転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~   作:あかい@ハーメルン

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第32話 イギリスと言えばね

 数日後。

 私は朝からマルデアの首都圏にある繁華街に来ていた。

 今日はゲームのお仕事ではない。

 通りのはずれにある小さなお店が、お目当ての場所だ。

 看板にコリフォン菓子店と書かれた店に入ると、甘い匂いが漂ってきた。

 

「いらっしゃい。あら、あなた……」

「お久しぶりです。ガレリーナ社のマルデリタです」

 

 カウンターに立っていた白い髪の女性が私に気づいた。

 そう。メープルシロップを買ってくれた店長のシェラードさんだ。

 

「その、経過の方はいかがですか?」

「ええ、おかげでいい新商品が出来たわ。食べてみて」

 

 シェラードさんは、出来立てのお菓子をお皿に載せて出してくれた。

 それは、黄金色の綺麗なパイだった。

 温かい湯気と共に、良い香りが鼻をくすぐる。

 

「では、いただきます」

 

 手に取って食べてみると、サクサクした生地の食感が楽しい。

 そして、口の中に上品な甘さが広がってきた。

 

「ん、あまい。とても美味しいですね」

「うん、シロップの甘さがパイ生地にとっても合うと思ったの。

常連のお客さんも気に入ってくれてるんだ。

他の店にないオリジナルだって言ってくれてるわ」

 

 シェラードさんは嬉しそうにそう言った。

 どうやら、上手くいったらしい。

 

 その後少し話し、追加で三十本ほどシロップの発注をもらう事ができた。

 これで評判が広がれば、他の店からも注文が来るかもしれない。

 

 まあ、時間はかかるかもしれないけどね。

 なんせ最初にカナダからもらったシロップ瓶の在庫がまだ九百個はある。

 実家でお母さんが使ってるけど、全然減らないし。

 

 とりあえず、このお店の事を地球のみんなにも知らせたい。

 久しぶりのyutuberリナ・マルデリタだ。

 

 まずはカメラで店の看板を撮影し、その後で自分にカメラを向ける。

 

「地球のみなさん。こんにちは。

今日はマルデアにあるコリフォン菓子店というお店に来ています。

実はここ、カナダのみなさんにもらったメープルシロップを採用してくれているお店なんです。

見てください、これがシロップを使って出来たパイです。

マルデアでは、きっとこれが初ですね」

 

 私は商品を説明した後、カメラの前でパイを食べてみせた。

 

「んー、おいしい!」

 

 笑顔でリアクションをして、録画を止める。

 これで動画は完成だ。

 yutubeに投稿すると、地球から大きな反響があった。

 

「美味しそうだね。マルデアの菓子職人は腕がいいようだ」

「地球の味が他所の星で楽しまれているなんて、夢みたいな話だ」

「素敵なお店。行ってみたいわ」

 

 みんな喜んでくれているようだ。

 これを見てるだけでも、やってよかったと思う。

 私はシェラードさんに礼を言って、店を後にした。

 

 

 

 それから一か月の間。

 私はガレリーナ社で販売業務をしながら、遠隔で日本とローカライズ作業のやり取りを続けていた。

 

 そしてついに、レトロゲームの出荷準備が整ったという連絡があった。

 再び地球へ向かう時が来たのだ。

 それに合わせて、私は稼いだ金で魔石七千個と縮小ボックス七十個を購入した。

 で、次にワープで向かう所なんだけど。

 国連や日本に行く前に、ちょっと他の国にも訪問しようと思っている。

 

 やっぱり交流なわけだから。

 全部の国には行けないにしても、私が行きたいと思う所くらいは行こうと思う。

 

 じゃあ、どの国へ行くのかという話なんだけど、私はゲームバカだからね。

 最初はやっぱりゲームで決める事にした。

 

「それで、どこに決めたのだね」

 

 仕事終わりのオフィスで、ガレナさんが私に問いかけてきた。

 

「イギリスです」

「ふむ。なぜだね」

「ドンキューを作った会社があるからです」

 

 スーパードンキューキングを生み、数々の名作ゲームを世に送り出してきたのは、イギリスのとある企業だ。

 今回レトロゲーム集の発売が決まった事もあり、そこに挨拶するという名目を作った。

 

 私が生前めちゃくちゃハマったあのゲームを生んだ国を、一度見ておきたいと思ったんだ。

 

 親善大使が訪問国をゲームで決めるなんて、変な話なのはわかってる。

 でも地球とのやり取りは私一人に任されてるからね。

 これは私に与えられた自由だ。

 

 私が今回イギリスに降りる事は、事前に国連を通じて伝えてある。

 テトラス社への訪問でもよかったんだけど、会社がアメリカにあるらしいんだよね。

 アメリカに行くのは毎度の事なので、今回は別の国を選んだ。

 

