特級呪霊『茨木童子』(無闇におやつを与えないでください) 作:アニマリアン
「特級呪霊 茨木童子」
茨木童子。平安時代に存在した化生、京の都にて悪逆を尽くした大江山の鬼の首魁である。一級術師の手によって切り落とされたその片腕は、現在高専地下にある結界内にて厳重に保管されている。取得経緯の詳細については平成19年度報告書No.⬛︎⬛︎ のとおり。
報告書No.⬛︎⬛︎
特級呪物『茨木童子の片腕』について
2007年X月X日
⬛︎⬛︎県山間部にある旧⬛︎⬛︎村近辺にて呪霊の存在を確認。二級呪霊討伐任務として高専二年生2名を派遣する。
現地にて、討伐対象が産土神信仰による土地神である事を確認。派遣した二級術師のうち、1名が軽傷。残る1名は──、
※
「きゃっははははは!喰ろうてやる、喰ろうてやる!」
格上の呪霊を相手に追い詰められた七海建人、灰原雄の耳に飛び込んできたのは、その場にそぐわぬあどけない子供の声だった。
※
──重傷を負うも、突如出現した呪霊が討伐対象と交戦を始めたことにより戦線から離脱。緊急要請を受けた一級術師1名及び補助監督数名が現場に急行し、高専生2名を保護する。
討伐対象が持つ膨大な呪力の影響により出現したと推測される呪霊は自らを「茨木童子」と名乗り、一級呪霊である討伐対象を消滅に至るまで惨殺。この事実に基づき、出現した呪霊を『特級呪霊 茨木童子』と定義する。討伐対象を祓い終えた茨木童子は撤退途中だった術師を新たな標的として急襲。しかし──、
※
「きゃっはは!やはり凌辱は心地よい!!なんだ、人か?人がいたのか?!ならば汝も食らい、奪い、殺し尽くしてやろう!!」
それは、愛らしい童女の姿をしていた。
小さな体躯に美しい金糸の髪。しかしその振る舞いは紛れもない呪霊のそれである。破壊を楽しみ、殺戮を好み、身の丈ほどもある大太刀を軽々と操る。
二級術師が手も足も出なかった土地神を彼女は無垢に、天真爛漫に、殺していた。
一片の肉片を残さぬまでに討伐対象を殺し尽くした彼女は怪しく揺らめく朱瞳を辺りに巡らせ、木々の間を縫って走り去ろうとする人影を見つける。勢いよく地を蹴り、歓喜の声をあげながらその姿に襲いかかった呪霊は、「彼」の顔を認めるや突如動きを止めた。
「貴様、綱か?」
次の瞬間、少女の片腕は宙に舞っていた。
※
──要請を受け現着した一級術師「渡辺綱吉」の術式により片腕を切断される。その後、茨木童子は逃亡したため祓うには至らず。その場に残された腕は特級呪物『茨木童子の片腕』として高専にて保管。茨木童子にまつわる伝記上、かの呪霊が取り戻しに来る可能性あり。外部に持ち出しの際は所定の手続きを行ったうえ、特級術師の監督または渡辺一級術師の同行を必要とする。
以上
渡辺綱吉は寡黙な男だ。常に冷静沈着で、規律を守り、淡々と与えられた任務をこなす。曲者揃いの呪術師の中では至極真っ当な、それでいて優秀な人材である。
しかしそれは周囲の言い分であって、本人が聞けば過大評価だと否定するだろう。
綱吉には呪術師としての誇りはない。呪霊に対する憎しみもない。「人間に危害を加えるなら祓わなければ」、そのたった一点の理由だけで彼は太刀を振るっている。そんな面白味のない人間だ。最強を自称する後輩に言わせると「それで呪術師を続けられるアンタも十分にイカれてる」だそうだが。
しかし、常に凪いだ水面のようなこの男に、あの鬼は易々とさざなみを立てた。
後輩の窮地を知り駆けつけた山奥で、綱吉の目の前に現れた小さな鬼。それは小柄なれども凶悪で、苛烈な気性を体現したかの如き炎を操り、禍々しい呪力を放つ大太刀を振るい、土地神である一級呪霊を戯れに滅ぼした。
その鬼が朱い瞳でこちらを見据えた時、綱吉は初めて呪霊というものに特別な感情を抱いた。
『この鬼だけは己が斬らねばならぬ』
どこぞの高名な術師でも、最強を自負する後輩でもなく、他でもない自分自身が。自分にはこの鬼を斬る責務がある。
しかし同時に、彼女の事を知りたいと思う自分もいる。
『綱、綱綱綱綱ァ!!殺す!殺してやる!!よくも吾の腕をッ、綱ァ!!』
腕を切られた鬼が逃げ出す前に言った捨て台詞。何百年も煮詰め続けた憎しみの塊。彼女が口にした「綱」という名前が自分を指しているのか、それともよく似た名の他の誰かを指しているのかは定かでない。
その声に込められた殺意にどうして懐かしさを感じてしまうのか、このもの悲しい切なさが何であるのか。あの日からずっと、綱吉は考え続けている。しかし、答えは見つかりそうになかった。
「あの鬼と、もう一度会って話がしたい」
そうすればきっと判断がつくだろう。
殺すべきか、別の道を選ぶべきか。
綱吉が思わず零した独り言は、運悪く後輩達の耳に入ったようで。「綱先輩って女に興味ないって思ってたけど、そっち系が好きだったのね」「特級呪霊の幼女かぁ…」「誰にも迷惑かけなかったらいいんじゃない?」と散々揶揄われることになるのだが、それはまた別の話。