転生したので、たった一人で地球と貿易してみる ~ゲーム好き魔術少女の冒険譚~ 作:あかい@ハーメルン
ドイツにワープした私は、サッカー場の観客席に降り立っていた。
どうやら誰も私の事など気にしていないようで、みんな試合に夢中だ。
サッカーのファンって、死ぬほど熱狂的らしいからなあ。
でも、バイエルン・ミュンヘンだからね。
世界的トップレベルの試合だろうし、せっかくだから楽しもう。
相手は、フランクフルトというチームらしい。
バイエルンとしてはアウェイ戦……、つまり。
今回落ちてきたのは、ドイツのフランクフルトという事になる。
なんて美味しそうな地名だろう。
目の前で展開される試合は、凄まじい迫力だった。
駆け引きの緊張感。
パスのスピード。
正に世界レベルの闘いが繰り広げられていた。
フランクフルトの中盤には、凛々しい顔のアジア人が見える。
あれ、日本代表キャプテンだった長谷(はせ)さんじゃないかな。
サッカーゲームで見た事がある。
私がいた席はフランクフルトの応援席らしく、みんなが一丸となってチームを応援していた。
その雰囲気にのせられ、私は贔屓のチームを決めた。
がんばれ! がんばれフランク!
「フラーーンク! フラーーーーンク!」
そんなノリで応援していたが、やっぱバイエルン相手に対等な試合はできないらしい。
前半で三点くらい取られてしまい、その後もバイエルンが試合の主導権を握り続ける。
それでもファンたちは応援し続け、選手たちは走り続けた。
そして互いに全ての交代カードを切り終えた、残り五分。
事件は起きた。
フランクフルトのフォワードの一人が、少しおかしな足取りをしていた。
そんな彼が、敵選手と接触した瞬間にバタリと倒れたのだ。
そして、そのまま動かない。
痛い痛いとアピールするのではなく、ピクリともしないのだ。
これちょっとやばい奴だろう。
「タンカだ! タンカを持ってこい!」
足元のベンチが慌ただしくなり、すぐにタンカを持った二人がフィールドに出て行く。
ぐったりと横になった選手が乗せられ、ベンチへと運ばれていった。
「くそっ! アンドラが故障だっ」
「シルバ、大丈夫かシルバッ!」
「足が危険な曲がり方をしていたわ。大丈夫かしら」
「大きな怪我じゃない事を祈るしかない」
ファンたちは頭を抱えたり、心配そうに声をかけている。
だが見るからにやばい怪我だった。それこそ、普通に治したら一年、いやそれで済めばいいくらいの感じだ。
中心選手だったのか、場内を覆う絶望感は酷い。
せっかくタダで試合を見せてもらったんだ。
ここは私が何とかしよう。
私はすぐに観客席から階段を降り、通路を回って行く。
そして関係者専用の鍵がかかった扉の前に立ち、小さく呪文を唱えた。
『壁の向こうへ』
魔術と共に、私の体が分厚い扉をすり抜けていく。
中の通路に出ると、医務室が見えてきた。
ちょうど、負傷した彼が運び込まれてきた所らしい。
「がああっ」
室内から選手が痛みに叫ぶ声がする。
その後に、医療スタッフの会話が耳に入って来た。
「かなりの重症だ……。大丈夫ですかシルバさん。試合の事は今は忘れてください。
とりあえず処置だけして、すぐ病院に行きましょう」
どうやら、切迫した状況らしい。
すぐに治療しなければ、手遅れになる可能性もある。
私は医務室のドアを開け、中に入って行った。
「な、何だね君は?」
驚くスタッフを無視して、私は選手に近づいていく。
「すみません、ちょっと失礼します」
だが、白衣を着た医者が私の前に立ちはだかった。
「ちょっと待ちなさい。シルバ君のファンか知らんが、彼は絶対安静だ。近づかないでもらいたい」
どうやら、ファンの暴走と思われたらしい。
仕方がない。ここはバラすしかなさそうだ。
