方舟の主と◯◯たち   作:山田澆季溷濁

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タイトル通り、前回の続きです。
2つに分けたのは長すぎると読むのが疲れるからです。


限りなく透明に近い漆黒 暁闇(ロサ)

【ロドス アーミヤの私室】

 

「それで、ケルシー先生。ロサさんの容体はいかがでしょうか……?」

「特に心配するほどの物ではない。今は疲れて眠っているだけだ」

 

 神妙な面持ちのアーミヤは、ドアの付近にて立つケルシーに訪ねる。

 話を聞いていたドクターはたまらず会話に入り込む。

 

「自傷行為が見られるというのに心配するほどではないだと? 正気を疑うぞ」

「わたしは職業柄多くの患者を診ることがあるが、リストカットよりも酷い者を見たことがある」

「確かにアンタは医療科学の権威だがな、これだけは譲れない。ロサの状態は普通じゃあない」

 

 アーミヤを挟み、2人はピりついた雰囲気を出す。

 作戦立案の場合もそうなのだが、ドクターとケルシーは方向性や性格の違いから衝突することが多かった。

 

「もう! 今はそんなことでケンカしてる場合ではありません!」

 

 3人が集まった理由は、総合事務室にて発生したハラスメント問題である。

 長きに渡り、とある一般職員がイジメに該当する嫌がらせを受け続けていたという事件だ。

 

 何より、最大の問題はドクターが偶然その職員と接触していなければ、発覚することはなかったという点である。

 

「事務室の方たちの処罰も決定しましたし……。問題はスポンサーへの説明と、ロサさんのメンタルケアです……」

「……説明責任ならわたしが果たそう。ドクターは彼女の傍に居ろ」

 

 ケルシーが眉間にシワを寄せながら答える。ケルシーにしては珍しい指示であった。

 

「心的外傷後ストレス障害。ドクターの行動次第で彼女は生まれ変わるか、羽化せず死ぬか。失敗は許されないぞ」

「私は構わんが、ケルシーはそれでいいのか?」

 

 アーミヤが文書作成の準備に取り掛かる。

 人差し指でタイピングをする少女の背中は、不思議と体格以上の小ささを感じられた。

 

「……今回だけだ。あくまで、今回だけだからな。分かったな」

 

 ケルシーは恨めしそうな表情でポツリと呟いた。

 

 

「あの、ケルシー先生。パスワードってなんでしたっけ……?」

 

 

 

【?????? ????】

 

「あれ、わたしは……? ここって、学校?」

 

 そこは彼女の脳裏に焼き付いた記憶の欠片。

 一生忘れることが出来ない後悔の証。

 

『アハハ! 本日も大漁ですわ! 食料に人材。数カ月は籠城できる!』

「なにを、やってるの……」

『まだまだ足りませんわ。交渉材料として使用する分も確保しないと……』

 

 気づけば学園のホールらしき場所に立っていた。

 山のように積まれた物資を前に、上流階級と思われる学生たちが歓喜の声をあげている。

 

「違う! こんなのは間違ってるわ!」

『静粛に! 新たな指示を出します!』

 

 潤沢な食糧を眺めていた学生たちの視線がロサに集まる。

 

『次は体育館へ。その次は特別棟へ……!』

「こ、こんなことはやめましょう? 少ない物資だからこそ、皆で分けるべきよ……」

 

 ホールが静寂に包まれる。

 ロサはかつての自分が、ここで間違った選択をしたことを鮮明に覚えていた。

 これが夢幻であろうが何であろうが、同じ過ちは繰り返さんとする想いのために、彼女は必死に静止を試みる。

 

『聞いたか! 次は体育館だ! 自治団の拠点を潰すぞ!!』

 

『『『『おおおおおおお!!!!!』』』』

 

 ある学生の言葉を発端に、少年少女が似合わない武器を持ち、ホールの外へ進撃していく。

 

「あぁ! 待って! 違うわ! そんなこと許されないわ! お願い! 戻って!!」

『進め! 奪え! 薙ぎ払え! 覇権は我々の手の中に!!』

 

