ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
曜日は土曜。
時間帯は午後、空が燈色の夕日に差し掛かる少し前。
暦が12月に入ったので、街は日に日に冷気によって覆われ、温和な吐息を可視化させ、人々をコートにマフラーにと厚着にし、完全に冬一色の光景へと様変わりしている。
加えて市街地のあらゆる店店では、今月の下旬から末までのイベントに備えて、この時期限定の装いが装飾され、どの商業施設でも、流すBGMはどれもこれもクリスマスソングを流していた。
さらに、海鳴では12月に街の通りを大規模なイルミネーションで着飾るイベントも毎年催されている。
聖なる夜に向けて、街は寒気にもめげずに、だんだんと光沢を身に付けながら、活気を色づけていた。
日本独特の師走の趣が広がる市街地の中心に位置する商店街に、海鳴市ではあちこちに店舗が複数置かれている関東スーパーの一つがある。
その一店舗の向かいには、スターバックスやドトールコーヒーに代表される前払い制のコーヒーショップが置かれており、店内二階の窓際の席には、長く混じりっ気のない黒髪をポニーテールで縛り上げ、きつめに吊りあがる目じりゆえ近寄りがたい雰囲気を放ちつつも、凛々しさも醸し出す顔立ちをし、左手の中指に水色の宝石が埋め込まれた銀色の指輪を嵌めた少年がホットコーヒーを飲みつつ、当店で売られているサンドを頬張っていた。
その少年とは勿論、光の国の巨人、ウルトラマンゼロ、本名ゼロ=ユウヤ・ヴェアリィスターの人間体――諸星勇夜その人。
「調子はどうですか?」
飲食しながら、窓越しに商店街の通りを見回し、何かを探している様子の彼に、来客が向かいの席に腰を下ろした。
長すぎず短すぎないショートカット、微かに緑かかった髪色、勇夜と同じ吊り目だが、絵に描いた穏やかさが顔を覆い、仏頂面が似合う彼と対照的に笑みが嫌味にならない容貌な、見た目は勇夜―ゼロと同い年な少年。
鏡の騎士ミラーナイト、本名リヒト・シュピーゲルの人間体――高町光。
「良かったらここでのんびり飲み食いしてねえよリヒト、(もうこの辺り張り込んで三日目だけど、ここもハズレかもしれねえ…)」
「(リンディ提督に報告しておきます)」
「(ああ)」
応じながら、勇夜は溜め息を吐いた。
「(もう少し街ん中回れる人手があればな)」
「(〝外人顔〟なアースラの局員様方では、この国では目立ち過ぎますから、比較的日系の顔立ちな私たちが頑張るしかありません、それに湖の騎士様の能力を考えると、余り大人数では動けませんし、守護騎士の偽物に怪獣たちのせいで本部も大慌てですしね)」
ここ数時間、勇夜がこの地域で何をやっていたのかというと、いわば〝張り込み〟、である。
リンディ・ハラオウンらアースラチームと組んで、第一級ロストロギア闇の書の探索を行っている巨人たちで構成された独立部隊ウルティメイトフォースゼロ。
彼らは海鳴市で居を構えて生活しているであろう、闇の書の主に選ばれた地球人、主とは身内の間柄かもしれない勇夜――ゼロたちの仲間、炎の用心棒グレンファイヤー、使い魔のモデルとなった多大な魔力を有す突然変異種、魔源種と思われる半獣半人の巫女服を纏う妖狐の少女、そして……様々な世界で魔力生成器官リンカーコアを持つ生命体を襲い魔力を搾取し続けている闇の書の守り手たる魔力プログラム生命体。
守護騎士―――ヴォルケンリッター。
勇夜が行っている張り込みは、彼らを確保する為の捜査活動の一環だ。
この時点ではもう、騎士たちにグレンの住処が海鳴市のどこかということはほぼ確定していた。
その確定となる確証は、大まかに三つある。
まず、11月末でのなのは襲撃を端に発した一戦にて、勇夜―ゼロがシグナムと一戦交えた時、彼女が日本語を使ったということ。
次にゼロとナオト―ジャンボットともにウルトラマンレオの人間体、おおとりゲンが風の癒し手シャマルと接触した際に、彼女の足元に日本のスーパーマーケット、それも関東地方でしかチェーン展開していない店舗のレジ袋が置かれていたこと。
さらに三つ目として、関東では海鳴での玩具店でしか販売されていなかった兎の人形と同じデザインの顔人形をバリアジャケットの帽子に付けていたこと。
これらの手掛かりが早い段階で掴めたことで、捜索範囲は一気に海鳴市内にまで絞れた勇夜たちは、海鳴市内でも多数店舗が置かれている『関東スーパー』の近辺を中心に聞き込みと張り込み捜査をしていた。
一見すると捜査は滞りなく進んでいそうだが、何の障害もないわけでもなく、ハンディだってある。
ここ日本は基本単一民族で成り立っている国だ。
海外生まれでありながら、日本に住む異国人は少なくはないが、それでも外―――特に街の中心に出かければ日本人の群衆が目に焼きつけられる。
