ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
今回は三連続投稿。
なんで間が空いたかと言うと、実はこの辺の話を書いていた当時、かのバットマンのダークナイト、ネクサス、平成一期ライダーを筆頭としたヒーローのシリアスハードものにどっぷり浸かっていた影響が諸に出ていて、今読むととても恥ずかしい上に、書いた話もとんだ重々しい代物になっていたからです(大汗
特にヴォルケンの皆さまには、前々の話からさりげなく描写はしてきましたが………その当時感じていた「原作は彼女たちの被害者としての側面ばかり強調し過ぎなのでは?」と言う疑念が膨れ上がっていたものでこんなことに。
結界内での海鳴のオフィスビルたちの渦中で起こりし戦場。
魔力を帯びた刃と刃の衝突によって、表皮のガラスが全て吹き飛び、粉塵を空に舞い上がらせる海鳴のビルたち。
散った破片は全て、あちこちに黒い稲妻模様の罅が走った冷たいアスファルトに散らばり、独特の異趣な光景を演出させていた。
このフィールドを作り出した演出家、あるいは芸術家とも言える、諸星勇夜とシグナムによると刃同士の剣裁は、なおも続いていた。
数分前と比べれば、剣閃の激しさは鳴りを潜めている。
迂闊に攻めれば、致命的な返り討ちを浴びるかもしれないからだ。
両者は互いに、互いを強敵だと見止め、集中力を紡ぎながら、様子見にシフトさせている。
いわゆる…千日手で拮抗している状況。
光の国の戦士に八重桜の炎の剣士、どちらとも戦法が酷似しているので、今の状態に落ち着いているのは、ある意味必然であった。
どちらにしても、身体能力が十人並な人間さまたちには、絶対に近寄れない、近寄りたくない異空間である。
「さすがだな…二つ名を轟かせるだけのことはある」
「そりゃどうも」
場は二人の剣士が距離を取り、どちらも得物を正眼に構え対象を見据えたことで、より静かなる大気に落ち着いた。
けれど、二人ともあれだけの武闘を見せながら、まだ息を荒らしておらず、さらにこの静かなる場の大気は、あくまで第二破の激闘の嵐を控えた静寂、という奴だ。
少し経てば、周辺の物体は、二人の魔力、脚力、飛行速度、闘気のぶつかり合い衝撃波と荒ぶる大気の暴走、それらの激流で再び舞い踊る演技を強要させられることになる。
シグナムは、戦時下の集中を継続させながら、心の内で武者震いの笑みを浮かべた。
「もう暫く、心躍る戦いに踏み込みたいところだが、そうは言ってられんか…」
「悪いが、俺はあんたの遊興(しゅみ)にいつまでも付き合う余裕はない、今日で通り魔稼業から足を洗ってもらうぜ」
何という男だろう、あのウルトラマンといい勝負だ。
口調やら物腰やらに態度と、どこかあやつと重なる点もあるが、今は野暮、追及時ではない。
それよりも、私の心を疼き掻き立てているのは、彼の剣裁。
身体強化の魔法に依らずしてこの身体能力と戦闘センスの高さ、かの己が肉体のみで、あれほどの無駄をそり落とし、常人を超えた身のこなし。
こうまで私と愛機による剣技と拮抗するとは、やはりこの少年、手練れの中でも上位に根を下ろす手練れだ。
もうあやつとは何十合も剣先を交わし合っているが、得物を交わすこともほとんど無いまま、我の剣によって兵たちは地に伏せられ、そうした味気なく虚しい勝利ばかりを積み重ねるようになってから、もう何百年も久しい。
確かに、勝利と生存確定という結果が、こちら側に齎されるのは良いことではある。
ほんの少しの些細な入れ違いで、気が付けば生命を剥奪された自覚すらできぬまま、どこへとも知れぬ世界に召し上げられる…など、征野ではそれほど珍稀な事象でもないからだ。
戦場に限らず、人生自体、先行き不透明なロシアンルーレット、特に血が流れる空間ではより顕著、その場に臨んだ者たちに飾り気も混じり気もなされずに突きつける現実。
いつ敗者の結末に堕ちても致し方ない戦場では、勝利は実のところ財宝よりも眩しい代物だ。
とは言ったが、ただ勝ちに急ぐやり方……と言うより物足りなく呆気ない結末(しょうり)の数々は、正直に言えばこの八重桜の剣士(バトルマニア)にとっては、余り好ましくないものであった。
勝つに越したことは無い――が、要は……過程、筋道だ。
騎士という理性の檻で抑えている彼女の本心には、その眉目麗しい容姿からは想像し難い猛獣の血が隠されている。
本音を言えば、当人たちに文句を吐く気はないが、格下の兵士何百、何千人を斬り伏せたところで、一体何になると言うのだろう?
