転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~   作:あかい@ハーメルン

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第27話 応募者が来たんだけども…

 メープルシロップに、少数とはいえいきなり発注がついた。

 これはひょっとして、いけるんじゃないか。

 

 そう思って帰りに他のお菓子屋にも寄ってみたら、地球産と言った時点で商品も見ずに追い出された。

 うん。まあ、普通はこうだよね。

 シェラードさんの店でも、シロップを使った商品を出すまで時間がかかるみたいだし。

 しばらくは様子を見るしかないようだ。

 

 

 私はガレリーナ社に戻り、机にぐでんと突っ伏した。

 

「どうしたのよ。キャシーのお店に行ってきたんでしょ。どうだったの?」

 

 うなだれる私に、サニアさんが声をかけてくる。

 

「はい。とても優しい人で、シロップを発注してくれました」

 

 私が消え入るような声で説明すると、サニアさんはますます不思議そうにする。

 

「よかったじゃないの。じゃあ何でしんどそうにしてるわけ?」

「その後、飛び入りで他の店に営業したらボロカスに追い出されたからです。

精神を焼かれてしまいました。今の私はベイクド・マルデリタです」

「あ、そう……」

 

 はあ。マルデアは新興企業に厳しいというのもあるけど、伝統的なジャンルほど排他的な感じもある。

 料理なんて、人類が始まってからの歴史があるからきっと大変だよ。

 でも、うなだれてばっかりはいられない。

 

 ゼルドとレトロゲームパックの発売に向けて、ローカライズを進めないと。

 

 

 そうして、翻訳作業を始めながら客や小売からの通話対応をする日々が始まった。

 

 お客さんの声というのは、多種多様なものがある。

 様々な理由で通話してくる人に、私は相談役のように回答し続けた。

 

「マルオカーツのタイムアタックで、2分14秒が出たんですけど。これってすごい?」

「ええ、凄いですよ」

 

「地球の人たちは、マルオみたいに土管を伝って移動するんですか?」

「配管工の方なら、そういう事もあるかもしれません」

 

「カートのドリフトってどういう仕組みで加速してるの?」

「キュイィィン、ズアァァーっていう感じです」

 

「好きな子と一緒にプレイしてたら、彼女が赤コウラをぶつけてきたんです。

これって好意があるってことでしょうか?」

「一緒にプレイしたなら、なくはないと思いますね」

 

 非常に回答しづらい事も多かった。というかウチの回線は恋愛相談所じゃない。

 ガレナさんも面倒になったのか、

「それは魔法神だけが知っている事です」と返す事が多くなった。

 

 

 

 サニアさんはというと、翻訳の合間によく動画を作ってネットに上げている。

 彼女は、ガレリーナ社の公式配信者なのだ。

 

 今日もなんか部屋の隅でゲームを録画しながら撮影していた。

 

「はぁ~い、サニアの攻略コーナーよ!

今日はマルオカーツでライバルを出し抜く、ヒミツ技のご紹介!

コースをはずれちゃうとカートのスピードが落ちるから、コース外には出ないようにするのが普通よね。

でもキナコがあれば話は別よ。

内側にコースをはずれて、キナコでダッシュ!

そしたら、コースの外側に出てもスピードを保ったまま、インの有利なラインを攻める事ができるわ!

みんなも試してみてねっ!」

 

 うん。何だかとても良心的な動画だ。

 教えているのは、とても基本的な事だ。公式配信だからね。

 でもこの星にはまだゲーム文化がないから、これでも十分な情報なんだと思う。

 彼女の動画は子どもたちに好評で、コメントがいくつもついている。

 

「すごい、これでタイムが一秒は早くなるぞ!」

「さすがサニアさん。ゲームの事なら何でも知ってるなあ」

「こんなのズルいよ。コースから外れるなんていけない事だよ」

「公式がやってるんだからいいでしょ?」

「マルカーはアイテムを使って勝つゲームだぜ! ズルなんてないさ」

「だれか一緒にあそぼ」

「どこかで集まって大会やろうよ」

 

