ハロンタウンから1番道路を北に向かってすぐにあるのがブラッシータウンだ。こちらも都会というわけではないが、他の街に繋がる駅やブティック、そしてポケモンの研究をしている博士の使うポケモン研究所があるなど、ツバサ地方南部にある街の中では比較的栄えている地域といえる。また、トオルがハロンタウン出身ということもあって、このブラッシータウンも彼女が幼少期に通っていた街ということでトオルのファンによる聖地巡礼という意外な形での盛り上がりも見せていた。
「コイトちゃん遅い~」
「ま、待って……」
ヒナナを先導する形でハロンタウンを出たコイトであったが、生まれ持ったフィジカルの差が出たのか逆にヒナナに置いていかれる始末だった。息を切らしながらもヒナナと共にコイトはブラッシータウンの駅にたどり着く。駅の前には多くの人が集まっており、その中心に二人が迎えに来たの待ち人が既に着いていた。
「どーもー、トオルでーす」
「ばぎゅあ!」
故郷近くに帰ってきたこともあってすっかりオフモードだったトオル。そんな彼女に相棒のリザードンはもっとしっかりしろ、とばかりツッコミを入れる。アイドルにはファンに振りまく愛嬌も必要になるのだが、トオルは時折アイドルとしてではなくあるがままのトオルとして振る舞ってしまうところがあるため、リザードンがまるでマネージャーのように振る舞うことがあるのだ。
「えー、オフなんだからいいじゃん。ダメ? ファンの前なんだからしっかりしなさい? リザードンは厳しいなぁ」
「トオルちゃーん! こっち向いてー!」
「ふふっ、イェーイ」
しかし、そんなところも含めて多くの人を惹きつけるのがトオルというアイドルである。それが彼女が生まれ持った天賦の才と言えるだろう。そんなファンに囲まれて見えなくなったトオルをコイトは小さな体をぴょんぴょんと跳ねさせて確認しようとする。
「ぴゃっ、ぴゃっ……全然見えないよぉ……」
「コイトちゃんの身長じゃ無理だと思うな~」
「じゃ、じゃあどうやってトオルちゃんを……」
「呼べばいいんじゃないかな~、トオルせんぱ~い」
長身を活かしてヒナナが手を振りながらトオルのことを呼んだ。昔と変わらない甲高いヒナナの声は通りがいいのか、トオルとリザードンはすぐにヒナナとコイトの存在に気づいた。ちょっとごめんね、と観衆に断りを入れて人混みを掻き分けてトオルとリザードンは二人の前に現れた。
「迎えに来てくれたんだ、ありがと。コイトちゃん、ヒナナ」
「トオルちゃん! この間のサクヤさんとのエキシビジョンマッチ、見たよ!」
「トオル先輩の圧勝だったよね~」
「圧勝ってほどじゃないよ。いつもサクヤさんにはギリギリのところまで追い詰められちゃってるからさ。ま、その方が楽しいけどね」
幼馴染として話に花を咲かせる三人。すると、トオルと仲良さげに話す二人の少女に観衆の注目が集まりつつあった。トオルは今やツバサ地方全土にその名を轟かせるアイドルであるが、コイトとヒナナはまだアイドルとしてもデビューしていない無名の少女たちである。そのためあのトオルと仲良さげに気兼ねなく話せるあの子たちは一体誰なんだ、と注目が集まるのもおかしな話ではない。
「あ、そうだ。みんな、この子たち未来のトップアイドルだから顔よく覚えておいてね」
「ぴゃっ!」
「あは~」
「ちょ、ちょっとトオルちゃん!」
「やは~、ヒナナたちトオル先輩みたいなアイドルになれるんだ~」
「そうだよ。だって二人をアイドルにするために帰ってきたんだから。じゃあ、ハロンタウンに行こうか。あ、じゃあ私は二人と里帰りするんで、さよなら~」
相も変わらずファンへの対応がアイドルのそれではないトオルにまたしてもリザードンは溜息混じりに小さな炎を吐くのであった。それでもファンからの反応が好感触なのが彼女の生来生まれ持ったカリスマ性故のものなのだろうか。
「ところでトオルちゃん、私たちにくれるポケモンは?」
アイドルがポケモンを初めて手に入れる時、初心者用のポケモン1体を受け取って始まるのがこの世界では当たり前のことになっている。それぞれ草、炎、水の3つのタイプのポケモンから1体を選び、共に過ごすことがアイドルとしてのスタートになるのだ。最もその3つのタイプのポケモンではなく、でんきタイプやノーマルタイプの別のポケモンを受け取って旅に出たアイドルもいるようではあるが。
「ポケモンたちは予めうちの実家に送ってあるよ。今はポケモンあずかりシステムにどこからでもアクセスできるようになるからね」
「便利になったよね~」
「ポケモンは6匹までしか連れて行けないから……ポケモン図鑑を完成させるためにはうまく使いこなさないといけないよね」
