ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
STAGE27-激戦の裏側
一般人には不可視なドーム状の封時結界から、それほど距離が離れていないビルの屋上にて、人除けと、通行人からは自分が不可視となるフィールドを身の周りに張り、ドームを見上げる女性が一人居た。
湖の騎士、またの二つ名を風の癒し手―――シャマルである。
「(主は今どうなさっておられる?)」
「(すずかちゃんの家で彼女と遊んでいるわ、久遠ちゃんもボディガードとして同行してる)」
並列思考――マルチタスクを活用しつつ、ベルカでは思念通話と呼ばれている念話で、アルフと戦う傍ら彼女に尋ねてきたザフィーラと交信をとっているシャマル。
「(状況は芳しくない、我らが応じている相手はいずれも難敵だ、この結界をどうにかできないか?)」
「(どうにかしたいけど……局員たちが中と外に別れて結界を維持してて、わたしの魔力じゃどうにも…)」
彼女は連絡をとりながら、内部にいる仲間たちの五感を借りて、現況を把握させていた。
ザフィーラの言う通り、シグナムら三人の相手をしている魔道師でもある剣士な日系の少年二人と、オレンジの髪をした使い魔ら三方はいずれも、自分たちにはここ何十年もお目にかかれなかった豪傑たちだ。
シグナムの相手をしている一人は、凛とした中性的な貌に鋭い吊り目、髪型がシグナムと似通っている黒こげ茶色のデニムジャケットを着た男の子。
〝魔道殺しの勇夜〟
噂に違わぬ……ひょっとしたらそれ以上かもしれない剣捌きと体捌きで、総合的な力量はヴォルケンリッターの中でトップな彼女と、互角の勝負を繰り広げ。
ヴィータちゃんと戦う一見すると穏和で社交性が良さそうな、白に緑のラインが走ったジャケをファスナーを上まであげて着こなす、もう一人の二刀流の方の男の子は、ヴィータちゃんのカッとやりやすい直情的な性格を突いて、自分に有利なフィールドへと誘い込んでしまった。
ザフィーラの相手をしている使い魔の女の子に至っては、経験ではザフィーラが勝ってる分互角ではあるが。格闘技術なら盾の守護獣より上手ときた。
三人の視界を借りて見てみたが、全員ほぼ魔法による身体強化を施していないにも拘わらず、常識離れした身のこなしの速さで武器なり拳なりと攻撃を仕掛けてくる。
シャマルはどうにか動きを捉えようとしたが、自分の動体視力では叶わぬ相談であったとすぐさま思い知って、断念することにした。
理不尽だ……とほほ……使い魔の狼ちゃんはまだ良いけど、あの男の子たちは、どう見ても人間なのに、一応純然たる人間では無い自分より人間離れしているなんて。
それならまだ良い、一番ショックなのは見てくれすら、男なのに、相手は男なのに、特にあの黒髪ポ二テ君に負けてる気がする。
だって……怖い目つきで誤魔化してるけど、体が女の子でも違和感は消し飛ばす美貌持ちだってことが解ってしまうからだ。
一体何をすれば男らしさとがありつつも、あんなに髪も肌も綺麗に保てるのだろうか………理不尽だよ………こんなの。
とシャマルは涙目になって独白した。
仮にも戦闘中だというのにちとズレた落ち込み様、気持ちは解らんでもないけれどもだ。
しかし、純然たる地球人でないのは、かの二人も同じだ。
今は単に、彼女が知らないだけである。
知れば、嫌でも受け入れる選択を採らせられることになろう。
他にも実は家事面で、シャマルを涙目にさせる現実がもう一つあるが、内緒にしておくのが賢明だ。