そんなことでは、己の戦いに滾る獣の血は満足してはくれない。
一方的な勝利の数が増える一方で、心の深淵に巣食う虚無感も比例して増産されていくばかりだった。
贅沢を言うなら、自分はもっと、磨き上げた自身の技量と、真っ向から相対し、対等に斬り合える強敵たち、そんな格上の猛者たちと全身全霊で遣り合ってみたいのだ。
その点なら、諸星勇夜はその水準を大きく飛躍、いやそれ以上かもしれない、言葉ではとても表現しきれない力を、彼は持ち合せている。
剣を交わす度膨らむ確信が、堪らなく血を高鳴らせる。
己の得物の刃が、相手の体に触れるか触れないかの瞬間、とてつもなく心身が高揚する。
逆に相手の得物が己の身を掠める瞬間、寒波が押し寄せてきたかのような身震いがする。
殺気を込めたお互いの武器が、その切っ先が交差、またはぶつかり合う瞬間、迸る火花は美しく、溢れだす熱量はとても心地良い。
そうだ…これだ……この感覚だ。
この一瞬と一瞬の積み重ね。
生きるか、死ぬか、その天秤、綱渡り。
そこでしか味わえない、全身を塗り上げる美味たる快感。
これだ……自分はずっとこの蜜の味を味わいたかったのだ。
全く久しい……この味を味わえなくなってから、どれくらい時間が経ったのだろう。
もう二度とこの感覚を身に染みらせることはないと諦めていたから、相応以上の力量と姿勢で真っ向から己にぶつかってきた。
〝魔導殺し〟
という二つ名を秘めたこの少年には敬服する。
そして魔道師には天敵に等しい彼に、魔法を使わせた事実は、シグナムをより武者震いという名の悦を与えた。
長いこと猛者と巡り合えなかった為に、自分の剣は錆びているかもしれないと恐れも抱いていたが、どうやらまだ捨てたものでは無いな。
歓喜の熱でうなぎ登りに上昇していくシグナムの体温。
けれど一方で、彼女の頭は反対に冷えていった。
冷や水を思いっきり掛けられた感覚である。
つい数秒前まで、相手の卓越した戦闘技術と、彼との熾烈な戦闘に悦の泉に浸っていた自分への嘲笑と言ってもいい。
平穏の日々を満喫しようなどと、仲間たちにはほざいておきながら……いざ自分は戦いの場に戻るとこのザマだ。
熱く滾る闘争の炎熱と、鮮やかなる血が欲しくて堪らない……ケダモノだ。
求めるのは平穏―――で、ありながら、戦いに恋焦がれる様と心の有様は、言うまでもなく、矛盾だ。
しかれど今は、それすらも障害を駆逐し、目的を達する為の原動力にしなければならない。
でなければ、この身に確かに芽生えた良心…善心が……騎士の矜持を捨ててまで行っている蒐集に対し、軋みと悲鳴をあげかねない。
正常では、いられなくなるだろう。
心の柱を保つには、自らの異常性すら使わざるをえないのだ。
そして時間は、彼らに迷い惑う暇を提供してはくれないのである。
状況打破するには、諸星勇夜たちを切り伏せる他あるまい。
その鍛え上げられた強さは身に染みた。
「だがそれでも私は、この場を切り抜けなければならないのでな――」
力量の片鱗を掴む前置きは終わり。
レヴァンティンのあの姿を晒すのも久しかったな。
使わなかったというよりは、わざわざ使う必要性がある場に恵まれなかっただけ。
そう、この瞬間が来るまでは―――
「――さあ、第二幕と行こう」
もう――――出し惜しみはせん!
