ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
特にフェイトちゃんにぞっこんな方ほど辛いお話。
灯りがほとんど消失された、どこかの部屋。
闇が支配していることで、ある程度広さがあること以外は、どういう一室であるのか、判別がつきにくい。
一人の男が、そんな暗黒の空間で腰かけていた。
顔つきは日系で髪はすっきりとした短髪、歳は見たところ初老あたり。
そして彼の右手には……怪獣使いのアイテム。プレシアが持っていた類似品とは違い、外見上はより本物に近い。
男は、現状の疲労困憊な自分が恨めしかった。
だが、復活の足掛かりな贄であり、欠片程度の力しか持たない地球人とその仲間たちに二人の『光の巨人』によって、『今の世界』に飛ばされ、その能力の大半を失った。
本来なら雑作ない、2体同時使役さえ、今の彼にはままならない。
現に、操作中は過呼吸症候群のような息の荒れと、倦怠感に見舞われた。
まあいい……あの女に〝あの技術〟と取引先の星人に作らせた〝次元要塞〟を提供したのは正解だった。
あの星人たちの技術力も中々だ。《光の国》ですら制約がある次元航行技術を今や有し、現状奴らに知られることなく、最強の生体兵器を生み出すべく、あらゆる世界の生命体を捕らえ続けている。
女からの対価として、輸送中のジュエルシードを地球に落とすこととなってしまったが、結果的にウルトラ兄弟三兄の倅と連れの戦力はある程度分かった。
まさか〝奴〟の息子だけでなく、その仲間たちが、こちらに来ているとは思わなかったが、逆に言えばこの身に微かでも抗える存在は、彼らしかいないのだ。
策なら、いくらでも応じようがある。
さらに、完全復活の手だても持っている。
あの呪われし魔導の本を利用すれば、全盛期以上の力を手にできる。
そのための準備も怠っていない。
データも取れた。あの技術が人間だけでなく、《怪獣》にも有効であると示すデータを。
管理局など、図体がデカイだけの組織、恐れるに足りない。
どの道彼らでは、手遅れな状況下でも、まともに手は撃てまい。
現状はよく分かった、とりあえず……今は静かに待つ時。
部屋の中を電子音が響き、男は机に設置されたキーボードを操作、『SOUND ONLY』と表示されたモニターが現れる。
「マンジョウメ博士、グレアム提督がお呼びです」
「分かりました、直ぐ向かいます」
嘲笑したくなる気持ちを抑えながら、彼は答えるのであった。
若造のウルトラ戦士と、狂気に墜ちた大魔導師との憎悪のぶつけ合い。
あれも中々の見物であったが、あの魔導書が起こす修羅場は、あれよりも黒く激しい悦を、こちらに示してくれるだろう。
楽しみだ。待ち焦がれるだけでも、歓喜の震えが沸き立つ。
落ち着け、今は耐えて静観する時なのだから。
男は、そう自身を抑制させていたが、口元には確かに、おぞましく歪んだ嬉笑が現れていた。
昨日、勇夜は光にジュエルシードの次元振をきっかけに時空管理局が重い腰をあげることを話していたが、その通りとなった。
マルチバースの海を泳ぐ、銀のカラーリングに、二つの突起が音叉状に伸びたデザインの戦艦が一隻。
時空管理局本局が所有する、時空を超える船。
L級巡航艦船――アースラ。
その艦内の床、壁、天井全面に艶が敷かれ舗装された廊下を、歩く女性が一人いた。
ミントグリーンな色合いの髪を、勇夜よりはやや上向きに縛り、藍色のロングスーツに純白のスラックスな管理局本局の制服を着込む、見た目は20代後半に見える女性。
彼女は横開き式の自動扉の前に着き、開放されたドアを抜けると。
「みんなどう? 今回の巡行は順調かしら?」
ドアの先は、この船の艦橋であった。
女性は入室するとともに、この船を動かしているクル―たちに声をかけた。
「はい。現在、第三船速にて航行中です、目標次元の惑星には、今からおよそ12時間後に到達予定です」
「次元観測を続けていますが、前回の次元震以来、特に目立った動きはありません」
クルーからの報告を受ける女性の名は、リンディ・ハラオウン。