当然、その中に異人の容姿をした者が入り込めば、どう見繕っても目立つというものだし、それにアースラクルーは日本の地理に不慣れ、良い歳して迷子ななんて災難に成りかねない。
ハンデはこれだけでない。廃棄都市区画での一戦以来、地球から個人での転送魔法の移動の限界を超えて広範囲の次元世界に出現するようになった守護騎士に成りすました偽物や、怪獣。本部は真偽混じった騎士たちの行動に翻弄され。
特に怪獣はその世界の生態系にも影響を与え、局の魔導師では歯が立たないのが実状なので勇夜―ゼロらが応じるしかなかった。
枷は彼らが探している相手方によるものもこちらに齎されている。
ヴォルケンリッターの一人、《湖の騎士》、または《風の癒し手》たる異名を持つシャマルという魔導師の女性。
彼女は正面切っての戦闘を行えるだけのスキルは、ほぼ皆無に等しい。
現に、ゲンの話ではあの夜に彼と対面した時、彼の眼光から迸る威圧に半ば心が折れかけていたそうだ。
だが彼女には他の騎士たちより秀でたものがあり、それは補助系統の魔法によるサポート。
一例として、特定の物体、生物にしろ静物にしろなナニカを探し当てる魔法。
その気になれば、海鳴市内にいる魔力持ちの人間を全員探し当てるのも、軽く為してしまうだろう。
勇夜たちも探索に出る時は、彼女の能力を懸念して、体内に幾重にもジャミング結界を張ってリンカーコアがあることを悟られない様注意を払いながら出歩いているくらいだ。
どうにか騎士たちの居所を探し当てる為にも、自分らがこの地方都市で捜索していると気づかれるのは、避けなければならない。
「そっちは何か進展はあったか?」
「あまり鮮度がある情報ではありませんけど、少々ですね」
別の地区で張り込んでいた光が仕入れてきた情報の大まかな内容はこうだ。
今年の八月の初めごろにオープンしたあるスーパー銭湯の受付係をしている従業員が、開店初日に〝オレンジ色の髪〟をした少年と、〝金髪の妙齢〟の女性が混じった10人近くほどの家族連れらしき面々が入店したというもの。
「どうにもキナくせえな」
眉を潜める勇夜。
彼に〝キナ臭い〟など思わせるのは、その従業員の証言。
先述の二方のことは、それなりに具体的な見た目の情報は覚えていたと言うのに、それ以外の連れの者たちの姿かたちはほとんど思い出せなかったというのだ。
受付スタッフの脳裏に記憶されていた者たちが目立つ見てくれをしていたにせよ、おかしな話である。
魔法が使われたと思われる匂いが、その話からは漂っていた。
けれどこの海鳴市に彼らが暮らしてることを既に掴めている以上、光の言う通り特に鮮度がある報せではなかった。
かといって気になることも皆無ではない。
オレンジ髪の少年。
単に髪を染めただけの男子な可能性の方が高いが、もし例の一行が騎士たちなら、そいつがグレンの人間体であるのは充分に考えられる。
ロボットに搭載されたAIなナオトことジャンはともかく、元々あいつは自分とリヒトと違って人間の姿になれる能力はなかった………が、普通に地球で生活できたとなると、あの時の次元振の影響でできるようになったのかもしれない。
自分とリヒトは体が幼児退行したし、リンク――イージスだって自我が芽生えたのだ。それぐらいのことが起きても可笑しくない。
「勇夜?」
光は勇夜を呼び掛ける。
彼の顔から、陰りと暗鬱さが発し始めたからだ。
元々彼らの周囲の空気は軽いとは言い難かったが、それでも明確に重みがあるものに変化していくを光は知覚していた。
「いや、どうもさ……最近あいつのこと考えると、決まってあの時のあいつの背中が浮かんでくんだよ」
あの時、ヴォルケンリッターと相まみえ、11年振りにグレンと再会し、感慨にふけることもままならぬまま一戦交えようとした矢先に怪獣が介入し、その混乱の最中転移魔法で消えゆく炎の用心棒の背を向けた姿。
何となく……あいつが泣いている気がした。
実際に流れていたかはともかく、涙を流すだけの辛さに苛まれていたのは確か。
何しろ、あの時のあいつは二つの選択肢を選びとらなければならなかった。
10年来の戦友たちか……同じ屋根の下で暮らしているであろう騎士たちか。
そして選ばれなかった方と、戦わなければならない現実。
敢えてどちらにも手を貸さず静観なんて手を取るもできたが、そんなことあいつ自身の義理堅い性分が許さなかった筈だ。
そのジレンマに苦しんだ痕が、あの時の後ろ姿からははっきりと感じたのである。
分かるゆえに、こっちも気分が重くなる。
身を引き裂かれる想いってのは、こんな感じなんだろうな。
「辛かったのは、グレンだけではありませんよ、(ライト、例の画像を出して下さい)」
『(御意、メモリフラッシュ)』
光のデバイス、シルバーライトがそう一言詠唱すると、二人の脳内にある静止映像が浮かびあがった。