『Schlange form!』
シグナムの愛機特有の、テンションがハイな電子音と、カートリッジの魔力供給による排莢口からの空薬莢の排出。
明らかに手札から、〝奥の手〟のカードを切りだす所作。
それを感じ取った勇夜は構えを正眼から防御重視の八双に変える。
紫がかった揺らめく焔がレヴァンティンの切っ先を覆う。
そして―――白銀の直剣の刃は、鞭のようにしなやかに伸長された、蛇の剣と化した。
己の直感の赴くままに、勇夜は脚に力を込め、アスファルトを踏み込んで左手側に跳び上がった。
直後、数刻まで彼の足に踏みしめられていたグレーの大地が砕かれ、破片と噴煙が舞い上がる。
そこからさらに後、〝なにか〟が勇夜に押し迫る。
月光を反射し、端正な紋様が刻まれた零牙の刀身を防壁にして、なにかによる直撃は免れたが、身に受けた衝撃に押され、その身は宙を飛ばされた。
器用に空中で翻り、勢いを弱体化させてアスファルトに降り立つ勇夜。
気を休める暇もなく、次に彼の視界が捉えた光景は、かの〝なにか〟がジグザグ状に鋭角を描いて地面を抉りながら迫ってきた。
「くっ……ダガ―モード!」
両手とも甲を上向きにして零牙の柄を掴んだ状態から発した彼の声を皮切りに、文字通り無口な愛機は光を発すると形状を変えていき、一振りの日本刀は、ゼロスラッガーの基本形態に相当する二振りの短刀―――零牙・ダガ―モードとなった。
形態変化させた二つの得物を、逆手で構え、粉塵の合間から飛び出してきた〝なにか〟を、ウルトラテレキネシスを纏わせた零牙で打ち払った。
無味無骨なアスファルトの大地を蹂躙するその〝なにか〟の正体は、束ねられた四角上の――刃たち――であった。
手で数えられる以上ものの多数の刃が、一本の黒光りするワイヤーによって蛇腹状に括りつけられていた。
そのしなやかな軌道と、強烈な突進力と、括られた刃たちを以て、勇夜を切り刻まんと迫り攻撃を仕掛け続けている刃は―――正に獲物を捕らえようと牙をむき出しにして喰らいつく蛇の如し。
そして刃を束ねる糸の根元を追いかけていけば、そこには先程まで直剣であったレヴァンティンと、それを手に持ち振るうシグナムの姿。
かの巨大な蛇の刃の正体こそ―――蛇腹剣(じゃばらけん)、形態の名は――――Schlangeform――シュランゲフォルム。
剣と鞭、二つの武器の特性を兼ね備えた混合兵器――マルチウェポン。
今宵の闇夜において、久方振りにお披露目をした彼女の〝奥の手の一つ〟。
ただでさえ通常の鞭でも、予測困難な軌道と、肉を裂き、骨を断つ破壊力を秘めている。
性質上シンプルだが強力なゆえ、家畜、奴隷、罪人たちへの拷問に使われてきたかの武器に刃を付け加え、斬撃の属性を付加すれば、その脅威は計り知れない。
ただ確かに言えることは、この蛇腹状の刃は、ウルトラマンである勇夜――ゼロでも圧倒させれる武器であり、技であり、凶器だった。
高町光――ミラーナイトが、相まみえている鉄槌の騎士ヴィータに披露した大芝居。
一覧の流れを箇条書きにするとこうなる。
まず一つ、ヴィータがカードリッジの追加ロードの敢行を皮切りにわざとバリアの出力を弱め、罅を走ったのと同時に障壁を暴発させる魔法。
『バリアバースト』
による衝撃と煙幕でヴィータの視界を封じ、アイゼンの表面から二次元人の十八番、鏡面転移でこの場から移動。
二つ、眼下のビルのガラスに転移し、外壁のガラスと内部のフロアーを攻撃して侵入しつつ偽装工作を行い、ヴィータに自分がやられたと思わせ。
三つ、御神流の遮気で気配を殺し待ち構えながら、ヴィータが侵入してきたところを攻撃。
四つ、窓ガラス一面を魔力で編んだクリスタル状の薄い壁面。
『シルバーカーテン』
で出口となる大穴を封じた。
これらの誘い込みの策で、仄暗くボロボロで荒んだフロアーでヴィータは、光との戦闘を余儀なくさせられていた。
常人ならどうにか輪郭を捉えられるほどの暗がりで、火花が飛び散り、金属音が残響する。
それこそ、光の二刀小太刀のシルバーライトとヴィータの鉄槌―グラーフアイゼンの衝突による現象であった。
一見傍目からすると、互角の勝負に見えないこともない。
光の剣撃はヴィータのアイゼンに阻まれているし、そのアイゼンの打撃も宙ばかりしか当てられていない。