 号令をかけた学生が隊列の前に出る。

 それに感化され、他の学生たちの戦意も高揚する。

 

『『『『然り! 然り! 我々こそが貴族なり!! ナターリア様に続け!!』』』』

 

『『『『然り! 然り! 我々こそが貴族なり!! ナターリア様に続け!!』』』』

 

『『『『然り! 然り! 我々こそが貴族なり!! ナターリア様に続け!!』』』』

 

「やめて! 止まって! その先には、ズィマーたちが居るの!!」

『進め! 奪え! 薙ぎ払え! 覇権は我々の手の中に!!』

 

『『『『然り! 然り! 我々こそが貴族なり!! ナターリア様に続け!!』』』』

 

『『『『然り! 然り! 我々こそが貴族なり!! ナターリア様に続け!!』』』』

 

 

 

 

「あああああああああああああああ!!!!」

 {お、落ち着いて下さい! もう大丈夫ですから……。}

「あぁ! あぁ! あぁ、あぁ、はぁ……。はぁ……」

 

 1人の、否、一体の医療用ロボットが忙しなくロサの周りを駆け回る。

 

「ここは、学校は……? ズィマーたちは……?」

「ここは医療棟だ。飲み物は飲めるか?」

 

 すぐ近くにはドクターが座っていた。

 Lancet—2と刻印された医療用ロボットは、様々な飲み物をロサに差し出した。

 

「随分とうなされていたが、その様子じゃあ満足に寝られてないだろ」

「お見苦しいところをお見せしてしまいました……」

 

 落ち着く暇もなく再び仕事に戻ろうとする彼女を静止し、ドクターは一つ提案をするのであった。

 

「ロサ、少し出かけないか?」

 

 ロサが汗で濡れた服を着替える間、当然ながらドクターは外にでる。

 暇を弄ぶことになり、年代物の腕時計を確認していると、あるオペレーターに話しかけられる。

 

「よぉ、オマエがここに居るってことは、中にいるんだろ?」

「……ズィマーか」

 

 ドクターは、チェルノボーグで発生した凄惨な事件のことを把握している。

 もちろん、ズィマー率いる『ウルサス学生自治団』とロサがどのような関係であり、2人に何が起こったかも把握している。

 

「単刀直入に言わせてもらうが、ロサを助けてやってくれ」

「これは驚いた。不倶戴天が如く憎んでいると思っていたが……」

「……何ヘラヘラしてンだよ」

 

 ズィマーが戦闘オペレーターを志望したのは、その方が性に合っているからだとか。

 事実として、彼女の戦いぶりを見ると事務作業は似合わないと感じられるはずだ。

 

 しかし、戦闘技術に関してならば、ロサも引けを取らない適性を持っていた。

 彼女が後方支援部を志望した理由は、かつて多くの血を流させた贖罪のためであった。

 

「とにかく、ロサは気張りすぎてンだよ。責任は全部の自分のものだと思ってやがる」

「アタシたちじゃあ余計アイツに負担をかけちまう。こんなこと頼めるのはオマエしかいないんだ」

 

キミたち(学生自治団)は、彼女にどうなってほしいんだ?」

 

 ズィマーは立ち振る舞いこそチンピラのそれなのだが、仲間には熱い一面を持っていた。

 それが彼女の強みであり、人間性を表していることは言わずもがなであった。

 

「救ってやってくれ。殺してやりたいぐらい憎んでいたが、死んでほしいわけじゃない」

「……ロサ次第だな。結果は保障できんぞ」

「構わん。背負うのは()()()()()だけでいいんだ」

 

 話すことを一通り終えたズィマーは、それ以上は何も言わず歩き去っていった。

 やがて、ロサが医務室から出てくる。

 

 

「すみません……。遅くなりました……」

「もっと長くなるかと思っていたよ。さて、歩きながらでも喋ろうか」

 

「ここに来た時の服は着ないのか?」

「あの服は少々華美すぎるので……」

 

