転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~   作:あかい@ハーメルン

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第64話

 

 チタルム川に向けて走るタクシーの車内。

 私は隣に腰かけるアメリカ人警官をチラリと見やる。

 

 このロイさんって人はだいぶ生真面目な人らしい。

 車内にいるのにずっと懐に手を当ててキョロキョロしてる。

 まあ、任務なんだろうね。大変だよ。

 

 私なんて目的地までは気ままに旅行してるだけだからね。

 もし突然銃で撃たれたりしても、防衛の魔術服を着てるし問題はない。

 

 それにしても、パダン料理は量も味も凄かったね。

 おなかパンパンだ。

 

「ふう……」

 

 腹をさすって息をつくと、ロイさんがこちらを見下ろす。

 

「体調が優れないのか?」

「いえ、そういうわけではないんです。ちょっとその、料理を食べた後なので」

「そうか」

 

 だいぶ気を遣ってもらってるようだ。

 と、ロイさんの腹がグウと鳴った。

 

「あ、お昼食べてないんですか?」

「いや、気にしなくていい。すまない」

 

 あくまで私を優先しようとするロイさん。これじゃ倒れちゃうよね。

 

「運転手さん、この辺になんか食べるお店ありますか」

 

 前に声をかけると、おじさんは緊張した様子で振り返る。

 

「は、はい! どんなお料理が良いでしょう」

「ロイさん、何がいいですか」

「……。なんでもいい。テイクアウトで手軽に食えるもので頼む」

 

 運転手のおじさんは、すぐにマクズナルズに止めてくれた。

 やっぱインドネシアにもあるんだね。

 ロイさんはバーガーとチキンのセットを買って、すぐに戻って来た。

 

 ホカホカのチキンを頬張るロイさんは、普通のお兄さんに見えた。

 でも、聞けばアメリカに五歳の娘がいるらしい。

 お父さん、若く見えるね。

 

 それから、タクシーはインドネシアの道を進み続けた。

 

 スマホでネットを見ると、私の事がニュースになっているようだ。

 

『リナ・マルデリタがインドネシアに訪問。しかし、警察はまだ彼女を発見できていない』

 

 そんなタイトルのニュース記事を、SNSの人たちが語り合っている。

 

xxxxx@xxxxx

「ヨーロッパを巡ると思ったら、今度はタイにインドネシアか。どうも彼女の行き先は読めないな」

xxxxx@xxxxx

「リナが見つからなくて現地も騒ぎになっているらしい」

xxxxx@xxxxx

「目撃報告や映像は出てるが、まだ彼女は見つからない」

xxxxx@xxxxx

「証言や写真の多さから、タシクマラヤに落ちたのはほぼ確定。向かうのはどこだ?」

xxxxx@xxxxx

「やっぱりゲーム関連じゃないか」

xxxxx@xxxxx

「お忍びで旅行とか?」

 

 うーん。

 これはちょっとインドネシア側に迷惑かかってるパターンかな。

 警察さんには慌てなくてもいいと示す必要がある。

 

 私はSNSに書き込んでおく事にした。

 

『私はこれから、インドネシアの川に向かいます。みなさん、川をご覧ください』

 

 これで、みんなに何となく伝わるだろう。

 私はスマホをポケットに突っ込み、移り行くアジアの景色を眺めた。

 それから、二時間ほど走っただろうか。

 

「ようやく見えてきました。川の上流ですね」

 

 運転手の指さす方を見ると、川が見えてきた。

 上流のあたりは、そこまで汚くはないようだ。

 300キロある川だから、汚染の中心地に行かなきゃいけない。

 

 見れば、川の周囲に凄い人だかりができていた。

 私の書き込みが広まったのか、手あたり次第に見に来たようだ。

 

「す、すげえ人だ。どうします?」

 

 驚く運転手さんがこちらを振りむく。

 

「汚い所はどのへんですか?」

「もっと下流ですね」

「では、そこまでお願いします」

 

 私のお願いに、おじさんは頷いて車を走らせた。

 

 しばらく道路を進んでいくと、警察が検問しているのが見えた。

 野次馬でやってきた人の数も凄い。

 

「こ、これ以上は進めません!」

 

 運転手さんも車を止め、お手上げといった感じだ。

 

「リナ嬢、どうする?」

「降ります。別に敵ではありません。それに、もう着いたみたいです」

 

 そう言って、私は左手に広がる大きな川を見下ろす。

 水面には、わけのわからない物が無数に浮いている。

 近くの家からは山ほどのゴミが溢れ、川を侵食している。

 なんだあれは……。

 

 車のドアを開けると、すぐに異臭が漂ってくる。

 チタルム川の汚染された場所は、もう目と鼻の先だった。

 

「おじさん、ここまでありがとうございました」

「い、いや。とんでもねえ」

 