 小さくはあるが、少しずつコミュニティが形成され始めている。

 まだ一万台も普及していないゲーム機では十分な反響と言えるだろう。

 

 撮影するサニアさんを見ながら、ガレナさんが呆れたように肩をすくめる。

 

「サニア。お前よく誰もいない壁に向かって元気に話せるな」

「動画配信なんてそんなもんよっ! ほっときなさい!」

 

 顔を赤くしながらも、サニアさんはデバイスで撮影した動画の編集を始める。

 

「ここ私の顔の映りがいいわ。ふふ、サムネにしとこっと」

 

 彼女自身、楽しんでやっているらしい。ならとても良い事だろう。

 

 

 

 

 それから数日後。

 ようやく募集をかけていた社員の応募が一人来た。

 うちは三人の零細企業だから、応募が殺到する事はありえないのだ。

 

「ふむ。二十二歳のフリーターか……」

 

 ガレナさんが応募者の履歴データを眺めながら呟く。

 

「この子でいいじゃない。客対応ができれば問題ないんだから」

 

 サニアさんは通話対応が嫌でしょうがないらしく、即採用しようとしている。

 まあ、誰であろうとウチにとって貴重な人材である事は間違いはない。

 でも、面接もせずに通すのは会社としてどうかと思う。

 そんなわけで、とりあえず応募者にはうちのオフィスに来てもらう事になった。

 

 

「わ、私は、フィオ・ローレアといいます。その、よろしくお願いします」

 

 やってきたのは、黒髪を長く伸ばした大人しい雰囲気の女性だった。

 おっとりした目が、不安げにこちらを見上げている。

 

「えっと、志望動機とかはありますか?」

「は、はい。ゲームがとても面白かったので……」

「そうですか。どれくらい遊ばれました?」

「えっと、これくらいです」

 

 彼女はスウィッツを持参していたらしく、カバンから取り出して見せてきた。

 プレイ時間の欄を見ると、スーパーマルオが50時間。

 マルオカーツが……。

 

「はあ? 200時間!?」

 

 隣にいたサニアが信じられないといった顔をしている。

 

「えっと、まだ発売して一か月くらいなんですけど……」

 

 私が恐る恐る問いかけると、フィオさんは恥ずかしそうに頷いた。

 

「は、はい。ずっとタイムアタックしてて……。それで思ったんです。

今まで仕事って嫌なものだったけど、ゲームを扱う仕事なら楽しくやっていけるかもって。

で、玩具屋に行ってみたんです。

そしたらガレリーナさんの募集があって。ここならずっとゲームできるかなって」

 

 ダメだこれ。サニアさんに続いてこの人も遊び目当てじゃないか。

 

「あの、うちは別にゲームを遊ぶのが仕事ってわけじゃないんです。通話対応とかできますか?」

「は、はい。バイトでやってました……」

 

 どうやら客対応はできるらしい。

 

「ならいいわ。とりあえずデバイスの前にいなさい。通話ない時はゲームやってていいから」

「いいんですか!? ゆ、夢みたいな職場です……」

 

 サニアさんが決めてしまい、なんとなく採用が決まってしまった。

 まあいいや。客対応さえまともにやってくれれば、仕事にはなるだろう。

 次の応募者なんて待っていられないのが実情だ。

 

 ガレリーナ社はフィオさんを正式に社員とすることになった。

 

「あの、その鬼畜そうなゲームなんです……?」

「ダークソウラよ。これ、メチャメチャむずいんだから」

 

 彼女は早速、サニアさんのやっているハードコアなゲームに目をつけたらしい。

 まあ、通話取ってくれたら何でもいいや。

 そんなわけで、うちにまた個性的な仲間が加わったのだった。

 

 

 さて、私にも休暇は無い事もない。

 休みの日は実家でゴロゴロしながらゲームとかするんだけど。

 今日は私が企画した、ちょっとしたイベントがあるのだ。

 


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