〝傍目〟からは―――である、
先刻は意気込んでアイゼンを振るうヴィータではあったが、ここでのみの戦況を簡明に説明すれば、不利な立ち位置なのは彼女の方であった。
原因は、彼女の得物の特性と、地理的環境。
元々ハンマーというものは、作業用の工具としての一面が強い道具。
戦闘用の武器としても使え、特に中世のヨーロッパでは金属製の鎧への対抗策として重宝されてはいたが、戦闘のみの用途で使われたのは稀。
確かに、金属の塊が物体に突きつける衝撃は相当なものだ。
だが考えてみて欲しい。
その衝撃(ダメージ)を確実に与えるにはどうしたらいいか。
腕力、それも大事な要素ではある。
それよりも重要になってくる力は、即ち遠心力。
ヴィータのグラーフアイゼンは、スレッジハンマー、和訳すると〝荒々しい鉄槌〟と呼称される大型かつ両手で使われるタイプの鎚。
単純な打撃力と破壊力なら、銃器を除けば古今東西の武器の中で上位に位置する。
しかし、破壊力を生み出す為にもっとも動きが大振りになる武器で、小回りが利かない。
つまり、攻撃の軌道が見切られやすいということだ。
彼女曰くの『雑魚クラス』なら表面化しない短所だが、高い水準の戦闘能力を持つ相手には、それこそ光ようなのが相手では分が悪すぎた。
分が悪いのは得物だけではない。
戦場と化したこのオフィスの環境もである。
室内空間としては広めなこのフロアーも、ハンマーフォルムにしろラケーテンフォルムにしろ、遠心力が物を言うアイゼンを駆るヴィータには狭すぎた。
彼女の愛機に、振り回しや回転による慣性力を相乗させるには、相応の距離が必要になる。
距離を稼ぐほど、アイゼンは如何なる壁も突破する力を発揮できるが、逆を言えば、一定以上の間合いを取らなければ発揮されない。
その点で言えば、この閉鎖空間は、ヴィータとアイゼンの長所を殺す、相性の悪いフィールドであった。
さらに不幸にも、ヴィータは今まで建築物の内部での戦闘経験に乏しく、オフィスは、PCやら机やら様々が物体が散乱して移動にも支障をきたし、魔力弾を使うにも、間合いの狭さと相手の人間離れした走力で撃つ前に接近される為、使用する隙を見つけることができなかった。
もっとさらに言えば、相手は室内でも十全に戦える戦法の持ち主であった。
光の使うシルバーライトのモデルの小太刀は通常の日本刀より刀身が短い分、このような場でも差し障り無く戦え、使い手たる光自身も、閉鎖的なフィールドでの戦闘訓練は、御神流の修練で何度も経験していた。
さらに脚力はヴィータの飛行スピードに迫るだけでなく、障害物の群れにも減速させずにすり抜けられ、今は使用を控えているものの、その気になれば、窓にパソコンの画面や、棚のガラスで自在に移動するトリッキーな戦法も造作ない。
彼がここに誘い込み、バトルフィールドとして選んだのも、己と相手の得物の特性と戦闘スタイルを考慮した上での策。
真っ向勝負を行えるだけの力量がありながら、搦め手で追い込む強かさ。
御神の剣士でもある二次元人は、正面突破の直情型な鉄槌の騎士にとって、最も難敵な相手であった。
「くそ!」
毒づいたヴィータの声が荒れ果てたオフィスに鳴り響く。
完全に自分には不利で、相手は問題無く戦えるフィールドにまんまと入りこんでしまった。
どうしてもこのビルを出たいのなら、二刀の剣士を戦闘不能にするしかない。
突破口の道筋はシンプルな直線、しかし行き先にはたった一つの岸壁。
腕も立つ上に頭も切れる、こんな野郎とも戦いは滅多になく、搦め手に翻弄され、どうにか決定打を受けぬよう攻撃を捌くだけで手一杯だ。
なのに―――
「ぐぅ…」
―――その防波堤すら、維持するか崩されるかの瀬戸際だ。
さっきから、小太刀の刃とアイゼンの柄がぶつかり合う度、ヴィータの両腕に痛みが流れ、押し寄せてくる。
得物で攻撃を防いでも、物理衝撃そのものは体だって受けるくらい分かる。
ただそれを踏まえても引っかかる。
軽やかでしなやかな手捌きと足捌き、それらの動きを乗せて円を描く変幻自在の美しい剣閃からは想像できない猛撃。
受ける度腕に電流が走り、少しでも気を抜けばアイゼンを手放しそうになる。
どんな魔法を使えばこんな芸当を為せると言うのだ?
