{前回までのあらすじ}
アーミヤはアズリウスと共謀し、ドクターを洗脳して独占することに成功する。
しかし、生まれ変わったドクターに不信感を抱いたテキサスは、質疑応答の末に彼の洗脳を一時的に緩和させた。
その時、行方をくらましていたモスティマが現れ、テキサスを昏倒させる。
彼女はドクターの洗脳を上書きするタイミングを虎視眈々と狙っていたのだ。
アーミヤは自分の陣営にオペレーターを引き込み、モスティマはドクターとの駆け落ちを企み、テキサスは夢幻に囚われたドクターを救出しようとしていた。
ロドスはまさに混沌を極め、蟲毒と化していたのだ。
「頭が痛い……」
「ここはどこだ……?」
テキサスは謎の空間で目を覚ました。
ズキズキと痛む頭を押さえながら彼女は身を起こす。
「わたしは……。そうだ、モスティマに出し抜かれたのか……」
薄暗い部屋の中。申し訳程度に設置された間接照明が壁面を照らす。
どこかも分からないような場所で、不安感が彼女の身を支配していく。
唯一助かったと思えることは、自身の記憶が鮮明に残っていることだった。
「扉は、鍵か……。窓は、そもそも存在していない……」
テキサスは自身の武器がなくなっていることに気が付いた。
おそらくモスティマが回収したのだろう。武器さえあれば、扉でも天井でもぶち抜いて脱出できるというのに。
テキサスは自身の無力さに奥歯を噛み締めるのであった。
「通気用のダクトか……。しかし、腰が引っかかりそうだな」
「……う~ん、うるさいなぁ。ちょっと静かにしててくれないかな」
天井のダクトを見上げるテキサス。
その後ろでモゾモゾと
所在不明の地にて、聞いたことのある声がした。それだけで喜ばしい事なのだが、その時のテキサスの顔は確かに歪んでいた。
「…………」
「……アレ? テキサス? なんでここに居るんだい?」
毛布からラップランドが顔を出す。
荒れ放題伸び放題の髪の野良犬のような風貌をしていたが、どうやらこの部屋で元気にしていたようだ。
「……貴様こそ何をしているんだ」
「アハハ! ちょっとカッコつけてドクターを助けようとしたんだけど、欲に負けちゃってね……?」
長く体を動かしていなかったのか、ラップランドは立ち上がると背骨をパキパキと鳴らした。
「ぐぁぁ……! 人と話すのは久しぶりでさ……。あまり大きな声は出せないんだ……」
「……って聞いてる?」
テキサスはモスティマを打倒することを第一に脱出を考えていたが、その状況が変わった。
今のテキサスはラップランドと同じ空間に居たくないという一心で脱出を試みていた。
「壁のデザインから、ここはロドスなのか……。なら作りが頑丈だな。破壊は不可能か」
ラップランドが口を挟む。
「ねぇ、ボクが好きでここに居るとか思ってないよね? 考えられること全部やった結果ココに居るんだよ?」
「……扉は、かなり分厚いな。しかも金属か」
「鉄と熾合金だね。削って穴でも空けてやろうかと思ったけど対策されてたよ」
「なのに風呂とトイレはあるのか……。いや、キッチンはないのか」
「ご飯は一日二食。缶詰が上から落ちてくる。ジュースは貴重なんだから、テキサスはトイレの水を飲んでね」
テキサスが落ちていた飲みかけのペットボトルをぶつける。
「いったぁ! えっ? 普通に痛かったんだけど……」
どうやらラップランドは監禁生活の中で反射神経も悪くなってしまったらしい。
テキサスは「こうはなりたくないな」と思いながら脱出の糸口を探す。
「さて、どうしたものか……」
しばらく室内を徘徊してたのだが、とても逃げられるような空間はなかった。
ラップランドが缶詰を空け、微妙な顔をしながらスプーンを動かす。
「テキサスも食べなよ。美味しいとは言い難い味だけどね」
「……はぁ。いただこう……」
彼女はむやみやたらに動くよりも、座って策を練ることを選んだ。
静かな部屋にて、テキサスとラップランドの二人は話をする。
「テキサスはどうしてここに来たの?」