 

 そして、出発の日。私はいつものように、研究所のワープルーム前に来ていた。

 

「そう、あの会社に行くのね。『バンジオとズーイ』は名作だったと伝えておいて」

「『バトルトゥード』も、楽しかったです……」

 

 サニアさんとフィオさんも見送りに来ていた。

 彼女たちもゲームの事しか頭にないらしい。

 ガレリーナ社は着々と変人の集まりになりつつあるね。

 

「では行ってきます。ガレナさん、イングランドですからね。

首都はロンドンですよ」

 

 私が念を押すと、ガレナさんは自信ありげに頷いた。

 

「うむ、わかっている。では、健闘を祈る」

 

 宇宙一信用できない言葉を背に、私はマルデアを飛び立った。

 

 

 

 次の瞬間。私はかなり不安定な場所に立っていた。

 足元を見ると、どうやら高い塔の上にいるらしい。

 

 周囲を見ると、木々の緑に包まれた西洋っぽい街並みが広がっている。

 景色は良いけど、どこだろうここ。

 

 と、下から怒鳴り声がした。

 

「もっと自然に驚きを表せ! 本物のゴーストが来たような反応をするんだ!」

 

 見下ろせば、荘厳な建物の傍に人が集まっていた。

 機材を持った人たちに、少年と少女が囲まれている。

 どうも、大規模な映画撮影のようだ。

 二人の学生が幽霊魔女の登場に驚くシーンを撮っているようだった。

 

 彼らは、何もない空間に向かって喋る演技をしている。

 多分、後からCGで足すような映画なんだろうね。

 

 ともかく、ここに立ってたら危ない。

 私は浮遊の魔法を使い、フワフワとゆっくり降りていく。

 

「な、なんだ!?」

「上から人が落ちてくるぞ!」

「な、なにあれっ」

 

 地上の人々が私に注目している。なんか恥ずかしい。

 芝生の上に降り立つと、どうやら私に気づかれたようだ。

 

「まさか、リナ・マルデリタ……!」

「本物の浮遊魔法に見えたな。イギリスに来たのか?」

 

 ざわつく撮影陣の中から、一人の女性が前に出てきた。

 

「あなたは、マルデアの大使さんで間違いないのかしら?」

「はい、リナ・マルデリタと言います。すみません、突然お邪魔して」

 

 私が一礼すると、みんな息をのむようにしてこちらを注視した。

 と、若い役者らしき二人が近づいてくる。

 

「本物のリナなのね、凄いわ。まるで妖精みたい。私、ルイナ・マーガレットよ」

「僕はオーリス・ヘルガン。お会いできて光栄です」

「あ、初めまして……」

 

 きらびやかな少年少女と握手し、ペコリと頭を下げる。

 と、そこへ。

 

「良いっ、今のだ!」

 

 叫びながら立ちあがったのは、カメラの後ろにいた髭面の男だった。

 彼はこちらに近づくと、役者の二人に言った。

 

「今、マルデリタ君が下りてきた時にお前たちが取ったリアクションこそが本物の驚きだ。

あれを本番でカメラが回っている時にやるんだ。いいな?」

「は、はい」

「わかりました」

 

 慌てて頭を下げる若い役者たちは、かなり緊張しているらしい。

 この人は、大物監督なのだろうか。

 

「か、監督。それより、ミス・マルデリタを警察に届けなくては」

 

 女性スタッフの言葉に、しかし監督はそれを手で制止する。

 

「待て。今のは素晴らしかった。やはり実在しないCG相手では演技にならんのだろう。

ぜひ、本物に参加してもらいたい」

 

 何かよくわからないことを言い出したぞ。

 私がぼんやり見ていると、監督はこちらを向いて言った。

 

「マルデリタ君。きみ、魔女の役をやってもらえないか」

「……はあ?」

 

 あんぐりと口を開けた私に、女性スタッフが慌てて駆けよる。

 

「か、監督! さすがにそれはまずいです! 彼女は世界的な要人ですよ!」

「責任は俺が持つ。俺は本物の映像が撮りたいだけだ。

マルデリタ君。

頼む、さっきのように空から降りてきて、二、三セリフを言うだけでいい」

 

 迫力のある顔を近づけてくる監督。

 私、演技とかした事ないんだけどなあ。

 そこへ、若い役者の二人が頭を下げてくる。

 

「あの、お願いします。私も、それならいい演技が出来そうな気がするんです」

「僕もです。お願いします」

 

 こうなると断りづらいなあ。

 彼らはただいい演技をして、いい映像を撮りたいだけなんだろう。

 私そういう純粋なのに弱いんだよ……。

 まあ、やるだけやってダメならそれでいいか。

 

 


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