メモリフラッシュとは、簡単に説明すると人の頭脳に特定のイメージを直接写す魔法で、ライトが只今二人に写したイメージは、なのはが鉄槌の騎士に強襲された際レイジングハートが記録した映像からコピーした静止画だった。
騎士の使うハンマー型べルカ式デバイスの攻撃で大ダメージをレイジングハートが受けていたこともあり、画素数は荒くて画面も暗かったので、アップコンバートに明度調整などの補正が掛けられた画には、あの鉄槌の少女の全身が写っていた。
そして少女がその時顔に浮かばせていた表情もまた………重々しく、今にも吊りあがった目から流れる雫が頬を濡らしそうな雰囲気であった。
「(彼女と戦っていた時はなのはが云われの無い暴力を受けられた怒りと、戦闘への集中で気がつかなかったのですが、今思い出すと、『邪魔をするな、どうして邪魔するんだ、自分だってこんなことはしたくないけど、どうしても今はこうしなきゃいけないんだ』と、顔が訴えていたように思えます)」
「(逆ギレも……良いとこだよ、あんなの)」
「(はい……ですがその不条理で不合理な激情の叫びも、人が人である証しの一つです、彼女らにもそれが芽生えているのも、現行の主の器の広さの賜物でしょう、彼らも人間としての自身と生活に享受しているようですし、それを踏まえると…やはり)」
「(守護騎士(あいつら)が〝人間味〟を得た切っ掛けが〝主様〟なら、蒐集をやり出した切っ掛けも、主が関係してるって………言いたいのか?)」
「(ええ…推論の域ですが、恐らく主の身に、何かしら異常が起きたのかと、それこそ地球の現代医学では力が及ばず、彼らに書のページを刻むことが唯一つの活路だと信じ、魔力の収奪に駆り立てるくらいの……)」
なるほど、当たらずとも遠からずだな。
光の推論を踏まえれば、単に命令を実行するのを逸脱して、目的を達しようとするヴォルケンリッターの意志と我の強さにも合点がいく。
となれば、彼らの主でグレンとは身内の間柄な主は、市内にあるいずれかの病院に定期的に通院、或いは入院している可能性がある。
下手すると怪獣を率いてる〝仮面の男〟ら謎の組織よりも、主その人の情報が少なすぎる今、人物の特定に近づくだけの絞り込みがある程度できただけでも、ありがたいと思いながら、勇夜はコーヒーの最後の一口を飲み干す。
とても苦く、苦すぎて舌が旨味を捉えてくれなかった。
ブラックを注文したから当然味は苦いのだが、今考えていることが補正となったのか、コーヒーの苦味がより強く感じられた。
「光の推理が当たりなると、益々あいつらを止めてやらないとな」
「あんなこと、続けさせていいわけがないです、誰一人報われません」
折角、ようやく彼らが手にしたものの為にも、そしてグレンたちの為にも、この瞬間にも彼らの手で敢行されている蒐集行為なんてのは止めなければならない。
今……確かに存在しているのだ。
怪獣や異星人を我が物顔で使役する技術を持ち、魔導書の力をモノにしようとして騎士たちに手を貸した外道たちが。
プレシアにダークロプスとバトルナイザーのデータに、次元航行要塞を提供したのも、その一味の一人に組みしてる輩で違いない。
それに、ウルトラマンノアからの魔導書についての情報も気がかりだ。
〝闇の書〟という名称は蔑称、そうでありながら、シグナムはあの時名乗り上げた際、その蔑称の方を使った。
次元世界に蔓延る自分たちの悪評からの自戒ってのも考えられるが、あの時のあいつの言い方というか声色から見るに、本当に〝闇の書〟を魔導書の真の名と思いこんでいるのかもしれない。
それに世界の生きとし生ける者の中でも、規格外の戦闘能力に神秘の力を持ったあのウルトラマンでさえ手こずる闇の書の暴走。
あの暴走が、蒐集を終えた先にあるのだとしたら、彼らが行ってるのは自殺行為だ。
もし仮に、光の推理が本当なら………ヴォルケンリッターが一度は禁忌としたものを破ってまでも望んでいる未来は、きっと来ない。
たとえ今まで上げた不穏な要素を払っても、彼らの抱いているかもしれない〝願い〟は叶うことはないだろう。
なぜなら―――
「コーヒータイムのところ、失礼する」
「ナオトですか」
この場にもう一人訪問者が現れた。
男性としては短めだが女性としては長めの長さな紫がかった黒髪と、真面目一徹で知的そうで、美のレベルとしては二人に負けず劣らずな顔に眼鏡を掛けた少年、鋼鉄の武人ジャンボットの人間体ナオト・J・フライトだ。
「げ、もう交代の時間かよ」
勇夜の言う交代とは、張り込みの仕事のことを指している。
彼らは翠屋でアルバイト店員としての働いているので、捜査活動は時間帯ごとに交代制をとっていた。
「それと御婦人方から言伝を預かってきた」
ナオトはそう言うと、二人にそれぞれメモ用紙を手渡す。
紙には主に食品の名前がずらりを載っていた。
「そういうことですか」
つまり買い出しをお願いされたわけである。
すぐ目の前にスーパーがあるので、丁度良い。
