キャルコネ!   作:ゆうたんたん

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四話:希留耶ちゃんと仲良くなりたい

 ある日の昼下がり。ペコリーヌは追加のお昼を食べに、コッコロは川に洗濯へ行き、ユウキとキャルだけがギルドハウスに残されていた。

 

 キャルはソファに座って、膝の上に本を置いて少し姿勢を悪くしつつ読んでいる。ユウキは特別仕事も予定もないので、キャルを遊びに誘いたいところだったのだが、真剣に本を読んでいるキャルを見るとなかなか言い出せない。

 いつものように魔法についての本を読んでいるのだろうか。そう思ったのだが、テーブルの上を見ると、キャルが昨日読んでいた魔法の本が置かれている。今読んでいるものは何か別の本なのだろう。

 真剣な表情だったキャルもよくよく見ると、時折微笑んだり、にやにやして、赤面して、空想するように宙を眺めたりして、また読書を再開する。

 いつもと異なる様子にユウキは不思議に思って訪ねることにした。

 

「キャルちゃん何の本読んでるの?」

「へ? べ、別になんだっていいでしょ」

 

 ユウキが質問すると、キャルはそう言いながら身体の角度を変えて、本を自らの背で隠すようにして、ユウキから見えないようにした。そこまで知られたくないのなら、無理に聞くのも悪いだろう。

 そう思ってユウキは、キャルが気にならないよう、ソファの少し離れた位置に座った。少し前までならば、端と端であっても、同じソファに座るだけで嫌がっていたが、近頃は隣に座ってもあまり気にしないようになったし大丈夫だろう。

 そのことをうれしく思うのは、やはりキャルと仲良くなれているからか。それならば当初のキャルと仲良くするという目的は達成しているはずなのに、どうにも何かが違う。できればもう少し――

 

「ん? なんか眩し……ってなんかあんたまた光ってない? 結構眩しいっ――」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はぁ、今日も疲れたわ」

 

 ユウキが駅前のベンチに座っていると、横に一人の少女が座ってきた。百地希留耶だ。希留耶は塾で使っていたのだろう重そうなバッグを足元において、座ったまま伸びをした。

 

「いつもよりちょっと早かったね」

「なんか早めに終わったのよ。学校の授業とかでもあるでしょ? キリがいいから早めに終わるってこと」

 

 ユウキが買っておいた間のココアを差し出すと、希留耶は当たり前のように受け取って、一気にあおった。夜は冷えるし、温かいものを買ってきていたのだが、ある程度冷えていたようで熱

 

「はぁ」

 

 小さく息を吐く希留耶は、物憂げに中空を眺めていたかと思うと、何かを思い出したらしく、その可愛らしい顔をゆがめた。

 

「ああぁ!! もう! 今日も最悪だったの! いつもよりほんの少しできなかっただけでママは……! ああクソッ、最悪……!」

 

 いつものように希留耶の話を聞きながらユウキはふと希留耶との関係を思い出す。

 ユウキと希留耶の関係は、残念なことにロマンチックな関係ではない。ユウキとしては頭に『まだ』をつけたいところではあるが、どう表現しようとも、繰り返しになるが、ロマンチックな関係ではないのだ。そのことを寂しく思わないといえば嘘になるが、ユウキとしてはこうして会話が出来ているだけでも充分仲が進展したと感じている。

 

 希留耶が塾の帰りにこの駅を使うことがわかっているので、会えないかなぁ、なんて考えながらうろついているのが始まりだった。見かけたときに声をかけるようにしていたが、意外なことに無視されずにちゃんと応じてくれたのは、やはりなんだかんだ言って希留耶の性根が真っ直ぐだからなのだろう。そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか最初に声をかけてくるのは希留耶の方になっていた。声をかけてくると言っても『げ……またいる』という素直ではない感じではあったが。

 

 それが今となっては希留耶の塾が終わった後に、こうして駅前のベンチに並んで座って、愚痴を聞くことが当たり前になっていた。

 希留耶の愚痴は決まって家の事。母親への不満が中心だ。聞いているだけでも、怒りの感情が湧いてきてしまうほど、ひどい話だ。もちろんユウキは、知りもしない希留耶の母親に対してこのような感情を持つことが正しいことだとは思っていないのだが、それでも希留耶の怒り、不満、そして時折見せる辛そうな顔を見ていると、どうしても抑えることはできない。