「(せめて、シグナムのファルケンか、ヴィータちゃんのギガント、久遠ちゃんの雷並の魔力を出せれば…)」
「(シグナムとヴィータはあやつらの応戦に手が回らない、主を置いた状態で久遠を呼ぶわけにもいかんだろう、目的の読めない輩もいるからな)」
「(それは、そうなんだけど…)」
三人を転移魔法で脱出させたいが、対象者を閉じ込める為のプロテクトが掛けられており、解除するには時間が掛かり過ぎる。
周知の通り、騎士たちの主戦力のほとんどは勇夜たちを相手にしているので、結界破壊を行える余裕が無い。
外に転送させようにも、結界の強度と効果が強過ぎてそれも叶わず。
真っ向勝負には向かないシャマルでは、結界を維持する局員をどうにかすることもできない始末であった。
まだ自分があの時のように見つかっていないのが幸運だった。
残る手は、闇の書が完全覚醒した場合を除いて、破壊力なら最も高い久遠による広範囲攻撃だが、今迂闊にはやての許を離れて呼ぶには、躊躇せざるを得ない不確定要素があった。
それこそ、あの仮面の男と怪獣たちら、詳細不明のグループである。
「見ての通り、通りすがりの僧侶ですよ」
11月末の、管理局に存在を知られてしまったあの夜の日、シャマルは獅子の眼光を秘めた修行僧――おおとりゲンことウルトラマンレオに接触、見つけられてしまった。
「大丈夫です……一人で帰れますから」
「ならせめて、あなたが維持しているこの空間(けっかい)を解いてもらえますかな?」
「っ!?」
修行僧のその一言で理解した。
この人は、自分を確保する為にこの場にいるのだということを。
「ごめんなさい……今は…どうしても」
「そうですか、仕方ありません、あどけない少女たちに暴力を振るった報いを受けてもらうとしましょう」
逃げなきゃ……少しでも……この人から離れなきゃ、でないと。
多分……その先にあるのは……牢獄。
今はダメだ……はやてちゃんを、いつかは裁かれる身な自分たちだけど、せめて、はやてちゃんを、あの優しい主様を、自分たちが生み出した闇から救うまでは、絶対にそんな事態は避けなければならない。
だから一刻も早く、応戦するなり、牽制してここから逃げて隠れるなりしなければいけない。
頭では、そんな指令は何度も発している。
なのに、その指令を直ぐに実行せねばならない身体が、言うことを聞いてはくれない支障をきたしていた。
体が……修行僧からは逃れられない……太刀打ちできず敗北すると、諦めてしまっていたのだ。
今相手は、ただこちらを睨んでいる……だけだと言うのに。
なぜなら、その男の睨みから来る殺気は、今まで経験したことのない、研鑽された切れ味を持っていたのだから。
ゆっくりと、錫杖の音色を響かせながら、湖の騎士に近づいていく僧侶の姿をせし獅子。
シャマルは、何度も体にこの場から退散する指令を出す。
が、指示を受けた身は、小刻みに振動を繰り返すばかりで言うことを聞いてくれない。
自分では、この修行僧から逃れる手は一切無いと、ここで抵抗して痛い目を見るくらいなら、潔く彼に連行された方が賢明であると、身の方が使い手の筈の主に進言して来る始末だ。
仲間の助けも今は望めない。
お願い、言うこと聞いて……聞いてよ……ここで捕まったら、同じ騎士のみんなも、久遠ちゃんも、紅蓮君も、そしてはやてちゃんもただじゃ済まない。
何より……はやてちゃんに、やっと巡り会えた優しい主様に、恩を何も返してあげることすらできずに、死なせてしまう。
償いも、咎も、ちゃんと受ける覚悟はできてるから、お願い、今はここから立ち去らせてよ!
