方舟の主と◯◯たち   作:山田澆季溷濁

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魚心あれば水心(テキサス)

【ペンギン急便 アジト】

 

 中華料理の匂いが際立つ夕暮れ時。路地裏に潜むオリジムシたちの蠢きが活発になる時間帯。

 龍門のどこかにあるというペンギン急便のアジトにも、その賑わいが伝播していた。

 

「な~、ソラちゃん。外に食べに行かへん? 何かお腹空いてきたんやけど!」

「え~? 今日のご飯担当がクロワッサンだからでしょ~? 作るのめんどくさいからっていい加減にしちゃダメだよ!」

 

 かつてピカピカだったソファーも今やボロボロになっており、バネは飛び出ていないものの綿があちこちから顔を覗かせていた。

 

「ほ~ん……。自称アイドルは意識から違うなぁ~……」

「自称じゃなくて本物なの! あとアイドルじゃなくてスーパーアイドルなんだから!」

「経歴詐称しとる癖に何言ってんねん!」

「ちょ~!? それはタブーでしょ!? 言わないって約束だったじゃん!」

 

 ひっくり返ったカメのようにジタバタするソラを見ながら手を叩いて笑うクロワッサン。

 普段ならばここにはエクシアとテキサスも居て、たまにバイソンが雑用をさせられている。訪れる。

 ごく稀にモスティマが出現し、クロワッサンは彼女をレアキャラと言ってからかっていたが、ここ最近はめっきり姿を現さなくなっていた。

 

「はぁ~……。やっぱあの二人がおらんと静かやな~……」

「いつもはうるさくて敵わないとか言ってる癖に……」

「そりゃアレやん? 居ないより居た方がマシみたいな?」

 

 ラップランドもこの頃姿を見せなくなった。

 元々飽きっぽい性格なので、ついにテキサスで遊ばなくなったかと考えたが、どうやら連絡すら繋がらないらしい。

 テキサスも自室にこもりがちになったため、皆で集合していた部屋にはソラとクロワッサンしか居ないことが多かった。

 

「エクシアはどこ行っとるん。最近見ぃへんけど」

「さぁ? なんかロドスに行ってるみたいですよ? アーツの勉強だとか」

 クロワッサンがソファーに飛び込み、反動でソラは投げ飛ばされる。

「ほ~ん? アーツなんて源石握りしめば誰でも使えるもんちゃうん? 知らんけど」

 ソラが地べたでうつ伏せになって

「いったぁ……。確かにそうだけどさぁ……」

 

 普段ならエクシアが夕飯の催促をしに私室から飛び出してくる時間だった。

 彼女のバタバタとした足音とは対照的な足音がゆっくりと近づいてくる。

 

「……また変なことをしているのか」

「テキサスさぁん!!」

 轢かれたカエルのように転がっていたソラが跳ね起きる。

「あ~ん! テキサスさぁん! クロワッサンと二人きりで大変だったよ~!」

「なに言ってんねん! ソラだって暇や暇や言うとったやろ! むしろ相手したったことを感謝せい!」

 

 クロワッサンはソラのこめかみを拳で押しつぶす。

 ソラはアイドルとは思えないような形相で必死に抵抗する。

 

「(アイドルというよりタレントみたいだな……)」

 テキサスは冷蔵庫を物色しながら思うのであった。

 そしてある発見をする。

「おい、なんでこんなに食材が少ないんだ?」

「あ、昨日夜食を作って食べちゃって……」

 クロワッサンが誤魔化すような笑顔を浮かべた。

 

 中身が消失した冷蔵庫を閉め、テキサスが振り返る。

 二人の間で謎の緊張感が発生した。

 互いに視線を外さない強情っぷり。それはまるで野生動物の縄張り争いのようだった。

 ソラはジンジンと痛むこめかみを押さえながら、こっそりと部屋の外に避難するのであった。

 

「……はぁ。外に食べに行くぞ」

「ホンマに!? 今日は外食!?」

 不自然な笑顔から本気の笑顔に変わる。

「あぁ、だが財布はクロワッサンだ」

「えぇ……」

 

 

【龍門市街 歓楽街】

 