「そういえば、危機契約? でしたっけ。あの、お疲れ様でした……」

「おぉ。知っていたのか? 今回は25等級が限界らしい。如何せんオペレーターのクレームが多いんでね」

「はい、皆さんの活躍は全てわたしが精算していましたので……」

 

 服装や食事の話をしながらロドス中枢に歩いていく。

 ロサはあまり訪れたことが無いのか、物珍しそうな表情をしていた。

 

 

【ロドス 制御中枢】

 

 あまりにもメカメカしい機械の類が壁面を埋め尽くす。

 直射日光が当たらないように、必要最低限の照明が辺りを照らす。

 

「……すごい。こんな場所があったなんて」

 

「滅多に人が入らん場所なんだ。だから私はよくここでサボってる」

「ロサも見つかりたくない物があればここに隠すといいさ」

 

 そういったドクターは巨大なサーバーにもたれかかり、ペットボトルを飲み干す。

 

「飲食厳禁って書いてありますわよ?」

「飲んで食べるのはアウトって意味だぞ。飲むだけはセーフだ」

 

 ロサは少し小さなコンピューターに腰掛ける。

 そして、ドクターがペットボトルの容量を減らす姿をまじまじと見ていたのであった。

 

「……今回の一件でロドス内の汚点を一掃することになってな。具体的に言うと、各部署の人員が再配備される」

「はぁ……」

 

 いまいちピンときていない様子のロサ。

 ドクターは気にせず話を進める。

 

「つまり何が言いたいかというと、ロサが居る部署は解体されるかも知れん」

 

 ロサ自身も予想していなかった訳ではなかった。

 自分が被害者とは言え、あのような問題が明るみとなったのだ。

 企業としては、腫瘍は早急に切除しなければならないと判断するのが妥当である。

 

「わたしは、これからどうすれば……」

 

「そこでだ、ロサ。戦闘オペレーターになって私の下で働かないか?」

 

 一度は自ら蹴った道。

 ただ、前回と違う点があるとすれば、今回は人に必要とされているという点である。

 

 過酷な道だということは百も承知だが、ロサは首を縦に振った。

 過去を乗り越え、袂を分かった旧友と合流するために。

 

 

 

【ロドス 研究棟】

 

 2人の人物が通路を歩く。

 

「わたしの方はなんとかなりそうだ。流石に今回は骨が折れたがね」

 

 ケルシーが前方を見ながら喋る。

 彼女は露呈した問題の事後処理に追われていたようだ。

 

「……こちらはまだなんとも言えない感じだな」

「方法は任せる。くれぐれも組織から自殺者を出すな」

 

 言う側はどんな時も簡単で楽なのだ。

 事は考えるよりも遥かに複雑だというのに。

 

 

 

 元来、ロサの戦術適性は天賦の才とも言えるものであった。

 ドクターはその点を踏まえ、彼女を戦闘オペレーターに推薦した。

 

 といっても、ズィマーやガヴィルのような生まれながらの戦闘狂ではないため、前線で活動するには何よりも経験を積む必要があった。

 

「戦術立案に、アーツ適性。狙撃の技術についても調べる必要があるな……」

 

 会議室にて今後の方針を相談しあう2人。

 ロサは背中に大きな荷物を背負っていた。

 

「あの、可能ならばコレを使いたいのですが……」

 

 そう言って麻袋を開き、中から物騒な重火器を取り出した。

 

「これは……?」

「チェルノボーグを脱出する際に拾得した物です。初めて手にした凶器なので、今度はこれで救いたいんです……」

 

 所々に錆びが見える重火器は、もはや武器というよりも攻城兵器のソレであった。

 まともに使えるのか不安ではあったが、本人の意志ならばそれを尊重するだけである。

 

 ドクターはロサの私物である重火器を修理するべく、彼女から譲り受ける。

 

「(おっも……)」

 

 腰の危機を感じたドクターは、大人しく台車を用意するのであった。

 

 

 

