転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~   作:あかい@ハーメルン

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第56話

 タイに降りた私は、現地の不良たちとストリートファイトで戦う事になった。

 

 戦闘に入る前に、自分に敏捷と強化の魔術をかける。

 これなら身体能力として誤魔化せるだろう。

 相手も武器は持っていないようだし、これで十分だ。

 

「嬢ちゃん、よっぽど俺たちと遊びたいらしいな」

「へへへ。ベッドでたっぷり可愛がってやるぜ」

 

 こちらにじわじわと近づいてくる不良たち。

 その先頭の一人に向かい、私は地面を蹴った。

 

 直後、私の体は男の懐に潜り込んでいた。

 

「はっ!」

 

 突き上げた拳が、翔流拳のように敵の顎をヒットする。

 

「うぉぉっ」

 

 すると不良は吹き飛び、二メートルほど離れた地面に倒れた。

 

「なっ……」

「ヘラムが一発で……」

 

 男たちは、完全にのびてしまった不良を見下ろして驚いている。

 

「さあ、次は誰ですか」

 

 私は手招きのポーズで、彼らを挑発する。

 

「このアマ、やりやがったな!」

 

 すると、頭に血が上った不良たちが襲い掛かってきた。

 

「おらぁっ!」

 

 私の顔くらいある巨大な拳が襲いかかる。

 私は回転しながらそれを躱し、宙に飛び上がった。

 

「はあっ!」

 

 そして竜巻千空脚のような勢いで、男の胸に右の回し蹴りを食らわせる。

 

 ドコォッ、と音がして、二人目が吹っ飛んでいった。

 ついでに目の前に来ていた男にも、左足で顎を蹴り飛ばしておく。

 

「ぐあぁっ」

 

 一気に三人が倒れ、残った不良は二人だ。

 

「な、何だよこの女、めちゃくちゃ強いぞっ!」

「くそっ、ずらかるぜっ」

 

 彼らは恐れをなしたのか、仲間を捨てて逃げてしまったようだ。

 残されたのは、新品の綺麗なバイクだけだ。

 

 まあ、ただの丸腰の不良でよかった。

 もし武器を持っていたら、停止魔法拳を使わざるを得ない所だ。

 

「無事に取り返せたみたいですね。大丈夫ですか?」

 

 私は息をつき、壁に座り込んだサムットさんに声をかける。

 

「あ、ありがとう。君は、その強さは一体……」

 

 彼は倒れた不良たちと私を見比べながら、呆然としているようだった。

 

「あはは。ちょっと格闘技をやってまして。

道に迷ってるんですけど。バンコクへ行くにはどうしたらいいでしょうか」

 

 私が誤魔化しながら問いかけると、サムットさんは気を取り直したように立ち上がる。

 

「それなら、乗せて行ってあげるよ。助けてもらったお礼だ」

 

 単車にまたがり、後部座席を叩く青年。

 どうやら、バイクで首都まで向かってくれるらしい。

 私はお言葉に甘えて、彼の後ろに乗る事にした。

 

 ウォンと唸り声が上がり、二人を乗せたNINJAがタイの道路を走り出す。

 のどかな景色が移り変わる眺めは、なかなか乙なものだった。

 

「俺は前からNINJAに憧れていてね。工場で働いて、ようやく買ったバイクなんだ。

奴らから取り返してくれて嬉しかったよ。ありがとう」

 

 サムットさんはメット越しに話しながら、誇らしげにバイクを走らせる。

 車体に入っているKAWASAKEのロゴは、前世の私にも馴染みのあるものだった。

 こんなに大事にしてくれたら、作った人も嬉しいだろうね。

 

 

 

 午後二時頃。

 ようやく私たちは首都のバンコクに辿り着いた。

 

「へえ、ゲーム大会に出るのか。面白そうだね」

 

 サムットさんは私の話を聞くと、快く目的地の会場まで向かってくれた。

 大きなホールの前にバイクを止め、ヘルメットを脱ぐ。

 

「会場はここみたいだな」

「はい。ありがとうございました」

 

 私が礼を言うと、彼は優しい笑みを浮かべていた。

 

「俺もスタリーツファイターは好きなんだ。せっかくだし、君の試合を観戦していくよ」

 

 サムットさんも格ゲー経験はあるらしく、一緒に会場に入る事になった。

 

 会場の中は、既にゲームの選手たちでごった返していた。

 動画配信で見たプロ選手の姿もある。ちょっとドキドキしてきたね。

 

「じゃあ、私は試合があるので」

「ああ。頑張ってね」

 

 気の良いタイ人と別れた私は、帽子を深く被って目立たないように歩き出す。

 見れば、スタッフルームの前にゲームメーカーの社員さんと思しき人がいた。

 

「すみません、私こういう者ですが……」

 

 ちらりと帽子を上げて日本語で声をかけると、彼はぺこぺこと頭を下げてきた。

 

「リナさん、いやあ本当に来てくれたんですね。この度はどうも、わざわざ御足労頂いてありがとうございます」

「いえいえ。大会はもう始まってますか?」

「ええ。リナさん名義で一回戦の最終試合にエントリーしていますので、そこで出て頂ければと」

 

 それから少し打ち合わせをして、私は試合会場を確認する事にした。

 

 会場は普段ボクシングの試合などを行っている場所らしく、中央にはいわゆるリングが設置されていた。

 その中央で、モニターに向かって選手たちがスタリーツファイター5で対戦していた。

 攻撃が決まるたびに観衆たちが歓声を上げる。

 さながらリアルスポーツの試合のような盛り上がりだ。

 

