ウルトラのキセキ ~One More Sunshine Story~ 作:がじゃまる
「ウルトラマンメビウス……ねぇ……」
真上から照り付けてくる太陽の光が真夏の到来を予感させる。
普通ならこれから来る学生時代最大級のイベントに胸を膨らませているのだろうが、今眼前にある苦笑いはそんな期待すらも削いでくるものだった。
「未来、お前疲れてんのか……?」
哀れみと、出来る限り触れまいとする優しさを内包した表情をする親友―――
どちらかと言えばガサツな方の彼にすらそんな気遣いをさせてしまうほどの話だったらしい。
「……ここはハッキリと言ってあげるのが優しさなんじゃないですか? 高校生にもなってそれは痛いって」
「お前頑張ってオブラートに包んだ俺の努力返せよ」
「言うほど包めてなかったけどな」
年下にすら呆れられる始末。けどまあそれも仕方のないことだろう。
この年にもなって自分がウルトラマンに変身する夢を見たと友人に話すのみならず、あろうことかそれを現実のものではないのかと疑っている。傍から見なくても痛いことこの上ない。
「まあ、遥が言い切りやがったから俺もハッキリ言うけどよ……夢は夢だろ。それを現実と思う方がどうかしてる」
「…俺も最初はそう思ったけどさ」
改めて言うが未来だって高校生だ。こんな年になってあんな夢を鵜呑みにするほど幼稚じゃない。
けど、
そして何より音もなく帰ってきていて気付けば未来が自室で寝ていたという母親の証言。けれど当の未来にはそもそも昨日帰宅した覚えがない。
今未来にとって確かなのは、あの少女と出会ってから家で目覚めるまでの記憶が抜け落ちていることと、その穴を埋めるようにあの夢が存在しているということだけだ。
「…白昼夢ってやつですか?」
「……なんだそれ」
「現実で起きてることのような空想を夢のように映像で見たり、非現実的な想像に耽ったりしてる状態……まあ要するに未来さんは起きながら夢を見てたんじゃないかってことですね。大体はその人の願望を空想してることが多いそうです」
「へー……」
「おい陸、その本気で憐れんでる目やめろ」
「そもそも、ウルトラマンっていうのが非現実的です。あんなもの存在するはずもないのに」
「お前はもうちょっと夢見てもいいと思うぞ最年少」
「フィクションとかそう言う話以前に生命として存在し得ないものにどんな夢を抱けと? ウルトラマンは身長40メートルに体重3万5000トンの人型生命体って話でしたけど、まずこれが生命の構造としてあり得ませんし、仮に存在していたとしても地球の重力場じゃ直立はおろか自重を支えることもできませんよ。それに質量保存の法則から言っても―――、」
「空想を現実の物差しで測るな。てか頭痛くなってくるからやめろ」
「…まだ半分も話してませんけど」
少しでも謎を解明できればと相談したのだが……なまじ頭の良すぎる奴を相手にしているため思った方向に話が進まない。
その天才によって片割れの脳回路がショートを起こし始める程度には小難しい単語が羅列されるが、どうにも未来にはそんな言葉で片付けられるようなものとは思えなかった。
「遥の言うことは尤もだと思うけどさ……なんかこう、そう言う科学の定理とかで説明できるものじゃない気がするんだよ」
「つってもなぁ……、流石にそればっかりは肩も持てねーぞ」
そんな旨を伝えるも、二人揃って難しい顔を向けられる。
「ウルトラマンだのなんだの……それならまだあのバカみかんの方が希望も現実味もあるってもんだ」
気だるげな声と共に向けられた視線の先では女子三人。
言い合っているのか盛り上がっているのかは知らないが、その様は姦しいどころか騒がしくすらあった。
「む……、なんか馬鹿にされた気がする」
「気のせいじゃねーのバカチカ」
「いや思いっきり言ってんじゃん!」
その騒がしさの八割を担うみかん髪の少女―――
千歌自身容姿が幼く見えるためか、揶揄いながらその額を押さえつける陸とのやり取りは兄妹のそれにも思えた。
「こーら、あんまりいじめると千歌ちゃん拗ねちゃうよ」
「この際とことんしょげてもらった方がいいんじゃねーの? マイナスにマイナス掛けりゃプラスになるんだし」
「意味わかりませんしそれ数学の世界でしか成り立ちませんからね?」
