ウルトラのキセキ ~One More Sunshine Story~ 作:がじゃまる
戻れぬ道を進むほど、何かが零れ落ちてゆく感覚がする。
それでも止まれない。壊れたブレーキを握りしめながら、ただ心を痛め続けるだけの旅だ。
暗く閉ざされた闇の中で、独り泣く少女がいた。
冷酷な世界を恨んだ、理不尽な現実を憎んだ……そして自分の非力を呪った。
旅の中で幾度となく見たその景色は、消えることなく私に刺さり続ける。
どうして夢など見てしまったのだろう。
どうしてそれを人は繰り返してしまうのだろう。
未だ答えは見つからぬまま、願いは果たせぬまま、また私はその場所へ至る。
もう一度、˝あの時˝を取り戻すために―――、
「……」
薄明な光の瞬きを感じ瞼を開く。
ひどく懐かしくもあり、また厭わしい。何にも勝る不快感が広がってゆく感覚。かつて抱いた羨望も今となっては煩わしさの塊でしかない。
ダメだ、冷静になれ。
込み上げてくる逆上の炎を堪えるように掌を絞る最中、また別の気配を感じ視線を上げた。
『……おや、お休みになられでしたか』
その果てを伺わせぬ薄暗い縞瑪瑙の空間の中では最早その存在も異質とは映らない。
蝙蝠と甲冑が一体となったような様で佇むそれは手の中の何かを弄びながらこちらへと首を垂れる。
「…戻ってたのね」
『ええ。少々トラブルはありましたがいいものが手に入りましたよ』
そう言って怪獣の人形のようなものを掲げて見せられる。
どのような代物なのかにさして興味はないが、手渡されたそれからは微かに命の鼓動が感じられるようだった。
「……トラブルって?」
『なに、ただ想定外の出来事だったに過ぎません。我々の目的を脅かすほどでは―――、』
鷹揚に言って見せるが、その言葉が耳に入り込むことはなかった。
その背後のさらに奥。自分達以外は存在し得ない空間で白く揺らめいた
見紛うはずもない。彼女は―――、
「かえ―――」
縋るように手を伸ばしたその刹那、焦がれ求め続けた少女の顔は波紋のように消えてゆく。
残響したその波は瞬く間に広がってゆき―――やがて空間に穴を空けてはある者をこの場に召喚した。
『見つけたぜ蝙蝠野郎! 盗ったモン返してもらおうか!』
喧しい声と共に姿を見せたのは一体の巨人。
サイバーチックなその身には似つかない白銀の鎧を纏い、鬼気立った様子でこちらへと猛進してくる。
『馬鹿な……、なぜこの空間にアクセスが……!?』
トラブルとは奴のことだったのか。だが仮に時空を超える力を持っていたとしてもここに侵入できるのはおかしい。
まるで何かに導かれるように―――その末に至るのは、直前までそこに見えた彼女の顔だった。
「……まさか…」
違う、そんなはずはない。
だって、あの子はもう―――、
『˝ソードレイ・クロス・ゼロ˝ッッ!!!』
『チッ……!』
思案する間に迸った眩い光の刃。
空間すらも引き裂かんそれは遅れて放たれた光弾と衝突し―――――やがて全てを白へと還した。
「皆ありがとー。おかげで乗り切れたよー!」
もう九時辺りを過ぎてしまった頃だろうか。とっぷりと暗くなった夜空を窓枠から眺めつつ、千歌からの労いの声を受けた春馬はようやく一息をつく。
(疲れた……色々と……)
『まあ、
(うぅ……)
わざとらしくその名で呼んでくるタイガに縮こまる。
やるからには全力に、とあの時以上に女性になりきって振舞ったはいいものの……今思い返すとどうしてこう恥ずかしいものなのか。
「……なんか大切なものを失った気がする」
「……今更ですよ」
その感情は同じく女装させられた彼等とも共有しているらしく、三人並んで夜月を見上げる。
もう二度とするか。今だけは心の声が聞こえるようだった。
「お、終わったかお前等。お疲れさん」
気分と共に動きづらい着物から解放された身体を伸ばしていれば。休憩室の外から声が向けられる。
白い調理衣姿に一瞬誰かと困惑するが、その顔にまで視線を上げれば陸。どうやらこちらに続いて向こうの業務も終わったところらしい。
