ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
『仲間ってのは良いもんだよな』と言ってたグレンにとって最悪の展開が、ついに――
夏が終わり、秋もとうに通り過ぎ、着々と冬本番へと進行中な11月の終わり頃のその日の夕方。
「みんな……遅いな……」
身体のハンデで、車椅子の生活を送る身な彼女でも調理に勤しめる様、バリアフリー仕様になっている八神家の台所にて、今日の夕食の準備をしているはやてがふと呟いた。
台所とリビングが陸続きになっている一階の一部屋では、かなり広めなスペースであるのだが、今この家にははやて一人しかいない。
この部屋一帯を指すのではなく、家一戸そのものでだ。
はやての声と息遣い、調理器具や暖房の稼働音、テレビから発されるニュースを読み上げるアナウンサーの声しか聞こえなかった家中に、ドアが開く音が鳴る。
「ただいま~~と」
「おかえり兄ちゃん」
ようやく、義兄である紅蓮ことグレンファイヤーが学校から帰ってきた。
一年からずっと帰宅部なので、部活動に勤しんでいる学生さんよりは帰りが早い。
紅蓮が部活に入らなかった理由は、無論のことはやての為だ。
できれば一日中付きっきりでいてあげたいのだが、戸籍上はまだ教育を受けるために学校に通うことを義務付けられている年齢なので、日中はどうしても家を空けなければいけなかった。
守護騎士や久遠のお陰で、家事の負担は減ったが今や季節は冬の11月の下旬、もう三年生は受験で引退した身なので、部活で青春を謳歌したければ高校に進学しなければならない。
一応彼も進学の意志はあると伝えた上で、横道から本筋に戻そう。
「久遠もあいつらも、まだ帰ってきてないのか?」
「そないやねん……どこほっつき歩いとんのやろ、剣道教室もゲートボールの集まりももう終る時間やし、シャマルもザフィーラも買い物に行ったっきりやし……」
その守護騎士たちは最近、〝どこか〟へ用件も言わぬまま出かけることが多くなっていた。
だいたい食事時には必ず帰ってくるので、外出は各々の日課によるものと最初紅蓮は考えていたのだが、一緒にゲートボールを興じてた老人会のじいさんたちや、剣道教室の先公に生徒たちによりゃ、ここんとこ会う回数が以前より減ったと言っていた。
家にいない時の回数が増えているにも拘わらずだ。
それに、いつもシグナム達よりも家にいることが比較的多い久遠とザフィーラの獣耳コンビや、はやてが家にいる時は傍に漂って浮いている〝闇の書〟さえも、今日も無い。
あの4人だけでなく、久遠や書の中にいる〝あいつ〟までが家を出ているという事実に、どうしても、ある疑念が嫌でもよぎってしまう。
「……………ちょっくら、あいつらを探しに行ってくるわ」
「頼むわ、気いつけてな」
「ああ」
二階の私室に一旦向かった紅蓮はすぐさま制服から私服に着替え、コートを着込み、その内ポケットにとある棒状型の〝アイテム〟を忍ばせて、自宅を後にするのであった。
日が沈み、段々辺りが暗くなっていく市街を走る紅蓮は、あることを思い出していた。
そうだ……思えば、石田の姉ちゃんからあの宣告を聞いたのを境にして、あいつらの理由―わけの分からねえ出歩きが多くなっちまった。
だいたい二カ月前の9月の終わる頃、はやての定期健診で海鳴病院に来たある日のことだ。
「紅蓮君に、シグナムさんとシャマルさん……ちょっとお話があるのですが」
いつもの通り、一通りの検査をやった後、俺とシグナムとシャマルが、はやての保護者代表として石田の姉ちゃんに呼ばれた。
