鬼滅冥人奇譚 GHOST OF SUNRISE 作:明暮10番
「浪人……?」
男の姿は、ここまで見て来た者たちのそれと全く違っていた。
何より、歳を重ねている。
山の入り口で見た他の参加者たちは、みな少年少女ばかりだった。
このような大人がいたなら、絶対に覚えているハズだ。
「えー……」
「………………」
どこから現れた、どこから来て、どうやってこの山に忍び込めたのか。疑問は尽きない──が、
「……して、お主は──」
「あの! 自己紹介します!」
「おぉ……」
「仁さん! はじめまして! 俺は『竈門 炭治郎』です! よろしくお願いします!」
まずは元気良く、食い気味に挨拶。手の指までピンと伸ばし、カクッとお辞儀をする。
礼儀正しい少年──こと、炭治郎の姿勢に、仁は感心と戸惑いを半々にしたような顔を見せた。
「……威勢が良いな。大体の話はこの妖怪ども」
「鬼ですか?」
「鬼と呼んでいるのか?」
「はい」
「……さすればこの鬼どもの口から聞けた、鬼を狩る者とはお主か?」
「いえ……まだ試練を受けている身です。けど、鬼とは戦えます」
「ほぉ」
ちらりと仁は、炭治郎の方を見る。
額に怪我を負い、血と打撲で真っ赤に染まっていた。戦いの後だろう。
次に腰に差している一本の刀と、鍛えられた身体付きを見て、ある程度の剣術は会得している者と考えた。
だがそれよりも、怪我をしたままの彼をまず案じる。
「……しかれど、怪我をしておるではないか。傷を洗い、さらし布で覆わずば破傷風を患いかねん」
「え?……あ。そ、そうか。怪我していた……」
「布は丁度持っておる。手当をした折に、話をしよう」
「あ……ありがとうございます」
まず悪い人ではないと、炭治郎は確信した。
表情の起伏が少ない人物なので、何を考えているのかは分からないが。
「頭の怪我は
「俺、石頭なんで大丈夫です」
「……??……左様か」
仁の出現に意識が向いていたせいで、怪我の存在を忘れていた。
額の血を撫で、傷の具合を確かめる。石頭のおかげで浅手で済んだが、放置はよろしくない。
とは言え、仁の事を聞かずにはいられないだろう。
「あの、まず聞いておきたいんですが」
炭治郎はやっと、串刺しにされた鬼たちの頭について触れる。
三体は口々に喚き続けている。相当、仁は恨まれているようだ。
「如何した?」
「……この鬼たちは、あなたの手でここまでやったんですか?」
仁は腕を組み、やや目を逸らしながら答えた。
「……多少、難儀はしたがな」
雲が三日月を隠し、暫し山を闇に包ませる。
身を暗がりに預けながら、境井仁はここまでの経緯を想起した────
──鬼の放った攻撃は、木の裏にいるであろう侍──こと、仁を捉えていたハズだ。
だが攻撃は、空を切った。
「あ?」
手応えがない。
鬼は腕を引き、裏をパッと見やる。
そこには誰もおらず、ただ木の幹にべっとりと血が塗りたくられているのみだった。
「なに?」
呆然としながらも、敏感に血の匂いを探る。
次に嗅ぎ取れた場所は、自分の背後からだった。
「ッ!」
サッと爪を立て、攻撃の姿勢を取りながら振り返る。
だがやはり、そこには誰もおらず、木が一本だけ立っているのみ。
その木の幹にも、血が塗りたくられていた。
見渡してみれば、草むらの葉や地面にも、吹きかけたように血が撒き散らされている。
どうやら仁は、鬼が血に反応する生き物だと予想していたようだ。血を辺りに振り撒き、匂いでの追跡を撹乱させた。
それもそうだ。
人を喰う怪物が、血を無視する訳はない。この予想はある意味で、当然の帰結とも言える。
「…………チクショーッ!! あいつ、本当に鬼を初めて見た奴なのかぁ!?」
木を蹴飛ばし、怒りを露わにする鬼。
身体中の筋から、血管が浮き出ていた。
「絶対に殺してやるぅううーーッ!! そんで、骨も残さずに喰ってやるーーッ!!」
鬼との戦いは初めてのようにも見えたが、あまりにも機転が利き過ぎている。