「アーツ適性は普通だが、戦術立案が大きく評価されている。戦場機動も申し分ないな。これなら難なく異動できるんじゃないか?」

「そう! ドクターが言うなら信用できるわ! もしかしたら適性がないんじゃないかって思ってましたもの……」

 

 ここ最近、ロサはドクターと行動を共にすることが多かった。

 1つの目標に対してひたむきに努力することができる彼女は、ドクターが予想したポテンシャルを軽く超える能力を持っていた。

 

「修理に出した例の武器なんだが、あれを使用するとなると必然的に狙撃オペレーターとして登録されるが、それで問題ないか?」

「えぇ。何の問題もありませんわ。っていうか、あの武器って本当に動く物なのですね」

 

 武器というよりも兵器という表現の方が適切かも知れない。

 完全に修理してくれたヴァルカンと二ェンに感謝をしなければならない。

 

 ドクターはそのようなことを考えながら、ロサと共に射撃訓練場に向かうのであった。

 

 

【ロドス 射撃訓練場】

 

 暇を持て余したオペレーターや、単純に技術を磨きに来たオペレーターもいた。

 ロサは後者であったが、当のドクターは多くのオペレーターに絡まれることになる。

 

「ごきげんよう、ドクター。ここに来るなんて珍しいわね」

 

 小型のボウガンを片手に持ち、上品に挨拶をする女性。

 ドクターの隣に居たロサも、彼女に敬意を払い挨拶をする。

 

「あら、こちらのお嬢様は?」

「ロサと申します。総合事務室から異動して参りました」

 

 女性は総合事務室と聞いて「なるほど」というような表情になった。

 

「アズリウスと申しますわ。お話は把握しておりますので、あなたと共に戦える日を楽しみにしていますわ」

「あー、アズリウス。ちょいと射撃ブース貸してくれないか? 出来ればロサの射撃をみてやってほしいんだが……」

 

 元々訓練場を出る予定であったアズリウスは、断る理由もないと言って頷いた。

 

 ロサが使う武器は規格外の破壊力を誇るものの、的に当たらなければ意味がない。

 アズリウスの指導の下、まずは目標に命中させることに精を出していた。

 

「……もう少し足を開けた方がいいかも知れませんね。武器の構造上、目線の高さと発射位置が違いますので、やはり百発百中は時間が必要かもしれません」

「分かりましたわ。せめて一発当ててみたいものですわね……」

 

 ロサは前向きに技術を習得しようと休まず得物を構える。

 狙撃手としての最低限のスキルを教えたアズリウスは、後方にてロサを見守るドクターの横に立った。

 

「……彼女はどうなんだ?」

「彼女は初心者ですわよ。でも、センスは目を見張るものがありますわね。彼女、将来伸びますわよ」

 

 ドクターはロサの今後に期待しながら、アズリウスに小さく耳打ちをした。

 

「アレの進捗はどうだ?」

「……そんなすぐには出来ませんわ。何せ精神作用を促す物ですもの。臨床試験もしないと……」

「完成したら言ってくれ。アズリウスにしか頼めないことなんだ。変な気は起こさないでくれよ?」

「…………わたしはドクターをお慕いしておりますので」

 

 そう呟いたアズリウスは、再びロサの下に戻っていった。

 

「あっ! やったわ! 命中したわ! ……うーんと、コホン、感覚が掴めてきたみたい」

「偶然やも知れなくてよ? まだまだ精進が必要ですわね」

 

 そうして幾ばくかの日が流れる。

 

【遊撃戦演習】

 

「緊張しているのか?」

「誰だって初めてのことは何でも緊張するものですわ」

 

 ロサの初陣は突如として現れた奇襲部隊を殲滅するというものであった。

 それほど過酷な任務ではなく、適当に上級オペレーターを配置しておけば楽々完遂できるというものなのだが、せっかくならば空いた編成枠にロサを入れてみたという感じである。

 

「これは訓練じゃないからな。ミスったら死ぬかも知れないということを気に留めておけ」

「なーにカッコつけちゃってんのー?」

 