 しばらく観戦を楽しんだ後、いよいよ私の出番がやってきた。

 控え室に向かうと、日本向けの配信で実況解説している人たちの声も会場に響いていた。

 

「さて、次は一回戦最終試合となります。

対戦するのは、日本が誇るトキダ選手。

対するは国籍不明、正体不明。リナ・マルデリタ選手です」

「マジですか? それマジなやつですか?」

 

 解説の問いかけに、実況は肩をすくめて紙をヒラヒラさせる。

 

「こちらには選手の情報がないので全くわかりませんね。

ただ、マルデア大使の名を使うとはいい度胸だと言っておきましょう。

eスポーツはガチであると同時にエンタメでもあります。

面白いパフォーマンスを見せてくれる事を期待しています!」

 

 ほんとに解説の人たちも私が登場する事を知らないようだ。

 なんというか、ちょっとドキドキするよね。

 

「それでは入場です。赤コーナー、ジャパニーズファイター、トキダァ!」

 

 ついに入場曲が鳴り響き、向かい側から日本の選手がリングへと上がってくる。

 

「おおおおおおお!」

「トキダァァァ!」

 

 歓声が凄い。

 異様な盛り上がりを見せる客席の間を、トキダ選手はまっすぐ進んでリングに上がった。

 さて、次は私だ。

 

「青コーナー、国籍不明、年齢不詳、リナ・マルデリィィタァァァ!」

 

 実況のコールを受けて、会場がざわつく。

 私は帽子を取り、胸を張って入場する事にした。

 

「ピンク色の髪だっ」

「おい、本物のリナっぽいぞ!」

「コスプレで似てる子呼んだんじゃないの?」

 

 どよめく声を上げながら、客たちが注目している。

 ここは手っ取り早く、自分だと証明しておくべきだろう。

 

「飛べ」

 

 私は浮遊魔術でフワリと浮き上がり、会場の宙を舞い進む。

 そして、リングの上にダンと音を立てて着地した。

 更にポケットのカプセルを取り出すと、何もない所に突然でかいリヤカーが現れる。

 

「おーっと、これはガチだ! 本物のリナ・マルデリタです!」

「今、間違いなく空飛びましたねあの人」

 

 実況解説の声に、会場が一気に盛り上がる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「リナ! リナ! リナ!」

 

 凄い熱気だ。

 思わず身震いしてしまうね。

 

「これは大会運営のサプライズなのでしょうか!

それともリナ・マルデリタ本人の独断なのでしょうか!」

「今日ずっとスタッフさんがニヤニヤしてたので、仕込みでしょうね」

 

 実況解説もノリノリの様子だ。

 相手のトキダ選手は場慣れしているのか、堂々とこちらに声をかけてきた。

 

「リナさん、はじめまして。本物が来るなんてびっくりだよ。ほんとに試合するの?」

「はい。せっかくですから、よろしくお願いします」

 

 まあ、これはエキシビションマッチなのだ。

 盛り上がればそれでよし。

 

 私は手前の席に腰かけ、インド僧侶のキャラを選ぶ。

 炎と伸びる腕を使う、孤高の男である。

 

「リナ・マルデリタ選手の腕の方はどうなんでしょうか!」

「リアルファイトならリナ選手の圧勝だと思いますが、今回はスタ5ですからね。

たとえ上手いとしてもプロ相手には難しいでしょう」

「トキダ選手がいかに空気を読んでいくか。その辺がポイントになりますね」

 

 実況解説が多少選手を煽っているようにも聞こえたけど、気のせいだろうか。

 ともかく、試合に集中しよう。

 私は席につき、用意されたアーケードコントローラーに手をかけた。

 

 

 試合が始まり、トキダさんのキャラクターである鬼の男が迫ってくる。

 私は僧侶の炎とゴムのような腕で、トキダさんになんとか対抗する。

 ガチでやったら多分瞬殺だろうし、だいぶ抜いてくれているようだ。

 トキダさんの素晴らしい空気読み能力で、試合は接戦にもつれ込んでいた。

 

「リナー! いけるぞー!」

「一発入れたら勝ちだっ!」

 

 会場は私に味方してくれていた。

 だが、最後はやはり腕に違いがありすぎた。

 ギリギリの所で怒涛の攻撃を受け、私のキャラはドサリと地に伏した。

 "瞬劇殺"のキメは、やっぱりかっこいいね。

 

「トキダさん、試合ありがとうございました」

「こちらこそ。大会を盛り上げに来てくれてありがとう」

 

 試合が終わり、私たちは握手を交わし合った。

 その後実況の人からマイクをもらい、私はカメラの前に出た。

 ネットで配信を見ている人たちや、会場にいるお客さんに向けてのスピーチだ。

 

「地球のみなさん、こんにちは。リナ・マルデリタです。

こんど、マルデアでもスタリーツファイター2のアーケードがデビューします。

みなさんが作り出した対戦ゲームの熱気を、いつかマルデアでも再現できたらと思っています。

では、ここからも皆さんで盛り上がってください!」

 

 私の言葉に、会場がまた大きく湧き上がる。

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

「俺たちは遠い宇宙の星と、ゲームで繋がってるんだ!」

「リナ! リナ! リナ!」

 

 腹の底から湧き上がる叫びが、ホールに響き渡る。

 まるで会場内のみんなが祝福に包まれているようだった。

 ゲームを愛する人々の情熱ってのは、凄いもんだよ。

 

 




よかったらpixivで「リナ・マルデリタ」と検索してみてください。
素敵なファンアートを幾つも描いてもらっています。

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