思わず目じりが濡れた瞳を閉じる。
その時―――バァン!―――と耳に、何かが衝突した音を捉えた。
詳細を掴もうと、目を開けてみる。
その先には、さらなる闖入者がいた。
体格から見て、見かけは20代前半の男性。
服装は、丈が短めな白いジャケットと青く長めの脚絆。
跳ねっ気がついた青味がかった髪。
シャマルからは後ろ姿なので、全体像は見えないが、貌にピエロマスクによく似た白い仮面らしきものを付けていた。
闖入者たる謎の男は、修行僧に正拳を撃ち込み、僧侶は錫杖の柄で受け止め鬩ぎ合っていたが、やがて双方とも跳躍して後退した。
「あの……あなたは?」
「蒐集を続けろ、この男は俺が引き留めておく」
仮面の男の目的は、どうやらシャマルの逃走補助のようだ。
しかし、なぜ男は自分を助けようとしているのだろう?
それも、わざわざ仮面を被って正体を隠す手間までしている。
少なくともシャマルの記憶には、この男は見覚えも聞き覚えもなかった。
逆に男の真意が気になって仕方がなかった気持ちであった。
自分たちは、どうあっても咎人と見なされる行為を繰り返している身だ。
殺さぬよう気をつけていると言っても、被害を受けた人々とその親しい人たちは、自分たちへの恨みつらみを日々募らせているはずなのだ。
共に暮らし、メリットなどを超えて助力できる紅蓮、久遠はともかく、見ず知らずの人間が騎士たちを助けるメリットなど、有り様もない。
とは言え、目の前に差し出された船に乗らない手は無かった。
仮面の男の意思は、読み込めず仕舞いなまま。
けど、今は彼の手助けに甘えてもらおう。
シャマルは飛行魔法で、その場から飛び去っていった。
残った修行僧と仮面の男の二方。
男は、構えをとって、動作でシャマルを追わせないと意志表明した。
相手の思惑を感じ取った僧侶も、錫杖を地に置き、彼の弟子、弟子の想い人のパートナーである使い魔の少女に受け継がれていった。
かの宇宙拳法の構えを見せ、男と対峙するのであった。
仮面の男にとってそれは、思わぬ誤算であった。
あの結界の内部での戦闘においては、当初は静観を貫く姿勢をとる予定であった。
べルカの騎士たるヴォルケンリッターならば、万が一敗北する事態は起こらないだろうとたかを括ってさえいた。
ところがだ。
今は別の次元に存在する故郷の星に帰っていたはずのウルトラマンゼロと仲間たちが、戦場に介入、戦況バランスは五分と五分になる。
おまけに湖の騎士が、ゼロの仲間らしき日本の僧侶の格好をした男に見つかり、眼力だけで彼女を追い詰めてしまった。
何をやっているのだ?
正直騎士と呼ぶには風上にも置けぬ我らの■な連中ではあるが、仮にもべルカの騎士の端くれであろう。
サポートが主な役目とは言え、それでも騎士なのかと情けなく感じてしまったが、自分たちの長年の計画の成就の為に、今確保される状況は避けなければならない。
即断即決。
僧侶がどの程度の実力かはまだ測り気味ではあるが、時間を稼いで、ころ合いを見て自分も退避すれば良い。
しかし、誤算はこれだけで終わらなかった。
己の特技たる地手空拳、体術を、惜しげも無く披露する仮面の男。
体捌きだけ見ても、彼の体技を避けられる魔道師は、そうざらに存在しない。
魔導が繁栄した世界において、魔法に特化した片割れを持つ身にとって、何よりも誇れる得手であり、自分だけの得手吉であり、誇りであったのだ。
それが、通じない。
今相対している男に、自分の攻撃が一度たりとも通らない。
焦燥の汗が、体中を巡り流れていく。
なぜ? どうしてなのだ?
