お誕生日キャルちゃん
お昼時の飲食店はずいぶんと賑やかだ。キャルとユウキは、二人きりで、美食殿でよく利用しているお店を訪れていた。
ギルド単位で利用する客も多く、大テーブルからは楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
店内は照明で明るく照らされ、椅子やテーブルは手入れが行き届いて、床もしっかり清掃されていて綺麗だ。
料理も量が多くてその上味も良い。
当然のように利用客が多くて、その全員が楽しそうに過ごしている。
美食殿の全員で訪れるときは、特にぺコリーヌがとんでもない量を平らげるため、テーブルには山のように食材が積まれるのだが、今はキャルとユウキの二人だけ。
さらに、ユウキに「あまり食べすぎないようにして欲しい」と言われ、キャルの前に置かれた皿には一品料理が少し。
キャルは重いため息を吐いた。
ユウキが、どうやらキャルが不機嫌になっているのだと勘違いしたらしく、バイト先の面白い話を始めた。それを聞き流す。
別にキャルは不機嫌になったわけではない。むしろその逆で、嬉しい気持ちを押し殺そうとした結果、まるで不機嫌そうなため息をこぼすことになってしまっただけ。
今日が何の日であるのかを考えれば。
美食殿のみんなが、わざわざぺコリーヌがお忍びで朝からやってきてまで、ギルドハウスで何かをやっていることを考えれば。
ユウキが「食べ過ぎないように」と言ったり、ギルドハウスに戻ろうとする素振りを見せたら慌てたりすることから考えれば。
いったいみんなが何をしてくれているのか、簡単にわかる。
そしてそのことを受け入れている自分。
少し前までならば、そんな訳がないと考えたり、そんな資格はないと卑屈になったり。だが、今のキャルはどうだろうか。美食殿のみんなが、自分の誕生日を祝おうとしてくれている。そう考えただけで、何処かぽかぽかとした温かい気持ちで包まれる。
みんなの好意を、こうして素直に受け入れられるようになったのも本当に幸せな事なのだと思う。
「ふふ……」
思わず笑みが零れた。そんなキャルの様子を見ていたのか、ユウキがいつもの無邪気な笑みを向けてきた。
思わず口元を隠しながら顔をそらして、ジトっとした目で睨みつけてやることにする。
ユウキは特に怖がったりすることなく、笑みを浮かべたままだ。
「……ちょっとギルドハウスに本を取りに戻ろうかしらねぇ~」
「! い、一緒に本屋さんで新しい本を見ようよ! 今はちょっとまだ駄目だから」
「……あーい」
揶揄ってやると、想像以上に大慌てでそんなことを言うユウキに、キャルは苦笑した。
しかしそれにしても、おそらくはギルドハウスで自分の誕生日会の準備をしてくれているのだろうとは思うのだが、その時間稼ぎにユウキを使ったのは人選ミスなのではないだろうか。
現にこうしてキャルに簡単にサプライズがバレてしまっている。
もっとも、こうしてユウキとデートができているのは役得と言うべきか、嬉しいことに違いはない。
あるいは、そのあたりも含めて、ユウキが選ばれたのかもしれない。隠しているつもりであっても、美食殿の仲間たちには、キャルの密かな想いが気づかれているような気もする。
そうだとしたならば少し複雑だが、けれど、今日くらいは余計なことを考えずに今この時を楽しもうと、キャルは料理を食べ始めた。
☆
会話の通りに本屋に行った後も、公園、雑貨店などユウキに連れまわされるのに任せつつ、時折ギルドハウスに戻ろうとする素振りを見せて揶揄いながら、キャル自身も楽しく過ごせていた。
時間を忘れるほど楽しんで、広場のベンチで一休みする。
そのまま他愛無い会話を続ける。
ふとした頃にはすでに日が沈み始め、空が茜色に染まっていた。
「そろそろ帰ろう」
ユウキにそう提案されたキャルは、最後にちょっとだけ意地悪をすることにした。
「ん-。せっかくだし、晩御飯を食べてから帰らない?」
「え!? えっと……」
「冗談よ。早く帰ってみんなでご飯にしましょ」
「うん!」
ギルドハウスへ戻るいつもの道。なぜだか急に緊張してきた。
おそらくはサプライズと言うことなのだろうし、驚いた方がいいだろうか。それとも、変に演技せずに自然体の方がいいだろうか。
そんなことを考えていると、思わず吹き出しそうになってしまった。随分と贅沢な事で悩めるようになったものだ。
「ねぇ、ユウキ」
「? どうかしたの?」
「あ、いや……やっぱ何でもないわ」
「?」
キャルは思わずユウキにお礼を言おうとして、けれどそれはまだ早いと途中で止めた。みんなが自分の誕生日を祝ってくれるのだったら、その時に、思いっきりお礼を言うようにしようと。
