吐く息の白さに、粒の白色が混じるのに気が付いてキャルは空を見上げた。曇天の、川底の砂泥のように濁ってはいるものの綺麗な空から、ちらちらと雪が降り始めていた。
「遅いわね……」
ユウキとの待ち合わせ時刻から少し過ぎている。ユウキに限って忘れただとか、面倒になっただとか、そんなことはないだろう。だからこそ何かに巻き込まれたのではないかと心配になる。時間に余裕はあるし、自分から探しに行こうとも考えたが、行き違いになりそうな気がしてやめておいた。
暫く、することもなく地面を眺めた。先ほどから降り始めた雪は、石畳の上に落ちては溶けて無くなってしまっていたが、徐々に消えずに残るようになり始めた。けれど、雪の勢いはそれほどではないため、遊べるほどに積もることは無さそうだ。そもそも、これから雪山に向かうというのに、あまり雪が積もるかどうかなんて気にしていても意味のない話な気がした。
道の先の方から誰かの足音がして顔を上げると、ユウキが慌てて駆け寄ってきていた。
「遅れてごめん」
謝るユウキに、けれどキャルは、そこまで叱る気にならなかった。今日がクリスマスで機嫌がいいというのもあるし、ユウキが遅れたことには相応の理由があるのだろうと想像できたから。
案の定、ユウキはいつものように人助けをしていて遅くなったらしい。
ユウキらしいと思う。
心のどこかに不満がないわけではなかったが、ユウキとは美食殿の仲間ではあっても特別な関係ではないキャルがそんな独占欲を持っても、醜いだけだ。
「じゃあ、早く行きましょう? まだ時間はあるけど、早く着いた方が有利かも。なんてったって一千万ルピよ!」
キャルは自分の嫉妬心を覆い隠すように、ワザとはしゃぎ気味に言う。ポーズだけでもやって見せれば、本当に楽しい気分になってきた。
「ところで、あんたは今日の目的ちゃんと覚えてるんでしょうね?」
クエストのある雪山までの道すがら、キャルはユウキに尋ねる。
「うん。一千万ルピが欲しいってキャルちゃんが」
「いや……間違ってはないんだけど……そうじゃなくて」
キャルは折りたたまれた紙を開き、ユウキに見せつけるようにして見せ。
「この『永遠雪のダイヤ』っていう宝石を見つけるクエストに行くんだから! ま、まぁ、発見者は一千万ルピが貰えるからってのもあるんだけど……」
☆
キャルがこの日ユウキと挑戦するつもりであるクエストというのは、数年に一度だけ、クリスマスの日にだけ現れるという宝石を探すもの。
ダイヤと名前が付いてはいるけれども、実際は解けない氷くらいの強度しかなく、宝石のサイズもそれほど大きくはない。それでもそのほかの宝石に負けないほどの美しさと、流通の少なさから、その価値は高いという。
「にしては一千万ルピってだいぶ安いわね……?」
数年に一度しか見つからないのなら、もっと法外な金額がついてもおかしくない。あまりに流通がないものだから、市場価格なんてものは調べようもなかったが、もしかしてかなり安く買いたたかれているのではないかと訝しむ。
キャルとユウキが先ほどから話していた一千万ルピというのは、『永遠雪のダイヤ』を見つけて買い取ってもらった場合の金額。持ち帰ることもできると書いているが、すぐにお金に変える方が良いと思っていた。けれど、冷静に考えてみると持ち帰った方が得かもしれない。
「あ、もう見えてきた! もうこんなに人がたくさん……」
そんなことを考えているうちに、クエスト参加者が集まるように指示されていた、雪山のふもとにある広場が見えた。
すでに数えられないくらいの人で溢れており、彼らを差し置いて真っ先に宝石を見つけるというのは現実的ではないように思えてならない。
「見つけたら一千万……もしかしたらそれ以上だもん……! そりゃあ、これくらい集まっても不思議じゃないわよね……」
とは言いつつも、こんなに寒い季節に雪山へ入ってまで一千万ルピを欲する人がこれほど多いというのは予想外だった。
キャルだって寒い思いはしたくないし、最初はもらえるかもわからない一千万ルピのために雪山へ向かうなんて馬鹿だとさえ思った。そう考えてから、けれど、だからこそ狙い目なのではないかと考え直してクエストに参加することにしたのだが。
「それにしても……なんだか全員、雰囲気が変ね」
これから雪山に向かっていくという状況であるのに、男女で手を繋いでいたり、腕を組んでいたり、もっとイチャイチャとしている人もいた。
「?」
「………場所間違えちゃったかしら」
ユウキの方も、どこか異様な場の雰囲気を感じ取っているらしく、不思議そうにあたりを見渡している。
そんなはずは無いと理解していても、キャルは場所を間違えた可能性を感じざるを得なかった。
先ほどユウキにも見せた、このクエストについて詳細の書かれた紙を取り出して、再度確認する。やはり場所は間違っていなかった。間違っていないことは確認できたのだけれども、それでも信じられない。
今回のクエストは、寒いクリスマスの季節に雪山に入って、小石くらいの大きさの宝石を見つけるという過酷極まりないもの。一千万ルピを手に入れられるかもしれないからといって、これに参加する人は多くないだろうと考えたからこそ、こうしてユウキを誘って挑戦しているというのに。
そしてこの場に集まっている人も、一千万ルピのために目の色を変えているのかといえばそうでもなく、寧ろ、お互いの事しか目に入っていないとばかりのバカップルしかいない。
「あはは、たっくん! それー!」
「やったなぁ!」
広場の端の方でそんなことを言いながら雪の掛け合いをやっている男女を見て、キャルは思わずくらりとした。別世界に迷い込んでしまったような感覚だ。
言いようのない不安に駆られて、しきりに辺りを見渡して、ふと、折り畳み式のテーブルの上に紙の束が置かれているのを見つけた。状況からして、今回のクエストに関係のあるものだろう。
「あたしの持ってるのには書いてなかったことが載ってるかも」
そんな期待をしながら手に取ったが、広場に置かれていた紙の内容はキャルが持っているものと全く同じであった。
それでも何か違うことが書かれていないか、既に持っていたものと比較しながら呼んでいると、ユウキが裏面をじっと見つめていることに気が付いた。
「? 裏なんて見てどうかしたの? 裏には何も書かれていな――」
裏には何も書かれていないはずだ。キャルはギルド協会で配られていたクエスト内容の書かれた紙を折りたたんで持っていたのだから。裏に何かが書かれていたのならば当然とっくの昔に気が付いている。
確かに、キャルの持っているクエスト資料に裏面は存在しなかった。だが。
「っ!? 本当は裏面もあったの!?」
どうやらキャルが手にしたクエスト資料には、ミスがあり裏面が書かれていなかったらしい。
「えっと……裏は『永遠雪のダイヤ』の詳細みたいね……」
数年に一度くらいの頻度でしか見つからない事などは表にも書かれていたことだけれど、キャルには分からないような、より詳細な特徴が記されていた。今回のクエストに直接影響のないであろう場所は読み飛ばして、他に何か重要なことが記されていないかを探す。
「さ、参加条件!? そう言うのは、表に書いてなさいよ……!」
今更条件に達していないので帰れと言われても納得が出来ないと、苛立ちによるものか不安によるものかわからない動悸と震えを感じながらも確認する。
と――
「か、か、カップル限定!!?」
予想だにしない文面にキャルは思わず叫び声をあげ、ユウキはただ首をかしげていた。
後半はちょっと急いで書いたのでたぶん修正入ります。
後編が来年のクリスマスになるようなことは避けたいと思います。