振り上げた拳が、胸部に当たった僧侶の掌の一撃で勢いを失う。
ダメージを与えるつもりが、与えられる側に回された。
長い間……■■■■のサポート役として、何十年も長きに渡って戦ってきたが、経験したことのない現実が道化に押し寄せてくる。
僧侶もまた、体術による戦法で応じている。
針のような鋭さを持った拳を難なく捌き、鉄槌よりも堅き蹴りはいとも簡単にかわされ、攻撃を外す回数がどんどん増加し積み重ねられていく。
「デェリャ!」
僧侶に左腕を掴まれた。
と同時に、体に力が入らず、相手の為すがまま、投げつけられ、コンクリートの床板の冷たさを感じる前に、さらにすかさず投げ飛ばされた。
痛みに呻きながら起き上がると、僧侶の豪腕が連なって襲い来る。
男は拳撃を魔力障壁を施した両腕で受け止めていく。
「ぐぅ…」
が………なぜだ?
防護した……確かに防いだ……魔力の盾を纏った上でだ。
なのになぜだ? なにゆえ痛みが体の中を通り巡っていく。
最初は防ぐことはできていたが、次第に体内を貫く僧侶の打撃に押されていき、ついに指先からの突きが防御をすり抜け、鳩尾に直撃。
「がはぁ!」
鉛の弾丸が貫通したと思わせてしまう激痛に、一瞬意識が飛んだ。
直ぐに覚醒はしたものの、その最大の要因は僧侶の追撃だ。
刀で切り付けるような滑らかさと鮮やかさで、袈裟がけからの一之太刀、逆胴からのニ之太刀による手刀の後、左足による下腹部への膝撃ち、右足からの連続にして撃ち込まれる下段からの前蹴り。
そしてジャンプの勢いを相乗させた体当たり。
一度態勢を崩されただけで、全身の痛覚が一斉に悲鳴を上げる。
体術の名手と言われた自身が、■である■■■■ほどでは無いにしても、齢を重ねた50前後の人間に圧倒されている……その事実すら、体から発する慟哭によって認識できない。
仮面の戦士にとって不幸だったのは、彼に並ぶフィジカル面での技量に優れた者が、身近にいなかったことだろう。
よって、肉弾戦の技術がこちらを上回る存在が、この瞬間まで存在しなかった。
その存在こそ……この修行僧の身なりをした男―――おおとりゲン、ウルトラマンレオである。
多くの大切な存在を失う苦難を味わいながらも、地球を守り抜いた彼は、一時期地球各地を旅して廻っていた。
同時に修練も怠らずに続け、時には現地の武術をジャンル問わずに学び、吸収していった。
勇夜が以前、光へ口にした室町時代発祥の古流剣術『香取神道流』もその一つである。尤も、修行熱心であったゲンは香取以外の流派の剣術も身につけている。
弟子が剣術の腕前も恐ろしく高いのは、ゲンの武者修行の旅の賜物だった。
修行僧の服装であるのも、常日頃から己を磨きあげ、初心を忘れない心構えの顕れであり、それによって、実戦の経験も肥やしとなり、最終的に惑星であるブラックスターを破壊できるまでになった地球防衛末期の頃よりもさらに技量を高めていた。
だが何より、精神的な強さによる差が、仮面の男を遥かに凌駕する力をゲンに齎していた。
仮面の男には、その仮面の下に、払おうにも払いきれない闇―――負の心を宿し、対してゲンは心を闇に染めてしまうほどの苦難を味わいながらも、諦めずに乗り越えてきたのだ。
その想いの差が、両者に決定的で埋めがたい溝ができるまでに、差を生み出していたのである。
「イィヤァァ! タァァ!!」
ゲンの攻めに受けるがままたじろぐしかない仮面の男に対し、ゲンは一端片腕を横に伸ばしてからの気迫を込めた宇宙拳法の構えをとった後、屋上から30メートルの高度まで跳躍、宙を舞いながら回転。
「ドォォォリャァァァァァーーーーーーーー!!!」
天地裂く雄叫び、回転の勢いを乗せ、ゲンの右足が仮面の男に狙いを定め、念力の補助で綺麗な斜線を描きながら降下していく。
加減付きではあるが、レオにとって最大の必殺技――――人間体でのレオキックだ。
太陽エネルギーは込めず、威力を抑えているとは言え、武術を極めに極めた戦士の蹴りだ。
仮面の男の正体である■■■■な■■■も、受けたら当分は、ベッドで横になる状態に直行することになる。
ゲンにとっても、多少の怪我を相手に与えるのは覚悟の上だ。