 移動用の装甲車の上から声が聞こえる。

 そして、ロサが座る座席の窓にニュッと顔が映る。

 

「作戦があーだのこーだの言って! 全部火力で押せば何とかなるでしょ!」

「ブレイズゥ! それが出来るのはオマエしか居ないから作戦を立てるんだろ!」

 

 精鋭たちを乗せた車が目標地点に到着する。

 各々が配置につき、敵勢力を迎え討つ準備を整える。

 

 防衛ラインを定め、こちらの被害が出る可能性を潰していく。

 

「ブレイズが最前線に居るなら、ロサたちの仕事はないかも知れないな」

「えぇ……。戦う人は少ない程良いのですけど……」

 

 遥か向こうの方で大きな金属音がする。

 チェーンソーのような物が骨肉を断つ音。

 雄々しい叫び声が響いた後、発砲音が数発して、それ以降声が聞こえることはなかった。

 

『ドクター? 聞こえてる? こっちは制圧完了。根性ない奴ばっかだったね』

 

 通信機から状況報告が聞こえる。

 

『あー、今へんなのがそっち行ったから気をつけて?』

「……なんだって?」

 

 ドクターが聞き返した瞬間、奥の岩影から大きな猟犬が出現する。

 感染生物であることは確かだったが、そんなことよりも防衛ライン寸前まで来ているということが問題だった。

 

「ロサ、卒業試験だ。あの犬コロを撃ち抜いてみろ。……ロサ?」

 

「怖いか? 心配か? 逃げたいか? それとも、オマエの代わりにやってやろうか?」

「あら、あなたと違ってわたしはアズリウスさんに特訓して頂いたの。あなたなんて歯牙にも欠けないわ」

「はーん? オマエそういう顔できるんだ~……」

「羨ましいかしら? 今度はあなたが泣く羽目になるかもしれませんわね」

 

「ロサ……? どうした?」

 

 一人でブツブツと言葉を放つロサ。

 心ここにあらずといった様子であったが、ロサの瞳は確かに炎に揺られていた。

 

「……あなたの言う通り、わたしにしか出来ない仕事はありません。ですが、今のわたしは一人ではありません!」

 

 決心したような、覚悟を決めたような表情で、彼女はトリガーに指を掛ける。

 

「発射!!」

 

 ガチン!! 

 ロサの兵器が鈍い音を立てて静止する。

 彼女の先制攻撃に備えていた猟犬も、この展開には驚いたようで動きを止める。

 

「あれ、おかしいわ……。あの、ドクター? 矢が出ないんですけど……」

「…………」

「これって、故障だったりします……?」

 

 猟犬がこちらの隙を察知し、物凄い速さで駆けてくる。

 

「あわわ……。ど、どうしましょう!」

「慌てるなロサ! おちつ、おちおちおちおおお落ちつけ!!」

「ドクター! 無事!?」

 

 前線から戻って来たブレイズたちが応援にかけつける。

 と、その瞬間。

 

「あっ! 動きましたわ!」

 ガキイイイン!! ズドオオオオン!!! 

「ひぃッ……」

 

 突如として放たれたロサの矢は、猟犬を木端微塵にしてもなおその勢い止まらず、後方に居たブレイズの頬を掠めたのであった。

 そして、空から血の雨が降り注ぐ。

 

「ドクター! や、やったわ! わたし、上手くできたかしら!」

「……ぅん。合格だよ……」

 

 

 

 

【ロドス 宿舎】

 

 一人のオペレーターが通路を歩く。

 抱えているのは言語に統一性のない本。

 

「む……。ロサではありませんか。ズィマーのお寝坊さんはまだ夢の中ですよ」

「いえ、ズィマーに用はないの。ここがわたしの新しい部屋なのですから」

「ほう……。戦闘オペレーターに志願したのですか」

 

 旧友の間柄で、お互い優秀な学徒であったということもあり、2人は波長がよく合った。

 

「えぇ。本日が初陣でしたのよ?」

「なるほど。通りで、こころなしか表情が柔らかいような気がしますね……」

「? そうかしら? 自分では気づきませんでしたが……」

「フフ。同じ編成になれたらいいですね。このことはズィマーたちに言っても?」

「えぇ! もちろんよ!」

 