「ついでにこっちからもご依頼があんだが」
「いか様か?」
勇夜はナオトにまず光の打ちだした推論を伝える。
「つまり市内の病院患者のリストを作成してほしい、と」
「ご名答、無限書庫の資料集めのあるからきついとは思うけど」
「お安い御用だ、一晩で纏める」
「頼りにしてるぜ」
「あの施設は無限書庫というより、魔窟書庫ですけどね……愚痴を零すようで恐縮ですけど、世界をどうこうする前にまず組織の体内を整えるのを優先させた方が良いですよ」
「私も光の意見には同調だが、あの世界の歴史上、そうは言ってられなかった事情もある、秘境は人為的に作れるものだと、逆に感心したがな」
「そりゃ同感」
「ですね」
軽口をいくらか交えながら、高レベルの容姿をした三人は店から出ていくのであった。
数十分時間が刻まれた先にて―――
「そちらのフェイトも同様というわけですね」
「ってことはなのはもか?」
「はい、体重計に乗ったら、決まって暗いオーラと猫背のセットで部屋に直行ですよ」
「どうも女の子のその辺りの気持ちが分かんねえんだよな、どの道体は成長(おおきく)なってんだから、増えるものはしょうがねえと思うんだけど」
「男にとっては永遠の謎……ってやつです、それに少しくらい謎があった方が魅力的だとは思いますよ」
「この、色男」
「勇夜ほどじゃありませんよ」
「へ? それはどういう?」
「特に意味は無いのでお気になさらず」
「そうか…」
不特定多数の通行人たちが通りを、買い出しを終えたばかりの勇夜と光は買い物袋を引っ提げながら、気分転換の雑談をしながら歩を進めていた。
さすがにさっきの空気を持続させる気には二人ともなれなかったからだ。
その帰宅途中で二人が交わしている前述の雑談は、前回の話しを読んだ方々には承知の通り、この二人に少しでも近づいて強くなりたい気持ちと、そのために日々日常の合間を縫って修行に励み、心身を鍛えると引き換えに、年頃の女の子の悩みが無慈悲に表面化している試練とジレンマに苛まれているというものだ。
さらに補足として、勇夜は性格的にやっぱりと言うべきか、こういう色恋の話は一番苦手で、彼にとっては天敵も等しい存在。
先手を撃つ先の先、いわゆるカウンターを意味する後の先すらもままならず、ひたすら後手に回り、後退しなければならなくなる。
それがフェイト柄みともなれば、間違いなく赤面しつつ慌てふためいて、てツンデレ節全開の物言いをしてしまうであろう。
言葉にするなら。
〝別にフェイトとはそんな関係じゃねーよ!〟
とまあこんな感じで普段のクールさと二枚目さとギャップがある返答をしてしまうことは明白だ。
彼はまだその辺りの事柄、事象には初心同然な身で、フェイトへの気持ちはまだ完全に自覚の域にまで達されていない。
さらに一言を申すなら、フィクションに出てくる朴念仁たちに比べれば、まだ許せる範疇、立ち位置に彼は立っているとフォローを付け加えておく。
「ところでネーミングは決まったのですか?」
「なんのことだよ」
「プレシアさんから頼まれたのでしょう? レイジングハートとバルデッシュのパワーアップ後の名前」
「それか……いくつか候補があんだけど、一つに絞れねえんだよ、あんな奇を狙い過ぎると痛々しいし……な…………」
「どうしました? 勇…夜……………」
突如、二人は雑談も歩を進めることも止めて、通りの真ん中に立ったまま、ある一点を目に留めたまま、時間が止めてしまったかのように微動だにしなくなった。
じわりと常識を浸食する異常が、二人を釘付けにする。
距離にして彼らから約10メートル。
その地点に、群衆の波の中をひっそりと立ち、二人を見ている生き物が一体。 小駆の………子狐だ。
臆病な性格ゆえ、ほぼ独り身で行動し、滅多に人間と鉢合わせることの無い狐が、人間たちの文明社会のテリトリーに、堂々と入りこんで立ち尽くし、勇夜と光の二人をじっと見つめていた。
子狐を気にするどころか、視線にさえ入れずにすれ違って去っていく周囲の通行人たちが、この場から発せられる超常性と異常性を煽りたてている。
眼前の常軌を逸する光景に、幻を見ているのでは?―――と勘繰りたくなるが……。
「(光、お前も感じてるか?)」
「(右に同じですよ、間違いなくあの巫女で化け狐な魔源種ですね)」
二人が感知したのは、子狐の体の廻りを覆っている魔力。
その魔力によって、子狐は自分たち以外に人々から認識されないようにしているのだろう。
そして発する魔力の波動は、あの夜にヴォルケンリッターとグレンファイヤーとともに現れた巫女服を着た使い魔のモデルである魔力種の少女と同じもの。
指紋や網膜と同様、魔力も人によって違いがある。
紛れも無くあの子狐は、魔源種の少女の本来の姿であると見て良い。
ならばなぜ、わざわざ書の主たちを探している自分たちに存在をアピールして接触してきたのだ?