時空管理局本局に勤める局員で役職は提督、そしてこのアースラの艦長だ。
「事件の中心人物である二名の魔導師も、今はその活動を停止しているようです」
その内の一人で、艦長の為に紅茶を淹れているショートカットで茶髪の少女は、このクルーのオペレーター――――エイミィ・リミエッタ。
「管理外世界で起きた小規模のものとは言え、次元振の発生は見過ごせないわ」
勇夜の予想通り、管理局はその重い腰を上げてアースラクル―を地球に向かわせていた。
「それから、〝彼と例の巨人〟が両方確認された以上、事態はかなり深刻と思われます」
中央の艦長席に腰かけたリンディに、紅茶を渡すエイミィ。
彼女が言う『彼と巨人』が誰なのかは言うまでも無い。〝彼〟はどちらの姿でも、管理世界で名の知れた存在なのだから。
何せ、どちらも大概は、管理局が捜査で介入する前に事件や事故を解決してしまうのだ。
その〝彼ら〟が両方存在しながら手を焼いている時点でかなり状況はややこしく、緊迫していると推測できた。
「そうね…危なくなったら、急いで現場に向かって貰わないと、ね、クロノ?」
リンディは艦橋内で佇む、籠手などの武具が装着された黒衣の装束と黒髪の少年に声をかけた。
彼はクロノ・ハラオウン。
管理局では執務官と呼ばれる役職に就き、リンディの息子でもある魔導師だ。
「わかっていますよ、艦長」
親子だからと言って公私混同はせず、彼は事務的に。
「僕は、その為に居るんですから」
中央に深い青色の光沢が埋められたカード…彼の愛機――デバイスを取り出しながら答えた。
その日の夜の遠見市は、曇天であった。
空の大半は、雨雲に支配され、海上に浮かぶ雲は雷鳴さえ起きている。
いつ雨となってもおかしくない天気だ。
勇夜はと言えば、マンションのベランダで、夜の遠見市市街を、浮かない表情で一望していた。
アルフはと言えば、戻ってからも眠りに着いているフェイトの傷の手当てをしつつ、やはり沈んだ表情で彼女を見下ろしていた。
彼女の寝顔は至って穏やかだ。
だからこそ、目に写る体中に刻まれた赤く変色する痣が、相対的に痛々しさを醸し出している。
こっちに戻ってからというもの、勇夜とアルフは一言も会話をしていない。
2人とも、お互い気まずさからどう言葉を絞り出して切り出すか、踏み込めずにいた。
あの玉座の間で交わされた会話の内容と、フェイトに課せられた真実を、アルフも知ってしまった。
勇夜も彼女が受けたショックを察し、何も言いだせずにいる。
「本当なのかい? あの……話」
暫くして、ベランダに出てきたアルフが開口一番に静寂を破った。
彼女の問いに、どう返すべきか困惑している顔を、勇夜はしばし見せつつも、決心したのか、アルフに視線を合わせながら。
「本当だ…」
と、答えた。
そして、彼が今まで調べ上げた『真実』の詳細を、アルフに洗いざらい話し上げた。
勇夜が明かす真実は、アルフにとって信じがたい、フェイトが当人すら知らずに抱える十字架であった。
フェイトが…あのアリシアって子の、クローンだったなんて……あたしと同じように、人工的に生まれた命だったなんて、そんな彼女をあの女は、利用するのに便利な〝人形〟としか見てなかったなんて……嘘だと断じたかった。
でも、アリシアがフェイトと合わせ鏡にそっくりなことと、あの女がやっていた研究、古代から伝わる禁断の技術、クローン人間の生成、その研究の名前が―――プロジェクトF.A.T.E。
パートナーであり、姉妹と言ってもいいフェイトと、同じ名を冠した技術。
これだけのことを、勇夜とリンクに聞かされたら、信じるしかなかった。
『プロジェクトF.A.T.Eは、単にクローンを生み出すだけではありません、遺伝子のモデルになった人間の記憶も、対象のクローンに植え付けるのです』
「………じゃあ…フェイトがいつも言ってた……〝優しい頃の母さん〟って」
『恐らく……アリシア・テスタロッサの記憶によるもの、と思われます』
と言うことは、フェイトは一度たりとも、あいつから愛情も笑顔もまとも向けられないまま今日まで生きてきたの?