 運転手さんに挨拶し、私は車から道路へ降りる。

 すると、人々がこちらに気づいたらしい。

 

「あれは、リナ・マルデリタか?」

「やっぱりチタルム川に来たんだ!」

 

 民衆が押し寄せてきたので、私はすぐに空へ飛びあがった。

 

「う、浮いたっ」

「本物だ、魔法を使ったぞ!」

 

 人々の声が、後ろから響いている。

 私は十メートル、十五メートル、二十メートルと高く飛び上がる。

 すると、目下に大きな川の像が見えてくる。

 

「これが、世界一汚染された川……」

 

 川を埋め尽くすほどのゴミが、水面に漂っている。

 もはや、川ではない何か。水浸しのゴミ山のようだ。

 

 そんな汚水の中を、当たり前のように歩いている少女がいた……。

 一体、どうやったらこんなものが出来るんだろう。

 

 

 この国だけの責任ではない。

 この汚染は、地球人類の業(ごう)としか言えない代物だ。

 

 私はカプセルから輸送機を出し、川へと降りていく。

 異様な臭いと光景が、眼前に広がる。

 水面までくると、私は水の中に魔石をどんどん落として行った。

 

 その数、五万個。

 川の底から積み上がった透明な石は、川の表面にまで顔を出していた。

 

 私は魔石の山に手を向け、魔力を注ぎこむ。

 そして、ゆっくりと呪文を唱えた。

 

『願いの力よ。どうか川を蝕む人の業を洗い流し、もう一度美しき姿を』

 

 言葉に応えるようにして、手の先が光り出した。

 魔石が共鳴するように輝き、どんどん川に広がっていく。

 

 魔法の波が、あたりのゴミを包み込み、川を覆っていく。

 するとゴミが少しずつ消え、汚れが浄化されていく。

 

 全てを洗い流す魔石の光は、河川に伸びるように浸透していった。

 

 少しすると、水がキラキラと輝きだす。

 美しい、透明で清らかな川が、その姿を取り戻し始めていた。

 汚れも異臭も、全てが消え去っていた。

 

「ふう……」

 

 私は額の汗をぬぐい、宙に浮かぶ。

 そして、美しさを取り戻した川を眺めていた。

 

 

---Side ロイ・フリーマン

 

 

 俺は彼女の魔法を、この眼で見ていた。

 

「か、川が! 奇麗になっていくぞ!」

「彼女だ! リナ・マルデリタが川に魔法をかけたんだ!」

 

 群衆が叫び声を上げる。

 みな、その異様な景色に息を呑んでいた。

 

 長く南北に伸びる川が。

 

 あれだけ溢れていたゴミが、異臭が。

 魔法の光が放つ波に覆われ、消えていくのだ。

 

 誰もが諦め目を背けていた、チタルム川の異様なまでの汚染。

 それを、浄化してみせたのだ。

 

 正に、奇跡としか言えない光景だった。

 その中心で彼女は、風に揺られながら宙を漂っていた。

 どうやら、俺は歴史的な瞬間を目の当たりにしたらしい。

 

「チタルム川が、あのゴミの川がこんなに美しく……!」

「なんということだ……」

「か、神だ……。彼女は、女神だ」

「私たちに、恵みを与えてくださったのね」

 

 人々はみな、感嘆の言葉を口にしていた。

 跪き、祈りをささげる人たちもいた。

 現地の警察たちすら、しばし自分の仕事を忘れてその光景に見惚れていた。

 

 俺も同じだった。

 彼女を守る職務を忘れ、ただ遠くから眺めているだけだった。

 

 少しすると、マルデリタ嬢は川の浅瀬に降り、水に足をつけた。

 彼女はその場で屈み込み、水を掬い上げて口に運んだ。

 

「チタルムの水を、飲んだ……」

 

 誰かがそう漏らした。

 みんなが彼女の挙動を見守っていた。

 何千人といるはずの場は、静まり返っていた。

 

 すると彼女はこちらに振り返り、笑顔で言った。

 

「バッチリ! 美味しい水です!」

 

 その瞬間、民衆から歓声が沸き上がった。

 

「おおおお、感激だっ!」

「我々の水が、美しさを取り戻したっ」

「やったわ、ありがとうリナ!」

「チタルムに栄光あれっ!」

 

 誰もが喜びに満ち溢れ、飛び上がってその奇跡を祝った。

 そして、みんなで川に向かって走った。

 こんなに大勢の魂の叫びを聞いたのは、生まれて初めてかもしれない。

 リナ・マルデリタは大衆に担ぎ上げられ、みんなに胴上げされていた。

 

 それを止めようとする警察は、誰一人いなかった。

 

 俺が憧れた、本物のヒーローがそこにいた。

 

 


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