転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~   作:あかい@ハーメルン

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第37話 ただいま

 地元の奈良にワープした私は、ついに実家の和菓子屋に帰ってきた。

 年月を経ても、母は昔のように店のカウンターに立っていた。

 

「あんた、すごい奇麗なピンクの髪やねえ。宇宙人のリナちゃんに似てるわ」

 

 私を見て、母さんはそう言った。

 いきなり息子だと話しても、理解してもらえるかどうかわからない。

 まずは、リナとして自己紹介をしなければならないと思った。

 

「あはは、私、リナ・マルデリタなんです」

 

 私が帽子を取ってみせると、母は驚いたように目を見開いた。

 

「あら、本物!? そらすごいねえ」

 

 なぜリナ・マルデリタが一人でこの店に入ってくるのか。

 ろくに疑う事もしない。

 昔から、素直な母だった。

 優しい関西弁は、ちっとも変わっていなかった。

 

「宇宙人さんやったら、日本のお菓子なんてろくに食べた事ないでしょ。なんでも試食していいよ」

 

 母さんは、この店で定番のお饅頭を出してくれた。

 餡がたくさん詰まった、甘くて美味しい饅頭。生前に何度食べたかわからない。

 

「ありがとう、ございます」

 

 私は饅頭を一口、口の中に運んだ。

 懐かしい、実家の味だった。

 

「リナちゃん、ようテレビで見てるよ。ゲームが好きで日本に来てるねんてな」

「は、はい」

 

 私が頷くと、母さんは遠くを見上げるようにして言った。

 

「あんたのニュース見てると、うちの息子思い出すんよ。息子も昔ゲーム好きでなあ。

私はそういうの全然わからへんけど。イギリスで作った人のとこ会いに行ったんやろ。

ドンキュー、息子も毎日やってたわ。勉強しい言うてんのに、聞かへんと毎日毎日」

「……、そう、ですか」

 

 母さんは、私の生前の事をよく覚えているらしかった。

 

「あ、ごめんな暗い話して。私ゲームとか全然わからへんけどね。

でも息子が好きやったもんやから、宇宙人さんが好きになってくれるのは嬉しいんよ」

「……」

 

 母の視線の先には、写真があった。

 生前の"俺"と、両親が一緒に映った、笑顔の一枚だった。

 

 ずっと、ずっと母さんは、私の事を考えていてくれたんだ。

 私は、溢れ出る感情が抑えきれなくなった。

 気が付けば、頬に涙が伝っている。

 

「あれ、どうしたん? お饅頭、味合わへんかった?」

 

 母は泣き出した私に、困ったように顔を近づけてくる。

 説明しなければならない。

 そう思うのだけれど、まともなセリフが出てこない。

 口から出てきたのは、ただの息子としての言葉だった。

 

「母さん……。ごめん、母さん……」

 

 どうしても、それを言いたかった。

 母さんに直接会って、謝りたかった。

 

「かあさん?」

 

 母は、私の言葉の意味が分からないのか戸惑っていた。

 当然だろう。

 他所の子が、まして宇宙人が目の前で「母さん」なんて言っても、わけがわからないに決まっている。

 

 私はもう子どもじゃない。

 理論立てて話さないと、相手を納得させられない事くらいわかってる。

 

 今の私は大統領とだってちゃんと話せるのに。

 なのに、何で母さんの前ではこんなにバカになっちゃうんだろう。

 ちゃんと、言わなきゃ。

 

 そう思って涙をぬぐおうとした、その時。

 後ろの入り口からゲンの声がした。

 

「おばちゃん、ちょっといいか」

「ゲン君。この子どないしたんかな、泣いてしもたわ」

 

 母が首をかしげると、ゲンは苦い顔をしながら俺を指さす。

 

「俺もまだ良くわかってないけどな。

でもその子多分、ユウジ……。ユウジの、生まれ変わりか何かやと思うわ」

「え……?」

 

 突然の事に、母は瞬きをしながら私を見やる。

 ゲンは開いていた戸を閉めると、腕組みしながら語り始めた。

 

「何カ月か前やけどな。この子が、突然俺に連絡してきよったんや。

俺とユウジしか知らん事いっぱい並べてな。

自分がユウジやと証明したかったんやろう。

最初は悪戯かと思ったけど、言葉の感じもユウジとしか思えへんかった。

でも死んだ人間が連絡してくるなんて、信じられへんやろ。

だからしばらくは疑ってたんやけどな。

今日、こいつから『親に会いに行く』って連絡が来たんや。

それで、俺ここに来てみたんや。一体誰が来るんやと思ってな。

そしたら、まさかのリナ・マルデリタが来た。

こんなん、どう考えても偶然ちゃうやろ。

店の中の様子、ずっと見てたけどな。

こいつおばちゃんの前で最初からまともに喋れてないわ。

ユウジはいつも口達者やったけど、泣き虫なとこは全然変わってない。

俯いてしどろもどろになるのも、昔のまんまや。

なあ、そうやろユウジ」

 

 ゲンはすべてを理解して、私に助け舟をくれたらしい。

 私は、彼に任せるように頷いた。

 

「……うん。俺や……。ユウジや……」

「……」

 

 そう呟いた私を、母は黙って見つめていた。

 

「母さん、ごめん……。先に死んで、ごめん。

勉強せんで、ゲームばっかして、ごめん……」

 

 私はにじんだ目を母に向け、言いたかったことを口にした。

 熱い水滴が、溢れるように地面に落ちる。

 もう、目が潤んでまともに見えなかった。

 

 母は少し戸惑ったようにした後、カウンターから出てきた。

 

「ユウジ……。あんた、ほんまにユウジなんか?」

 

 母は眉を落とし、私を見つめながら体を震わせていた。

 