 ロサとイースチナは別れの挨拶を済まし、それぞれが自身の部屋に向かう。

 

「ロサ、ただいま戻りました!」

 

 誰もいない空間。寝るためだけのベッドとテーブルが置いてあるだけの、殺風景な部屋。

 小物の一つも置いていない部屋は、およそ年頃の少女の部屋だとは思えなかった。

 

 ロサは申し訳程度に置かれた椅子に座り、血に汚れた武器の手入れを行うのであった。

 クマのぬいぐるみが転がり落ちる。

 

(……ご機嫌じゃねぇか)

「もちろんよ。こんなに気分が良い日は初めて」

(……生き物を殺したからだろ)

「不正解。自分の意志で()()()()()殺したからよ」

(…………)

「あなたは元気がないみたい。わたしが泣いていないからかしら?」

(アイツらの、飢えて凍えて死んだアイツらの顔を忘れたか!!」

「忘れる訳ないわ。でもね、あなたのおかげで気づいたの。名前も知らない多くの人より、大切な1人に認められる方がいいって」

「オマエは許されないぞ……」

「それを決めるのは()()()じゃないわ。わたしの選んだ道に、あなたは邪魔よ」

 

 

「あら? いなくなってしまいましたわ?」

 

 ロサは1人で銃を磨くのであった。

 

 

 

【ロドス 執務室】

 

「ドクター、次の作戦なのだけれど……」

「ん? どこかマズイ点でもあったか?」

 

 ロサは頭が良かった。とても抽象的な説明なのだが、事実として視野が広かった。

 だからドクターと肩を並べて作戦立案に参加することが多かった。

 

「偵察隊から、サルカズの傭兵が参加しているという報告があったわ。だから前衛オペレーター主体の編成は厳しいかも……」

「なるほどなぁ。術師がいるともっと楽になるか?」

 

「ねぇ、わたしの矢なら装甲ごと貫けるわ。……どうかしら?」

「確かに……。ロサ、頼めるか?」

「えぇ! 期待に添えられるよう努力するわ!」

 

 ロサの成長と活躍は凄まじいものであった。

 戦場において臨機応変に対応することが出来る思考力は、エリートオペレーターに負けず劣らずだった。

 単純な冷静さも関係しているのだろうが、最大の理由は修羅場を潜り抜けて来たからだろう。

 

 

 

 

「……それでは、次に今回の作戦において優秀な戦績を収めたオペレーターを表彰します」

 

 大規模作戦が無事終了し、アーミヤが代表して今年度の功労者を発表していく。

 これが各オペレーターのモチベーション向上に繋がることもあれば、逆に格差を生むこともあったが、それに関する話しはまたおいおい。

 

「狙撃部門優秀賞、エクシアさん」

 ザワザワ……ザワザワ……

 

 最優秀候補者の名前が出た事に、周囲はざわめきだす。

 

「あはは〜。自身あったんだけどな〜」

 ケラケラと快活に笑うエクシア。

 一方、ロサの心中は穏やかではなかった。自惚れているわけではないが、彼女は自身の活躍がエクシアに並ぶものであると自負していたからだ。

 

 周囲に緊張の空気が充満する。

 

 

「最優秀賞、ロサさん。お二人の活躍に大きな拍手をお願いします」

 パチパチパチ‼︎ ロサー! グムダヨー‼︎オメデトー‼︎

 ヤメロ! ハズカシイダロ‼︎

 

「あ、あはは……。信じられないわ……」

「おめでとう、ロサ。正直、ここまで成長するとは思っていなかったよ。君には驚かされてばかりだな」

「そんな……。違うわ、これも全てドクターのおかげよ! 本当に、本当にありがとう……!」

 

 響き渡る拍手喝采の雨あられ。

 ロドスの全員が、失い続けた者の華麗なる復活を祝福した。

 そして、ロサは泣きながらドクターに抱きつく。

 悲しみと絶望ではない、喜びの涙。

 