「お前よく顔出せたな……!」
「まあまあ落ち着けって未来。忙しさだけならこっちのが上だったんだし勘弁してくれや」
「楽しんでたお前と拷問同然のこっちじゃ訳が違うんだよ」
「むしろあの状況で楽しんでた俺を褒めろ。……それより千歌、コイツ等もう飯食ってるのか?」
「ああ忘れてた! ごめん、すぐ用意するから!」
そう言えば元々手伝うことを決めたのは夕飯に釣られてだったか。
働いてる最中は色々な意味でそれどころではなかったので忘れていたが、それを思い出すと途端に空腹感というのは襲い掛かってくるものだ。
「おお待て待て、だったら丁度いいや。手伝ったお礼に余った食材好きにしていいって話だったからよ、テキトーになんか作るから食ってけ。千歌―、台所か厨房借りてもいいか?」
「ああうん、志満姉に言えば使わせてくれると思う」
「おう、サンキュ。んじゃちょっくら行ってくるわ」
本人も口にしていた通り、忙しさなら向こうの方が上だったはずなのに疲れを感じさせぬまま陸が再び消えてゆく。
初対面以降どうにも怖い印象が拭えなかった彼だったが、その一瞬に伺えた表情にはむしろ親しみすら覚えた。
「…仙道さん、料理好きなんですか?」
「うん……繁忙期の厨房に進んで突っ込みに行くくらいにはな」
「ていうか料理できたんですねあの人。目玉焼きを炭に変えるタイプだと思ってました」
「いや、アイツ普通に料理上手いぞ。なんか漁港祭で屋台出すのも許可されたらしいし」
重ねがける未来の言葉に期待感と共に空腹が加速する。
それは訝しんでいた遥にすら胸を膨らませるような表情をさせるものだったが、そう言った当の未来の顔はどこか浮かないものであり―――、
「本当、上手いんだけどな……」
惜しむように、寸刻前まで陸がいた空間に向けて零す未来。
その表情が、次に陸が姿を見せる時まで頭から離れることはなかった。
「「「おぉ~」」」
数十分後、せっかくならと外に設置されたテーブルの上に並べられた料理に感嘆の声が漏れる。
結論から言うと陸の腕は中々のものだった。空腹も相まって身体に染みわたるその味はより美味に感じる。
「すごいや……俺見直しました!」
「なんだと思ってたんだよ俺のこと……でもまあありがとよ」
彼に対し向けていた若干の恐怖心などもうすっかり消えていた。
同好会のメンバーにも度々似た感情を抱くことはあったが、やはり自分と近い齢の人間がこれだけのものを作れるというだけで感動するものだ。
「……人って見かけによらないもんですね」
「だろ? このナリで料理趣味は想像できないだろ?」
「揃いも揃って何なんだお前等」
「ちゃんと正直に言いましょうよ二人共! 確かにちょっと怖い感じはしますけどこの美味しさは本物ですから!」
「フォローになってねぇんだよオイ」
『お前興奮するとたまに訳わかんないこと言い出すよな』
ブツブツ言いつつも空腹には抗えないのか、女子陣含めものの数分で完食。
空きっ腹以上に満たされた心のまま、春馬は陸に輝きを散りばめた視線を向けた。
「ごちそうさまでした! すごい美味しかったです仙道さん!」
「おーおー、ちょい大袈裟な気もするがさっきから嬉しいこと言ってくれるな追風。あと陸でいいぞ」
「じゃあ俺も春馬で大丈夫です。改めてごちそうさまでした陸さん!」
「すごい……陸ちゃん手懐けてる……」
周りが少しざわつく中、勢いのまま手を取って握手。
未来や千歌達にばかり意識が向いていたが、こうして触れてみると魅力的である。もし元の世界にも彼がいるなら会ってみたいものだ。
「俺、もっと話聞きたいです! 将来はお店とか開くんですか!?」
だが少し、興奮しすぎて周りが見えていなかったのか。
何気なく口にしたその言葉により、周囲の空気が重くなるのを肌で感じた。
「あー……どうだかな」
途端に陰る陸の顔。
春馬にはそれを伺わせぬよう取り繕ってはいるが、予期せぬことだった故か隠しきれていない何かが泳ぐ視線を介して伝わってくる。