診察室での………そん時の姉ちゃんの顔は、目茶目茶重たかったのが今でもはっきり頭ん中で再生できる。
「はやてちゃんの足が、原因不明の神経性麻痺に侵されていることは、お伝えしましたよね」
「そ、それがどうしたってんだよ」
前に俺に、はやての下半身麻痺を伝えた時と、同じくらいの重たさと深刻そうな顔つきだった。
「この半年、麻痺の進行が少しづつ悪化しているんです、この2カ月は……さらに顕著で…」
この時俺は、目の前が真っ暗になるって言葉が―――
「…このままでは内臓機能の麻痺に発展する危険性があるんです…」
――どういう意味なのか……嫌ってほどに思い知らされた。
ナイフとか剣なんかよりも鋭く強く、心に突き刺さってくる現実って刃。
『目の前が真っ黒』になる時、目ん玉はいつもようにはっきりと映るんだけど、目に見えない、形なんて無いもんないはずの『心』ってのが、真っ黒に塗り潰されていく様になっていくのが、目に見えてしまう感覚に襲われちまうんだ。
一緒に聞いてたシグナムもシャマルも、さぞ同じ気分だったろうよ。
はやてを心配させまいと、無理に笑ってんのが見え見えだったさ………かくいう俺も、その一人だった。
数日は学校のダチとつるむのも面倒くさくなって、どうにか自分を奮起させることで取り組めていた受験用のドリルの回答欄はやる気がでないせいで、さっぱり埋まらなかった。
自分のその時の心境はともかくな………あの日から少し日が経ったくらいからだ……あいつらが、頻繁に家から出るようになったのは。
昼の時なら、まあ自分の時間もあるのだからと納得はできる。
だけど、あいつらはその『自分の時間』よりも優先させていることをやってやがる。
昼間はともかく、夜中の遅くにまでだ。
ある日、トイレで夜中に起きた時、感じるはずのあいつらの魔力っつー魔法を使う力が感じられねーじゃねーか。
前からいわゆる独学ってやつだけどいつでも自分の力が使えるように鍛えてたし、今は落ち着いてっけど、今年の春辺りにヘンテコな事件が何度も起きてたからさ、シグナムたちが鎧のデザインをはやてに頼んだように、自分も備えとして、ずっと昔にゼロから聞いた『エネルギーを感じ取る』特訓も行って、〝銀色のあいつ〟からもらった、変身アイテムも携帯してた。
んでさっきの話の続きだけど、自分の目で確かめたら案の定、家にいるはずのあいつらがいなかった。
玄関には、あいつらの靴が無くなってて、そろそろその思春期ってやつに入りかけだからアウトな年頃に入るけど、こっそりはやての部屋を見てみたら、いつも一緒に寝てるはずのヴィータがいなかった。
あいつらだけじゃねえ、最近は八神家(ここ)で一緒に暮らす様がすっかり染みついた久遠までだ。
前置きはこの当たりにして、はっきり言うと俺は、あいつらが昼もだけど夜な夜なこっそり抜け出して何してんのか、一応おつむを使うのが苦手だと自覚してる自分でも大体の見当は付いてた。
そもそも、魔導書さんも一緒な時点で、モロバレだってんだ。
あいつも相乗りな時点で、ヴォルケンリッターがやることと言っちゃ一つしかねえ………でも、俺の中がどっかで否定しやがれと言ってくる。
ただの俺の思いこみであってほしいと、心が訴えてきやがる。
だってそうだろ?
欲に目がくらんで、人間だから悪魔より性質悪い主たちから、毎日殺し合いをさせられて、人として扱われない、道具よりもひでえ生活から、やっと解放されたんだ。
あってほしくない、あいつらがやっと掴んだ、掴めたものをみすみす壊すような真似してるなんて、はやてにどう説明すりゃ良いんだよ!