 

 

 エクシアは、その姿を遠くで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

【ロドス 食堂】

 

 アーミヤとケルシーが向かい合わせで食事をする。

 にわかに近寄り難いオーラを放つ2人の周囲には、不自然な円ができていた。

 

「…………解離性同一性障害、か」

「? どうかされましたか? ケルシー先生」

 

 ケルシーは静かに蕎麦を啜る。

 

「堪えられない状況や記憶、あるいは感情を切り離し、心のダメージを回避しようとすることから引き起こされる疾患の事だ」

「へ〜。勉強になりました。でも、なぜ今それを?」

 

 アーミヤはモタモタとパスタを巻き取る。

 

「酷い症例になると、切り離した人格や感情が成長し、自我を持って表層に現れるという。それが、解離性同一性障害。

 彼女の場合は、自ら抑え込んだ欲望が自我を持っていたように思えたが……」

「……??」

「もし、分離した自我が再び一つに結合されたら、アーミヤ、どうなるか分かるか?」

「……抑圧されていた分が一気に放出されるんじゃないですか?」

 

 ケルシーはコップ一杯の水を飲み干す。

 

「まぁ、及第点だ」

 

 

 

 

【ロドス 宿舎】

 

 一人のオペレーターがあるドアの前で立ち止まる。

 

「……ロサ、アタシだ。ズィマーだ。その、今更だが、良かったな、皆喜んでいたぞ」

「まぁ、過去にあったことは拭えないが、オマエと再び肩を並べられる日が来て嬉しいぜ?」

 

 ドアの前で告白するズィマーとは裏腹に、ロサの居る部屋の中からは物音が聞こえなかった。

 不審に思ったズィマーは、たまらずノックをする。

 

「……ナターリア? 寝てるのか?」

 

 由緒ある家系に生まれた彼女が、こんな時間から惰眠にふけるとは考えられない。

 元々喧嘩っ早いズィマーは、確かな確認が取れる前にドアノブに手をかけた。

 

「おい! 大丈夫か! 開けるぞ!」

 

 ガチャ!! 

 

「……あら、ズィマー? ごめんなさい、気がつきませんでしたわ」

「おい……。ンだよコレ……」

 

 そこには整然と椅子に座り、武器を磨くロサがいた。

 部屋には生きるためだけのものしかなく、人の寝床がある部屋だとは到底思えなかった。

 

「? おかしなことを聞くのね。武器の手入れをしているのよ?」

「もしかして、ずっとしてるのか……?」

 

 恐る恐る質問するズィマー。

 腕力的な恐怖ではなく、精神的な恐怖。

 

「えぇ! 故障して撤退なんかしたら褒めてくれないもの!」

「だからって! オマエはそれでいいのかよ……!」

 

 ロサが不思議な面持ちで答える。

 

「もちろんよ。敵を殺せば褒めてくれるんですもの。だからこうやって武器を磨くのよ?」

「アタシたちは殺すために戦ってるんじゃねぇ!!」

 

 ズィマーが怒号を上げる。

 ロサの部屋には何もないため、大きな声はよく反響した。

 

「ならズィマーが戦う理由は何? 生きる理由は? 向かうべき到達点は?」

「そんなの……! 分かんねぇだろが……」

「ズィマーたちはロドスに助けられた。だから戦っているのでしょう? 恩を返すために」

「ロサだって同じだろが……」

「いえ、わたしは救われたの」

 

「わたしが生きる理由は彼に認めてもらうことよ。そのためなら誰だって殺すし、なんだってしてみせるわ」

「……狂っちまったのか」

「……ドクターのことを想いながら、ドクターのための武器を磨き、ドクターのために殺す。どこもおかしい所なんてないでしょう?」

 

 クマのぬいぐるみは喋らない。

 今も、これからも、二度と喋ることはないだろう。

 ロサは、呆然とするズィマーを気にも留めず、どこからか取り出した一枚の名刺を胸に抱くのであった。




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