ウルトラのキセキ ~One More Sunshine Story~ 作:がじゃまる
もうしばらくこんな様だと思いますがお許しください
声が鳴り止まない。
雑音と呼ぶにはあまりにも尊く、甘美と呼ぶには少々沈痛な響き。
一体どれほど進んできたのか。それすらも朧気になるような時の中でも色褪せることなくその声を向けてくるのは、記憶の中で咲く親友の笑顔だった。
「カエデ……」
馳せるように届かぬはずの声を漏らす。
その中に確かな望みを含ませながら、覚束無い足取りのまま薄暗い林道を進んだ。
そんなはずはないのに。
˝あの子˝が再び自分の前に姿を見せてくれるはずないのに。
それなのにあの刹那に見た彼女の表情は、あれほど強く刻み込んだはずの誓いすらも風化させてゆくようで―――、
「っ……」
差し込んできた陽光を前に思わず目を眇める。
鬱蒼とした林床を抜けた先で触れたのは潮の香りと、どこか懐かしいような、人々の賑わう声だった。
「……どうしたの?」
その中の一つが自分に向けられていることに気が付く。
いつの日かの記憶を呼び起こすような、混じり気のないあどけなくも透き通った声。
「大丈夫……? もしかして気分悪かったりする?」
陽の光を背負ったみかん色の髪が揺れる。
釣られるようにして見上げたその先は、ただひたすらに眩しかった。
「梨子さんまだ調整するんですか? 舞台明日なんじゃ……」
「どうせやるならとことんこだわりたいの……それに何か掴めるかもだから」
目で見る以上に厚く感じる戸を隔てた向こうで届く声と音色。
弾む旋律や会話の反面、それを耳にする己はどんどん底へ沈んでゆくような感覚がした。
「ごめんねギリギリまで付き合わせて。春馬君も用事があってこっちに来てるでしょうに」
「いえ! 俺は梨子さんや皆さんの力になれてるならそれで十分です」
˝あの日˝から時が経つほど大きくなっていたこの痛みは、彼が現れてからより加速した。
自分に奪われたものを、姉はこの場所に来て、彼等彼女等と出会って取り戻しつつある。
喜ぶ資格はなくとも、それを願う義務があったのは自明のことだった。けれどいざそれを目の当たりにし、心苦しく思っている自分がいることが何よりも嫌で、受け入れ難い。
「もう少しで終わりそうだし、一旦休憩しようか。何か飲み物持ってくるね」
一度区切られた会話と共に室外へ向かう足音が聞こえ咄嗟に戸から離れるも、身を隠すよりも一足早く姉の視線が自分を捉えた。
「遥…? 友達とお祭り周ってくるんじゃなかったの?」
「ああうん……その、ちょっと忘れ物しちゃって取りに戻ってきたんだ」
二重についた嘘にまた嘘を重ねる。
呼び起こされる昨夜の痛みをぐっと飲みこみながら、内心を悟られまいと姉より早く二の句を継いだ。
「姉さんの方は、順調?」
「うん……久々に触れるから少し心配だったけど、皆が協力してくれてるから。いい曲ができそう」
「……そっか」
言葉を選んだような姉の返答に数拍の沈黙が生まれる。
遠慮するような笑みは何を意味するのか……もはやそれすらも理解の外にあった。
「……最近、姉さん楽しそうだね」
ふと漏れたその言葉。
そこに思惑も詮索もない。ただ純粋に一つの事実を表したもの。
「……そうね。靄が晴れたというか、なんだか初心に返れたような気がする……うん、楽しい」
それもまた純然たる本音であり事実であることは疑う余地もない。
だからこそ、これまでになくそれは刺さる。
「……だからね、遥。遥も―――、」
「……ごめん。友達待たせてるから、また今度でいいかな」
姉がその先を紡ごうとした途端に走った悪寒に弾かれるようにして存在しない友人の元へと急ぐ。
走ったその先に待ち受けているかなど、何も見えやしなかった。
「遥……」
階段を駆け下りる音と共に何か別なものも遠ざかってゆく感覚がした。
届いたはずの手は伸ばさなかった。今引き留めても何も変わらないのは目に見えている。
「……」
寸刻前まで音色を奏でていた手に視線を落とす。
自分が踏み出すだけじゃダメなことはわかっている。これは一人の問題ではないから。
だから伝えなくちゃならないんだ。証明と共に、これまでの想いを余すことなく。
そのためにまた作曲をすると、あの舞台に立つと決めたんじゃないか。
「梨子さん……? どうかしました……?」
再び静かに固めた決心の傍らで春馬が顔を覗かせた。
姉弟間の事情も自分個人の信念だって彼は、勿論皆も知る由はない。それでも力を貸してくれている……失敗は出来ないだろう。
「……いい舞台にしたいなって、そう思ってたの」
弟の去って行った方を見つめながら一人零す。
脈絡のない発言に春馬は首を傾げているが、声に出したそれはより強く、心の糸を結び直した。