 目を閉じれば祭囃子でも聞こえてきそうな程の賑わい。初めて龍門を訪れた人は必ず驚くだろう。

 しかし、これが市街の日常なのだ。甲殻類や魚介の匂いが鼻腔をくすぐる。少し路地裏を歩けば享楽渦巻く世界が存在する。

 テキサス率いる3人のペンギン急便職員は、堂々と大路の中央を進むのであった。

 

「しっかし、いつまでたってもここ(歓楽街)はうるさいなぁ」

「元気な人だけ外に出るからでしょ~? 静かだったら悲しむくせに……」

「おっ、珍しく詩的なこと言うやんけ! 芸能人でも目指してるん?」

 

 目指してるじゃなくて芸能人なの! という声が響く。しかし、ソラが放った渾身の叫びも歓楽街の喧騒が飲み込む。

 ジタバタと暴れる少女が画面を彩るアイドルだなんて、ここに居る者たちは想像もしなかっただろう

 いや、そもそも自分以外の人に興味が無いだけなのかもしれない。

 

「……どこで食べる」

「う~ん……。テキサスさんにお任せします!」

「はいはい! うち、久しぶりに体に悪い物が食べたいです!」

 

 寿司とかではなく、ラーメンなどの油っこい食べ物の提案をするクロワッサン。

 断る理由もないので、テキサスとソラの二人は屋台か何かを探しに歩くのであった。

 

「この三人で外食するのは久方ぶりじゃないか?」

「そうですね! いつもはエクシアさんと配達に行ってますもんねぇ!」

「……ラップランドが居ないだけでここまで静かになるんだな」

 

 鬱陶しく感じていた存在も、いざ居なくなれば寂しく感じるものだった。

 連絡が途絶えたとは言え、あのラップランドのことなのだ。どこかでよろしくやっていて、またフラッと戻って来るだろう。

 そう思ったテキサスは、不思議と軽やかな足取りでソラたちを先導した。

 

「…………なんか、最近のテキサスご機嫌やない?」

 クロワッサンがソラの耳元で呟く。

「それが、最近電話してるらしいんだよ…………」

「でんわぁ??」

 テキサスに聞こえない程度の声量で、クロワッサンは顔を歪ませて質問する。

「うん。毎晩テキサスさんの部屋を覗いてるから……」

「うわ、それ世界で一番いらん情報やん。……ほんで、誰と電話なんかしとるん? ラップランドかいな」

 

「ロドスのドクターと」

 

「ほ〜ん……。ノロケか! おもんな!」

 

 クロワッサンは足元に転がる石ころを蹴飛ばした。

 2回か3回バウンドして静止した石ころは、通りかかった車のタイヤに踏み砕かれ、その破片が四方に飛び散った。

 その破片の一つが、テキサスの頬を掠める。

 

「……ッ! なんだ……?」

「(アレ? テキサスさん、石ころに気づかなかったのかな?)」

「テキサス? 武器はどうしたんや? 今日はピストルの気分なん?」

 テキサスは空っぽの腰の辺りを確認して

「……忘れてきた」

 二人が言葉を失う。

「「マジィ!?」」

 

 ペンギン急便の本職は配達だということを忘れてはならない。

 いくら職員の戦闘力が並外れたものだとしても、決して彼女たちが所属する会社は軍事派遣会社ではないのだ。

 なので、食事をしに行く時に武装する必要などないのだが……。

 

「忘れたってアンタ、え? 初めてちゃうの?」

「どうしましょう……。取りに戻りましょうか?」

 常日頃から帯刀していた物が無いという違和感から、テキサスはあからさまにソワソワし始めた。

「いや、わざわざ戻るというのもアレだからな……」

「どこに置いてきたかは憶えとるん?」

 クロワッサンがタクシーを止める。

「…………憶えていない」

 二人は絶句する。

「「……マジィ?」」

 

 調子が戻らないテキサスは、腰の得物が無いという状況を受け入れ、そのまま何もなかったかのような振る舞いでラーメン屋を探す。

 ソラとクロワッサンの二人は、普段とは違った様子のテキサスに違和感を感じながら付いていくのであった。

 