姉貴が経験した記憶だけを、頼りにして、それを自分の過去であると、疑うこともないままに。
なんて……残酷だ。
でも、同時に納得もいく。あの女が、必要以上に、フェイトに冷徹に接する理由。
あいつは、死なせてしまったアリシアを、何が何でも、生き返らせようとした。なんせ、自分が殺してしまったと言ってもいいからだ。その絶望は、計り知れないものだった筈。
プロジェクトF.A.T.Eに手を出したのも、その方法なら、もう一度生きた娘に会えると、信じて疑わなかったからだ。
だけど、結果はあいつにとって、失望を生む失敗であった。
勇夜によれば、アリシアはかなり活発で明るく人懐っこい性格な女の子だったらしい。
前に見せられた写真に写ったあの子を思い出すだけでも、フェイトとは全く正反対な子だと頷けた。
アリシアとして生み出したのに、見た目以外は全然似てない子になったんじゃ、あんな鬼婆を化すくらい、狂っちまうのも無理ない。
だからって、あの仕打ちはとても許せる業では無いと言いたい。
「すまねえ………フェイトにも……ひどいことを言っちまったな」
「え? いいよ…勇夜が謝ることないって…」
アルフは戸惑う。
まさか、彼から謝罪を受けると思わなかったからだ。
だって…あんな理不尽、感情任せに叫びたくもなるさ。
「あたしもあの場にいたら、勇夜と同じことを言ったと思うし、そのことには、逆に感謝してるんだ、あたしが今まで言いたくても言えなくて我慢してたことを、洗いざらい代弁してくれたからさ…」
理由を知っても、心はとても納得などできない。
昔からフェイトと話そうともしない。
顔を合わせようともしない。
研究室にずっと籠って、たまに対面した時は一方的に『危険なお使い』を頼むだけ。
フェイトが苦労してお使いを達成して、指定されたロストロギアを持って来ても、礼の一つも言わず、あまつさえさっきみたいに何度も痛めつけて、ただ?アリシア?じゃないからって…そんな手前勝手なことがあるかい。
憤怒に駆られない方が無理な話だ。
勇夜と違って、自分の場合は、喧嘩を売ったら逆にあいつに打ちのめされただろうけど、フェイトの母だけあって、あいつの魔導師としての強さは段違いだ。
一発殴りたくとも、自分ではその前に奴の雷撃の餌食となるのが落ち。
勇夜だって、ひょっとすると……負けてたかもしれない。
悔しいけど、それも認めざるを得なかった。
けれど、腑に落ちないこともまだある。
「けどさ…ならあいつは、ジュエルシードで何をするつもりなんだい?」
フェイトにジュエルシード含めたロストロギアを集めさせてきたわけだ。
願いを叶えてもらうにしても、勇夜が欠陥品と称して、ちょっと衝撃を与えただけでバルディッシュを破損させ、ウルトラマンの姿であった勇夜も倒れるほど消耗させ、街に大穴開けるだけの被害を出す代物を、いくらあんな心が壊れた人間だからって……あんなものを使って、娘を蘇らせる何て願いを叶えてもらおうなんて、思えなかった。
「アルハザード……」
「え?」
不意に勇夜が発した単語に、首を傾げるアルフ。
『別名、〝忘れられた都〟とも呼称される、遥か昔、現代以上の技術力が結集していたらしい文明の都市の名称です、史実では跡形も無く消滅したことになっていますが、最近の研究で、今もどこかの空間に存在していることが判明しています』
あたしらの世界では、数百年前、各次元世界の文明同士で、大きな戦争があった。ロストロギアもたくさん乱用されたらしく、消滅した世界は数知れず、生き残った世界の文明も、大きな打撃を受けたと言う。
お陰で、あの時代はこの地球じゃ何千年前くらい遡らないと当て嵌まらない、『古代』と見なされて、大昔扱いされている。
アルハザードは、あの大戦争で、一度は消滅したと思われた世界に存在した都市で、どうもひょっとしたら次元の狭間にあるかも、と学会では騒がれているらしい。