言えない……主で、家族として暮らしてるはやてに黙って、こっそり魔力集めてるなんて……言えるわけが無い。
ましてや魔力を集める=魔力を持ってる野郎を襲う、なんて尚更だ。
だと言うのにさ、またどっかじゃ間違い無く久遠もグルになって蒐集をやっちまってると結論付けちまってる自分もいるわけよ。
特訓の成果で、街中であいつらが魔法を使いやがった痕跡を見つけた……てもあんだけどよ。
頭にかかるモヤモヤに苛立ち、振り払いながらも、市街を駆けていた紅蓮。
途端、いきなり歩道の真ん中で立ち止まった。
感じる……ヴォルケンリッターと久遠の魔力が、しかもこの量と他の感じ慣れない魔力、絶対その辺でどこぞの誰かとやり合ってる。
どこだ? 聞く話じゃ、異空間を作れる魔法だってあるらしいから、どっかにそれがあるはずなんだ。
それにはやっぱ、地べたより高えとこからの方が良いよな。
紅蓮はそう即断すると、人気の無いビル街の路地裏に入りこんだ。
人工の光が遮断され、月の光も届きにくい場所なので一際暗い。
誰もが、その暗黒で閉鎖的な空間を前に近づかない。
だから紅蓮にとって都合が良かった。
両足に力を溜め、踏み込みを入れると、紅蓮は壁に向かって飛びあがった。
宙を駆ける紅蓮の身が壁にぶつかりそうになる寸前、紅蓮は壁を蹴り上げ、さらに高度を上昇。
一連の壁蹴りからの跳躍を反復させて、紅蓮はビルの頂に降り立った。
テレビゲームの主人公みてえに跳べるかは、跳ぶ前は分かんなかったが、案外上手くいくもんだな、体慣らしのウォーミングアップとしては、上々な方だ。
ビルに着地と同時に彼は深呼吸をして、集中力を高めさせる。
エネルギーの波動を感じとる感覚を研ぎ澄まして、この海鳴(まち)のどっかで張られている異空間――結界を探し当てようとする。
落ち着きとは無縁そうな彼にしては珍しく、一言も口にしないまま集中力を持続させていた。
そこは、学業、つまりは周りのクラスメイトと同じく、ダンマリと先公の授業を聞くことを経験してきたゆえの賜物。
ありやがった。
紅蓮の視界には、一般人には絶対見えない、魔力で構成されたドームが映っている。
贅沢言うなら、ウルトラマンたちみてえに〝透視″で中がどうなってんのか見たいんだが、自分では無理な相談だ。
今の超感覚とかテレパシーなら、どうにかなると付け加えた上でだ。
意外かもしれないが、一見パイロキネシスと腕っ節しか取り柄の無い単細胞な男に見える紅蓮には、それなりに超能力は使える。
特にテレパシーは、宇宙でも活動できる人種たちには必須スキル。
音を飛ばすのに必要な空気が一切無い空間において、一番滞りなく会話が可能にさせるのがテレパシー。
これができなければ、真空でお話なんてできるわけない。
そして、もう一つの超能力であるエネルギーを体で感じ取る紅蓮の超感覚が、結界内での戦闘が激化していることをまざまざと訴えかけてくる。
いや、紅蓮が結界のある方角に、見開いた視線を固定させたまま、微動だにしなくなったのはそれだけじゃない。
この……懐かしさすら浮かんでしまうこの感じ。
「おいおい……これって…」
あの結界の中から、魔力とは違う、久しくて、長いことご無沙汰だった……
〝仲間″の力を感じ取った。
ああ……間違いない。
こいつは絶対に、あいつらのものだ。
鏡の騎士、ミラーナイト――リヒト・シュピーゲル。
光の戦士、ウルトラマンゼロ――ゼロ=ユウヤ・ヴェアリィスター。
忘れもしないさ……はやてと一緒にいると決めてからも、また会えるってのをずっと信じてた。
特にゼロは、バラージの盾を持ってるから次元を渡るなんて朝飯前。
どんなに時間がかかっても、絶対死に物狂いで探してることが容易に想像できたしな。
どうやら焼き鳥ことジャンボットの野郎は、いなさそうだ。
あいつはロボットで宇宙船だから、俺以上に人間になるなんて無理な話。
いや…むしろいないのは不幸中の幸いってやつだぜ。
だってさ、結界越しにでも分かんだよ。
ゼロとリヒトが、守護騎士と久遠と戦ってるってことに。
それに、あの見えないドームからは、自分の知らない、他の誰かの魔力も混ざっていた。
シグナムたちの話じゃ、魔法を使って、異世界を渡れる文明持った世界がいくつもあるという。
だが、地球はそこから除外された世界だ。
はやてみたいに、稀に魔法が使える野郎もいるらしい。
こうなっちまえば、認めるしかねえ……あいつらが蒐集を現在進行形でやってんのは、もう明白だ。
多分、ここらで丁度よく、魔力を持った誰かさんを見つけて、掻っ攫おうとしたら、運悪くそいつがゼロたちの〝ダチ″か、ひょっとしたら〝家族″の間柄で、こうしてやり合っちまってると。
紅蓮の推測は、ほぼ当たっていた。
市街一帯で魔力持ちを探していたヴィータは、高町なのはを見つけ結界内に閉じ込めて襲撃。
なのはが魔導師だったので抵抗を受けながらも打ちのめし、蒐集に入ろうとしたところ、義兄(あに)のミラーナイトと、友達であるフェイトたちが介入。
一時追いつめられるも、シグナムたちの助太刀で五分五分となり、戦闘経験とデバイス同士の相性差で一時優位に傾けるも、ゼロとレオが駆け付け、実は人間の体を得たナオトことジャンボットとフェイトの見た目が年下な姉アリシアのサポートで、戦況が膠着状態に、下手すると逆に押されつつあるのが、結界内の一部始終だった。
ともかく、ゼロたちがこの世界の地球にいることはよーく分かった。
なら…俺は一体どおすりゃ良いんだ?