「……、うん」

 

 私はうつむいたまま頷いた。

 すると突然、大きなぬくもりが私の体を包んだ。

 

「……ユウジ。おかえり。おかえり……」

 

 母さんの手が、私の体を強く抱きしめていた。

 その声は、涙で震えていた。

 そうか。母さんも私と同じくらい、俺に会いたかったんだ。

 

「ただいま、母さん……」

 

 私はしばらくの間、母の腕の中で、懐かしいぬくもりを感じていた。

 

 

 少しして、私はカウンターの椅子に座り、心を落ち着かせていた。

 気を利かせたのか、ゲンの姿はもうなかった。

 

 

 母は隣の椅子に腰かけ、私の話をゆっくり聞いてくれた。

 

「でもユウジやとわかったら、リナちゃんがゲームゲーム言うて日本に来るのも納得やわ。

そっか。ユウジの好きやったゲームが仕事になったんやな」

「うん」

「よかったやんか。きっとあんたが死ぬ前に良い事したから。

神様がもう一回、ええ人生与えてくれたんやわ」

 

 母は、私の頭に手を置きながらそう言った。

 と、その時。

 店の奥から和服姿の男性が現れた。

 

「父さん……」

 

 父は大分老けて白髪になっていたが、頑固そうな表情はそのままだった。

 

「ユウジ……。よう帰ってきたな」

 

 父は一言そう言って、私を見下ろす。

 

「うん、ただいま。父さん」

 

 昔から、口数の少ない父だった。

 前世の俺に対して甘い顔を見せたことは、ほとんどなかった。

 でも、そんな父が顔を皺だらけにして、私に両手を差し出していた。

 私は恥ずかしさも捨てて、思い切り父の胸に飛び込んだ。

 

 二十六年ぶりに、私は実家に帰って来た。

 父さんと母さんのいる場所に。

 その温かさが、胸に溢れていた。

 

 

 

 その後、私は奥の居間で両親と話をした。

 

 マルデアで生まれた事。新しい両親や、周囲に恵まれた事。

 地球を目指すために魔術学院に入ったこと。

 色んなことを話した。

 

 父はそれを聞いた後、すぐに仕事があると言って厨房へと戻って行った。

 

「お父さん、久しぶりに帰って来た息子が可愛なったから照れてるんやわ」

「あははは」

 

 母さんは父さんの背中を眺めながら笑っていた。

 

「そうそう。ユウジにはあれを見せなあかんわ」

 

 と、ふと思い出したように母が立ち上がる。

 そして、棚の中から木の箱を取り出した。

 中に入っていたのは、かなり古びた封筒だった。

 

「これ、あんたに読ませたかったんよ」

「私に?」

「そう。ユウジへの手紙や。

あんたが車に牽かれた時に、助けた子おるやろ。その子が、あんたに宛てて書いた手紙や。

まあ、もう二十年以上前に書いたモンやけど。読んであげて欲しいんやわ」

 

 封筒から取り出した、しなびた手紙。

 そこに書かれた文字はほとんどひらがなで、可愛らしい字だった。

 見るからに、当時の子どもが書いた手紙だった。

 

『ユウジお兄ちゃんへ。

 

お兄ちゃん、私のせいでいなくなっちゃった。ごめんなさい。

助けてくれてありがとう。

私がバカだから、お兄ちゃん死んじゃった。

ごめんなさい。

ぜったいもう、信号がないところでは、道路はわたりません。

お兄ちゃんからもらった命、大切にします。ありがとう。

 

さえこ』

 

 震えた文字でそう書いてあった。

 私が読み終えると、母は優しい目をしたまま言った。

 

「あの子、今でもあんたの墓を見舞いに来てくれるんよ。

もう年は三十くらいになってるけど、命日には毎年律儀に来てくれるわ。

九州に住んではるから、あんたに会わせるのは難しいやろうけどな」

「そっか……」

 

 どうやら、当時の少女は今も元気にしているらしい。

 私はもう他の人生を歩んでるのに。

 今も墓に来てくれるなんて、申し訳ない気もするな。

 文字を眺めながら、私は何となくしみじみとした気分に浸っていた。

 

 

 それから、私は母の勧めで夕食を一緒に食べる事にした。

 母の作るカレーは、変わらない昔のままの味がした。

 そして、夜。

 

「じゃあ、もう帰るね」

「うん。がんばりや」

 

 母と頷き合い、私は出口へと向かう。

 すると、後ろから野太い声がした。

 

「また帰ってこい。ここはお前の家や」

 

 父はそれだけ言って、クルリと背を向けた。

 

「うん。行ってきます……」

 

 私も店に背を向け、外に出た。

 そして、腕のリストデバイスで私は地球を後にした。

 

 

 マルデア星。

 研究所を出て会社のオフィスに戻ると、ガレナさんが遅くまで仕事をしながら待っていてくれた。

 

「やあ。もう終わったのか。どうだったね?」

「はい。とてもいい時間を過ごせました。ありがとうございました」

「そうか。ならよかった」

 

 私はガレナさんと笑い合い、会社のビルを後にした。

 

 実家に帰ると、ゲンから連絡が来ていた。

 

『また来れたら遊びに来い。もうお互い仕事してるから忙しいけどな。

俺も倒れん程度に働くから、お前も無理せんようにな』

 

 久しぶりに会った親友は、やっぱりいい奴だった。

 

 

 今日はもう寝て、明日の仕事に備えよう。

 目標は一つ達成したけど、ゲームや魔石の事は、まだまだこれからだ。

 

 父さん、母さん、ゲン。

 私、頑張るよ。

 

 

 




ここまで読んで頂いて、ありがとうございます。
ここで一章の終わりとなります。

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