たとえあっても、今の技術じゃ、そこに行くのはおろか、どこの次元に隠れてるのかさえ見つけるのも叶わないとのことだ。
そんな場所に、あいつが行きたがるのは…こうパズルのピースの組み立て方を指南されれば、自分でも難なく把握できた。
今の文明の技術では無理でも、あの都にある技術なら、今度こそ娘を蘇生できると思いついたのだろう。
「て、ことは…あいつはジュエルシードを使って」
『わざと暴走させ、無理やりアルハザードに繋がるゲートを開く魂胆でしょう』
「フェイトをこき使ってんのは、そこへ行く為の〝切符稼ぎ〟ってとこだろうささ」
「鬼婆にとってフェイトは………アルハザードをこじ開ける為の踏み台…ってことかい?」
『そう…なりますね』
口を噤む様子で、リンクが答えた。
怒りの熱流が、体中を巡り、アルフは必死に抑える。
勇夜があそこまで怒るのも無理無い。
あたしだって、たとえ無謀だと解っていても、今すぐにでもあの女をぶん殴りたくて、腕が疼く。
「でも…」
でも、なにより一番の問題は……フェイトに何て話せばいいのだろう?
本当のことを言うべきか……けど、自分が使い魔の宿命を知った時のショックを思い出すと、とても言う気にはなれそうにない。
だけど、このままフェイトにこんなことを続けさせるのを良しとする気にもなれない。
今やっていることが報われないことを、その先に待つ結末を、知ってしまったから。
「なあ、どうしたら――」
そういったところで、勇夜はアルフの口に人差し指を立て制し、片方の指で部屋の中へ指差した。
指の先に目を向けると、そこにはフェイトが眠っているベット。
そして寝具の上で横になっている彼女の瞼が動いたかと思うと、閉ざされた瞳がゆっくり開かれ、フェイトは目を覚ました。
「フェイト!」
アルフは彼女に駆け寄り、その身を起こしてあげた。
「大丈夫かい?」
「大丈夫……平気だよ」
彼女はそう言っているが、傍目から見える気だるそうな様子は、起床時特有の眠気の残りかすが原因だけではないであろう。
普段からか細い声も、今はそれ以上に小声で儚げだ。
「フェイト?」
まさかと思った。
フェイトは、重々しそうに体を動かし、ベットに備えられた壇上に於いてあるバルディッシュに手を出そうとし、思わずアルフはその腕を掴み阻んでいた。
「止めないでアルフ……まだ、ジュエルシード…探さないと…」
「まだ探す気なのかい!? ダメだよ、そんな体じゃ無茶だって」
勇夜とアルフは呆然自失になった。
昼間の仕打ちで、体力も戻って無いはずなのに。
その体も、痣だらけで痛々しいのに……それに万全な状態で封印できるほど、異相体となったジュエルシードは甘くない、やられに行くようなものだ。
「だって…母さんが、これじゃ足りないって…」
「でも…フェイトはちゃんと言われた物を持ってきただろ…なのにあの女、あんな酷いことを」
「酷いことじゃないよ…母さんはわたしの為を思って……」
「思ってるもんか! あんなの……あんなのただの八つ当たりじゃないか!!」
気がつけば叫んでいた。
あいつの目的を知ってしまっただけに、この全身の痣を作った元凶の期待に応えようとする彼女の態度に納得いかない。
フェイトは知らないとはいえ、とても用が済めばいつでも捨て石にする魂胆な野郎に、どこに報いる義務だとか責任だとか、情があると言うのか?
「違うよ……だって……親子だから…あれは私が受けるのが当然の、罰だから」
「フェイト! だって………だってあいつは―――!」
「待て! アルフ」
思わず、『あのこと』を言いそうになりかけたあたしを勇夜が手でさえぎり、首を横に振って宥めた。
真実を口にしそうになった短絡的な己を恥じるアルフ。
何馬鹿やってんだ?