彼女は知る由も無い、わざわざリンカーコアで魔力を作らなくても、相応の修練は必要だが、かの芸当を使うことができることを。
武術を極めし者は、最小限の動きで相手を戦闘不能にする打撃を与えることはおろか、衝撃を体内にダイレクトに通すことができる。
一般的には、拳法で言えば《浸透勁(しんとうけい)》と名称が付いた技で、たとえ体の表面を鎧や何かで防護していようとも、受けた者はダメージを諸に被ってしまう。
そんな技を、剣術に生かそうとした結果、御神流では《徹(とおし)》という剣技が生まれることになった。
魔力の鎧であるバリアジャケットすらも、完全に浸透勁や徹の威力を殺す術は持たない。
どうにかヴィータは意識を持続させているが、並の者ならどこを当てられようと気を失い、体の自由が利かなくなる。
フェイトのフォトンランサーを文字通り無傷で受け切ったシグナムが、勇夜から痣を受けるだけのダメージを受けたのも、かの技術によるものだ。
超常的な力は何一つ使ってはいない、純粋な武術による体技。
魔法ばかり先行した世界では、人体でそんな芸当を為し得られるとは、思いもしないだろう。
現に身を以て、味あわされているヴィータも然り。
どうにかこいつをブッ飛ばして、さっさとこの結界から出たいってのに…………場を切り抜けようと躍起になる度、焦りで心情が空回りして、ますます押され気味になっていく。
どうしても、何が何でも全員で帰らなきゃならないのに、驚愕を突きつける相手の少年の攻撃は、より激しさを増していく。
「はァァ!」
「アイゼン!」
『Panzerschild』
『Barrier slash』
左腕から突き出されたシルバーライトの剣先を、三角形型の魔法陣で阻んだ。
攻撃を防いだ、確かに受け止めた筈だった。
刃の先端が、障壁に触れたと同時に光はライトを押し込みながら胴薙ぎに振ってヴィータの態勢を崩し、すかさずも右手の片割れで唐竹に斬りつつ、左手の刃で逆胴にと、十文字になるように切り付けた。
「何でぇ…」
驚愕で見開いた彼女の瞳が捉えたのは、小太刀によって難なく切りこみが入り、抉られていく魔力障壁。
『御神流奥儀ノ参・雷徹』
御神では『斬』と呼ばれる日本刀による剣術なら基本、対象に刃が触れた瞬間刀身を引いて切断する引き切りを二刀同時に行う、徹を掛け合わせた御神流の奥儀の一つ。
そのプラスとして、刀身に魔力を相乗させ、『バリアスラッシュ』の効果も乗せている。
刀身が障壁に触れた際、魔力を流し込み、回線を焼き切るように障壁の結合を弱めさせ、実体剣で切断する。
アルフも、以前プレシアとの戦闘の際、バリアを引き千切ったのも、この原理の応用からだ。
威力なら御神の剣技でもトップレベルな雷徹に、バリアスラッシュを加えれば、べルカの騎士の防護すらも破る脅威になった。
光は攻勢をそこで留めず、両手の小太刀を逆手に持ち直すと、踏み込みながら正拳突きの要領で盾を失ったヴィータに向け、柄頭を突きつけた。
このまま追撃を受ける気は彼女にはなく、命中箇所を予測してアイゼンで防ごうとした。
が―――その時、驚愕の第二撃が襲いかかった。
小太刀の柄頭が、アイゼンの防御をすり抜け、彼女の鳩尾に突き当たった。
『御神流剣技・貫(ぬき)』
相手の動きを見切り、防御をすり抜けて攻撃を与える技。
その応用による正拳。
体内から口へ、水が逆流で遡っているかのような錯覚に襲われる。
出てきたのは空気と唾のみだが、昇る流れを抑えきれずに嘔吐した。
見た目は少女ではあるがゆえ、女としてははしたなく映る醜態だが、状況的にそうは言ってられない。
今の正拳によって発生した慣性に逆らうこともできぬまま、壁に衝突させられた。
罅の入った壁から床へずれ落ち、尻持ちを突いたが、これ以上隙は見せないとばかり、痛みを発する体に渇を入れて立ちあがった。
「諦めが悪いですね」
「当たり前だ……誰がてめえら管理局なんかに捕まるかよ」