 だからと言って、自分にはどうすることもできないし、他人の家庭に口をはさむ資格はない。だが、こうして希留耶の愚痴を聞いてあげて、それで希留耶はすっきりしている様子だし少しは助けになっていると思いたい。

 

 希留耶は、かなり激しい表情、言葉遣いで不満を語る。

 希留耶がたまに見せてくれる笑顔は、引き込まれてしまいそうなほどに可愛らしいものだ。彼女の顔立ちだけなら、賢そうで、美人といった印象なのだが、笑顔は年相応に可愛い。

 だが、こうして愚痴を聞いていると、その口から飛び出してくる可愛らしさの欠片もない罵詈雑言の数々に思わず苦笑してしまいそうになる。

 

 思えば一番最初に希留耶と出会ったときなんかも、こんな風に、しかもその暴言を受ける側であった。今はそういった口調で語る愚痴を聞く関係にまで変わっている。

 ユウキとしては、会話の内容がたとえ愚痴であったとしても、希留耶と一緒にいられるだけで幸せだ。幸せなのだが、けれど、もう一歩踏み込んだ関係になりたいとも思っている。

 

 ユウキは、希留耶が一通り愚痴をこぼし終えて、一つため息をしたタイミングを見計らって話しかける。

 

「希留耶ちゃん、ちょっといい?」

「? なによ。まあ、こんだけあたしの不満聞いてくれてるし、あんたの話もちょっとくらい聞いてやるけど」

「希留耶ちゃんと仲良くなりたい」

「……突然何気持ち悪いこと言ってんの? 小学生か?」

 

 なんとなく予想していたが、思った以上にバッサリと言われて、ユウキはうなだれた。そんな年上の情けない姿に、流石に希留耶も少し慌てたのか、鼻を一つ鳴らしてからユウキに話しかける。

 

「何なの急に? あたしなんかと仲良くなってどうすんの。何の意味もないじゃない……って、それなら今だってそうか。あたしなんかのクソつまらない話聞いて、その、仲良くなりたいから我慢して聞いてたって訳?」

「いや、違うけど? どんな話だったとしても希留耶ちゃんと一緒だと楽しいし」

「はぁ? なによ、またキモいこと言って……どうしてあたしなんかと…………」

 

 希留耶は前髪の毛先をいじりながら、何かを言おうとして、けれど躊躇って。そんな風にして口を開いたり閉じたりを繰り返してから、意を決したような表情に変わる。

 

「あたしもね。あんたがあたしの話聞いてくれるし、ちょっとは助かってるって言うか……だから…………ああ! もうなんであたしはいつも――」

「別にお礼なんて言わなくていいよ。もし言いたいと思ってくれるのだとしても、今じゃなくていつか言ってくれてもいいし、一生言わなくてもいい。言葉にしなくたって伝わる事はあるし、希留耶ちゃんが言葉にするのが苦手なら、希留耶ちゃんが言葉にしなくてもわかるようになるから」

「はあぁぁあ!? あたしがお礼なんて言うわけないでしょ!? バッッカじゃないの!? 本当にぶっ殺すぞ!?」

 

 思った通りの反応を返されて、ユウキは思わず吹き出す。そんなユウキに希留耶は、すでに赤かった顔を一層真っ赤にして文句を言うが、そんな希留耶の叫びもユウキにはむしろ心地よく感じられた。

 何を言われても笑ってばかりのユウキに、希留耶も罵声を浴びせ続けても意味がないと思ったのか、納得がいってない様子だが、ひとまずおとなしくなった。

 その後もしばらく、今度は愚痴だけじゃなく、それぞれの身の回りであったことなど、他愛もない話を続けていたが。

 

「ヤバい! もうこんな時間じゃない!」

 

 ふと駅前の時計を見た希留耶が、勢いよく立ち上がりながら言った。

 