あんな話、下手に話せば、あの時の自分みたいにフェイトを余計自暴自棄に追い込んじまうってのに。
「フェイト、俺からも聞きたいんだけどな、まさかいつもああいう風に、あのお袋さんの言うことを聞いてたのか?」
諭すように投げかける勇夜の問いに、フェイトは黙然と頷いた
「そりゃ、親の言うことを聞くのは確かに当然だ、でもな、それだけじゃ、血を繋がってるだけじゃ………親子って言わねぇんだよ」
彼の言葉を前に、フェイトは黙ったまま答えない。
「黙ったままじゃ何も伝わらないだろ……俺にも……そしてお袋さんにも……正直に言う…俺もアルフと同じ意見だ、俺から見たらあんなのは親子じゃない……奴隷と使役者だ……あんなのは母親じゃない……独裁者だ」
「勇夜……それ以上母さんを」
勇夜はあたしが、我慢して言葉に出来なかったものをフェイトにぶつける。
「何度でも言ってやるさ!あいつはフェイトを見ようともしてないし、フェイトも『血縁』だけの繋がりに甘んじてるだけだ、ジュエルシードを集めるよりも、やらなきゃいけないことがあるだろ……あいつに伝えなきゃならないことだって…」
「……………………」
リンクの話じゃ、勇夜、ウルトラマンゼロは、小さい時は天涯孤独で、実は父は生きていたんだけど、その人が父親だってことは、強さへの渇望で故郷の人工太陽に手を出した罪による更生を含めた修行を終えた直後まで知らなかったという。
さっきの言葉は、多分その経験から来ているものだと分かった。
フェイトには悪いが、今回は勇夜の意見にあたしは賛同だ。
確かに、家族を作る上で、血の繋がりは必要なのかもしれない。
でも、なんというか、血脈があっても、お互いに大切だって思ってる気持ちを共有できないんじゃ、親子だとか、家族の糸なんてものは作れないと思うのだ。
逆に血が繋がんなくたって、その糸が固く結ばれたなら、家族になれる筈だと信じたい。
これは、フェイトと…〝あの人〟と一緒に生活してきた、自分の経験からくる見解(かんがえ)だ。
「だから、一度……ちゃんとプレシアに――」
勇夜が、彼なりの言葉で、フェイトの今をどうにか改善させようと、彼女を説き諭そうとした時。
「それ以上言わないで!!!」
フェイトの悲痛さが垣間見える叫びに、勇夜とアルフは目を見開かせた。
常人より声量が抑え目な彼女なだけに、今の号叫は、豹変したのかとすら感じられた。
その喚きを切欠に、フェイトは体を小刻みに震わせ、頭を両手で抱えながら、崩れゆく。
「違うの……母さんは何も悪くない、悪いところなんてないの…悪いのはあたしだけなの…母さんを失望させたから、あんなことをさせるのも私のせいなの…わたしが良い子でいないから…言われたことをやらないから…期待に応えられないから、こんなことを続けることに迷ってるから!!」
パニックを起こしているのは明白。
勇夜たちに言い返すというよりは、むしろ自分に無理やりにでも自身がとる行動を肯定させようと、強迫観念で言い伏せようといった印象を受ける。
この場にいる者、特にアルフは、フェイト不安定な感情の爆発に、狼狽するばかりだ。
どうして……この子は、こうまで自分で自分を罵倒できるのだろう?
ここまで、自分の精神(こころ)を、リストカットよろしく、傷つけられるのだろう?
一体何が、フェイトをあそこまで愛情を示さずに虐待を続ける母に固執させるの?
分からない……なんでなんだよ?