理由はどうあれ、通り魔的な諸行を重ねている以上、蒐集行為の妨害と拠点の察知されることは避けなければならないのにも拘わらず、何でまた自分から出向いて来た?
どういう関係かは知らないが、グレンや騎士たちから背信行為と見なされかねない大博打、勇夜たちの出方次第ではそのまま御用にもされかねないリスクが大きい賭けだ。
一体……彼女は何を考えている?
頭をもたげる疑問をよそに、子狐はこちらに目を向けたまま背を向ける。
どうやら、着いてきてほしいという意思表示のようだ。
「(罠…でしょうか?)」
「(ありえなくもねえけどな……ここは渡りに船だ)」
交渉のテーブルに着く意志表示か? はたまたそれに見せかけた騙し撃ちか? どちらの可能性も、今のところは推測のレベルで平行線を保ったままだ。
妖狐な彼女の意図は、依然不透明な状態ではあるが、上手く交渉すれば騎士たちの蒐集目的が掴めるかもしれない。
二人は、巫女の少女が提供してきた博打の船に、思い切って乗船することに決めるのであった。
買い出しの荷物を持った身であったので、リンディたち連絡係も兼ねた荷物の運搬係は光、子狐の追跡は勇夜が請け負うことになり、周りに怪しまれなよう気を使いながら、体の周りに認識阻害の結界を張って闊歩する小動物の後ろを着けていた。
今のところ、周囲を気にせず話せる静かで人気の無いところに自分を案内しているとしか、子狐の意図は掴めない。
市街地の中心から、閑静な住宅街を抜け、勇夜の前に裏山と、あの八束神社へと繋がる石段に辿り着く。
「会議場にはうってつけだな、リンク、そっちは」
『魔力種以外に魔力反応も、知的生物の生命反応もありません』
「独りでの対談申しつけか、人見知りな狐さんにしてはたいした度胸だよ」
単純計算して、なのはとフェイトの三倍の魔力量と落雷などの詠唱と魔方陣に依らぬ魔力をエネルギー源とした、魔導師には最上の脅威な攻撃方法を子狐は持ってはいるが、それを踏まえてもやはり彼女の行為は危ない綱渡りだ。
「(勇夜君、応援として局員を数人着けましょうか?)」
「(やめといた方が良いぜ、相手を数でよってたかって〝保護〟しようとして、信頼を反故にしちまってケースは結構あるだろ)」
「(それを言われると辛いわね……ですが報告は逐一するように、分かったわね)」
「(了解)」
彼が念話でリンディに言ったケースとは、過去に次元犯罪者と穏便に接触した際、確保に躍起にやるあまり数を揃えて応じたことで、武力行使沙汰にまで発展させた事態のことであった。
守護騎士たちを通じて、彼女は組織の概要、規模といった時空管理局の知識を手にしているだろう。
それにちょっと考えれば、戦力比が自分たち側に不利なことも、人並みの知性を得た魔力種なら理解が及んでいる。
相対している組織(あいて)がどんだけ馬鹿でかい図体をしているか、それらのリスクを承知で、一人で自分たちの前に現れたのだ。
ならこちらも、信頼には信頼で応えなければならない。
大人数を率いては、そいつをぶち壊しかねないので、こういう会合の場は少人数で臨んだほうがいい。
小さく細い手足で長くそびえる石段を駆け上がる子狐を見上げながら、勇夜も石畳の階段を足の長さを生かして二段ごとに軽やかに、段の多さを気にもせず駆け登りだした。
「勇夜、〝彼女〟はどこに?」
「こいつの前に来たとたん見失ったよ」
スーパー袋に詰め込んだ諸々を両家に持って行った後、八束神社裏の森にて勇夜と合流した光。
しかし勇夜によれば、子狐は今二人がいる地点でどこからともなく、いきなり存在を消してしまったとのことだ。
彼の言うこいつとは、『久遠塚(くおんづか)』と彫られた二人の身の丈以上もある塚であった。
以前光が調べ上げた海鳴の言い伝えに関わる、とある妖弧の墓標である。
「ですがこの辺りにまだ隠れているのは違いないでしょう」
二人の周りには、人を近づかせない効能がある結界らしきものが張られていた。恐らくは子狐の差し金であろう。まだこの近くにいる何よりの証拠だ。
勇夜と光は、集中力を高め、魔力だけでなく、微細な生命エネルギーも感じ取るよう感覚を鋭敏に研ぎ澄ました。
常人には視認も感じ取ることもできないエネルギーだが、二人のように鍛錬を積み上げることで、皮膚感覚の濃度を意図的に上げ、意識的にくみ取ることができる。
これは人間でも可能な技術で、魔導師たちの魔力感知もこれを応用したもの。
第6感にも思えなくは無いが、実際は触覚強化の術だ。
自らの感覚を強めた途端、子狐の魔力の波動が急に強まった。