「おしゃべりに夢中で全然気づかなかったわ。電車出ちゃうからもう行くね! バイバイ、また今度」

 

 希留耶は足元のバッグを拾い上げると、そういいながら、ユウキが返事をする暇もなく、あっという間に駅の中へと消えていった。

 

 

 おしゃべりに夢中で気づかなかった、なんて言っていたが、希留耶も話していて楽しいと感じてくれているのだろうか。それならいいなとユウキは思う。

 最後に笑顔で手を振る希留耶の表情を思い出して、ユウキは天を仰いだ。

 

 自分の発言を振り返る。言葉にしなくてもわかるようになると。本心からの言葉だが、もともと最近読んだ漫画に似たようなセリフがあるのだ。交際している二人が、言葉にしなくても通じ合っている、と言う内容のセリフが。言葉にせずともお互いの思いが通じ合うというのは、一つの理想の形だとユウキは思ったのだ。

 だけれど、自分の中にあるこの気持ちだけは、きっと言葉にしなければならない。

 

 ユウキにだって、素直に言葉にできないことがある。勇気がない、恥ずかしい、怖い、そんな子供みたいな理由で、素直になれない。

 伝えたいのに伝えられないとき、どうしたらいいのだろうか。でも、それが普通なのかもしれない。誰かが言っていた、日本人はそんなことを言わない。

 

 ユウキは空に浮かぶ、漆黒の夜を穿つ穴を見上げながら独り言ちた。

 

「月がきれいだな」

 

 

 

 ‡

 

 

 

「はい、お疲れさま。あんたが今見てたのは夢みたいなものよ。起きたら全部忘れちゃうわ。

 

 それにしても『あっち』で希留耶ちゃんが特別だったように、『こっち』でもキャルちゃんを特別に感じているのね。もちろん、『あっち』のあんたの方がその特別の意味を分かってて、『こっち』のあんたはわかってなくても素直、っていう差はあるけど。

 

 あんただけじゃなくて、希留耶ちゃんの方もあんたに不満を話してすっきりできていただけ、なんかじゃないわね。あれだけ楽しそうにしてたんだから。それでも会話の内容にもう少し色気みたいなのがほしいけどね。

 

 

 

 それにしても、ふふふ、最後の何よ。

 

 素直に言葉にしなくても伝わる代表のつもり? 今どき素直に言葉にしているみたいなもんじゃない? でも、それでも単純な言葉にして伝えるのも大事かもしれないわよ」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「…………あれ?」

「あ、起きたの? あんた急にどうしたのよ?」

 

 ユウキが目を覚ますと、そこはギルドハウス。ソファに座ったまま眠ってしまったらしい。少し心配そうにのぞき込むキャルに、しかしどうして眠ってしまったのかわからないのだから、ユウキは首をかしげるしかない。

 

「まあ、大丈夫そうね」

 

 おそらくは顔色や、どこか不調を訴えない所からそう判断したようで、キャルは安心した様子で言って、読書を再開した。

 ユウキの真横に座って読んでいるので、本の中身が見えるのだが、どうやら今度こそ魔法の本のようだ。ユウキには理解できないような難しい事ばかり書いている。よくわからないがなんとなく気になって、ページに描かれている図形を覗き込んでいると、ユウキの髪がキャルのほっぺたに触れたらしく、

 

「ちょ、ちょっと。くすぐったいわよ。どうせあんたは見てもわからないでしょ」

 

 そういわれて、ユウキはおとなしく引き下がった。キャルの言う通り、本の内容は全く分からない。だが、キャルが見ているものだし、なんとなく理解したいと思ったのだが。

 

「……?」

 

 ふと違和感を感じて、ユウキはぺたぺたと胸元に触れる。

 その様子が目に入ったのか、キャルは心配そうな顔をしてユウキを見た。

 

「大丈夫? やっぱりどこか変なところある?」

「なんかドキドキする」

「動悸? 回復魔法効くかな……」

 

 そういいながらただでさえ近かったのに、更に距離を詰めてユウキの顔を覗き込んできたキャルを見つめて、ユウキはふと気づいたことを口にした。

 