「だからぁ…母さんの悪口を…言わぁ…ないでぇ………全部、わたしがいけぇない子だぁから………」
こんなフェイトは、今まで見たことが無かった。
この瞬間まで彼女が、誰にも見せなかった……心の闇、蓄積されてきた…彼女の歪み。
「…………」
自傷するフェイトを前に、暫く何も言えずにいた。
「分かった……だったらもう勝手にしろ…」
次に耳に響いた声が、アルフにさらなる衝撃を叩きつける。
「勇夜?」
「今日を持って約束は終わりだ…」
アルフは時が止まった感覚に囚われる。
フェイトも顔を疼くませたまま、貌こそ見えないが、今までずっと震えていた体が固まった。
「もうここには来ない……次に会った時は容赦するな、全力で来い、こっちも全力で邪魔をする」
そう……今日がこの『約束の期日』であることは前々から決まっていたこと…プレシアに会わせるまで、ジュエルシードの収集は黙認する。
対面の結果次第では、収集の阻止と、身柄の確保も辞さない。
それが、この関係が今日まで続いた……条件と約束。
それが果たされれば、晴れて自分たちは敵対する者同士。
今までの状況が、異常だったのだ。
「どんな願いがあるにしろ、あんたのお袋さんに、この星を〝道連れ〟にさせるわけにはいかないからな………」
「待って、勇夜!」
「………」
とうとう何も言わず、背を向けた勇夜に、ようやくフェイトは嘆きで腫れた顔を上げた。
まるで世界が終ってしまうとような表情をするフェイトを振り切って、背中で〝さよなら〟と伝えた彼は、部屋を後にした。
バタンと、ドアの閉じる音が、非常に響く。
まるで二度と開くことはないような、冷感な扉の残響が、部屋の隅々まで鳴り渡った。
「勇夜!」
アルフはフェイトを残すことに罪悪感を感じつつも、勇夜の後を追った。
残されたフェイトは、勇夜から突きつけられた断絶のショックによって、小さな体躯をただ縮こませながら、嗚咽を繰り返すことしか、できなかった。
捨て台詞を置き土産に、部屋を出ていった勇夜の後を慌てて追うアルフ。
廊下に出た際、自分が耳と尾を出したままだと気づき、慌てて押し込もうとするが、心が慌てふためくせいで、上手くいかない。
「だぁ~~~もう!」
とうとうめんどくさくなり、隠すのを断念した。
もし地元の人に見られたら?
まあそん時は、アニメとか物語に出てくる架空のキャラに成りきるという〝コスプレ〟……だとか何とかで誤魔化そう。
言い分をまとめつつ、エレベーターに向かうアルフ。
しかし時間を喰ったせいで、勇夜を乗せた昇降機は既にこの階より下へと降りている最中だった。
階段を使う余裕さえ、彼女にはない。
仕方なく、廊下から身を乗り出して、地面の周りに人がいないことを確認すると、アルフはその場から飛び降りた。
あの時の勇夜の表情、間違いない。
本心とは、正反対の気持ちを見せなきゃいけない人の顔だった。
だって、何度も……何度もフェイトはそうして、無理をして来たんだから。
今ならフェイトのパニックの原因も分かる。
ずっと我慢ばかりしてきたから、だから今みたいに、今まで溜めこんでいたものが一度に爆発してしまって………情けない、ずっと一緒にいたのに気づいてあげず、どうすることもできない自分が。
飛行魔法の応用で、落下速度を抑えて着地する。
丁度、マンションのドアから、勇夜が出てきた。
「勇夜!」
彼に呼び掛けると、彼はこっちを見止めて、立ち止まった。
「やり合うなら、今度にしてくれ…」
「そうじゃない!そうじゃないんだけど……」
勢いで来てしまったので、いざ何を言ったらいいか分からない。
自分も初めて見た。
あんなに自分を攻める主が……あの女への不満を口にすると、窘められることはよくあったけど。
「どうにも…ならないのかい?」
自分の言葉も、勇夜の言葉も届かず、あんな雁字搦めになったフェイト。
そんな彼女の痛みを知らず、痛みしか与えない母。
でも、勇夜なら、あの二人を、どうにかできるかも……だって、自分じゃ取り戻せなかった……フェイトの心からの笑顔を、この人は齎してくれたから。
他力本願なのは承知だ。
だけど、どうしてもこのまま彼を帰らせたくはなかった。
「悪いが……俺たちじゃどうにもならねえ」
微かな希望を込めて、投げかけた彼女の想いに、彼は低く静かに答えた。
「フェイトみたいな虐待を受けている子どもはな……〝親が悪いなんて微塵も考えない〟らしいだよ、こうなんのは全て〝自分のせい〟なんだと………自分を責め続けるんだってさ…」
勇夜のその言葉と皮切りに、曇った夜空から、雨が降り始めた。
最初はまだ少量だったが、直ぐに本降りとなる。
まるで、自分たちの気持ちを代弁するみたいに、雨粒が大量に流れ落ちていく。
「そんな……」
「お前も見ただろ…今のフェイトには、それこそ〝血を吐きながら続ける…悲しいマラソン〟……ってやつを続けることしか……できない」
死刑宣告を、受けた気分だ。
濡れた髪も耳も尻尾も服も、その冷たさも、突きつけられた現実に比べれば苦にならないほどに。
なんで、なんでなんでななんで………なんであいつがフェイトの親なんだよ!?