テキサスが缶詰の封を開ける。保存食です。と主張する煎り豆を口に放り込む。
「ドクターを助けようとして、モスティマに気絶させられた。そして気づいたらここに居た。というよりここはどこだ」
ラップランドが膝まで届くくらい伸びた髪をまとめる。
毛髪を切断する物が無いというだけで、最低限度の生活は保障されているようだ。
「う~ん、ボクも気づいたらここに居たって感じだからね。多分ロドスの制御中枢かな」
「ここはドクターのサボり場だったのかもね。確かめる手段はないけど」
ラップランドが掠れた声で質問する。
「モスティマが動いたってことは、アーミヤも色々と画策してる頃かな?」
テキサスが頷き、
「あぁ、モスティマがそのようなことを言っていた。やはり何か知っているのか」
自身の動きが制限されているということもあり、普段より気が立っているのだろうか。
テキサスが語気を強めて聞き返す。
ラップランドはそれに対して、「まぁまぁ」とサインを送った。
「ボクの話でも聞かないかい? きっと有益な情報だと思うよ?」
「……言ってみろ」
ラップランドは毛布の山に飛び込む。
そして、ゆっくりと落ち着いた様子で語り始めた。
「ボクがロドスの異常に気づいたのはかなり前だった。疑惑が確信に変わったのは、例の赤いループスがドクターに執着しているのを見てからだった」
「まぁ、個人的な理由もあったんだけど、しばらくドクターの周囲を見てたんだ」
テキサスは静かに聞いていた。
「それで発見したことは二つ。『ドクターと直接会話をした者は彼のことを信頼するようになる』」
「……そんなことがありえるのか」
ラップランドが再び身を起こす。
「落ち着いて聞きなよ。二つ目は『ドクターのアーツは精神を汚染させる』」
「この二つの発見は結びつくだろうね」
テキサスは頭を押さえた。
頭痛が酷くなっていく。にわかに信じられない話を堪える表情で聞き続けた。
「ボクがバクダンムシとかの特殊能力を無効化できるのは知っているよね? だからボクはドクターに接近できた」
「アーミヤたちがドクターを狙っていたってことも把握してたから、彼を救出しようとしたんだ。何かが起こる前にね」
テキサスが口を挟む。
「彼はアーツを使用できないはずじゃないのか」
ラップランドが虚空を見ながら答える。
「ボクもそう思ってたよ。源石を握ってもアーツが使えない人なんていないからね。実際彼もアーツ回路の異常だと思ってたらしいし」
「でもね、もし、彼がアーツを既に発動していたら?」
「これはボクの考察だよ。ドクターは目覚めた時に、自分の周囲に居る人物の好感度を無条件で上昇させるアーツを手に入れたんだ」
「最初にその影響を受けたのがケルシーなのは、ドクターの検査を誰よりも身近で行っていたから」
「人が使えるアーツは一種類だけなんだ。エイヤフィヤトラは氷のアーツを使えないし、フロストノヴァは炎のアーツを使えない。彼がアーツを使えなかったのは、ドクターのアーツは自動で発動するものだったから」
「ボクはドクターの精神汚染を軽減できたけど、アーツが自動発動のものだとは知らなかった」
「脳が黒い泥に犯されていくのを感じながら、ボクは彼のアーツに飲まれてしまったんだ」
「一番タチが悪いのは、ドクターが自身のアーツに気づいていないってことだね! これ以上彼を放置しておくとロドスがとんでもないことになるよ!」
テキサスはラップランドの説明の不十分な点を指摘した。
「だが、わたしはその精神汚染とやらの影響を受けていないぞ」
ラップランドが秒間空けずに返答する。
「それは電話で話していたからじゃないかな。きっとドクターのアーツにも射程範囲があるんだよ」
テキサスが扉を蹴り飛ばす。
びくともしないその扉は無情にもテキサスの足を傷つけるだけだった。
「事態を収拾させるにはドクターを隔離して研究するしかないね」
テキサスがラップランドに背を向けて答える。
「……今のドクターはアーミヤたちに洗脳されている」
「…………え?」
「それ、ヤバいんじゃないの?」
