよ~、コイトちゃん」
小柄な少女の名前は“コイト”。ヒナナとは同い年であり幼馴染だ。性格も、見た目も、身体付きも真逆な二人であるが、真逆すぎることが功を奏したのか二人は物心ついた時から共に過ごしてきた親友である。
「あ、それ新しいスマートフォンなんだね! もしかしてそれでトオルちゃんのエキシビジョンマッチ見てたの?」
「そうだよ~、トオル先輩の応援はびしっとリザードンポーズを決めるんだよね~」
二人は笑いながらトオル考案のリザードンを模した決めポーズをする。ツバサ地方ではこのポーズがトオルというアイドルを象徴するものになっていた。そんな中、盛り上がる二人に声をかけてきたのはヒナナのママだった。
「こんにちは、コイトちゃん。ヒナナを迎えに来てくれたのね」
「は、はい! ほら、ヒナナちゃんも準備して! もうすぐトオルちゃんが帰ってくるよ!」
「あは~、そうだね~」
ヒナナはコイトに促されるがまま、ヒナナのママが買ってきてくれたバッグと帽子をかぶる。ママが用意してくれた傷薬と探検の心得が入ったバッグを背負ったヒナナは鏡で髪型が乱れていないかをチェックする。
「やは~、これでバッチリだね~。じゃ、行ってきま~す」
コイトと共に外に出たヒナナ。家の前では“つぼみポケモン”の“スボミー”が日向ぼっこをしていた。ヒナナやママのポケモンではないけれど、日当たりがいいのかいつもこの場所でニコニコと太陽の光を浴びていた。
ハロンタウンは田舎ではあるものの、自然が多いことからたくさんのポケモンが見られる街であり、“ひつじポケモン”の“ウールー”や“ちょうちょポケモン”のバタフリーをよく観察することができるのだ。
「ぴゃっ、ヒナナちゃんの鞄おっきくていいなぁ……」
「コイトちゃんはちっちゃいから担げないよね~」
「もう! ちっちゃいこととそれは関係ないでしょ! でも、それならトオルちゃんがどんなポケモンをくれても大丈夫そうだね!」
「だね~、ところであのウールーなにしてるのかな~」
ヒナナの家の隣には鬱蒼とした森が広がっていた。この森は“まどろみの森”と呼ばれており、霧が深く入り組んでいることから中に入ってはいけない、と街で柵を設けている。しかし、その柵に向かって1匹のウールーが体当たりを繰り返しているのだ。
「ウ、ウールーだ……何してるのかな。森は危険だから、柵を超えちゃダメだからねー!」
ウールーは二人の方を振り返ると、グモモと鳴いて首を傾げる。ポケモンは人間の言葉を話すことはできないが、意思疎通を取ることができる。そのためコイトが何を言っているかはわかっているはずだった。
「えっと、もうすぐトオルちゃんが隣町の駅に着くみたいだから……二人で迎えに行こう! あ、ヒナナちゃんはポケモンをまだ持っていないから草むらには入っちゃダメだからね!」
「やは~、わかった~」
ヒナナとコイト。トップアイドルを目指す二人の旅が始まろうとしていた。
○登場キャラクターおよび作中での立ち位置(プロローグ時点)
市川 雛菜→主人公(ユウリ)
福丸 小糸→ホップ
浅倉 透→ダンデ
白瀬 咲耶→キバナ
天井社長→ローズ