理由はどうあれ、あいつらは魔法使いになれる素質を持った通行人を、通り魔よろしく襲っちまってんだ。
ゼロたちはきっと、その襲われたやつとはダチで、そいつを護るために戦っている。
それも違いない。
正当防衛が当てはまんのは、ゼロたちの方で……どう足掻いたって、あいつらは一方的に人を襲った悪玉、悪漢、悪党、悪いやつだ。
立ち位置は圧倒的に……騎士たちの方が不味い。
なまじ学校に通って頭使うことが多くなったお陰で、単純な思考回路ながら知恵を使いこなせるようになってる自分にだって、すぐに行きつく現実。
だけどよ……ジャケットのファスナーを下ろし、内ポケットに入れていたものを取り出して手に取る紅蓮。
紅蓮――グレンファイヤーはあの次元振に巻き込まれた際、ある〝ウルトラマン″に助けられた。
その時、俺はそいつから人間に変身できる能力と、いつでも人間から元の姿に戻る為のアイテムを授かった。
ただあいつのフォローにも限界があって、俺はどこぞの少年探偵よろしくガキになっちまって、当分は『グレンファイヤー』に戻れなくなっちまった。
お陰で、理不尽なことはあったがそこそこ平穏な毎日を送れたので、今は結果オーライだと思ってる。
だから何となく分かるんだ……あいつらが、はやてとの約束と願いを破ってまで……こんなことやっちまってんのは。
あいつら……ゼロたちにぶん殴られそうなことを、俺もこれからしようとする気がある……実際ぶん殴られても構わないとも思ってる。
本当はこんなこと、さっさと止めてあげた方が良いと分かってる上で……あいつらとっても、俺のやることは不服な決断と思うだろう。
手を汚すってのは、自分の手だけに留めておきてえとも考えるだろうさ。
ああそうとも、それでも俺は汚れ役を引き受けるつもりさ、これでも元アウトローだ、覚悟くらい人並み以上に持ってる。
ごめんな―――ゼロちゃんに、リヒちゃんよ。
俺、今は……〝仲間″よりも、〝家族″の方を……取らせてもらうわ。
「ビック!」
紅蓮は右手に握りしめた、自分の最大の武器と同じ名を冠するアイテム。
『ファイヤースティック』
それを―――
「ファイヤァァァァァァァァーーーーーーー!!!」
―――空に掲げた。
スティックの先端から、朱色の炎が混じった閃光が煌めき、その炎に包まれた紅蓮はその姿を、本来のあるべき姿へと変貌していく。
とあるビル屋上に現れた火の玉は、幸い一部の例外を除き、誰の目に止められることなく、不可視の異空間へと飛翔し、消えていくのであった。
それから数時間経った八神家宅。
一階のリビングでは、一応いつもの八神家の姿がそこにあった。
「こいつもさっきもアイドルみたいに口パクとかじゃねえよな」
「そんなことあらへん、ニ○動じゃ『口からCD音源』って付くくらい上手い人なんよ」
「へ~~~って、確かにすんげえうめえ」
テレビを鑑賞中のはやてと久遠とヴィータに、はやての体を支えるクッション役を務める狼姿のザフィーラ。
今流れてるテレビのチャンネルでは歌番組をやっていて、しっかり生歌を披露している女性歌手三人組のユニットが映っていた。
「はやてちゃん、お風呂の支度出来ましたよ」
テレビ画面の前で、お団子状に集まっていたはやてたちに、お風呂の準備と、夕食の後片付けをしていたシャマルが入浴を催促してきた。
「ありがとうな」
「ヴィータちゃんも久遠ちゃんも、一緒に入っちゃいなさいね」
「はーい」
「こぉん」
丁度食器洗いも終わったので、身に着けていたエプロンを外すシャマル。
メンバーの中で、一番家事に携わることが多いためか、エプロン姿が大分様になってきたが、相変わらず料理に関して言えば惨敗記録を絶賛更新中。