ウルトラマンとしての勘と、武術家として、戦士としての勘が、男も単なる人間では無いことを悟らせていたこともあるのだが、理由があるにしても、一方的な力を押しつける者たちの手助けをした仮面の男が、少なからずゲンの生来の正義感に火を点けていた。
逃走補助をし、牙を向けてきた以上、荒い手ではあるが、並の手加減もするつもりも無いし、このまま返すわけにはいかない。
重要参考人として、弟子たちがこれから関わるであろう魔道師連続襲撃事件解決の一役を担ってもらう。
「エイヤャァァァァァァーーーーーーー!!!」
一撃必殺のレオキックが、見事相手の胸部に直撃。
背部に突き飛ばされる仮面の男。
足を地に付け、踏ん張らせているが、コンクリートを抉るだけで減速効果は余り期待できなかった。
レオキックの衝撃を相殺させる術を持てぬまま、屋上と外を仕切る金網に吸い込まれていく。
網に重力が発されると思わせる様だった。
あわや、その身が金網に激突する寸前。
「転移!」
痛みから絞りあげた発声を端にして、金網に魔法陣が敷かれ、仮面の男は円陣の中に取り込まれて、その場から消えた。
「易々と捕らえられる気はないということか…」
ともかく長居は無用だ。
あの魔導師の女性を追いかけなければ、被疑者の詳細な情報はまだ聞いていないが、これ以上彼女らの足枷を増やすわけにはいかない。
ゲンは、湖の騎士シャマルが飛び去っていった方角へ、ビルを跨ぎながら跳び立って行った。
時は現在に舞い戻る。
シャマルたちが、自分たち側にとっては主戦力を超えて切り札にも等しい久遠を、はやての傍から離させることに抵抗感を抱いているのは、かの仮面の男が原因だった。
あの夜は確かに自分たちを助けようとした以外は、まったく概要が露わにならない未知の存在。
あの時は助けてくれたとは言っても、面識も無いのに、主以外は扱えない闇の書の蒐集の助力をした。
それ自体はありがたい………が、どうも腑に落ちない。
わざわざ仮面で貌を隠している時点で、否がおうにもキナ臭い匂いを感じてしまう。
手を貸すと見せかけて、実はこちらを嵌める一物を隠しているのではと、良い気はしない考えまで過る始末。
ともかく、怪獣を寄越してきた何者かと組んでいるかもしれない仔細不明な連中がいる以上、最低一人でもはやてと一緒にいた方が賢明だった。
よってあの夜以降、専ら久遠が、はやてのボディガード役として傍に付くようになり、結果として数刻前の勇夜たちの密談を可能にさせることとなった。
まあそれに対して、現状シャマルたちに現況を打破する突破口が見つからない障害もできてしまったのだがである。
殊に直に仮面の男を目にしたシャマルは、最も彼らへの警戒心が強かった。
忘れられない。
ほんの、ほんの微かで、正体が掴めないゆえの未知への畏怖だと思ったが、実際は違う。
あの仮面がこちらに目を向けてきた時、確かに感じたのだ。
お世辞にも良いとは言えない、よからぬ負の感情が、仮面越しに発せられていた。
あの視線は、何度も戦場で直に肌で接してきたものと同じだ、間違えようが無い。
だから、久遠を呼ぶ一手は、今は手札から捨て置く方針にした方が良いのかもしれない。
全容が解らないゆえに、慎重な思考による判断。
しかし、どうにか解決口も見つけておきたい。
「(となればやはり、〝アレ〟を使うしか無いな)」
「(分かってる……でも)」
ザフィーラが今提示したように、突破口となるカードは一応手札に存在していた。
闇の書本体に蓄えられた一個人の容量を超えた魔力による広範囲攻撃で、結界を破壊すること。
それが現状、最も有効的な切り札。
だがこの切り札にもリスクが付いてくる。
まだ完全に蒐集が完了していない状態で、書に内包された魔力を使ってしまうと、使用した分だけ、頁(ページ)が真っ白い白紙に逆戻りしてしまう。
消費した分をやり直さなければならないデメリット。
書のリンカーコア浸食によるはやての神経性麻痺の進行が着実にカウントダウンと刻んでいる中で、手札から取り出して使うのに躊躇う要因としては、充分過ぎるリスクであった。
贅沢は言えない……背に腹は変えられないのかもしれない。
ここで時間をロスした分、何かしらの代償が押し寄せてくるかも分からない。
ならいっそ、思い切って使うべきなのでは?