そこにグレーの髪をボブカットに整えた少女―――
陸、千歌、曜、そして未来。幼馴染達が生み出す賑やかさは今も昔も変わらない。
「……で、何をぎゃーすか騒いでたんだよお前等」
「大体想像つくでしょ?」
そんな幼馴染の輪に最近加わったのが疲弊した様子でため息をついたのが
少し前に東京から越してきた二人だったが、千歌がいたく梨子を気に入って以降はこの六人でいることがデフォルトとなりつつある。
「漁港祭で披露する演舞の内容でちょっとね……」
「まーだ揉めてんのかよ……」
最近こそようやく馴染んできた感覚はあるが、それでも都会っ子で会った桜内姉弟に静岡の田舎町である˝内浦˝での生活にはまだまだ驚かされることが多いのか。
ある催し物に加わることとなった千歌、曜、梨子の三人だったが、段取りは思うように進んでいないのが現実だった。
「第一私はステージに出るなんて一言も……」
その催し物というのが内浦、そして沼津を跨ぎ開催される˝漁港祭˝という祭り。
港町として栄えたこの地で豊漁や海での安全を込めた願い、そして自然への感謝を伝えるこの祭りはこの地で毎年行われている。
そしてこの祭りではその年で十七歳になる少女三人が海の神へと捧げる舞いを踊る演舞がある。
その演舞に登壇する踊り子として今年選ばれたのがこの三人なのだが……、
「まあ、私と千歌ちゃん、何年か前から今年の踊り子やるのは決まってたし……」
「今年コイツ等と仲良くなっちまったのが運の尽きだな。まあ決まっちまったもんは仕方ねーから腹括るしかねーべ」
「そんなぁ……」
曜の言った通り、古くから内浦に旅館を構える家系の娘である千歌は今年踊り子を務めることが決まっていた。
準じてその千歌の親友であり自身も船長である父を持つ曜も踊り子に抜擢されたのだが、千歌と曜の二人では本来三人であるその役を務めるに一人足りない。
そこで千歌が最近仲良くなった梨子を勝手に今年の踊り子としてエントリーさせる暴挙に出たことで今に至る。
「でも歴史ある行事なんでしょ? 私地味だし、それに最近こっちに引っ越してきたばっかりなのにこんな……」
「だからもう決まっちまったもんはどうしようもないって言ってるだろ……」
「そうそう。それに梨子ちゃんなら大丈夫だよ、とっても美人さんだもん!」
「うぅ……じゃ、じゃあ! せめて演舞の内容だけでもいいから変えて!」
踊り子に決まってはや数週間。それにも関わらず未だ抵抗を見せるのはあまり人前に出るのが得意でない彼女の性格もあるのだろうが、今年の演舞にはとんでもない爆弾がある。
恐らく、と言うか間違いなく、梨子が舞台に立つのを嫌がる理由はそこにあるのだろう。
「曜ちゃんだって思うでしょ? 大勢お客さんがいる前で
「まあ……それはちょっと私も思ったけど……」
縋るような、必死の形相が向けられる。
その鬼気迫る視線を集中させるように、全員の顔がこうなった全ての元凶たる高海千歌へと向けられた。
「えー? 私はいいと思うけどなー?」
˝ラブライブ!˝というアニメがある。
未来も詳しくは知らないが、所謂アイドルものなどと言われるジャンルであると記憶している。確か廃校の危機に瀕した母校を救うべく主人公達が˝スクールアイドル˝という架空の道を進む物語だったか。
そしてそのアニメにひどく感銘を受けたのが千歌であり、歴史と伝統ある祈祷祭の舞台でスクールアイドルの真似事をしたいというのが彼女の主張だった。
「千歌ちゃんがただやりたいだけでしょそれ!」
「やらされるよりは自分がやりたいって思ったことをやる方がいいものができると思うけど」
「コイツ尤もらしいことを……」
で、まあ当然周り(主に梨子)から不満と反対の声は上がっているのだが、千歌は頑として譲ろうとしない。
傍から見れば小学生レベルの我儘なのだが、その意志の裏には彼女なりの理由があるように未来には思えた。
「伝統あるお祭りでそんなことして大丈夫な訳ないでしょ!?」
「割と毎年自由にやってるよ! 去年の果南ちゃん達とか」
「あれは自由というより無法地帯だったような……」
「ていうか文句ばっかりで二人共全然案出してくれないじゃん!」
「う……そこを突かれると弱い……」
「少なくともそれだけはないっていうのは確かね」