「やっぱりテキサスさん、何かあったのかな? その、ラップランドと色々あったりして……」

「う〜ん。アレちゃう? 月の週なんちゃう? うちも調子出んこと多いし」

 二人はテキサスの後方にてヒソヒソと会話をする。

「いや、今月はもう終わってるはずだよ。絶対なにかあるって!」

「……なんでソラが把握してんねん」

 

 ソラはゴシップネタが大好きだった。

 自分はメディアにすっぱ抜かれることを忌避していたが、他人のそういう情報を知るのは大好物であった。

 その一方で、少し考えすぎてしまうという短所もあった。

 

「……聞こえているぞ」

「あ、あはは。ごめんなさーい……」

 

 手頃な店を見つけ、三人は入店する。

 時間も時間のため、席が空くのを待つかと覚悟していたが、予想していたより早く席に着くことができた。

 

 適当に注文したラーメンをすすりながら談笑する。

 ソラはレンゲの中で小さなラーメンを作ってそれをチビチビと食べていく。

 クロワッサンは豪快に麺を啜る。

 

「テキサスどないしたん、さっきから箸が進んでへんで?」

「ん? あぁ、そうか。少し考え事をしていた」

「テキサスさんが上の空になるなんて珍しいですね」

 

 ソラがテキサスの顔を覗き込む。

 その表情に曇った様子や憂いの感情は見られなかったが、それでも普段の様子とは違うことが感じられた。

 そもそも、テキサスが武器の置き場所を忘れるということ自体がおかしいのだ。

 

「え? あぁ、そうだな……」

 クロワッサンが箸を置く。

「……今のソラの話聞いてへんだやろ」

「いや、聞いていた」

 テキサスが視線を合わさず答える。

「じゃあソラがさっき言ったこと言うてみ? 大体でええで」

 

 テキサスは喋らなかった。

 先程ついた嘘が早くもバレてしまったことできまりが悪そうな表情を浮かべる。

 ソラはレンゲを持ったまま固まっていた。

 

「すまない、忘れてしまった」

「嘘言うたらアカンで。なんか考えとったんやろ?」

「そうですよ! 悩み事があるなら話してくださいよ!」

 

 テキサスの対面に座るソラとクロワッサン。

 この場にエクシアが居ればもっとスムーズにテキサスの話が聞けるというのに。

 

「……自分でもよく分からない。その、心に穴を穿たれたような感じが止まない」

「むむ……! もっと詳しく教えてください」

 

 店内が騒がしくなってきた。誰かが放った声と声がぶつかり合い、壊れた楽器のような音になる。

 遠くの方から騒がしいケンカの音が聞こえる。

 賑わいが深まる世間の片隅で二人はテキサスに尋問をしていた。

 

「ここ最近、毎晩のようにドクターと電話をして連絡を取っているのだが……」

「(なんや、コイツいきなりノロケよったぞ)」

「(ダメだよクロワッサン! 落ち着いて!)」

 

「その、回線を切る時に胸が苦しくなる……」

「……ちなみにテキサスさん。それってどんな感じです?」

「こう、心臓の横が、キュッってなるような。締め付けられるような……」

 

 テキサスが伸びた麺を静かに啜る。

 彼女の言葉を聞いた二人はなぜかニヤついていた。

 まるで、新たな玩具を見つけた子供のように。

 

「ほ~ん? なるほどな~? 天下のテキサスさんもそういう時期ですか~……」

「うふふ~? テキサスさんって意外と奥手なんですね~」

 

「なんだ、気持ち悪いぞ……」

 

 クロワッサンはテキサスやモスティマたちと長い年月を共にしてきた。(ソラは業務提携組なので例外)

 そのため、最近のエクシアの様子がおかしいことも把握していた。

 把握していたところでどうなるかと言われれば、別にどうにもならないのだが、テキサスにはエクシアのような兆候は感じられなかった。

 

「そこまで不安ならドクターに会いに行けばええやん。うちら最近暇なんやし」

「突然行っても話す話題がない」

 

「じゃあ今度ご飯でも誘えばいいんじゃないですか? ドクターって食生活崩壊してますし」

「彼の好みが分からないから何処に誘えばいいか分からない」

 