数分振りの言葉の交わし合い。
先に発した光も、やや息が荒くなっていた。
実はあの貫による柄頭の正拳を繰り出す際、両腕だけ神速を発動させたのだ。
体のリミッターを外して、当人からは周りの物体全てがスローになるほどの速さで駆ける御神流奥義・神速は体の一部分を限定的に発動させることができた。
どちらにしろ、体力の消費量は半端ないので、多用できない点は同様だ。
「あがたたちヴォルケンリッターが、泰平な日々をみすみす自ら壊すような真似をするからでしょう」
「どういう意味だよ…」
「その帽子に〝のろいうさぎ〟を飾る辺り、今の主様からは恩義を受け、あなたもそれに感謝しているはずです、違いますか?」
のろいうさぎ。
その固有名詞を耳にしたヴィータは戦慄した。
あいつから買ってもらって、元になったあの人形は、現地の人間すらも知る人なんてざらな、マイナーな玩具だ。
この帽子に付けられたこれが何の名前か、知っているということは、少なくとも自分たちが、この海鳴に住んでいることは知られてしまっている。
惑星内で国境がいくつも敷かれて、そこを行ったり来たりするだけでも面倒な、勝手が違うこの管理外世界じゃ、住み処の大まかな位置すら掴むのに手間取ると考えていただけに、手際の良さに絶句した。
どおりで、こんな色々観光できる場が恵まれてるけど、あくまで数ある一都市でしかない海鳴に網を張ってたわけだ。
連中を、甘く見過ぎてた。
いや…むしろこいつ含めた連中のような、協力者の賜物かもしれない。
何の縁で、あっちの世界と繋がりを持ったのかは置いといて、この優男はこっちの世界の住人で間違いない。
見てくれは日本人そのものだし、日本語だって流暢に話してるんだから……って……今はそんなことはどうでもいいんだよ。
その場から急加速してアイゼンを振り下ろすヴィータ。
それを両手のライトを交差させて受ける光。
「そのムキな応じようから見ると、的外れではなさそうですね」
「うるせえよ――てめえに返す言辞なんかねえ!」
ダメだ……このままこいつの口車のペースに乗っちまったら…こっちの身もはやてたちも危ない。
海鳴に居るのが知られてるかもしれないってのに、うっかり口滑らしたら、この場を乗り切ってもあっという間に、はやてたちんとこの家が突きとめられちまう。
「そうですか………しかし、こればかりは言わせてもらいますよ、あなた方にとって避けられぬ問題でもありますから」
ダメなんだ―――せめてはやての体があたしらに蝕まれるのが止まるまで、絶対にボロは見せられないんだ。
自分たちでしか、この撒かれてしまった種を刈り取ることはできないのである。
「―――如何な理由で、書を書き記しているのかは知りませんが―――」
今優先しなければならないのは、目の前の〝邪魔な奴をブッ飛ばす〟ことと、全員でどうにか結界の中から出て、はやてたちの許に帰ること―――余計なことは、考えていられないんだ。
「分かっているのですか? 蒐集の皺寄せが、〝あなたがたの主〟にも押し寄せることを」
「っ!?」
戦場では……余計な雑念など足枷よりも致命的な重み、なはずなのに、彼の今の一言は、ヴィータの心に決定的な波紋を投げかけてきた。
耳を傾けるな、たとえ正論を盾に投げかけた言葉だとしても、それは精神を揺らめくトラップだ。
敵対する対象に、言葉による掛けあいは無用。
交わすのは、その手に持つ武器だけで充分なんだ。
「蒐集をやってんのも、咎を受けるのも、全部勝手にやってるあたしらだけだ、主は関係ない!」
何度も心に言い聞かせてるのに、気が付けば、勝手に口から弁明の言霊が流れ落ちてしまった。
「やはり………あなた方の独断でしたか」
管理局の捜査状況のペースを踏まえれば、これ以上情報をみすみす与えるヘマは何が何でも避けなければならないはずなのに……得物をぶつけ合いながら、辞の交わし合いは続いていく。