「もー! 未来君もなんか言ってやってよ!」
それを知ってか知らずか、半ば四面楚歌となりつつある千歌が救いを求めるような視線を向けてくる。
最も彼女との付き合いの長い未来から見れば、千歌が何かに熱中するのはかなり珍しいことだ。
例えそれがあまりにも現実離れしたものであろうと背中を押したくなるのが正直な気持ちだった。
「ま、まあ、確かに突拍子もないことだけどさ……二人としてはアニメの真似事をしてるって知られたくない感じだろ?」
だから我ながら甘いとは思いつつもついつい、助け舟を出してしまう。
「見てる人達に直接それだとは伝わらない訳だしさ、俺達が言い触らさない限り問題はないんじゃないのか? パフォーマンスとかもそこまでこう……アイドルっぽい作品じゃないし」
「未来くん……!」
子犬のような千歌の視線が少し照れ臭く目を逸らす。
もう何年も付き合いがあるはずなのに、これだけは未だに慣れる気がしなかった。
「ほー……さっすが、ウルトラマンがどうとか言える奴の言葉は違うな」
だがそんなドギマギした感覚に浸るのもつかの間。続いて向けられた別な視線と声に軽い悪寒を覚えることとなる。
「あの……陸……?」
さながら悪魔のような顔が見えた。
先程の気遣いは何だったのか、見るからな悪人面をする陸は意地悪い笑みを作ると―――、
「ウルトラマン……って、あの昔やってたヒーロー番組だっけ? 未来君が好きなやつ」
「それがどうかしたの?」
「いやそれがこいつがよー」
「おいバカやめろぉぉぉぉ!!!」
必死の叫びと、それに伴う笑い声が海風に溶けてゆく。
年を重ねそれぞれ昔とは変わった。新しい面々だってこの輪に加わった。それでもこの関係性だけは昔から変わらない。潮の匂いの香る日常が自分達にとっての当たり前だった。
だからこそ、なのか。
こんな当たり前を脅かす危機がすぐそこにまで迫っているなんて、この時はまだ、思ってもみなかったんだ。
結局いつも通り駄弁っただけでその日は解散。祭りの日までそう時間はないという事実がじわじわと危機感をせり上げさせてくる。
「お前覚えとけよ……!」
「ははは、わりぃわりぃ」
夕刻となり暑さは和らいでも、未来の顔に充満した火照りが覚めることはなかった。
原因は隣歩く不良染みた幼馴染。コイツの暴露から始まった未来弄りが解散となったつい先程まで続いたからだ。
「お前等揃って似たようなこと言いやがって、幼馴染ってやつは似るもんなのかね」
「全然嬉しくないけどな……」
未来が千歌の肩を持ったのに背中を押したくなった気持ちがあったのは確かだが、自分もウルトラマンがどうとか言ってしまった手前否定しづらかったのも事実。
まあ結果的に陸が裏切ったせいで踏んだり蹴ったりだったが。
「けどまあ、これでわかったろ。夢は夢だ」
曜達にも、未来がした不思議な体験の話はあまり良い反応はされなかった。
本当にただの夢なのか。そんな疑念はまだ残っているのに、周囲の反応がそれを急速に現実へと引き戻してゆく。
「そんなこと考えるのに割いてる時間があんなら将来のこと考えろよ。進路希望表、提出急かされてんだろ」
「……知ってたのか」
「千歌と曜から聞いた」
嫌味で言っている訳ではないし、むしろ陸が自分を思っての言葉だ。それは未来が一番わかっている。
そんな親友の姿に、少しずつ思考が冷静になっていく。
「俺が言えるようなことでもねぇけどさ……後悔してからじゃ遅いぜ」
「……」
そもそも、˝メビウス˝なんてウルトラマンは存在しない。
数十年前、テレビの向こうで降り立った光の巨人。後にも先にも˝ウルトラマン˝と呼ばれているのは彼だけだ。
それに共にそのメビウスへ変身した少女達。˝Aqours˝と叫んだ面々の中にあったのは千歌達の顔だった。
円陣を描き、番号と共に自分達の冠する名を上げる少女達……自分でも理由はわからないが、あれは今千歌が追いかけているスクールアイドルのように思えた。
存在しないウルトラマンに、存在しない
白昼夢だという遥の言葉が反芻する。
彼の言う通り、あれは進路という壁にぶつかった未来が見た願望に過ぎなかったのだろうか―――、
「俺は……」
だがそれでも。