それ以外の家事でも、やっぱりごくごく偶にドジを踏むことが多かった。
「明日は朝から病院です、あまり夜更かしをなさらないように」
「シグナムはどうするの?」
「今夜はいい、明日の朝に入らせてもらう」
「風呂好きが珍しいじゃん」
入浴は明日にするというシグナムの申し出にヴィータが思わず食いつく。
スタイルはともかく、八神家の中で一番男勝り、または男女な彼女には意外だが、風呂好きな一面もある。
体を洗い流す行為さえままならなかった経験もあって、入浴特有の温かみと『生き返る』心地よさは絶品であったようで、一家の中では一番の浸かっている時間が長い、よって入るのはほぼ決まって一番最後。
一度湯に浸り過ぎ、のぼせてドジ踏んだことさえあるくらいだ。
抜けていると言われても致し方ないが、それだけ彼女も人らしくなったがゆえ。
最初は紅蓮に一糸纏わぬ姿を見られても、ケロっとしていたが、今現在の彼女が同様のアクシデントを経験すれば、羞恥心で顔を真っ赤にしながら悲鳴をあげることだろう。
「たまには、そういう日もあるさ」
なので今日は遠慮するという態度に、どうしても気になってしまうが、彼女の言う通り今日は『そういう日』だとヴィータは結論付けた。
「ほんでなシャマル」
「何?はやてちゃん」
「ほんとに兄ちゃんが何かあったか……知らんの?」
はやてを除く、その場にいる一同に緊張の稲妻が走る。
どうにか顔に出さぬように心がけたが、嘘発見器を着けられていたなら、その感情の揺れ幅に機械が反応して、筒抜けになっているところだった。
あの戦闘から帰って来た後の紅蓮は、口数が極端に少なかった。
家にいる時は、喋って無い時間を探すほうが手っ取り早いほど、声を発していることも多いし、喜怒哀楽がはっきりしているムードメーカー。
それが今夜に限っては無口無表情で、夕食を終えると『ごちそうさま』とそそくさと部屋に行ってしまった。
学校帰りの時はいつもの紅蓮だったので、どうしてもそのギャップにはやては引っかかりを感じてしまっていたのだ。
「はい……私たちも今日紅蓮君に何が起こったのか…さっぱり」
「分かったわ、ほんならお先にな」
「はい」
はやてはヴィータと女の子モードの久遠と一緒に浴室に繋がる洗面所に入っていった。
残った三人は洗面所のドア越しに浴室に入ったことを聴力で確認すると……胸の緊張感を解いた。
「危なかった…はやてちゃん結構鋭いところがあるから…」
自分たちがはやてたちから交わした〝約束〟を破って、こっそり蒐集行為をしているとは、口が裂けてもはやてに言えない、言えるわけがない。
数時間前はそれこそ、激闘の数時間、今でもそれぐらいしか時間が経っていないことに内心シャマルたちは戸惑っている、それぐらい密度が濃く、時間が長く感じられたからだ。
「先送りを申し出たのも、今日の戦闘でだろう、シグナム」
「っ………聡いな、その通りだ」
シグナムは服の裾を掴み、インナーごとまくり上げ、その引き締まって見事なS字を刻んだ背中をシャマルとザフィーラに見せた。
見るだけで肌触りの良さを感じることができる美麗な背中には、物理的衝撃による青く淀んだ痣が浮き上がっていた。
「〝ウルトラマンゼロ〟と名乗った、紅蓮の仲間からか?」
「そうだ、やつの肘打ちを鞘でどうにか防いだのだが、ご覧の有様だ」
「シグナムに手傷を負わせるなんて…」
ヴィータが市街をサーチして見つけた少女。
どう見ても地球人だった彼女は魔導師だった。
ヴィータは追いつめることはできたものの、彼女の既知の間柄でもありそうな管理局の関係者と、未知なる生命体、さらには巨大生物の横槍で、結局一ページ分すら蒐集できないまま撤退を余儀なくされた。
