転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~   作:あかい@ハーメルン

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第65話

 

 美しさを取り戻したチタルム川。

 その傍らで、リナ・マルデリタが胴上げされていた。

 インドネシアの住人たちは、心からの喜びを表していた。

 

 マルデアから一人で地球に来た彼女の努力は、俺たちもニュースで知っている。

 アメリカと交渉し、ゲーム会社と共に働き、時間をかけて貿易を拡大してきた。

 そんな積み重ねが、この奇跡を生み出した。そんな気がした。

 

 しばらく川辺の盛り上がりを見ていると、リナ嬢は空を飛んでこちらにやってきた。

 

「ロイさん、すいません色々とお世話になって」

「い、いや。こちらこそ、ありがとう。俺たちの地球のために、こんな事をしてくれて。

何と礼を言ったらいいかわからない」

 

 ここはアメリカではない。

 ここが浄化されようと、俺の所属する組織が得する事はほとんどないだろう。

 だが、俺はとても嬉しかった。

 地球人が汚した川を、こんなにも綺麗にしてくれた事を。

 美しいチタルム川の姿が見れた事を、ただ感謝したかった。

 

「ありがとう、マルデリタ嬢」

「ありがとう」

「ありがと!」

 

 周囲のみんなも、リナに感謝の言葉を告げている。

 

「あははは、それはよかったです。これからはなるべく、川を大事にしてくださいね」

 

 そう言って、彼女は微笑んでいた。

 それはマルデア大使としての言葉ではなく。

 彼女が発した、純粋な気持ちのように見えた。

 

 彼女もただ、川に奇麗でいて欲しかったのだろうか。

 地球に、奇麗な星になってほしいと願っているのだろうか。

 

「マルデリタ嬢。君は……。どうしてこの川を?」

 

 そう問いかけると、彼女は何故か困ったように頬を掻いた。

 

「いえ、その、国連さんに『汚染を処理してくれ』と言われたので。

その、特に場所は指定されてなかったんで、このあたりが良いかなと思って……」

 

 申し訳なさそうに肩を落とす彼女は、俺の国籍を配慮しているのだろう。

 

「ははは、はっはっはっは! そうか、場所は指定されなかったか!」

 

 俺はなぜか、大いに笑ってしまった。

 アメリカ人としてはおかしな話かもしれない。だが、とにかく痛快な気分だった。

 

 なぜか他のみんなも、楽しそうに笑っていた。

 そうだ。俺たちはみんな同じ人間だ。

 マルデリタ嬢も一緒になって笑っていた。

 

 この光景は、俺の一生の自慢になりそうだった。

 

 

 

 その晩、フロリダにいる妻からテレビ電話があった。

 

「まさか、あなたをテレビのニュースで何度も見る事になるとは思わなかったわ」

「はは、やはり映っていたか」

 

 あの場の映像は、カメラで撮影されていたようだ。

 アメリカのテレビでも報道されたらしく、妻は嬉しそうに教えてくれた。

 

「パパ、すごい! リナとお手てつないでるの見たよ!」

 

 娘のアンナもカメラの前にやってきて、珍しく俺をほめてくれた。

 どうやら、俺とマルデリタ嬢が握手するシーンを見たようだ。

 

「ねえパパ、リナってすごいね。あんな汚い川をピッカピカにしちゃうんだから!」

「ああ、凄いな」

「あの川、とってもキレイになってたね。汚いより、キレイな方がいいね」

 

 素直に感想を口にするアンナに、俺は頷いて言った。

 

「そうだな。アンナも、ゴミをポイ捨てしちゃダメだぞ。

リナは忙しいから、俺たちで地球をキレイにするんだ。じゃないと、また川が汚くなるからな」

「うん! わたし、キレイにする!」

 

 頷く娘の小さな顔に、俺は大きな未来の光を感じたのだった。

 

 

 

------Side リナ・マルデリタ

 

 

 

 さあ、やっちゃったね。

 外交官スカール氏の頭髪が心配だよ。

 

 でも、やっぱりチタルム川に決めてよかったと思う。

 みんなあんなに喜んでくれたしね。

 きっと国連の人たちもわかってくれるはず。うん、きっと。

 