「罰を受けるのも、贖罪を強いられるのも、自分たちが全て引き受ける、その心意気、その覚悟自体は立派です」
心が警告を鳴り響かせる。
聞いちゃいけない……耳を傾けてはいけない……相手の言葉の意味を、理解してはいけない、ぐるぐるとシグナルが短い間隔で、脳内を駆けまわる。
でも、そう無理に問い掛けを重ねるごとに、脳が逆に研ぎ澄まされ、クリアになっていく。
「ですが、どれだけ罪人は自分のみだと訴えたとしても、〝闇の書の糧とされた人々は、それを絶対に許しません〟」
よって、彼の口から発せられる言葉に込められた意味を、嫌でもはっきり理解させられてしまう。
そして言霊の意味に秘められた刃は、加減を抑えることもなく、ヴィータの心を抉っていく。
「たとえ主が何の関わりを持っていなくとも、被害者たちは騎士だけでなく、主にも償いの日々を背負わせようと、糾弾し続けますよ」
罰を受けるのは己だけ。
実際に罪の泥を被るのは、犯した自身のみ、たとえ親しき間柄でも、関わっていない者たちは関係ない、そういうのは筋違いだと、現に彼女たちは、そんな心の持ち様で蒐集を続けている。
「あなたたちはこれから暴力を振るう人たちに言えるのですか? 〝自分の大切な人の為に、闇の書の贄になってほしいと、贄にされた者たちに言えるのですか? 〝主を助けるのはこうするしかなかった、仕方なかった〟と」
しかし―――――極論すれば、それは加害者の〝エゴ〟というものだ。
痛みを被った被害者と、その身内たちは、痛みを押し付けた側の身内たちにすら、内に芽生えた怨嗟を容赦なくぶつけてくる。
「かつてあなたがたに痛みと嘆きを突きつけられた者たちが、あなた方が大切にしている主に地獄を味あわせようなどということが、絶対に起こらないと、言いきれますか? そしてあなたたちの〝我が主〟に言えますか? 〝私たちの犯した罪を、一緒に償ってほしい〟と」
「違う……違う…違う違う……あたしは――あたしらは――」
「違うなどと言っても、それがあなた方の選択の代償だと、一生掛けて払わなければならない代価だと………痛みを受けた者たちはそう思うでしょう」
罰を受けるのは己だけだと?
笑わせるな……思い上がりも甚だしい。
忘れない…貴様らに齎された慟哭、突然前触れも無く奪われた温かみ、安らぎ、穏やかな地平の日々を奪っておいて、奪われる側となったらそうさせまいとまた奪おうとする――そんな愚行……絶対に許せない、許さない、許されない。
下手をすれば、そんな恨みつらみに満ちた叫びを一生味わうことになる。
「ヴォルケンリッターの、主への忠義、忠節、心からの想い、その感情(こころ)は紛れも無く本物でしょう、だからこそ――――」
安穏の日々を奪っておきながら、自分たちはさも平然とそれを享受し、奪われるかもしれない危機に瀕すれば、手放してなるものかと、多くの人間をまた闇の書の糧としようとする。
こんな理不尽を認めろと、許容しろと、受け入れろと、ふざけるな、そんな幸福、貴様らに齎される筋など、言語道断だ。
償え、積み上げた罪の分だけ、生き地獄をその身で刻み続けろ、敬愛する主とともに、生涯全てを贖い捧げるのだ。
鍔迫り合いは、光が跳躍で後退したことで終わりをつげ。
「現行の主に対し、あなたたちと相乗りで茨の道に進ませようとする騎士の逆賊行為を、見過ごすわけにはいかないのです」
彼は構えをとりながら、最後通牒とばかり、痛烈な正論を告げた。
「覚悟…しなさい」
対するヴィータには、いつもの無愛想な返しも、絶叫も、アイゼンを叩きつける意志すら削がれていた。
呼吸が乱れる。
否定したい。
違う、そんなんじゃないと。違うんだと言い切りたい、断言して反論したい。
そんなつもりはないんだ。
自分たちが求めるのは、はやてたちと穏やかに暮らせる暮らしだけ。
目覚めていれば、血の匂いと殺気と生き死にが充満する戦いばかりで、次の主が見つかるまでの休眠でしか、安らぎを得られなかった自分たちには、何よりも代え難かった。
