転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~   作:あかい@ハーメルン

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第40話 ウィーンで

 

 その後。

 ルーカス君のお母さんはすぐに警察に連絡を入れ、私の事を報告していた。

 ウィーンからの迎えを待つ間、私は二人の家に歓迎を受けた。

 

「あれだけしてもらってろくにお礼もできないけど、せめて夕食だけでも食べていってね」

 

 母親は、私のために特製のシチューを作ってくれた。

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 温かいスープを口にすると、心も落ち着く。

 私が食事をしていると、お母さんが対面に腰かけた。

 

「ルーカスが接客の仕事に憧れてたのは、私もわかってたわ。

ただあの目じゃ難しいと思って、目がハンデにならない能力を身につけさせようとしたの」

「それがピアノだったんですね」

「ええ。でも、それもきっと無茶だったのね。

あの子にも出来る仕事を探してあげる方がよかったかもしれないわ」

 

 顔を落とす母親は、これまでの事を後悔しているようだった。

 

「ルーカス君は、人と話すのが好きみたいですね」

「ええ。普段はとても明るい子なの。学校では友達もたくさんいるわ。

でも私がレッスンで縛ってたから、あまり遊ばせてあげられなかったけどね。

あの子を暗い顔にさせてしまっていたわ」

 

 そんな話をしていると、リビングからルーカス君の声がする。

 

「ママ。凄いよ、暖炉の火ってこんな風に燃えるんだね!」

 

 彼にとっては、これから沢山の素敵な発見があるだろう。

 私がニンマリとそれを見守っていると、外から騒がしい音がした。

 さて、首都に向かう時間のようだ。

 

 

 

 

「ありがとうね!」

「ありがとうお姉ちゃん、ばいばい!」

 

 

 ハイリゲンシュタットの親子と手を振り、私を乗せた車はウィーンに向けて走り出した。

 

「申し訳ない、少しお迎えが遅くなりました」

 

 隣に腰かけたオーストリア警察の男性が、かしこまったように頭を下げる。

 

「いえ、来て頂いて感謝します」

「本日は首相と会食の予定でしたが、遅くなったので市内のホテルへ向かいます。ゆっくりとお休みください」

「ありがとうございます。その、予定を変えてしまってすみません」

「いえ、こちらこそあの家の息子さんの事は感謝しています。しかし、ドイツ語がお上手ですな」

 

 どうやら彼はルーカス君の知り合いらしく、ニコニコと微笑んでいた。

 そうなると、あの母親は警察関係者だったんだろうか。

 私の捜索を手伝ってると言ってたし、そういう仕事なんだろう。

 予想を巡らせていると、車はホテルへと辿り着いた。

 

 いつものように最上階スイートルームへと案内されてしまった私は、疲れてすぐに眠りについたのであった。

 

 

 

 翌朝。

 私はさっそく恒例のオーストリア政府への訪問に向かった。

 均等な建物に囲まれた街を進み、首相官邸に車を止める。

 中に入ると、首脳陣が揃って歓迎してくれた。

 

「ようこそオーストリアへ。ミス・マルデリタ」

「温かい歓迎、感謝いたします」

 

 ここの首相は結構若いイケメンの男性だった。

 私がドイツ語で挨拶をすると、彼は驚いたように目を見開いた。

 

「ほう、素晴らしい発音ですね。わざわざ言葉を覚えてくださったのですか」

「ええ、オーストリアの文化を知りたいと思いまして。ウィーンの歴史的なクラシック音楽を聴かせて頂けるという事で、楽しみにしています」

「ええ、是非とも最高の環境で楽しんで頂きたい」

 

 こちらのドイツ語トークに、高官たちは好印象を抱いてくれているようだった。

 まあ、頑張って覚えたからね!