それ故にますます怒りは増して行った。
「人間が鬼に敵う訳ねぇんだよぉおぉお……!!」
再び鼻をすんすんと鳴らし、仁を探そうとまた歩き出す。
撹乱の為に血を撒き散らしていると言えど、あれだけの出血ならば匂いの濃さに差は出るハズだ。
「足も怪我してんだ……! あれじゃ遠くに行けねぇよ……!」
右足に爪を刺し込み、抉ってやった。腕にも深い裂傷を与えてやった。
もう満足に走れないだろうし、対峙したとしても機敏に刀を振るう事も出来ない。
間違いなく、鬼の方が仁より有利なハズだ。
「すぅ〜ぐ近くにいるってぇのはよぉ、分かってんだよ……! 逃げられねぇぞ、この森からなぁあ……!!」
地面を這うように頭を下げ、強く嗅ぐ。血走った獣の目で暗闇を睨む。
必ずや奴を殺さんと、躍起に追い続ける。
食欲と憎悪が、鬼の頭を真紅に染め上げているかのようだ。
「……んあ?」
血の匂いに混じる、据えた臭い。
良く良く知っている、同族の臭いだ。
「……クソ」
悪態を吐き、顔を上げる。
この場に、もう二体の鬼がやって来ていた。
撒き散った血の匂いに釣られ、腹を空かした者らがふらふら現れてしまった。
邪魔者の登場に、鬼は怒号をあげる。
「どっか行きやがれッ!! オレの獲物なんだよぉおッ!?」
鬼に仲間と言う意識はなければ、一つの飯を皆で分け合うと言う慈悲もない。
「あー? なんだぁテメー?」
「仕留め切れてねぇ雑魚の癖にほざくんじゃねぇ〜よ」
一方は、額の大きな一本角が特徴的な鬼。もう一方は左口角が耳まで避けた鬼だ。
仁と最初に対峙した鬼はその、口裂けの方を指差し怒鳴る。
「なにが雑魚だテメェ!? その、治ってねぇ口はなんなんだよぉお!! どーせ鬼狩りどもに斬られたモンだろがッ!? やられてんじゃねぇかッ!!」
「うるせーなぁー? 仕留めて喰ったんだからお前よりマシだボケーッ!」
「あぁ!? なんだとッ!? 今ここでテメェから喰ってやろうかぁッ!?」
暫し仁の事を忘れ、口裂けに食ってかかる鬼。
すると一本角が彼を指差し、気味の悪い笑みを浮かべた。
「てかテメー、なんか腕とか足、食い違ってね? オメー、さては斬られたな?」
「ハッハッハッ!! なんだよー、オレの事言えねぇじゃねーかー!」
「黙れッ!! 殺すぞッ!!」
この二人の相手よりも、獲物を探す方がマシだと考え直し、再び血の匂いを嗅ぐ。
一本角も口裂けもそれぞれ勝手に、彼が取り逃した手負いの獲物を探している。
ふつふつと湧く怒りに狂いそうになりながらも、抑え切れない空腹を満たす為に仁を追う。
そして誰にも聞こえないように、ぼそりと呟いた。
「あぁ、二人揃って探しやがれ。寧ろ見つけやすくなる……もし見つかったら、横取りしてやんだクソが」
森の中に鬼が三体。対して仁は足と腕を負傷している。
もし一体にでも出くわせば、勝ち目はなくなるだろう。
少しずつ、少しずつ、仁が追い詰められて行っていると思われた。
途端に、いきなり鬼は「あっ!」と声をあげる。
それに反応する、口裂けと一本角。
「なんだぁ!? 見つかったかぁー!?」
「どこだー? おぉー!?」
声のした方へ、颯爽と駆けつける二人。
彼は地面を這いながら、何か喜んでいる様子だった。口裂けが聞く。
「獲物がいたのか!?」
「あったぁ!!」
「あ? あっただぁ?」
少し違和感のある物言いの彼に、怪訝な様子の二人。
何を見つけたのかと近付くと、彼は拾い上げた何かを掲げる。
「オレの親指だ!」
仁に斬られ、どこかへ消えていた親指だ。
二人はガクッと、ズッコケる。
「……紛らわしいんだよテメーッ!!」
「やっぱオメーから喰ってやろうか? おお?」
「無かったモン見つかったんだから良いだろうがよぉ!?」
結合させ、そのままクニクニと動かした。間違いなく自分のものだ。
「やっぱしっくり来るなぁ〜。腹一杯食ってりゃ、腕も足も増やせんだけどなぁ〜」
満足そうな彼に、一本角は呆れ果てる。