理由も根拠もないのに、まだ心のどこかでそれを捨てきれずにいるのを自覚した、その時だった。
――――『……手放しちゃだめ……!』
また声がした。
空耳でも何でもない、未来へと投げかけられた声。そんな確信を持って周囲を見回すが、声の主である少女を見つけるよりも早く次なる異変が起きる。
「陸…? 陸ッ!!」
一瞬にして立ち込めた霧が辺りを白一色に染める。
それ自体はすぐに晴れ視界は開けるが、消えたのは霧だけでなく刻前まで隣にいた幼馴染の姿までもが影も形もなくなっていた。
「今度はなんなんだよ………」
自分がいた場所自体は変わらないが、沈みかけていたはずの太陽はまるで時間が巻き戻ったかのように高い位置にある。
それに陸含め、辺りに人の姿や気配が一切ない。未来しか存在しない世界かのように静まり返っている。
「な――――んッ……!?」
立て続けに起こる異変は未来に状況を整理する時間すらも与えてくれない。
体感したことの無いような揺れが地面を震わせ、唸り声のような騒音がどこからか聞こえた。
「…………は?」
直後、再度大地を揺らした存在するはずのない
六十メートルはゆうに超えた黒い体躯に、それを覆う深紅の装甲。
頭部の二本角から長い尾にかけ生えた無数の刃を備えたその獣は、今まで自分がテレビの中で見ていた存在で―――、
――――――
『ッッッ――――――!!!!』
轟々と咆哮が上がり、˝怪獣˝にして他ならないその巨大生物が進行を開始する。
それが自分に向かっていることを理解した未来は、震える身体を必死に前へと突き動かした。
「うあっ……!」
眼前に着弾した巨大な刃によって衝撃波と粉塵が巻き起こり、小柄ではないはずの身体が容易く吹き飛ばされる。
それでも何とか走ろうと痛む身体を起き上げるが、既に自分が巨大な影の中にあったことが全てを悟らせた。
「ぁ……」
低い呼吸音と共に怪獣の腕に備わった刃に集約していく赤黒い波動。
それが自分の生をここで終わらせるものであることは想像に難くなかった。
「……!」
すぐそこにまで迫った死を前に想起する。
親の顔、友人の顔……そしてずっと憧れたヒーロー。
散々言われはしたが、ここまで非現実的なことが立て続けに起こっているんだ。こんな時くらい縋ったっていいはずだ。
『ッッッ―――――――!!!!』
祈るように目を瞑る。
厄災や理不尽に襲われた人々が願った時、その祈りに応えて現れる。
自分の憧れたヒーローとは……そう言う存在だったから――――――……、
『シュアァァッ!!!』
炸裂音や突風こそすれど、一向に訪れない最後の瞬間。
そして直前に聞いた怪獣のそれではない声を訝しんだ未来が恐る恐る目を開けば、そこには―――、
「え……」
立て続けに本日二度目の絶句。けど今度は恐怖や絶望を孕んだものではない。
驚きという感情こそ同じだが、漏れた声の大半を占めるのは―――感嘆。
『……』
転倒した怪獣を見下ろす、赤と銀の巨人。
頭部の二本角や肩から掛かる装甲は自分の知る姿とは大きく異なるが、その胸に宿る蒼い輝きが教えてくれる。
今目の前にある巨人が―――
わかっているとは思いますが本編で上がった漁港祭(まんま)(後でこっそり変える可能性あり)は実在する祭りではありません
モデルは実際に沼津で行われている大瀬まつりです
そしてゲスト……カズオさんの「ラブライブ!サンシャイン!!〜大地と海の巨人〜」から桜内遥君、そしてぼくの「ゼロライブ!サンシャイン!!」から仙道陸の登場です
この二人も未来同様この世界の別人……となり、設定も若干弄っているのでご了承を
解説はそれぞれピックアップされた際にしますが、この世界において未来と陸は千歌と曜と共に幼馴染という立ち位置となります
そんな幼馴染達に話を信じてもらえない未来ですが、再びそんな彼を襲う異変
存在しないはずの怪獣と遭遇した彼の前に現れたウルトラマンは……誰なんでしょうかねぇ(すっとぼけ)
そして地の分で触れましたが、この世界はウルトラシリーズが「ウルトラマン」で、ラブライブシリーズが「ラブライブ!」だけで止まり続編が制作されていない世界線です
当然スクールアイドルも架空の存在……漁港祭での演舞はその中で如何にスクールアイドルに触れさせるかと考えた末ですね()
それでは次回で