その願いが叶うなら、糾弾も、贖罪も、この手に持つ武器と戦いを捨てることも、潔く受容できる。
でも、あんな重過ぎる償いをはやてたちに負わせるなんて……滅相も無い。
今続けているのが逆賊なのは、背信的な行為なのは分かってる。
でも、あたしたちから出た錆で、はやては今苦しんでで、いつ死ぬかも分からないんだ。
手をこまねいて、立ち止まっていられない。
何としても、一刻も早く何か手を撃たないといけない。
たとえ一番有効な一手が、褒められたものからは程遠く、一度は置いてきた兵器としての自分を呼び覚まなくてはいけなくともだ。
時間もない。
葛藤も苦悩も、軋む、片隅に封じ込めるしかない。
でないと、何も犯していない、自らに降りかかる不幸を恨むことなく健気に生き、妖怪でも異星人でも、血で汚れた…生命体とも言えるのか怪しい、プログラムな闇の書たちをも、人として接し、向かい入れてくれた少女を、最悪な仇返しをし、同じく大切にしている者たちを、悲哀に染め上げてしまうだろう。
絶対にそうはさせない。
一抹の望みがあるなら、死に物狂いでそれに賭けてやる。
望みを果たすまでに、何らかの邪魔して妨害する障害があるなら、ぶっ潰すまで、絶対に救わなきゃならないんだ。
もう一度、あの安らかな日々を取り戻すために。
だけど――――突きつけられてしまった。
たとえ、かの望みを果たすことができたとしても、求めてやまないものは、とっくに壊れてしまっているかもしれない可能性。
救えるのは……命だけで、他は何もかも手遅れになり果てた結末。
自分たちが戦いで被ってきた泥を、何よりも優しい人に道連れで犯してしまう末路。
既にヴィータの意識は、戦いからかけ離れた地にいた。
その眼は、眼前の光景を写さず、その耳は周りの環境を捉えていない。
見えるのは、崩れた人の顔らしき何かが浮かぶ淀み。
代わりに響くは、人なのか動物なのか、判別が付かないあのノイズ。
違う……これはただの雑音じゃない。
たったいま………気づいてしまった。
このノイズの正体は、闇の書が今まで生み出してきた―――怨嗟。
そしてその手には、真っ赤な染みで塗りつぶされていた。
染みの面積は増え続ける……体を覆わんとばかりに。
こんな手で、自分ははやての作ったご飯を食べてたのか?
こんな手で、自分はおじいさんとおばあさんと一緒にボールをゴールに入れようと打ってたのか?
こんな手で、紅蓮から買ってもらったうろいうさぎを抱いていたのか?
こんな手で、紅蓮に久遠に、はやてたちの手を触れていたのか?
怨嗟のノイズも、秒ごとに助長されていく。
こんなの、認めたくない。
自分たちがやってきていることは、こんな底なしの闇を深くするだけだと言うことを……そしてその闇が、何より大切な人たちまで………不幸の谷底に、落日の終わりへと繋げててしまう―――――――――これが、報いだと、戦いの先に在る果てだというのか?
嫌だ………こんなの嫌だ……こんなんじゃない………欲しかったのはこんなものじゃない……自分たちが求めたのは、こんなドス黒い終局なんかじゃない。
だから消えてくれよ………・…消えろよ、消えてくれよ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろよ、消えてくれよ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ 消えろよ、消えてくれよ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ――――――消えろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーー!!!!
強すぎる感情(おもい)の余り、目を逸らし………避け続けていた現実を前に、ヴィータは叫ぶ以外に術を持たなかった。
つづく。