「んな、身体拾っただけで大声あげんなよ」
そのまま二人から離れて再度別の場所を探そうかと振り返る。
こんな茶番に付き合う必要はない。さっさと獲物を探して喰おうと、一歩だけ足を出した。
「……んー?」
頭の上から、木の葉が落ちて来る。
風も吹いていない。何かいるのかと、顔を上げた。
同じ時に、親指を取り戻した彼が鼻をスンスンと言わせていた。
「んあ? 血の匂いが濃くなった?」
その言葉に気付く事なく、一本角は木の上を見やる。
木漏れた月光が、宵闇を微かに晴らす。
舞う木の葉と共に逆行を浴びるは、黒い装束の男。
太刀と小刀を逆手に持ち、一本角の眼前まで飛び降りていた。
「なに──」
反応し切れなかった。
その者は刀を一本角の両目に刺し込み、動きを封じる。
太刀の刃のみ左眼窩を貫き、後頭部から出た。
「──うぎっ……!?」
すぐに刀を引き抜き、動揺を見せる彼を足蹴りで転ばしてから、鬼たちの中心に行く。
「あ? なにか──」
口裂けが振り向く頃には、もう遅い。
男は小刀を彼の左目に突き刺した。
左目を潰してからすぐに抜き、右目にも刺す。
「がッ──」
何が起きたのかを理解しきれずにのけぞる。
その隙に男は小刀を刺したままにし、太刀を構えて最後の一人に迫った。
「は?」
何が現れたのかを、把握出来なかった。
気が付けば死角からの太刀筋で、眼球から額までを削ぐように斬られていた。
強い血の匂いが広がっている。
視界は奪われたが、間違いなく眼前にいるのはあの男だ。
「──テメェぇえーーッ!!!!」
怒りに任せ、見えないながらも飛びかかる。
偶然にも、口裂けも一本角も男に目掛けて迫っていた。
「やりやがったなゴラァあッ!!」
「喰い殺して────」
男は腰を捻り、刀身を下げ、構える。
ぎらりと白刃が、月の光で輝く。
「もう遅い」
次の瞬間三体の首、そして腕が、宙を舞っていた。
剣戟の軌跡が、白銀の流線となってひと繋がりに浮き出ている。
それは竜巻のように唸りながらも、上から見れば満月のような完璧な円を描いていた。
放たれた一撃で、飛びかかった鬼三体の首と腕を、ほぼ同時に斬ってみせる。
真っ暗闇の視界では、起きた事を理解出来ない。
だが鬼たちはただただ、自分たちの首が斬られたとだけ認識した。
月の型 強打 回転斬り
空の三日月、地には三五月。
然る一閃、まさに
漏れ入る月影、白刃に宿りて暗夜を払う。
うち放たれたる「月光の威力」に────勝れる者あらぬ。
ばらばらと散る腕と血の中で仁は、ゆっくりと息を吐く。
ぼとぼと落ちる鬼の首を、鋭い眼差しで以てただ見下ろす。
その後は目が潰れた鬼たちの首を串刺しにし、身体から遠い場所まで運んだとは言わずもがなだ。
やや歩いたところで見つけた川で、炭治郎の傷を洗う。
そのまま仁は慣れた手際で、サッとさらし布を頭部に巻いてやる。
「浅手だが、酷い赤痣となっておる。然る後、
「何から何までありがとうございます……クスシさんに会えば良いんですね」
「これで……良し。手当は済んだ」
布を巻き終え、炭治郎から少し離れる。
それから懐より柿を取り出し、投げ渡した。
「道中見つけた。腹は減っておるだろう?」
「何でもあるんですね、仁さん……」
受け取った柿を、感謝と「いただきます」の後に齧る。
すぐさま炭治郎の顔はくしゃっとなった。
「うふっ……!? 渋い……ッ!!」
「渋柿であったか……」
仁も表情を歪めながら、渋々咀嚼している。
炭治郎も貰った物なので、顔は物凄いが律儀に食べ切った。
「すまぬな。気を遣わせてしまった」
「い、いえ! 美味しかったです!」
「その顔で申す言葉ではなかろう……酒があればな」
「俺はまだ飲めませんよ」
「飲むとは言っておらん。浸せば渋みを消せるのだ」
「へぇ〜……」
傷を洗った後に、二人はまた元の場所へと戻る。
その道すがら、炭治郎は仁に質問をした。
「仁さんも、もしかして『鬼殺隊』に入隊する為にこの山へ?」