「服とか買いに行けばええんちゃう? エクシアみたいに」

「服を買いに行くための服がない」

 

「執務を手伝ってあげればいいんですよ! ドクター仕事遅いし!」

「……迷惑がられないだろうか」

 

「あ˝ー! もう部屋に連れ込めばええやんけ! うちら外で遊んどるから!」

「そんなはしたないことはできない。順序を踏まないと……」

 

 クロワッサンが立ち上がる。

 

「いや、めんどくさっ! 思春期か!!」

「クロワッサン! 落ち着いてー!」

 

 ここにラップランドがいないことが悔やまれる。

 彼女が居れば、状況は更に混沌となるだろうが、いっそ吹っ切らせた方がテキサス的にもやりやすくなるのではないだろうか。

 モヤモヤする気持ちのままラーメンを食べ終えた三人は重い足取りでアジトに戻るのであった。

 

 

【龍門 ペンギン急便アジト】

 

 アジトに帰って来た三人は、それぞれ思い思いの行動を取る。

 クロワッサンはソファーに飛び込み、ソラは歯を磨く。

 テキサスはいそいそと私室に戻っていった。

 

「じゃあ、わたし明日早いんでもう寝ますね~」

「食ってすぐ寝るんかいな。太るで?」

「うぐぅ……。それはそれでこれはこれじゃん……」

 

 露骨に嫌そうな表情をしながら私室に戻るソラの背中を見ながら、クロワッサンはケータイをいじる。

 

「(暇やなぁ……。別に一人で居ることがイヤって訳やないけど、こうも静かやとなんか調子狂うな……)」

「(エクシアもおらんし、モスティマはいつも通りって言ったらアレやけども)」

 

「うちも歯磨いて寝たろっかな。ほんで明日遠くの方に出かけたろっと」

 

 クロワッサンは歯を磨きに洗面所に向かう。

 鏡の前に置いてある歯ブラシは5本。その中でよく使用された形跡があったのは食事に行った三人のだけであった。

 

 それに関しては特に何も感じなかった。仕事が多くなる年末年始などはアジトに戻ってこない日が何日も続くからだ。

 きっとそれはソラも同じ認識であっただろう。

 しかし、何もない日でもアジトに顔を見せない日が続くというのは非常に悲しいものであった。

 

 クロワッサンは自身の私室に戻る途中、暗い廊下を照らす灯りがあることに気が付いた。

 

「……テキサス? ドア開いとんで?」

「ん? あぁ、すまない。気づかなかった」

 

 テキサスはうつ伏せの体勢で答える。

 頭だけを起こした状態で、うんともすんとも言わないケータイを睨みつけていた。

 

「そんな近くで見とると目悪なるで?」

「あぁ……。気を付ける……」

 

 小突けば倒れてしまいそうな声で答えるテキサス。

 やっぱ具合でも悪いんか? と質問したクロワッサンにテキサスは、

 

「回線が繋がらない。……こんなことは初めてだ」

「まぁ、ドクターも忙しいんちゃうん? そんな気になるんならペンギン急便の外線使ってもええで?」

「ドクターが約束を忘れるとは思えないが……。明日またかけることにする。心配させてすまなかったな」

 

 テキサスは夜風に当たると言って、クロワッサンの横を通り過ぎていった。

 テキサスもエクシアのようになってしまうのではないかという心配は杞憂に終わった。

 

 クロワッサンは、少し早い眠りにつくのであった。

 

 

 お世辞にも綺麗とは言えない空気と風がテキサスの髪を揺らす。

 雑居ビルの屋上にて、彼女は静かに感慨に耽る。

 

「(電話のかけすぎか……? 鬱陶しく思われてしまったのか?)」

「(勝手が分からないな……。男性との付き合い方なんて学校では教えてくれなかったからな…)」

 

「通話料金が無視できん額になっているな……」

「大人しくロドスに向かうか……」

 

 夕方の騒ぎはもはや消失し、出店の主人たちは明日の仕込み作業に取り掛かっていた。

 テキサスは体が冷える前に、再び私室に戻るのであった。

 

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