甘い空間、というのも比喩表現ではなく。
キャルとユウキはジオ・テオゴニアの街を歩いていた。お菓子の家の甘い香りが漂ってくるし、口で空気を吸ってみると甘い味がする。それが本当に砂糖の粒子が漂っているから感じたものなのか、視覚と嗅覚をお菓子に支配されているが故の錯覚なのかは分からない。
甘い空間、というのは比喩表現で。
美食殿のギルド活動をする時よりも少しだけ距離を詰めて、時折手や腕が擦れる程度に触れる。
こうして二人で歩いているのは、ジオ・テオゴニアのプリンセス、ライラエルからのお使いがあってのこと。美食殿の他のメンバーたちもそれぞれまた別の約束があって、ライラエルからの頼みはキャルとユウキで受けることになった。
その頼み事というのも大したものではなくて、いつもランドソルでやっているような簡単な魔物退治。
特別なことのない日常の延長なのだが、ジオ・テオゴニアに来てからというものユウキと二人きりになることは無かったものだから、なんだか変に意識してしまう。
ライラエルが居城――キャッスル・オブ・パルフェに戻る道すがらの食べ歩き……お菓子ばかりで胸やけを起こしそうだけれど、時折食べるフルーツには酸味があって少しすっきりする。
ユウキは気にせずお菓子を食べ続けているが、胃がもたれたりしないのだろうか。
と、視界の端で、しゃがみ込む男の影が見え。
「このキャンディ……受け取っていただけますか?」
叫び声。なんて言うとやかましく聞こえるかもしれないが、緊張と高揚の混じった張りのある心地の良い声だった。心が籠っているだけに、その分大きく聞こえたらしい。
まわりが一瞬静まって、押し殺したような声。盛り上がりたいのに、それが許されないような。深く押し付けられた歓声が辺りから漏れる。
「……なんなの……?」
とキャルは言いつつも、なんとなくは察した。
周りを歩いていた人が足を止めるその中心。先ほど大きな声を上げた男性は片膝をついて、女性にキャンディを差し出していた。宝石のようにきれいなキャンディだ。
「ふふ、プロポーズですね」
と、キャルの小さなつぶやきを拾ったのはすぐ近くにいたハーフリングの女性だ。キャルの瞳を見て、僅かに揶揄いの色を強めて微笑む。キャル自身、その光景に憧れのような視線を送ってしまっていたことに気が付いていたのでバツが悪い。
「……なによ?」
と強気に言ってはみるが、ハーフリングの女性はどこ吹く風。
すぐにキャルの近くでいつも通りにぼんやりとした表情を浮かべているユウキに気が付くと、すっと近づいて袖を引きひき。何かを耳打ちすると、この位置からも見える屋根にキャンディの飾りのある建物を指差す。
「あのお店よ!」
「ちょ!? あんた何か変なこと吹き込んだんじゃないでしょうね!?」
「じゃあ頑張ってね!」
キャルがすぐにかみついてくると察していたらしく、ハーフリングは小走りに立ち去りながら手を振った。
「……はぁ」
いかにも呆れたという風にため息をつきながら、そっとユウキの様子をうかがう。期待しているような、不安なような。いったい何を期待しているのだろうかと考えて、キャルは顔が紅潮する前に思考を断つ。
ユウキは特に変わった様子も見せずに、寧ろ挙動不審なキャルを不思議そうに見つめてくるだけだった。
「まあ、あんたはそーよね……」
期待する方が馬鹿だったわと、その日はそのままキャッスル・オブ・パルフェへと戻った。
☆
翌日のこと。空は相変わらず夢の世界だ。浮かぶ雲はドーナツやアイスクリームなんかの形をしているし、色合いもどことなくメルヘン。
朝方は時間の感覚がはっきりしないが、この妙に目覚めの良い感じが、寝過ごしたなと思わせる。
美食殿の皆がいるだろうかと天守の方へ顔を出すが、ライラエルとリンド、ヴルムの三人だけ。
リンドがやってきたキャルの方に注意を向けると、呆れた様な少し怒ったような表情で。
「もう。キャルさん……寝すぎですよ?」
「ん-……ごめん……他の皆は?」
「ぺコリーヌさんとプレシアさんはそれぞれ改築予定の家に呼ばれて、騎士さんたちも既に出かけてます」
「……みんなで?」
まさか自分だけのけ者にされたのだろうかと少し不安に思いながら聞くと、
「別に仲間外れにされたわけじゃないと思いますよ。リリさんはプレシアさんの付き添いですけど、コッコロさんやクリアさんはそれぞれ別の用事で出かけてますから……騎士のひとは――」
とここまでヴルムが言ってから、引き継ぐように。
「騎士にはまたわたしが頼みごとをしてしまったのです」
申し訳なさそうにライラエルが言う。
「もうそろそろ帰ってくると思います。町に注文を出してもらったので」
「ふーん…………」
「出迎えに行ってあげたらどうですか? キャルさん」
揶揄うような感じではなく、寧ろ少し気遣うようにヴルム。何かを言おうと思ったが、素直にヴルムに言われた通り外へ向かう。
その途中の通路で、恐らくは天守に向かうユウキを見つけた。ナイスタイミングと心の中で。
「おかえり……」
と声をかけてから、らしく無いことをしていると急に我に返る。そもそも、話しかけたところでこれ以上何を喋ればいいのか分からなかった。
「キャルちゃん。これあげる」