 さて。

 私は今、現地の警察に囲まれて首都へ向かっている最中である。

 車についていたテレビを見ると、チタルム川の浄化について驚きをもって報じていた。

 

「この美しい川を見てください。これが世界一汚染された川という汚名を被っていたチタルムなのです。

マルデリタさんの魔法は、私たちの国にこびりついた垢を消し去ってくれました」

 

 女性アナウンサーの興奮した様子に、専門家らしい男性も体を乗り出している。

 

「何度見ても信じられませんな。これは我が国に舞い降りた奇跡と言えるでしょう」

「マルデリタさんには感謝を述べたいですね。

この美しい川を、そのままの姿に保つチャンスを与えてくれたのですから」

 

 出演者たちは熱をもってそう語っていた。

 

 

 大統領官邸に向かうと、これまでで初めてくらいの大歓迎を受けた。

 

「リナ・マルデリタ嬢! ああ、何と感謝をしたらいいか!」

 

 そんな切り出しで、大統領は私に対してありがとう、ありがとうと繰り返していた。

 他の高官たちまで、頭を下げてみんなが感謝を述べていた。

 恐縮するくらいだったけど、良い事をしたんだから、まあいいよね。

 

「何かお礼をさせて頂きたい。せめて特産品の香辛料をお贈りさせてもらえるだろうか」

 

 大統領の言葉に、私は頷いて言った。

 

「ありがとうございます。ありがたく受け取らせて頂きます。

あと、この会見をテレビやネットで見ている皆さん。

もし私に礼がしたいなら、ゴミは指定されたゴミ箱へ入れるようにしてください。

汚さなければ、川は美しいままですから」

 

 私はメディアのカメラに向かって、ニコリと笑みを浮かべた。

 その日の仕事はそれで終わり、私はホテルのスイートにぶち込まれた。

 魔力をかなり使った事もあり、その夜はすぐベッドに入ってぐっすりと眠った。

 

 

 

 翌日、私は現地の案内を受けて観光地を巡っていた。

 

 そこで、地面に落ちたゴミを拾って歩く人々を見かけた。

 私は嬉しくなって、彼らに手を振った。

 彼らもこちらに手を振ってくれた。

 それが私にとって、ジャカルタでの一番良い思い出だった。

 

 

 その日の午後、私はチャーター機に乗って、インドネシアを飛び立ったのだった。

 

 スマホでネットを見ると、やはりチタルム川のニュースが話題を独占していた。

 SNSでは私が川の汚染を消す映像がバズっていて、数千万のいいねがついていた。

 

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「何という光景だ。これが現実とは思えない」

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「災害の次は、巨大な汚染を消して見せたんだな」

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「これは俺の国で起きた事じゃない。でも俺はとても嬉しいよ」

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「ああ。地球が美しくなった事を、喜ばずにいれるか!」

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「美しくなった川を見ると、心が洗われるようね」

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「でも放っておけば、また汚れるかもしれない。大事なのはこれからだ」

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「そうだ。一人ひとりが意識を持てば、地球は少しはキレイになるだろう」

xxxxx@xxxxx

「彼女は僕らに教えてくれているんだ。地球が持っていた本来の美しさを」

 

 

 何か凄い拡大解釈してくれてるみたいだ。

 でも、みんなが前向きな気持ちになるなら良いと思う。

 

 さて、私も腹をくくろう。

 ニューヨークに降り立った私は、いつものように国連本部に向かった。

 

 会議室。

 外交官のスカール氏は、かなり疲れた顔をしていた。

 

「あの、すみませんでした。何も言わずに勝手に行動しまして」

 

 私がとりあえず謝ってみると、スカール氏は首を横に振った。

 

「……。いや、いいんだ。君の意図する所は理解しているつもりだ」

「怒らないんですか?」

 

 私がおずおずと問いかけると、彼はため息をついて言った。

 

「ああ。君がインドネシアに降りたと聞いた時は、最初は予想外の事に慌てたがね。

あの映像……。

君がチタルム川に魔法をかける場面を見て、言葉を失ったよ。

我々人類が汚したものを、君が洗い流してくれたんだ。

我々は、地球人として君に感謝するべきだろう。ありがとう」

 

 意外にも、スカール氏と高官たちはこちらに頭を下げてきた。

 国連の人たちにも、何かが伝わったのかもしれない。

 


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