「いや……実はあまり覚えておらん」
「え?」
「気付けばこの山におったのだ。入った覚えも、なに故入ろうとしたのかも……とんと検討がつかん」
「……その状態で鬼を倒したんですか?」
「何とかな」
炭治郎が唖然としている内に、続いて仁から質問をする。
「お主の言った、鬼殺隊とやらが鬼狩りの集まりか?」
「あ……はい。と言っても俺、まだ最終選別中の見習いなんで、まだ良くは知らないんですけど……」
腰に下げている自身の太刀を、ちらりと見やる。
「……鬼のように強く、そして鬼を打ち倒せる特別な刀を操る人たち」
彼のその一言を聞いた時に、仁は合点がいったように頷いた。
「やはり、特別な太刀であったか」
「え?」
「
「あ、はい! どうぞ!」
仁を信頼し切っているようで、呆気なく刀を鞘ごと渡す。
「……お主、刀をそうやすやすと渡してはならんぞ」
「え? でも仁さんが見たいって……」
「語弊があったな。お主が抜刀し、見せれば良いであろう……いや、もう良い。すぐに返す」
「次から気をつけます……」
渡された刀を抜き、刀身を立て、切先から切羽を眺めた。
次いで、柄の握り具合も確かめてみる。
「……相当な業物だ。柄も手に馴染む……さりとて、違いは分からんな。これで鬼を斬れば、あの不死身を殺せるのか?」
「はい。これで首を斬れば、完全に鬼を……殺せます」
「左様か……ふむ。かたじけない、もう十分。刀を返す」
鞘に収めてから、刀を炭治郎に返却する。
「お主、ここまで鬼を幾ら討った?」
「ええと……三人です」
「ならばお主に任せるか」
「え? 何を……あっ」
何を任されたのか、すぐに察する。
元の場所に戻ると、鬼たちは相変わらず串刺しのまま木に下がっていた。
「この野郎ぉーーッ!! 殺すぅーーッ!! 殺してやるぅーーッ!!」
「見えねぇトコから来やがって、この卑怯者があッ!!」
「身体の場所が分かんねぇ……! あーークソがーーッ!!」
そして相変わらず、喚き散らしている。
仁は顔を歪めながら、煩わしそうに耳を押さえた。
炭治郎を待たせ、彼は木に突き刺した太刀に寄り、柄を握る。
何をするのかと思えば、仁は刀を木から一旦抜く。
「ぶげッ!?」
「うごぅ!?」
「あぉー!?」
間髪入れずに刀を大きく振り、鬼の首を木の幹に強く叩き付ける。
突然の事なので、炭治郎から驚きの声があがった。
「えぇー!?」
何度も何度も叩き付け、鬼さえも気絶するまで続けた。
それからまた木に刺し、ふぅと息を吐いてから炭治郎に話し掛ける。
「して、お主に頼みたい事とは……この鬼どもの処理だ」
ある程度、予想はしていたので、これには炭治郎が驚く事はなかった。
ただ、少しだけ嫌な気分となる。
「我が父より受け継いだ宝刀を、このような下衆どもを留める杭にするには役不足。是非、鬼が死ぬところを見せてくれぬか」
ぐったりとした鬼の首へと、仁は道を開けて炭治郎を促す。
ここまで鬼を倒して来た彼だが、どうしても慈悲の気持ちを捨てられずにいた。
「………………」
それでも唇を噛み締め、刀を抜く。
一歩一歩歩み寄る。その度に、柄を握る手の力が強まって行った。
・「牢人」とは主君を去って、或いは喪った事で幇助を失くした「武士のみ」を指していた。
それが江戸時代中期になり戦火が収まると、改易などで「身分問わずに各地を浮浪する牢人」が急増。
その件を受け、武士であらずとも各地を浮浪する者=浪人と呼ばれるようになった。
・呼吸による攻撃で水とか火が見えるのは、見事な太刀筋によってそう錯覚したと言う、グリーザみたいな解釈で大丈夫ですかね?
・一話、二話、そしてこの三話のそれぞれに、和歌のフレーズを選んで作るアンケートを実施中。お手数ですが、一話から見て行ってください。
どう言う物なのかは、私の活動報告にある「参加型」を一読してください。
本日(1月19日)の深夜0時まで受け付けをしております。