夏なので海で遊ぶお話です。
青い海がギラギラとした夏の日差しを受けている。絶え間なく波が押し寄せるものだから、小波がそのたびにキラキラと輝いていたが、その鋭い光によって、美しさを感じる暇もなく目が痛くなってしまった。
ユウキとキャルが訪れた浜辺は、前にも来たことのある場所。魔物が多く出現していた場所ではあるのだが、今ではほとんど狩りつくされて、安全に海水浴が楽しめるようになったらしい。とはいえ、人間の心理としては、ついこの間まで魔物が出ていた場所は避けたいようで、ユウキとキャルの二人を除いては周りに誰一人いない。
ユウキは、海をずっと見ていては眩しくてたまらないので、代わりに隣のキャルを眺めることにした。
キャルは、暑さゆえにかペタリと猫耳を寝せて、暑い暑いと片手でパタパタと顔を煽いでいる。
以前美食殿で海を訪れた時と同じ水着。砂浜に来るまではしっかりとパーカーの前を閉めていたのだが、いつの間にか大きく開かれていた。白磁のように美しい、シミ一つない細いお腹が覗き、そこを伝う汗が太陽の光にキラリと輝いた。
肩にかけるようにして、猫のデザインのかわいらしい浮き輪を持っているが、それにはすでに空気が入れられていた。二人で海に遊びに行く約束をして、キャルは何でもなさそうにはしていたのだが、どうにも待ちきれなかったらしく、昨晩のうちにはすでに空気を入れていたのだから、キャルを海に誘ってよかったと心から思える。
「暑いわねぇ……早く海に入りたいわ……」
そういうキャルは、目の前に広がる海を眩しそうに眺め、どこか気だるげな口調で言いつつ、けれどワクワクとした感情を隠しきれない様子だった。
今にも海に駆けだしてしまいそうなキャルに、
「ちゃんと準備運動してからだよ」
と、窘めるように言う。
言われたキャルは不満そうな顔をユウキに向けてくるが、それでも律義にユウキの真似をして準備運動を始めるのだから、相変わらず良い子だと思う。
「そういえば、あんたは泳げるのよね。あんまり一人で遠くに行かないでよね」
「キャルちゃんと遊びに来たんだから一緒にいるよ」
「そ。まあ、何でもいいんだけどね」
準備運動を終えると、キャルは浮き輪を持って、ゆっくりと海に近づいて行った。目を輝かせ、小さな笑みを浮かべながら、そっと足先を海水に触れさせた。
「冷たい……! やっぱり夏は海よね。本当は南国でバカンスーーなんて言いたいところなんだけど、こうして近くの海にでも、あんたと一緒に来れるのならそれでいいわね」
キャルを追いかけて、ユウキも海水に足を付ける。たったそれだけで、全身から滝のように流れ出ていた汗が、サッと引いたような気がした。
冷たい潮風が吹いて、キャルの長髪が靡いた。キャルはそのことを気にする様子も見せずに、足でバシャバシャと海水を蹴飛ばして楽しんでいる。
その横顔には少女然とした楽しそうな笑みと、底にちらつくように、幸福を噛みしめる深い感慨があった。
「キャルちゃん」
「ん? なあに――んぶぇ!?」
ユウキはキャルに声をかけると、顔面に向けて、足元の海水を掬って思いっきりぶっかけた。
「ちょっと――!? 何なのよ突然!? やろうってんなら容赦しないわよ!?」
鋭くにらむキャルに、ユウキは柔らかく笑いかける。
「水掛け合いでキャルちゃんと遊びたい」
キャルはユウキの言葉に一瞬呆けたかと思うと、何処か挑戦的な表情を浮かべて、
「ふうん? あたしに挑むって訳ね。良いわ。あたしは手加減苦手だから、覚悟しなさい。あんたが参りましたって言うまで終わらないわよ」
☆
しばらくそんな風にはしゃぎまわって、泳いでもないのにどちらもびしょびしょになってから、水掛け合いは終わった。ただお互いに水をかけあっただけなのだが、それがどうしてだか楽しくてしようがなかった。
「ふぅ……疲れちゃったわね。せっかく海に来たんだし、浮き輪に乗ってのんびりしたいわ」