「この辺の人じゃないみたいだけど……観光か何か?」
「え、えぇ……まあ、そんな感じ」
どうしてこうなったのだろうか。
謎のウルトラマンの襲撃によりあの空間が崩壊してからはや数日、現状を知ろうと散策していたはずが、気付けば偶然出くわした少女に連れ回される形で雑踏の中にいる。
「あの、私別に一人で……」
「あんなとこ見たら放っておけないよ~」
そもそも˝彼˝は何をしているのだろうか。
単独行動はいつものことだが、こうも姿を見せないのは初めてだ。それもあんなことがあった直後となると尚の事気に掛かる。
「別に平気だから。そもそもあなたが気にするようなことじゃないで―――」
だからこんなところでこんなことをしている暇はないというのに。
久しく触れた様々な感覚は、肉体で眠っていた余計なものまで呼び覚ましてしまう。
ぐぅ~。
「ほら、お腹鳴ってるじゃん」
先々まで並ぶ屋台から漂ってくる芳香に抗い切れなかった小腹が乾いた音を上げる。気恥ずかしさよりも意外や恨めしさが勝った。まだこんなものが残っていたことが驚きだ。そして何故このタイミングで。
大体この少女は何なのだろうか。
見ず知らずの自分を助けているつもりだろうか。親切心なのだろうが鬱陶しいことこの上ない。
「いいからついてきてよ。別に変なことはしないからさ」
誤魔化そうとする度、逃げようとする度に彼女のペースに飲み込まれていってしまう。
嫌味のない笑顔で強引に事を進める様は、不思議と˝彼女˝と重なった。
「陸ちゃーん!」
やがて目的の場所へと着いたのか、手を振りながら駆けてゆく少女。
その進む先へ目線をやれば、丁度彼女と同年代だろうかという少年が屋台を構えているのが見えた。
「おー千歌か……って、なんだその子」
「こっち来るときに会ったんだ。なんかフラフラしてるみたいだしお腹も鳴っててさ、陸ちゃん何か作ってくれない?」
「……お前猫拾ってくる感覚でどこの誰とも知らない子連れてくんなよ。その子も事情あんだろ。てか、こっちだって商売で出してんだしんな我儘通せるかってんだ」
「えー、いいじゃん別に。お客さんいなくて暇でしょ」
「はっ倒すぞ」
ある程度親しい間柄らしく、千歌と呼ばれた少女は甘えるような声を向ける。ここへ連れてきたのはそういうことらしい。
余計なお世話だと抵抗の意を示そうとするも、またもそれを阻んだのは正直な腹の虫だった。
「……しゃーねーか」
間が悪そうに頭を掻いた彼が冷めた鉄板に油を引いてゆく。
直後に広げられた生地が焼ける音と共に香ばしさが鼻腔を擽る。長らく離れていたその光景に自然と身体は魅入っていた。
「流石にそこまで腹鳴らされちゃ無視出来ねーしな。簡単なもんだけどこれでいいなら食ってけよ。感想もくれると嬉しい」
そうして差し出されたのは白い紙皿に乗せられた円形に広がった黄金色のタネにソースや青海苔等でトッピングと味付けが施されたもの……所謂お好み焼きだった。
「おぉー、ありがと陸ちゃん!」
「気にすんな~。支払いの方は後でお前に請求すっから問題ねぇ」
「え」
渡されたままに手に取れば、その香りがより強く触れた。
どうすべきか。その回答を求めるように視線を巡らせた先で、食べてみてと言うような千歌の笑顔が向けられた。
「……」
再度手元のそれに視線を落とす。
何かを口にするなどいつ以来だろうか……そこまで考え、既にそれを食することを決めている自分がいることに気が付く。
本来の目的を思い出せ。どうして自分はここにいる。そう強く気を保とうとするも、目の前で自己主張を増してゆくそれの魔力には既に抗いようもなく―――、
「お、中々いい顔して食ってくれるじゃねーの」
吸い寄せられるようにして含んだ一口。
知らぬ間にその口には笑みが零れていた。
「…あ、そういえばまだ名前聞いてなかったっけ。私高海千歌! あなたは?」
既に知った名前が挙がると共に求められる称呼。
名乗る必要はない。これまでも、勿論これからも、彼女達と関りを持つことはないはずだ。
だから今こうして自分が口を動かしているのは、ほんの気まぐれ。
「……ユリ。
間もなくこの戯れも文字通り闇に消える。その事実に変わりはない。
けれどただ一つ、この少女にかつての居場所を重ねた。それだけは、誤魔化しようのないものだった。
時折あの宇宙人と共に暗躍する様を見せていた彼女が千歌と接触
その中で見えてくる彼女の真意とは……
相墨ユリという名前が明かされましたが、ビジュアルの方は展開の都合上次回に持ち越させていただきます
本来はこの話で事件の勃発まで描くつもりでいたのですが、テンポとして速すぎる気がしたので二話に分けることにしました
それでは次回で