対し、ユウキは無邪気に笑いながらキャルに小さな箱を渡す。
「? 何よこれ」
白一色とシンプルながらも、金の刻印があってお洒落な小箱。高級感すら感じられるそれは、宝石でも入っていそうで。
開けてみる。
光が零れたかと思った。中の透明な
感嘆の声が零れる。キャルは、自らの感動すらも芸術を完成させる要素の一つであると感じたし、それが嬉しかった。
「これって……もしかして昨日の? あんた、意味は――」
「?」
「……はぁ…………」
見れば、ユウキはいくつか紙袋を手にしていた。
「これ、なんで買ってきたわけ?」
「お土産! 昨日おすすめされたから」
「……そ。まぁ、ありがたく貰っておくわ」
期待して損した……というか、本当はそこまで期待もしていなかった。
純然たる感動のうちに、他の思考は混ざらなかったから。ただのお土産として渡されたのだと理解した今でも、落胆はなく。
「あ、あたし……ぺコリーヌの様子を見てくるわ……また前みたいに、よそ様の家の大事な柱とか食べてたら困るしね」
☆
ぺコリーヌは町で人に尋ねるとすぐに見つかった。
大規模の改築をする予定らしく、家主に見守られながらお菓子の家を食べている。
「あら?」
「あ! 昨日のハーフリング!」
「こんにちは」
別の世界から来たお姫様が猛烈な勢いでお菓子の建材を消費していくさまはやはり興味を引くらしく、野次馬の人垣が辺りを囲っていたのだが、そのうちの一人に昨日出くわしたハーフリングの女性がいた。
露骨に嫌な表情を作って見せたキャルに対して、ハーフリングの女性は昨日と変わらずに嫋やかにほほ笑むだけ。
「あんたが昨日ユウキに余計なことを言ったせいで、あいつ……みんなにキャンディのお土産を買って来たんだけど?」
「え? うーん……? ちゃんと一番大切な人にプロポーズするときのものって教えた筈なのだけれど……?」
「はぁ……あいつは大切な友達ーとか、なかまーとか。そんな理由で全員に買ってきたんでしょうねぇ……」
「……そんな様子だったかしら……?」
会話をしながらキャルは、あることに気が付く。
まさか、ユウキはキャルに渡したのと同じように、他の子たちにも渡すつもりだろうかと。
ぺコリーヌやコッコロ、アルターメイデンの連中はその意味を知らないだろうけれど、ライラエルをはじめとするこの世界の住人は混乱するのではないか。
何かとんでもない誤解が起きるかもしれない。今更慌ててキャッスル・オブ・パルフェに戻っても既に渡してあるだろうが……
「あれ? キャルちゃーん!! 来てたんですか?」
一歩踏み出したところで、ぺコリーヌから声をかけられた。途端に我に返る。今自分で考えた通り、慌てて戻ったところで意味はない。おかしな独占欲を持っているように勘違い……勘違いされる可能性もある。
「キャルちゃん? キャールちゃーん!!」
「あぁもう! 聞こえてるわよ!!」
キャッスル・オブ・パルフェに戻り、しばらく滞在するにあたって貸してくれた部屋でベッドに寝そべる。先ほど外に出る前に隠しておいた、ユウキから貰ったキャンディを眺める。
何面体か数えるのも難しい、複雑な形が虹の輝きを見せた。窓にかざすと、外のパステルカラーの空の色に僅かな影響を受けて、淡いピンク色に見えた。
キャルはキャンディを大切に箱に戻して、それから天守に向かう。
他の皆が貰ったものを見てやろうという気になったのだ。怖いもの見たさのような、ギャンブルのような。もしももっときれいなものを貰っていたらどうしようと思いながら、あたしが貰ったものが一番きれいなのを確かめようという変に強気な気持ちもあって。
そんな弱気と強気が混ざったせいで、スキップするような、あるいは片足を引きずるような変な歩き方になった気がする。
そうやって天守に向かう途中で、クローチェに会った。クローチェはキャルを見つけるなりいつもの朗らかな笑みを浮かべて。
「ちょうど良かったです! これ、ナイトさんからのお土産なのですが」
「あいつの……って、あんたも貰ったのね」
「既にナイトさんから貰ったとは思いますが、私は食べられないので」
食べられない。
そういえばキャンディだったが、あれはどちらかというと観賞用のものだ。魔法で保護がかけられていたし。
そう思いながら、一旦クローチェが貰ったお土産というのを見てやろうと手を伸ばし、キャルの時とは違って紙袋に入っていることに気が付いた。
キャンディが一つ入っているにしては過剰なまでに大きな紙袋で、明らかに重い。その紙袋に入っている箱もまた、キャンディが入っているにしては大きすぎた。思い返せば、キャルに箱を渡すときも紙袋から取り出したわけではなかった。
「クッキーみたいですよ……って、キャルさんはもう貰ってるんですもんね!」
「……」
キャルはクローチェに無言で頷いて見せてから、クッキーを部屋に持って帰った。
部屋でクッキーの箱を開け、少し悩んでから、むさぼるように平らげた。
本当は自分の為だけに書こうと思っていたんですが、生きてる限り毎年誕生日は更新します。
クリスマス編はプロットが消えたので消えました。いつか復活させたいですね。クリスマスだし。
もしプリコネ三部読んでない方いたら面白いので読んでください。リンドヴルム実装待ってます。