そういうとキャルは、水面に浮かべた浮き輪の中央に腰掛けるようにして、リラックスし始めた。
「ねぇ、ユウキ。あんた泳げるんだったらこのままあたしを運びなさいよ。あんまり沖に出ない程度でね」
ふー、なんて息を吐きながら、目を閉じて気持ちよさそうにしている。ユウキはおとなしくキャルの乗っている浮き輪を掴んで、バシャバシャと泳ぎ始めた。
しばらく沖に泳いで出ていくと、キャルは今度は右に行けと言い出し、それに従ってしばらく泳いでいると左に行けと言い出した。
言われたとおりにしばらく泳いでいると、キャルからの指示がぴたりとやんだ。キャルの顔を見ると、何処か満足げな表情と、申し訳なさそうな表情とが混ざったような微妙な顔をしていた。
「さっきから散々泳がせちゃってるけど、疲れてない?」
「むしろまだ泳ぎたいくらい」
「んー。ならもうちょっと泳いでくれる? 今度はあっちの方まで」
ユウキは言われたとおりに泳ぎを再開する。今度はキャルと会話しながらだ。キャルはいつもよりも優し気な、ゆったりとした口調で話すものだから、とても愛らしく感じられた。キャルが時折わがままを言って、それを叶えてあげた時、キャルはこのような優し気な声色、口調で話すようになる。お礼も言ってくれるし、いつもよりいくらか素直になる。
だからキャルの我がままを叶えてあげることがユウキとしてもたまらなくうれしい事であった。
とはいえ、延々と泳ぎ続けているとだんだんと疲れが来る。水泳は一番体力を消耗する運動であるのだから、当然ではあるのだが。
スピードが落ちて、時折休憩を挟みだすと流石にキャルも気が付いて、心配そうにし始め、浅瀬に向かうように言われた。もうちょっと泳げるよとは言ってみたのだが、キャルは「あたしが浅瀬に行きたいのよ」と答えた。
それならばと浅瀬へ向かい、水底に足がつくかつかないかと言ったあたりで、
「ねえ、嫌じゃなかったら、一緒に浮き輪に乗ってゆっくりする?」
キャルはそんな提案をしてきた。
以前美食殿で海に来たときにも、同じような提案をされた。あの時は魔物が現れて、キャルの浮き輪に穴が開いてしまったので、結局一緒にゆっくりするなんてことは出来なかったが、今この場は魔物がいないため、今度こそ一緒に乗れるだろう。
「嫌なわけないよ」
キャルが腰かけていた状態から、浮き輪の中へ体を通して、一人分の空間を開けた。かなり狭い。ユウキは一度海に潜って、体を浮き輪の中にくぐらせるが、ほとんどキャルと抱き着くような形になってしまった。ずっと泳いでいて体が冷えていたからか、キャルと触れ合った身体の部分が、熱した鉄のように熱く感じられる。お互い水着と言う格好であるため、直接肌が触れる。
何も素肌同士で触れ合うことは始めてではないというのに、何処か照れくさく思えた。
日差しが照っているからか、あるいは体の熱が原因か、ぼんやりとしてきて、自然とキャルの方へ吸い寄せられた。
キャルは少し驚いたような表情を見せつつも、そっと目を閉じて、より体をユウキに密着させる。
「んっ……」
海水によるものか、あるいは流れた汗が原因か、はじめは塩の味がした。
徐々に薄くなって、ついには二人のモノしか感じられない。
そっと唇を離すと、キャルは頬を染めつつ、幸せそうな笑みを浮かべて、
「突然するなんて最低よ」
もう一度身体を、そして顔をキャルに近づけると、目を閉じてじっとユウキを待つ様子を見せた。そのまま放置していると、先ほど以上に顔を赤くして、むっとした表情を浮かべて、ユウキの頭に両手をまわして――
日差しが強い。心なしか肌がひりひりと痛む。
キャルもどこか忌々し気に太陽を見上げた。
「このままここでのんびりしているのもいいけれど、日に焼けちゃいそうよね」
言いながら、そっとそのしなやかな指を、ユウキの胸板に這わせて。
「ねぇ、どこか……日陰を探さない?」
いつかえちな話書きたいです。