「キャルちゃんが近くに来るとひどくなる」

「はあぁあ!? 何よそれ! まるであたしのせいで具合悪くなるみたいに……どういう意味よ!?」

 

 猫が威嚇するような雰囲気で、キャルはユウキを睨みつけてくるが、どうしてそんなに怒っているのかわからず、ユウキはただキャルの瞳を見つめ返した。

 すると、だんだんと勢いがしぼんでいくように、勢いよく立っていた耳が寝てきて、ほんのり頬を朱に染めつつ、キャルは自分の胸に手を当てた。

 

「……こういう意味?」

 

 尋ねられて、ユウキは何か答えなければと思うのだが、けれどキャルに聞かれていることがわからない。

 

「そうね、あんたにはわかんないかも。だから、あたしが言いたいのは――――!」

 

 

 

 その時ギルドハウスの扉が勢いよく開いた。

 

「ただいま戻りました。主さま、キャルさま、帰宅途中でぺコリーヌさまとお会いして……おや?」

「ユウキ君、キャルちゃん、お土産買ってきましたよ。とってもおいしかったのでぜひ……あれ?」

 

 

 ユウキは帰ってきたコッコロとぺコリーヌに手を振るが、キャルは床にひっくり返っていた。どうしてだかギルドハウスのドアが開いた途端に慌てて離れようとして、結果自分の足に引っかかって転んでしまったのだ。

 

「キャルちゃーん? どうして床で寝てるんですか?」

「キャルさま……毎日掃除はしておりますが、それでも床はきれいではありませんし。お休みになられるならソファかベッドで……」

「……いいわ、あたしがどうかしてたんだもん……」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その少し後の事。

 ギルドハウスの掃除をしていたコッコロは、涙目で部屋に帰っていったキャルが落としたままにしていた魔導書を拾い上げたとき、テーブルの下に落ちている本を一冊見つけた。

 その本は見覚えのあるものだ。自らの主が、キャルに買ってきてもらったもので、毎晩コッコロはその本を読むのを手伝っている。難しい表現があったり、ことわざ、慣用句、故事成語などは、いくら文字を覚えたと言えどもまだユウキには難しいらしく、コッコロは当然ガイド役としてそれらが出てくると教えている。

 

 だが、おくびにも出していないことではあるが、コッコロとしてはユウキの読んでいるその本に思うところがないわけではない。

 『ランドソル恋物語』は獣人族の少女とヒューマンの少年の恋物語なのだから。

 それをキャルにユウキが買ってもらったというのは、コッコロとしては、もちろん本当はこんなことを思ってはいけないと思いつつも、どこか面白くないというか、不満がある。

 

 しかし、ユウキがその本を大切にしていることを、誰よりもコッコロが一番知っている。どうしてこんなところにあるのだろうかと、コッコロは小首をかしげた。

 だが、それはそれとして、ユウキの大切な本であるのだから、こんなところに落としたままではいけない。コッコロはその本を拾い上げた。

 

「おや?」

 

 少しの違和感。

 毎晩一緒に読んでいるコッコロだからこそわかることだが、わずかにユウキの物よりも本の終盤辺りに開き癖がある。

 開き癖のあるそのページを見ると、どうやら物語のクライマックス。二人が思いを伝えあって――――

 

 そのページに開き癖があったのだから、コッコロはこの本の持ち主に気がついた。届けたらきっと、恥ずかしがってしまうだろう。

 コッコロはテーブルの下をきれいに拭いて、元に戻した。

 コッコロの胸中にあるものは、不満や嫉妬ではなく。

 小さく微笑んで掃除を再開した。




 一応一章(っぽいもの)はこれでおしまい。一章のテーマは好きと言わない(作中で使ってないはず『好き』って単語が出てたら普通にミス)なので、アイラブユーは月がきれいですねになってますし、作中人物の好意は全部遠回しな表現を意識しました。

 一章終わったのでちょっと休憩でなかよし部とか、投稿するかわかりませんが書いてから、続きを書くので遅くなります。

 2月2日、色々修正。
 2月6日追記。
 少し5話に悩んでいるので、次回更新はしばらく先になりそうです。感想、お気に入り、そして評価ありがとうございます。励みになってます。
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