サウナ……ほどではないが、二人の全身に自然の風ではない生暖かい波動が流れ触れる。
流れを発する源流を視覚で辿ると――――
「さすが、『彼』の友ということだけあるか…」
―――エコーのかかった女性の声。
そこから端を発し、ぼんやりと気配と同時に輪郭が浮かび、巫女装束を纏い、狐の耳と尻尾を生やし、煌びやかに艶を帯びた金色の長髪をなびかせた絶世の美貌を持った女性が現れた。
その容姿、かの妖狐に見間違いようのない。
ただし、相違点がいくつかあった。
あの夜の日での邂逅では、彼女の体格は10~12歳ほどの幼子のものであったが、今は人間の齢なら二十歳前後の美女で、尻尾の数も一つから5つとなっていた。
例の証言に出てきた女性と特徴も合致していた。
そのことについては、別段二人は驚かなかった。
使い魔は、アルフなら『子犬フォーム』のように獣形態にしろ人型形態しても、どちらの姿でも体格を自在に変えることができる。
モデルとなった魔源種たちにも、同じ芸当ができても何ら不思議ではない。
「彼ってことのはグレンの野郎のことか?」
「その通りだ、ウルトラマンゼロ殿、ミラーナイト殿」
「驚いたな……なんで俺たちの正体が分かった」
「グレンから聞いた人物像と、そなたらの物腰が一致したものでな」
そりゃグレンから自分たちのことを聞かされてはいるとは察しがついていたが、まだ名前も言っておらず、人間体である今の姿で正体を看破されてしまうとは、侮れないな。
「我が名は久遠、見ての通り、人に化ける妖術を持った妖怪狐だ、グレンファイヤーとは、友人としてお付き合いをしている」
彼女は容姿負けしない凛と落ち着いた口調と佇まいで、自らの名を申し上げた。
二人、特に光は内心動揺のさざ波を起こしていた。
なんと…見た目だけではなく、名前まで海鳴の伝承に記された妖狐と同じとは………偶然…………と、片付けるにはでき過ぎてる。
金色の髪、巫女服、髪と同じ色の狐の耳と5つの尾。
彼の心の呟きの通り、久遠は、まさに二人の背後にそびえる久遠塚の由来となった昔話に登場する妖狐と瓜二つであったのだ。
まさか伝承の妖孤と……同一の存在か? と勘繰ってしまうが、今はそれを追求する時でも場でも無い。
「で、その俺たちの身内(だち)に喧嘩吹っ掛けたそのグレンのご友人様がどんなご用件で?」
いつもより淡々で、重くて低く、刺々しい勇夜の声。
声を形にすることができるなら、間違いなく矢じり、槍先と言った凶器となっているまでの痛さと冷たさ。
どうよく目に見ても、喧嘩腰な声音と目つきとガンを飛ばしながらの姿勢で、勇夜は用件を要求する。
声と顔だけ見れば、完璧に不良そのものな様相であった。
現に昔はヤンキーではあったけど……もだ。
「(勇夜、今は交渉の場です、ここは穏便に対処ですよ)」
「(分かってるよ…)」
余りの無愛想な物腰に、このままではいかんと思った光は念話で彼を宥めた。
ただこうは言ったが、彼がこんな態度をとってしまうことに、分からないわけでは無く、理由も把握できるだけに納得もしていた。
「そのことについては、攻められて当然のことだ、本当にすまない…」
勇夜個人の場合をとっても、有無を言わせずにフェイトら〝ダチ〟を襲い、グレンに葛藤の果てに苦みを噛み殺して自分たちと拳を交える羽目を味あわせたのだ。
あんなに大事な存在な騎士たちのために大事な戦友と争わなければならない哀しみに彩られたグレンの背中を見せられた為に、どうしても原因作った連中に憤りを感じてしまう。
極めつけに、7年前に腐れ縁の友人の親父さんの命を奪っているという事実。
これらを前にして、相手方に良い印象を持ちようがないのは当然の反応であった。
激情のまま罵倒したり、手なり足を出して武力を行使せず、ガン飛ばしに留めさせてることだけでも良しと見るべきだ。
それに、良心の呵責に身を擦り切れさせながら、心から沈痛な面持ちと気持ちで頭を下げてきた久遠の態度を見れば、不条理から生まれし心のもやそのものは消えなくても、拳を振り上げるのを止めざるを得ない。
ジレンマに苦しんでるのは、グレンも彼女も同じなのだ。
「本当なら……こうして対等に口を交わすことさえおこがましい身分であることは承知している……………その上で…そなたらに頼みがあって、こうして参上いたした」
「その……〝頼み〟………というのは?」
「…………闇の書についての……情報を……教えてもらいたいのだ」
「「っ!?」」
余りに意外過ぎる久遠と名乗った妖弧の『頼み』に対して困惑し、二人は返す言葉に詰まってしまった。
「当の本人たちを差し置いて、何で俺たちにそんなこと?」