娘を、彼が言う『血を吐きながらのマラソン』を無理やりやらせて、犠牲(ふみだい)にして、娘を生き返らせようとする野郎が…どうして?
硬直したアルフをよそに、勇夜は彼女を横切るが、背を向け合う形になると立ち止まり。
「それとさ…あのことはまだフェイトには話さないでくれ」
「プロジェクト………F.A.T.Eのこと?」
振り向き、勇夜の背中を見つめながらアルフは答えた。
「ああ、下手すりゃな、抜けがらみてえに笑わなくなったフェイトと一生をともにすることになるぞ」
一生…。生涯を、ともに過ごすこと。
それがフェイトとわたしが交わした契約。
その契約の時、あたしはフェイトを守るって誓った。
そして〝あの人〟から、フェイトを幸せにすると約束した。
今あのことを話せば、あたしはそのどちらの誓いを守れないまま……死ぬまで生なきゃ……ならなくなる意味合いを込めた………彼からの警告。
「俺も、そこまで冷酷になれねえよ」
背を向けたままだった彼は、ようやくこちらに顔を向けた。
彼なりに見せまいとしているのだろうけど……頬をつたる雨粒が涙に見えるほど、顔は……目は……憂いでいた。
その泣きそうな表情を見ても解る。何が……〝容赦するな〟だよ。
今でも、彼は自分たちを案じてる。
どうしたら、フェイトを救えるか、助けられるか、もがいて苦しんでいる。
それを、やせ我慢で隠している。
「もう…行くぞ」
そう言って、彼は歩き出した。
やるせなさと、無念を秘めた背中を見せながら。
アルフも、背中を見送りながら、悲しさと悔しさと無力感の前に、足に力が入らなくなり、膝をついた。
ああ……この人が、あの子の……フェイトの………家族であってくれたら、どれだけ良かったか………一瞬、そんな無粋が考えを過ぎらせてしまった。
こんなこと、フェイトにとても言えたことじゃないのに。そう考えてしまった。
雨がひどくなる中、アルフは勇夜が見えなくなるまで、ずっと彼を見つめていた。
実を言いますと……リリなのに関しては、キャラは好きだけど、事情があったとはいえそのキャラが劇中やっていた行為には結構ドライな目で見てまして、原作より突き放した感じになっているのはこの為です。
それこそ、無印のフェイトたちにA'sでのヴォルケンズのやってたことは例えるなら――
フェイト:盗んだ物品をプレシアのプレゼントに。
ヴォルケンズ:はやての治療代を集めようと通り魔をやってしまう。
何が言いたいかというと、なまじキャラに愛着持てば持つほど原作での劇中の描き方にちと疑問が沸いて、本作を書いていくうちにそれが大きくなってしまったんです。
いくらなんでも、『被害者』のベクトルに向け過ぎなのでは?。
両方の視点もちゃんと見せることで、キャラが葛藤や壁を乗り越えた時のカタルシスがより際立つんじゃないのかと。
その為映画二作目の予告ではちと期待してました。
リンディさんが騎士たちに自分は遺族だと表明するシーンを見て、ハラオウン親子にも騎士たちにも葛藤のドラマを見せる気なんだな……と思ってたのですが、申し訳ないけどあんま後々の展開に生かされてなかったですよね。
そりゃあんま踏み込み過ぎると、なのフェイの蚊帳の外感が進行しちゃうのは分かるんですが。
結果、リリゼロ書き進めれば進むほど前述のもやもやが深くなり、本作の話の流れにも影響が濃く出ています。
まあ、これらは結局は偉そうな駄弁なので、さらりと受け流して下さい。