今日は完敗を喫されたと認めざるを得ない。
こちらは当初の目的を果たせずじまい上に、時空管理局に存在を知られてしまった。
巨大な怪物と、仮面を被った人間の乱入者がいなければどうなっていたことか………確かなのは後者の面々がいなかったら、シャマルはあの獅子の指輪を嵌めた僧侶に捕らわれていたに違いない。
所在(ここ)が見つからぬよう、魔法で色々と手を打ってはいるが、手痛い失態であることは揺るぎようがなかった。
彼らがはやてに黙って、蒐集を行うようになったのか、その要因はこのところ急激に進行しているはやての感覚、身体器官の麻痺。
その原因が、自分たちにあると、紅蓮と聞いたあの宣告の日、突きつけられた。
闇の書によるリンカーコアの侵蝕。
地球の医学では見つけることができなかったはやての身体麻痺の正体。
はやてがあらたな主に選ばれ、こうして本格的に起動するまでの7年、その長い月日によってはやてと書は、魔力を通じ肉体面で密接にリンクしていた。
それが何を意味するか……不特定多数の人間の魔力を貯蔵でき、蒐集しなくても魔力ランクに加算すればSSSクラスの魔力量を誇る規格外の魔導書だ。
年齢的に幼いはやての体内にある未成熟なリンカーコアは、その魔導書の浸食を受けていたのである。
下半身からじわじわと蝕むはやての神経性麻痺は、その浸食によって起きた症状であり、呪いだった。
さらに厄介なのは、書が自らの存続の為に、はやてのリンカーコアから魔力の供給を受けていること、当然ヴォルケンリッターが現界して生活できる分も勘定に入り、おまけに蒐集による魔力の補給が行なわれかったことで、騎士たちと書の管制人格の計5人分の命を賄う為にはやての負担が激増され、浸食が加速度的に進んでしまった。
このまま放っておけば、書の浸食が全身を覆い、はやての生命活動は停止、つまりは死を迎えることになる。
シグナムたちにとっては耐えがたい無情で無慈悲な現実。
血生臭い殺し合いと戦争と転生を繰り返してきた自分たちに、安らぎと平穏と光明を齎してくれたはやてたち。
自分たちは恩を報いるどころか、仇で返し、果ては命まで奪おうとしていたのだ。
もし、浸食が進みはやてを死に追いやれば、自分たちはおめおめと次の主を求めて、新たな世界へ転生する。
過去の主たちと大差ない、いやそれよりも遥かに酷い。
何よりも許し難い所業だ。
そして、残酷で不条理な運命に晒されるはやてを救うべく騎士たちが選びとったのが、魔導師、或いはリンカーコアを持った人間、生物から魔力を蒐集するということだ。
魔力を蒐集し、書の全ページを書き埋めて、はやてを闇の書の主として完全覚醒させる。
そうすれば、書の浸食は止められるはずだ。
殺すことは絶対にしないと誓いつつも、誓いと約束を破り、罪に汚れる覚悟を持って、宣告を受けたあの日、ヴォルケンリッターは決意を固めた。
本当は、自分ら4人だけで蒐集を行うつもりだった。
はやてがこうなってしまったのは、自分たちの身から出た錆であり因果応報である。
自分たちの宿命を、無関係な他者に巻きこませることなどできるわけがない。
その手を血で染め上げるのは自分たちで充分だ。
だが石田先生から宣告あった日の夜、はやてたちが就寝に入ったところを見計らって、こっそり近くの公園で会合していた時の模様を久遠に見られてしまった。
それだけではない、はやての神経性麻痺が自分たちにあると知りながらも、久遠は協力を申し出て、あまつさえ己の魔力まで差し出してくれたのである。
協力はともかく、蒐集されることも良しとする久遠のご厚意に悩みに悩んだシグナム達だったが、申し出を受け入れ、はやてよりも莫大な魔力を抱えた久遠のリンカーコアから魔力を抜き取った。