*
「ごめんね、何のもてなしもできないで……せっかく“マドカ”ちゃんが帰ってきてくれたのに」
「いえ、何の連絡もなしに来たこちらもこちらですから。お構いなく」
「トオルたちはもうすぐ帰ってくるから少し待っててね」
「はい、ありがとうございます」
トオルたちがハロンタウンに戻っている最中、ハロンタウンのトオルの実家には一人の少女がいた。トオルのママに出された紅茶をすすりながら、彼女はテレビで現在他の街のスタジアムで行われているアイドル同士のポケモンバトルを見ていた。テレビの中では格闘タイプのジムアイドルとゴーストタイプのジムアイドルがバトルをしていた。
「ギルガルド様……! シャドーボールでございます」
剣と盾が一体化したかのような見た目の“おうけんポケモン”ギルガルドが放ったシャドーボールが“じゅうじゅつポケモン”オトスパスを撃破する。これで二人のアイドルの残りポケモンは1匹ずつであり、連戦となるギルガルドの方はやや体力が削れていた。格闘タイプの技はゴーストタイプのポケモンには通じないため、相性だけ見ればゴーストタイプが圧倒的に有利ではあるが。
「やるわね、リンゼ。これで互いに残っているポケモンは1匹だけ……私の最後のポケモンはこの子よ! 行きなさい!“ネギガナイト”!!」
格闘タイプのアイドルが出した最後のポケモンは“かるがもポケモン”のネギガナイト。ツバサ地方にのみ存在する“カモネギ”が進化したポケモンであり、高い攻撃力が売りの格闘タイプのポケモンである。
「ネギガナイト様で……ございますか……」
「泣いても笑ってもこれで最後よ! 私はポケモンたちと私の鍛え上げた身体と精神を信じるわ! 行きなさい! ネギガナイト!!」
「迎え撃つのです、ギルガルド様」
対峙するネギガナイトとギルガルド。そんな息詰まる対面の中、トオルのママがお茶請けのお菓子を持ってきた。
「あら、ポケモンバトル……トオルが強いのはわかるんだけど、やっぱりまだわからないことばかりだわ」
「タイプ相性とか覚える技が多いから難しいですよ」
「マドカちゃんはどっちが勝つかわかるの?」
「単純に考えれば、ゴーストタイプのギルガルドの方が有利ですが……あのネギガナイト次第ではまだわかりませんよ」
ポケモンバトルにはセオリーというものがある。炎タイプのポケモンには水タイプの技が効果バツグン、水タイプの技が草タイプのポケモンには効果いまひとつ、などというタイプ相性はポケモンに携わる全ての人間が覚えるべき基礎知識と言っても過言ではない。しかし、そのセオリーはいくらでも覆させるのがポケモンバトルの面白さだ。
「ギルガルド様、キングシールド……! 守りを固めるのです!」
「やっぱりリンゼならそう来ると思ったわ! ネギガナイト、フェイント!!」
守りを固めようとしたギルガルドの盾をネギガナイトの剣が弾き飛ばした。フェイントは相手の“まもる”のような攻撃を無効にする技を無力化する技である。そのためまもると類似効果を持つギルガルドの“キングシールド”を無力化できるのだ。
「やはり、そのネギガナイト様の特性は……」
「そう! この子の特性は“きもったま”! ゴーストタイプのポケモンにもノーマルと格闘タイプの技が当たるのよ! がら空きの胴に叩きこみなさい!“インファイト”!!」
そしてそのセオリーを覆す一因たるものがポケモンそれぞれが持つ“特性”という固有の能力だ。その特性を理解し、駆使するのも強いアイドルにとって必要なことである。格闘タイプのエキスパートであるアイドル“ナツハ”は、相手がゴーストタイプのエキスパートであるリンゼが相手ということもあって特性がきもったまのネギガナイトを最後の切り札として控えさせていたのだ。
「……私の負けでございます」
きもったまによってゴーストタイプの相性が無効化されており、ギルガルドの2つ目のタイプである鋼タイプに格闘タイプのインファイトは効果がバツグン。守りの薄くなったギルガルドはネギガナイトの猛攻を受けて敢え無く戦闘不能になってしまった。
「よくやったわ、ネギガナイト! 今日は私の勝ちね、リンゼ!」
「はい。次は、負けません……」
二人のアイドルによる熱いバトルに沸き立つ観客席。バトルの終わりを見届けて少女―――マドカはテレビを消した。
(……アイドルのするポケモンバトルは多くの人を楽しませる。それが例え、アイドルを諦めた私であっても)
「まるる~」
虚空を見てどこか懐かしそうな顔をするマドカ。そんな彼女の傍には1匹の小さなポケモンが寄り添うのであった。