ギルドハウスが見える頃には、辺りはもうとっくに暗くなっていた。まだ秋と言うには早い季節。それでも薄着でこの時間帯に外に出ていると、肌寒い。
遠くに見える、ギルドハウスの窓からこぼれ出る明かりが、とても暖かいもののように感じられて、自然と早足になる。
玄関の扉の前で、キャルは深呼吸をした。不思議そうに眺めてくるユウキを無視して、何度か繰り返す。
急に不安な気持ちが襲ってくる。全部キャルの都合のいい勘違いで、誰も自分の誕生日なんて覚えてくれていないのかもしれない。
なんて――
「あはは、そんなわけないわよね。あいつらは、びっくりするくらいお人よしで、暖かくて…………ただいま!」
「「お誕生日おめでとう!!」」
軽い破裂音と共に、色とりどりの紙吹雪が舞った。ぺコリーヌにコッコロ、シェフィが明るい笑みを浮かべながらクラッカーを鳴らし、ネビアが両腕一杯に抱えていたらしい紙片を直接キャルの頭から降らせる。
いつもの食卓の上には、こんがりと焼きあがったチキンや、一人では持てなさそうなほど大きなケーキと言った御馳走の数々。
隅々まで飾り付けがされていて、『キャルちゃん誕生日おめでとう』と書かれた垂れ幕も壁に掛けられていた。それぞれ微妙に自体が違う。あの可愛らしい字はぺコリーヌのモノ、几帳面さが伺えるコッコロの文字、綺麗ながらどこか丸いシェフィの文字と、それぞれの個性が溢れている。パッと見ただけでは何の文字かわからないあの文字は、ユウキのモノだろう。ユウキなりに頑張って書いたのだろうと伺える。美食殿の全員が、自分の誕生日を心から祝ってくれていることが伝わってくる。
振り返ってみると、どこか得意げな表情のユウキ。もしかしたらサプライズできたとでも思っているのだろうか。
キャルは呆れた笑いを浮かべながらお礼を言いつつ、ユウキに自分の対応を任せるのは人選ミスだろうと忠告してやろうとして――声が出ない。
「あ……」
「キャルちゃん? どうかしたんですか?」
どこか心配そうなぺコリーヌの表情が、ぼやけて見える。
驚いたシェフィの表情と、意味深に微笑むコッコロ。
「うぅうう……うあああああん!!」
キャルはたまらず目の前にいたぺコリーヌに抱き着いた。
「ええっ!? キャルちゃん!? 何か嫌な事でも――」
「んなわけないでしょばかぁ!! 嬉しいのよっ」
ぎゅうっと、思いっきり力をこめて抱きしめ、思わず叫ぶ。段々ともっと思いっきり感謝の気持ちを伝えたいという思いが強くなるが、こんな時にでも照れくさいという気持ちが邪魔をして、その葛藤から抱きしめる力が更に強くなる。
もしかしたら痛いくらいだったかもしれないが、ぺコリーヌはそんなキャルを、そっと抱き返しながら。
「キャルちゃん。お誕生日おめでとうございます。大好きですよ!」
「ううぅぅぅ……あたしも……! あたしもみんなが大好きぃい!!」
☆
いわゆるお誕生日席で、赤面した猫娘が一人。
病気を疑うほど頬が紅潮している。
口をもごもごとさせて、プルプルと震えうつむいているのだが、時折周りを囲むギルドメンバーの様子をうかがう。
心なしか生暖かいまなざしを向けられている気がする。
「では、改めまして。キャルさま、お誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがと。えと、その……祝ってくれて嬉しいわ」
「もっとさっきみたいに叫べばいいじゃない。泣き虫キャル」
ネビアに揶揄われ、キャルはギッと歯を食いしばる。今は怒ったりせずにこの瞬間を楽しむのだ。祝ってくれてうれしかったことも、思わず叫んでしまったことも本心だ。だから多少揶揄われるくらいは――
「みんなのことが大好きなキャルちゃんには、いつもより多めにご飯あげちゃいますね!」
「うぐぐぐ……ありがと……」
「嬉しくて泣いてしまったキャルさま。ジュースをお注ぎします」
「……う、うん。多めでお願い……」
「ほらキャル。せっかくの誕生日なんだし、主役らしくしたらどう? さっきみたいにね」
「……」
スカートをぎゅっと握りしめながら、キャルはすべて笑顔で流した。
おかしくなりそうなほど恥ずかしいけれど、この瞬間も、かけがえのないものなのだ。
祝ってくれるのだろうと予想がついていたにも関わらず、どうしてあれほど号泣してしまったのか――それだけ嬉しかったからだ。
「キャルちゃんお誕生日おめでとう」
「ん。ありがと」
ユウキは特に揶揄ってくる事無く、ニコニコと。
美食殿らしく、おいしい料理に舌鼓を打ちながら、幸せな夜は更けていった。
供養がてら
考えてたオチ一覧
1:主キャルなオチ→別でもっと主キャル誕生日話書くつもりなので 没
2:虫を食べさせられるオチ→誕生日なんだから幸せな方がいい 没
3:騎士君に揶揄われてキレるオチ→騎士君が……揶揄う……? 没