 

 それから縮小ボックスを四十個渡して、政府との取引は終わった。

 

 午後は、歴史あるホールで歌劇を聴いたりオーケストラを聴いたりして過ごした。

 いやあ、凄いね。生のオケと歌は。きっと優れた演奏者や歌手が集まっているんだと思う。

 

 特に印象的だったのは、ベートーベン交響曲第九番。

 歓喜の歌だった。

 

 会場全体に響き渡る合唱は、凄まじい力を感じた。

 生命エネルギーの塊というんだろうか。

 そういうものを、生で大量に浴びたような感覚だった。

 魔法じゃないのに、魔法みたいだった。

 人類が作り出したものは、本当にすごいんだね。

 

「マルデリタ嬢、いかがでしたかな」

「ええ、素晴らしかったです。地球の底から湧き上がるような音楽の力でした」

 

 実はベートーベンはドイツの生まれである。

 だが、彼の音楽家としてのキャリアはウィーンでのものだった。

 二十代からは難聴に陥りながらも傑作を作り続け、音楽の歴史に大きな影響を与えた。

 ルーカス君と出会ったハイリゲンシュタットに住んでいた事もあったそうだ。

 そのあたりは案内の人からものすごい説明を受けた。

 そりゃお母さんもベートーベン好きになるよ。

 地元のスターだもんね。

 

 オーストリアの文化を浴びるように楽しんだ後、私はホテルに戻った。

 

 もはや慣れてきた大ベッドの上で、テレビを眺める。

 ちょうどオーストリアのニュース番組が放送されていた。

 

「リナ・マルデリタさんがオーストリアに初訪問です。彼女は首相と会食した後、ウィーンの音楽を聴いて過ごしたそうです」

 

 キャスターの眼鏡をかけた女性がニュースを読み上げると、隣の男性が嬉しそうに手を合わせる。

 

「いやあ、ようやく来てくれたという所だね」

「ええ、今回リナ・マルデリタさんが降り立ったのは、ウィーン郊外にあるハイリゲンシュタットです。

現地で彼女に出会い、目を治療してもらったという少年の映像がございます」

 

 と、画面が切り替わる。

 そして現れたのは、なんとルーカス君だった。

 カメラの前ではにかむ彼に、インタビュアーが声をかける。

 

「マルデリタさんは今、ウィーン市内にいます。この番組を見ているかもしれません。彼女に向かって何か言ってあげてください」

 

 すると、ルーカス君はカメラを見て言った。

 

「魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう。僕、きっとお菓子屋の店員さんになるよ!」

 

 その映像に、キャスターたちは笑みを浮かべている。

 

「どうやら、彼女の噂は本当のようです。オーストリアでも困った子どものところに来て、魔法で助けてくれましたね」

「我が国に幸福をもたらしてくれたのは、間違いないようだね」

 

 おじさんも『心が温まったぜ』みたいな顔をしてる。

 

 またワープに変な定説がついてしまった。

 まあいいや。今日は疲れたよ。

 私はテレビを消し、ベッドに横になった。

 

 

 

 さて、これでオーストリアの旅は終わりである。

 私はすぐに空港へ向かい、国連本部へと飛ぶ事になっていた。

 

 だが、ここで予定にない事態が起きた。

 移動中に国連から連絡が入ったのだ。

 

「北米の東海岸沖に発生した大型のハリケーンが近づいている。

ニューヨークに直撃する可能性が高く、被害が高まる恐れがある。

これまでに貯めた魔石を使って何とか排除する事はできないか」

 

 これまで順調に地球との貿易を続けてきたけれど。

 ここで、とうとう来るべき時がやってきたようだ。

 

 ついに、災害への対処要望が来たのだ。

 これまでに国連に収めた魔石と私が今持っている量を合わせれば、魔石の総数は三万強といったところだ。

 それなりに広範囲への対処が可能な量だ。

 大災害には百万以上の魔石が必要だが、今回は毎年世界中で発生しているハリケーン。

 日本で言えば台風である。

 災害としては中規模。数万の魔石があれば対処可能とされる範囲だ。

 

 あちらとしては、まずは国連のお膝元で試そうという事だろうか。

 本当に対処できるのか、私を試している部分もあるだろう。

 ならば、真向から証明してみせるしかない。

 

 とはいえ災害は災害だ。

 ハリケーンは高い位置の風が強く、大都市の高層ビルに大きくダメージを与えるという。

 そのほか、高潮や吊り橋などの被害も受けやすく、被害が増大する。

 当然、死者も少なからず出ると予想されていた。

 

 これは単なる魔石のテストではない。

 失敗すれば、犠牲が生まれる。

 

 私は心臓が跳ね上がるのを感じながら、チャーター機で東海岸を目指した。

 


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