私が帽子とヘアバンドを取ると、髪がピンク色に染まっていく。
「なっ。その色はっ」
「リナ・マルデリタ……!」
驚きに声を上げるスタッフたちに、今は構っている暇もない。
「すみません。騒ぎになりますので、静かにお願いします」
私の言葉に、医者はコクコクと頷いていた。
ベッドに寝かされたシルバさんの足を見ると、太もものあたりが黒く染まっていた。
これはちょっとまずい。
「……、リナ・マルデリタがいるように見える……。これは、幻覚か……」
シルバさんは、朦朧としながらも私を見上げている。
「大丈夫です。動かないでくださいね」
私はカプセルを取り出すと、輸送機から魔石を五個ほど取り出した。
「ほ、本物だ……。本物の魔石だ」
それを見た医者は、目を丸くして後ずさりしている。
私は魔石を彼の太もものあたりに置き、そこに手を翳した。
「願いの力よ、かの者を救え」
すると、手から溢れ出した光が魔石と共に輝き始めた。
それは黒くなった太腿を包み込み、暖かく癒して行く。
少しすると魔石は溶けていき、彼の足は健康な色を取り戻していた。
「す、すごい。これが魔法か……」
後ろから眺める医者の声に反応して、シルバさんが少しだけ顔を上げる。
「あ、足が……、痛みが引いた。君は、本物のリナなのか?」
「はい。しばらくは安静にしてください。まだ治ったわけではないですから」
私が声をかけると、彼はほっとしたように頷いた。
「そうか。ありがとう……。足の感覚が消えかけていたんだ。もうボールを蹴れなくなるかと思っていた……」
「大丈夫です。数日経てばちゃんと走れるようになると思います」
シルバさんに注意点を伝えた後、私は医務室を出る事にした。
だが、再び先ほどの医者が止めに入った。
「待ちなさい。もう試合が終わって、外はファンで溢れている。
その髪で人前に出ればパニックになるんじゃないか?」
「あ、そうですね……」
ヘアバンドの効果は使い捨ての一回きりだから、もう使えない。
私はとりあえず帽子を被って髪をまとめ、目立たない容姿にしておいた。
すると、医者がこちらを見下ろして思案げに顎を撫でた。
「君がどういう理由で身を隠しているのかは知らないが……。
騒がれたくないなら、観客が帰るまではしばらくここで待っているといい。
とりあえず、私はチームにシルバ君の事を伝えてくるよ」
そう言って、彼は医務室の外に出て行った。
やたらと気の利く人だ。さすがドイツのお医者さんといった所だろうか。
少し待っていると、数人のコーチや選手たちがやってきた。
「シルバ、無事なのか!」
声をかけたのは、監督らしいおじさんだ。
「ええ、幸運にも彼女に助けられたようです」
シルバさんは私を指して、照れ臭そうにしていた。
「では本当に君がリナ・マルデリタなのか。ドクターから聞いたよ。
本当にありがとう。うちの選手を助けてくれて」
「いえ、ちょっとした成り行きでして……」
監督は私の手を取り、力強く握手をした。
「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう」
英語で礼を言って来たのは、試合で見た日本人選手。
近くで見ると、やっぱり代表の人だった。
「どういたしまして。あの、代表キャプテンだった長谷(はせ)さんですよね」
日本語で返してみると、彼は少し驚いた顔をしていた。
「そうだけど、宇宙人なのに俺を知ってるのかい?」
「ええ、その、サッカーゲーム経由で申し訳ないんですけど……」
私は1995年で死んだから、直接この人の活躍を見て来たわけじゃない。
でも、今日の試合を見ただけでもいい選手だと思った。
「あははは、やっぱりゲームが好きなんだね。まあ、ゲームキャラとして知ってもらえて光栄だよ」
陽気に笑ってくれる長谷さんは、とても優しい人だった。