ようやく出た言葉も、困惑に埋め尽くされたものとなっている。
闇の書に関することは、勇夜たちより、自分の体そのものと言っても差し支えの無いプログラム生命体で書の機能の一部分な守護騎士たちの方が詳しいに決まっているのだ。
回りくどく、目的の達成上障害となりえるものたちから情報を仕入れることに一体何のメリットがあると言うのだろう。
「推測だが……あの魔法の書物は、本来の使い道から外れ、騎士たちがそれすら自覚できないまでに歪んでしまっていると……私は考えている」
どうやら彼女は、あの魔導書には重大な欠陥があると踏み、騎士たちからそれを確かめる術が無いがために、こうして接触を測ってきたらしい。
その推測は実のところ正しい。
完全覚醒した闇の書と一戦交えた銀色の神秘の巨人―――ウルトラマンノアによって、魔導書が真の役割を逸脱していることを齎された直後だったからだ。
久遠も当初は、積極的に蒐集に協力し、自らの魔力も書に捧げたそうであったが、ページを魔力で刻ませていくうちに、何のために書(かれら)が生み出されたのか? という疑問が芽生えた。
その疑問には勇夜も光も同意見であった。
かの魔導書は、666ページ、キリスト教では不吉を象徴する数字分の魔力を集め、書の根幹に封印された管制人格―――システムを円滑にコントロールする役割を担うプログラム体を目覚めさせ、その者が主となった人間を正式にマスターとして認証させることで、ようやく使用できる代物……らしく、どんな使い道があるのか、正直釈然としなかった。
破壊兵器…であるなら、前述の手順などしなくとも、ヴォルケンリッターたちだけで充分賄える。
それで、書には欠陥と破損を抱える身であるという推論に至ったとのことだ。
「あいつらの蒐集する理由と、主がどこの誰なのかと、グレンとどういう生活しているのかは言えないんだな」
「その点も本当にすまない………今はどうしても話すわけにはいかないのだ」
その一連の推理と、これらが是か否か、白黒はっきりさせる為に自分たちに頼んで来たの理由(わけ)は納得も理解もできた。
もし書の破損が、騎士たちの記憶野にまで及んでいたとしたら、本人たちから真実を聞き出すのは絶望的だろう。
アリシアの記憶を植え付けられながら、他者の記憶であることを察せられない様に記憶操作されたフェイトの事例(ケース)もあるだけに否定はできない。
だが、接触と言う賭けに出ておきながら、今年の10月に入って突然始めた蒐集行為と、主となった人物の概要とどこに住居を構えていることに関する勇夜たち質問には対して久遠は、返答を渋って拒否した。
仮面の男、クローンの怪獣たちと異星人たちを率い、蒐集に手を貸す第三勢力に関わる問い掛けには、即答で――
「存じ上げない……彼らの存在は我々もあの夜まで知らなかった」
と答えたのとは偉い大違いである。
彼女のリアクションと応じ方と目つきから見て、二人は久遠が答えたことが本当であると信じた。
確たる物証は無いが、れっきとした根拠はある。
戦いというものは身体だけでなく、勝ち抜き、生き延びる上で、頭を使うことも要求される。
その身に降りかかるあらゆる危険に対し、瞬時に予測し、対応しなければならないため、戦闘経験を積み重ねていけば、自然と観察力と洞察力が鍛えられ、日常に於いても、相手の心の機微を捉えやすくなる。
その気になれば、目を見ただけで嘘か真か判別を付けるなど造作も無いことであった。
「答えなくても良いけど……今のあんたらは、身内の治療のお金がどうしても必要だから手を汚せざるを得ない……ってな感じか?」
「そなたらのご想像に………任せる」
勇夜の意図が測りかねる問いに久遠はそう答えてはぐらかしたが、彼女の反応から見て、彼の質問は当たらからず正解寄り、であると言えた。
光の国の戦士から見て、直に一戦交えた際の騎士たちの様子と対応から、何となくだが『本当はこんな方法を選びたくは無いが、状況的にそうせざるを得ない』目をしていたから、が彼の先の質問の意図だ。
嘱託魔導師として請け負った仕事の中には、そう言った訳ありな被疑者たちと相対する機会が何度もあったからだ。
無論のこと、半年前のフェイトもその内の一人である。
とにかく、今この場でできる最善の一手は、彼女が橋渡しとなって紡いできた信頼の糸を反故という形で切らさぬよう維持させ繋ぎとめることだ。
彼女の目的は明快だ。
闇の書の正体と、蒐集の果てに待ちうける真実の所在を明らかにすること。
その真実が最悪の事態の場合、騎士たちへの説得材料にし、事態を穏健な内に終息させるということだ。