リンカーコアから魔力を取り出す行為は、相当な激痛を伴う。
どれくらいかと言えば、ひどい時には女性が出産を経験する際に匹敵する痛みだ。
久遠も例外では無く、その時大人形態であった久遠は、防音効果付きの人除け結界を張っていなければ近所中に響かしてしまうほどの喘ぎと悲鳴を上げ、人間形態を維持できる余力まで奪われた久遠は子狐形態となって倒れ込んでしまった。
今にして思えば、久遠の申し出を受けたことは僥倖であった。
立つこともできずに弱り果てた久遠の小さい体躯が、自分たちが、これから犯す罪を再認識させる戒めとなってくれたからだ。
さらに、体力を取り戻した久遠は、詠唱も無しに暴風や雷撃と天候を操れる能力を最大限発揮し、魔導師、魔法生物を圧倒する戦闘能力を発揮し。
彼女の助太刀もあり、11月が終わり際に入る頃には、書のページが半分の333ページを超えていた。
このまま管理局に完全に感づかれないまま、完了していれば申し分がなかったのであるが、現実はそうはいかず、ここに来て障害と不確定要素が一気に増えてしまった。
「あの銀色の戦士たちが紅蓮君のお仲間さんだったなんて…」
「あり得ない話では無かった、紅蓮と同じく、同朋の彼らがあちらの世界に飛ばされていたとしても、おかしくはない」
一つは管理局に存在を知られてしまったこと。
二つ目は、戦闘を行った相手が、紅蓮の11年来の友たちであったこと。
三つ目は正体も分からない第三勢力と怪獣の存在。
一つ目は対策もとってあるし、細心の注意を払えばどうにかなる。
問題は二つ目と三つめ。
「紅蓮君の話だと、ヴィータちゃんと戦ったミラーナイトって、鏡がある場所なら一瞬で移動できるのよね?」
「ガラスに水面でも可能で、例え結界を張ってもその能力を使えば容易く侵入でき、要塞クラスの攻撃すらも受け止めるバリアまで持つ、難敵だな」
鏡面から鏡面を瞬時にワープ。
ヴィータと互角に戦える身のこなしの軽さと二刀流の使い手。
久遠の一撃を受け止めるバリアと自分たちの奇襲に対応できる反応速度と判断力。
何よりそのバリアは、かつて紅蓮の世界を蹂躙していた帝国の惑星クラスの要塞の猛攻から、彼が当時仕えていたと言うエスメラルダ王家の宮殿を護り抜いた逸話もある。
真っ向勝負なら、どうとでも言えないが、騎士としての格なら自分たちよりも上で、畏敬さえ抱かせ、敬意を表したくなる。
「難敵なら、ウルトラマンゼロもそうだ、体術、剣術、あらゆる戦闘技術を高次元で取得している、何より紅蓮によれば、技の飲みこみが恐ろしいまでに高いそうだからな」
シグナムの剣技とほぼ対等に渡り合える格闘能力を持ち、あの体捌きと実際に剣を構えた姿から見て、剣も嗜んでいる、それも高レベル。
近距離戦――クロスレンジでの戦闘技量もそうだが、中・遠距離―ミドルorロングレンジでの実力も申し分の無い。
額から発射する、特定の部位にピンポイントに当てるエメリウムスラッシュ。
両腕をL字に組み、右腕から広範囲に照射できるワイドゼロショット。
ブーメラン、短剣、長刀、大剣とデバイスのように様々な武器となる汎用性を持つ二振りの宇宙ブーメラン、ゼロスラッガー。
そのゼロスラッガーを胸部に装着して放つ破壊光線、ゼロツインシュート。
制約が付いているが、次元を自在に超え、ゼロにさらなる力を与えるロストロギアクラスのアイテム、バラージの盾、ウルティメイトブレスレットを右手に宿している。
これだけでも、遠近問わない万能性を持った猛者なオールラウンダ―だが、紅蓮が一番口を酸っぱくして忠告してきたのは、驚異的な飲みこみの速さだった。