「あ、陸。もう遅いし、そろそろ帰らないとマズいんじゃないかな。ほら、私達ここから結構家遠いし……」
「…それもそうだな。わりぃ千歌、勝手に作っといてなんだが片付け頼んでいいか?」
「あぁ、うん……」
咄嗟に曜が機転を利かせるが、この空気感は若干の重苦しさを保ったまま残留する。
彼女を後部荷台に乗せたまま自転車に跨った陸がそのペダルを漕ぎ始めると同時に、隣立った未来はまた零した。
「…アイツんち、結構昔から続いてる伝統的な漁法を受け継いできた家系でさ」
聞けば、本人の意思に関わらず跡を継ぐような期待や重圧が幼い頃から圧し掛かっていたという。
料理が好きで、その道に進んでみたい。そんな内に秘めた想いを、未来達幼馴染以外には打ち明けることの無いまま。
「陸は俺等の夢とか目標を笑うことはあっても、否定は絶対しないんだけど……もしかしたら、それと関係してるのかもな」
少し前に見た未来の複雑な表情の理由を悟る。
遠く、夜の帳の中に消えてゆく彼の背中が……先程よりもずっと、小さく見えた。
自転車に跨り、昼の太陽が残した暑苦しさを風と共に切り裂いていく。
やはり遅い時間だけあって海風は爽快感があって心地いい。
最も、今の内心はそれほど穏やかなものではないが。
「……悪いな、気ぃ遣わせて」
「ううん、私はただ、本当にそろそろ帰らないとマズいなーって思っただけだから」
荷台に腰掛けた幼馴染と静かに声を交わす。
少し速度を出しているからか、腰に回された腕にはいつもより力が込められ、背中から伝わる柔らかさも増す。体温が上がるような感覚がするのはきっと気温のせいではないのだろう。
「陸さ……」
「……ん?」
「ホントにもう、諦めてるの?」
点々と灯る光を伴った景色が車線に沿って流れてゆく。
しばしそれらを眺めた後、陸は口に仕掛けた言葉を直前で飲み込んだ。
「……お前にはそう見えてるか?」
「わかんない……ずっと一緒にいるのにね」
それが嘘なのはすぐにわかった……いや、互いに互いの意図も本心もわかりきっていると言った方が正しいか。
お互いに気持ちは知れているのに、自分の言葉で伝えるべきなのはわかっているのに、口にすることが何故か怖くていつもこうやって誤魔化し合う。
結局、もどかしいようなこの感覚と関係にいつも甘えてしまう。
「……」
また無言のまま風と景色だけが流れてゆく。
今に始まったことではないこの無言の空気が何より苦手だった。
進む気はないが、この空気からは逃れたい。そんな身勝手な想いは―――――また別な災難を呼び寄せることとなる。
「「……んん?」」
揃って夜空を見上げる。
別に急に星が見たくなったからとかそんなロマンチックな理由じゃない。本能的な危機察知とでもいうべきか。
「うおおおおおおおッッッッ!!!???」
現に頭上から悲鳴に近い叫びを上げて落下してくるのは――――陸達と同じ人間なのだから。
「なんか空から女の子が降ってくるとこから始まる映画あったよね」
「言ってる場合かッ!!!」
次の瞬間には派手な水飛沫を上げて海へと落下したその影を確認すべく、乗り捨てる形で自転車を飛び降り現場へとダッシュ。
一体何故ああなったのかは皆目見当もつかないがとにかく無事かどうかが最重要だ。
「おいアンタ! 生きてっか!?」
波を掻き分けるように進んではぷかりと海上に浮かぶ˝彼˝を救出。
年頃は陸と同じ頃だろうか。落下の衝撃で伸びてはいるが息はある。無事な証拠だ。
「何がどうなってんだよ……おい曜、引き上げんの手伝ってくれ!」
「う、うん…!」
直前の微妙な空気すら忘れ二人で彼を引き上げる。
これがこの少年――――後に
最後の一人の名前が明かされましたがこの形で紹介してはあまりにもアレなので次回に持ち越します()
駆け足ではありますがざっくりとした敵さんと陸の陰りも明かされることとなりましたが、今作において未来、遥、陸はそれぞれ夢を見失った者、夢を奪ってしまった者、夢を追えずにいる者、として描かれることとなります
この辺はほぼ八兄弟からの引用ですね
それでは本格的に彼が絡む次回で