ダメだ、それなら久遠を救援に呼んだ方が、まだリスクは低い。
いや……結局どちらを選んでもリスクは必ず背後についてきて、払わせようと強制してくる。
その強制の対象がはやてに向けられてないと、誰が断言できよう。
もし…これが書の主たるはやてを確保する為の陽動だったらどうする?
仮面の男らも手を貸すと見せかけて実はという流れになることも充分にあり得た。
久遠がいない間紅蓮に警護を頼みたいが、あんな心を鬩ぎ合わせてまで助けに来てくれたグレンファイヤーとしての勇姿を見てしまった今となっては、もう彼に甘えられない。
褒められたものではない所業を繰り返している身であるので、どうしても疑心暗鬼で、臆病な気持ちが強まる。
シグナム達を信じて現状静観か。
やはり久遠に応援を頼むか。
書に貯蓄された魔力を行使するか。
選択肢をとるのに手間取る時間さえ悩ましい。
手札から、何を切り出すべき………なのか。
どれを選ぶか思案を重ねるシャマルであったが―――
「風の足枷!」
――――咄嗟に、背中の肌が感じ取った気配を発せし何者かに、シャマルは右手に形成されたべルカ式魔法陣から人間サイズを竜巻を飛ばした。
大した威力では無いが、時間稼ぎによる牽制としては差し支えない。
魔法による小型の風の渦を受けて気に取られている間に、彼女は後退してビルから離れた。
シャマルの背後を取ろうとし、シャマルの攻撃を難なく防いだその何者とは。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ―――」
漆黒のバリアジャケットを羽織り、無骨なストレージデバイス――S2Uを携え、闇の書の主か、騎士たちの仲間を確保すべく結界外を跳び回って探索していたクロノであった。
「捜索指定ロストロギアの所持、ならびに使用の疑いで、あなたを確保します」
もしシャマルの反応が遅れていれば、運が良くて彼女が転移にも蒐集にも重宝しているあるスキルで逃走、悪くてその場で御用となっていたかもしれず、むしろ後者になる方が確率は高かった。
逃げようものなら、補助魔法を幾つも所持しているクロノによって、力技で拘束されていた。
「(どうした? シャマル)」
返答がこないことに引っかかったのか、やや切羽詰まった声色でシャマルを呼び掛けるザフィーラ。
「(執務官さんに見つかっちゃった……でもどうにかするわ、みんなももう少し持ちこたえて)」
「(相分かった、気をつけろ)」
「(うん)」
手札に集まってるカードから、何を選びとるのか、それは後回しだ。
「行くわよ、クラールヴィント」
『Ja《了解》』
シャマルの呼び声に、彼女のデバイスたる両手の人差しと中の指に、それぞれ二つずつ嵌められた青と緑色の輝きを帯びた金の指輪―――〝風のリング――クラールヴィント〟が応じた。
今は何としても、この男の子からどうにか逃げのびることが先決だ。
自分だって騎士なのだ。
この状況くらい、自身の力で切り抜けよう。
そう己を鼓舞しながら、シャマルはクロノと相対するのであった。
つづく