紅蓮、グレンファイヤーは一度、ゼロと戦闘を行ったことがあるのが、自分の一番の得意技を披露した際、ゼロはその技を一回直に受けただけで、自己流にアレンジまで付けて自分の技としてモノにしてしまった……という。
それだけゼロが洞察、観察力が高く、こちらの技、動きが見切られやすいということ、つまり二度も同じ技が通用しなくなり、逆にアレンジされた自分の技で倒される恐れがある。
彼らの能力には、非殺傷設定は無い、本気で戦うことになれば、殺しをしないという制約すら、破らなければならない状況に追い込まれかねなかった。
となれば……彼らと相対せずに済むもっとも最善な手は――
「あの魔導師の少女たちからの蒐集は諦めた方がよさそうだな」
「下手に襲撃すれば、またあの人たちと戦闘になるし……」
「紅蓮のことを考慮すれば、やむをえまい…」
あの白衣と黒衣の魔導師の少女は、どちらもAAAクラスの魔力量を持っていた。いつ書の浸食がはやての体を覆い尽くして命を奪うか、具体的なタイムリミットが分からない以上、彼女たちの魔力は喉から手が出る宝物だ。
だが、その為には、彼女たちと単なる知り合い以上の関係と思われるゼロたちと、また戦闘する羽目になる。
はっきり言えば、リスクと実利が釣り合わない。
それに彼らは、紅蓮の仲間、ともに戦ってきた戦友。
自分たちはせっかくの再会のイベントを、最悪の形で演出してしまったのだ。
紅蓮が『グレンファイヤー』としてあの場に現れたことだって、悩みに悩んだ苦渋の決断であったことは嫌でもよく分かる。
彼の心境を踏まえて、あの少女たちから魔力を採取することは見送ることになった。
既に自分たちははやてたちの想いを踏みにじってしまっている。
たとえ偽善だとしてもこれ以上、彼らを傷つけるわけにはいかない。
二つ目の障害への対応策は決まった。
残るは……やはり。
「何であの仮面を被った人、私を助けてくれたんだろう?」
「心当たりは無いのか?」
「全くよ、シグナムたちは?」
「クラールヴィントが記録した映像データを見てみたが、こちらもさっぱりだ」
ゼロたちの関係者かもしれない僧侶からシャマルを救った仮面の男。
五分五分でどちらに傾いてもおかしくなかった戦況に突然乗り込んできた50メートルものの巨体を持つ。怪獣と呼べるべき巨大生物。
「何かしらの繋がりはあるかもしれないが、それだけしか分からない」
「アニメでよく見る、敵か味方か分からない存在がこんなにややこしいなんて思わなかったわ」
シャマルのその表現はどうかと思うが、一番対処に困る勢力であることは確定だ。
助けてもらったにせよ、所在の分からない相手ほど危険なものは無い。
結論としては、状況に応じて、臨機応変に対応していくしかあるまい。
「それでも、我らは負けるわけにはいかない」
「そうだ、我らヴォルケンリッター、騎士の誇りに賭けて」
もう、立ち止まれない。
スタート地点は既に存在せず、戻りようがない。
そして残された時間すらも少ない。
具体的な数字すら分からないタイムリミット。
たとえ、今進んでいる道が、藪と茨と血と修羅に覆われていようとも、進み続けるしかない。
そう、負けられないのだ。
勝ち進まなければならないのだ。
そして生き残らなければならないのだ。
主はやてと紅蓮と久遠との、この暮らしを、自分たちの宿命から守り抜くために、我らは戦いぬく。
この時彼らは、意志を強固にする余り、重大なことを見落としてしまっていた。
その原因が、外部からの人為的な悪意によるものであったとしてもだ。
今ここで気づいていれば、結果的にあそこまで事態を悪化させることはなかったかもしれない。
が、今の彼らには叶わぬ相談だ。
それを絶望と一緒に思い知ることになるのは、もう少し先のことになる。
つづく