何より、今日のここで話し合いの場を設けることができたのは、自分たちとグレンが仲間という糸を繋げ、そのグレンも今日のコンタクトに賛同してくれていたからだ。
こういうチャンスは逃さない手は無い。
グレンと久遠と、まだ顔も知らないが、人外と見なされかねないグレンたちを向かい入れた人道的で善良なマスターの為にも、これ以上心を削らせてまで蒐集を強いらせるわけにはいかない。
フェイトが狂気に堕ちたプレシアの命じるまま、ロストロギアの採集の果てに待ちうけていた最悪の結末を、彼らが絶望とともに突きつけられるやもしれぬのだから。
「それと、仮面の野郎と怪獣には気をつけろよ、上手い話には裏があるからさ」
「ご忠告感謝する、我々も彼らにはどう対応すべきか手をこまねいていたからな、それを騎士たちに伝えるのは当分先になりそうだが……」
やはり隠しごとをすることに良い気がしないようで、彼女は憂いと後ろめたさの籠った表情を見せながら、勇夜の忠言を聞き入れた。
かの第三勢力が、その絶望に誘う使徒である可能性も無きにしもあらずなので、今判明していることを話しつつ用心するよう釘を指すのであった。
闇の書の力を使えるのは、認証を受けたマスターのみ。
使い道だってたかが知れているのに、蒐集に助力させていることは、何が裏があると見ていい。
もし『やつ』の仕業だとすれば、今まで起きた悲劇の比では無い惨状が起きることも在り得る。
まあ……今のところはこうせざるを得ない。
以前相まみえた時の様子を思い出しても、騎士たちはとても彼女のように穏便かつ冷静にこちらと接触する余裕が無く、かつてのフェイト並に強情で頑なであると見た。
でなきゃ、彼女がこんな大博打なんぞ打つわけがない。
グレンも比較的態度を堅くしてないのが救いだ。
どの道御用にはなるのは避けられないし、まだダチたちへの仕打ちへのしこりが消えてはいないが、危ない橋を渡るリスクを承知でコンタクトをとってくれた彼女にも感謝しなければならない。
「ご希望は分かりました、私たちも今日はこれ以上とやかく問うつもりはありません、とりあえずは、一週間後、同じ時間にここで会いましょう、それまで集めた情報をお話します、ですが次の機会では対価として、こちらの問いにはイエスかノーので答えてもらいますよ、これが承諾できなければ、二度と私たちの前に現れないでもらいたい」
「承知……致した、何から何まで忝い」
「気にするな、俺たちもできれば力を使わずに済ませたいからな、グレンにはよろしく伝えてくれ」
「相分かった、それでは次の週、この塚の前で――――」
段々と久遠の姿が半透明となって輪郭がぼやき、気配ごとこの場から姿を消した。
と同時に、周囲の森を包んでいた魔力の波動の濃度が急速に薄まっていく。
彼女が転移魔法を披露しつつ、周辺を張り巡らせた人除けの結界を解除させたのだ。
感覚を研ぎ澄ましても、久遠の気配はもう微塵も感じられない。
完全にこの場から立ち去ったと見て、間違いない。
この時光は、心中しまったと呟いた。
闇の書のことも気になるが、この久遠塚の伝承と彼女との関連性も気になっていたからだ。
しかし優先順位としては遥か下位。
こんなことを彼女に説くのは、今の案件を解決してからでも問題ない。
今は好奇心を胸にしまいこんでおく時だ。
それよりも……
「このように穏便な感じのまま、事件が終わってくれれば良いですが……」
「同感だよ、できれば遣り合う前に――――」
せっかく穏和な方面で進展が付いたのだ。
どうにかそれを維持させたまま、めでたく一件落着にさせたい。
「(勇夜君に光君!聞こえる!?)」
させたかったのだが…………現実はそう甘味ではなく、幻想はあっさりと砕かれた。
「(今市街地上空の広域結界内でクロノ君と武装局員たちがヴォルケンリッター数名と交戦中、直ぐ応援に向かって!)」
どうやら神様って野郎は、偉く刺激に飢えた悪趣味な野郎らしい。
このタイミングで、とんでもなく傍迷惑なイベントを置いていきやがったのだからだ。
もし実在してんだったら、一発ぶん殴らせてやりたい気分だ。
でもこれがチャンスなのも確か。
「彼女のように穏便に済めばいいですが……」
「儚い希望ってやつだろうな……」
荒事になるのは覚悟の上だ。
這いつくばってやるくらいの気概で以て、止めてやる。
あいつらが続けてる……〝血を吐きながら走り続ける悲しいマラソン〟をな。
「行くぜ!」
「はい!」
そうして二人の戦士は気持ちを切り替え、これから戦場となりえるコンクリートジャングルへと疾走した。
つづく。