「あぁ、だから出口を探しているんだ!」
【ロドス 搭乗ゲート」
本日は作戦任務がないため、搭乗口で働く整備員たちの姿は見えなかった。
その代わりに、二人の男女の姿がそこにはあった。
光を反射しない漆黒の髪も持った男と、群青色の髪と瞳を持つサンクタの女性。
ドクターとモスティマであった。
「あぁ……、吐き気がする……。頭が痛い……」
「大丈夫かい? 飲み物でも飲んで落ち着きなよ。あっ、あまり動かない方がいいと思うよ?」
ドクターの顔色は優れていなかった。
明らかに健康的ではないその表情に、モスティマが静かに語り掛ける。
「……ここで初めて会った時の事、憶えてる?」
ドクターが頭を押さえながら、
「憶えているとも……! モスティマのことは一度も忘れたことはない……」
「そっか、そうなんだ。そういうことも他の子にも言ってるんじゃない?」
モスティマが意地悪そうな顔でドクターの顔を覗き込む。
「そんなことはない……。テキサスにも言っていないさ……!」
「テキサス……? テキサスって誰だ……。そうだ、俺はテキサスと話をしていて、それで!」
モスティマが立ち上がる。
ドクターが彼女の腕を掴み、力強く問いかける。
「そうだ! 彼女は倒れたんだ! モスティマ! テキサスに何をしたんだ!」
確かに腕を掴んだ。握り締めれば折れてしまいそうなほど細い腕。
しかし、
「あの時、こうしていればって後悔することはないかい?」
ドクターの背後で声がした。
「その時に最適な行動をし続けることが出来たら、きっと人生はバラ色なんだろうね」
ドクターが振り返る。
そこにモスティマの姿はなかった。
「それが出来ないのは、人の思考能力が遅すぎるからさ」
「でも、私にはそれが出来る。コンマ一秒の時間で最適解を導くことが出来る」
モスティマが姿を消す。しかし声だけは響いていた。
彼女が二階に移動したことに気づいた時には、モスティマは既に背後に移動していた。
「時間を止められるからね」
「……そんな能力、人知の範疇を超えている」
「ふふ。ドクターが言えることかな? 私からしてみれば、ドクターのアーツの方がチートだと思うんだけどね」
モスティマの姿が消える。
かと思えば、次の瞬間には別の所に座っていた。
まるで、彼女だけが一時停止のビデオの中を移動できるかのように。
「……時間を止めれるっていうことは、こういう事もできる」
「んグゥ! ~~~ゲホッ!」
モスティマがドクターの唇を嚙み切った。
恍惚とした表情を浮かべるその姿に、ドクターはひしひしと生命の危機を感じた。
「『何をするんだ!』って言いたそうだね」
「何をするんだ! ……なにィ?」
モスティマがケタケタと笑った。
その姿はエクシアの姿と酷似していた。それは二人が同郷の友だということの証明にもなった。
ドクターは首筋に違和感を感じ、そろりと指を這わせる。
自身の首には細い注射器が刺さっていた。
「あッ……! モスティマが、やったのか……?」
「動かないほうがいいよ。針が折れたら大変だからね」
モスティマが瞬間移動し、注射器を抜き取る。
「ドクターに注入したのはね、ドクターがアズリウスに作らせた
「……好感度を初期化させる薬だよ」
ドクターの目が充血していく。
アーミヤがドクターに投与した薬品とモスティマが投与した薬品が、お互いを排除しようと体内で暴れているのだ。
「ふふ。ドクターはこれからわたしたちと世界を旅するんだ……」
「大丈夫だよ。ドクターは『ロドスのドクター』という事実を忘れて生きるんだよ」
「全て解決したら、ロドスのみんなにも薬品をばら撒くから。誰もわたしたちを追いかけないようになるだろうね」
ドクターが喉をかきむしる。
「向こうでエクシアが待ってるんだ。落ち着いたら、すぐに
「山村での出来事を憶えているなら、言わなくても分かるよね?」
「
モスティマはしばらくの間、苦悶の表情を浮かべるドクターを見ていた。
時間が経過していくにつれて、どんどんと顔色が悪くなっていく。
息も絶え絶えの姿を見かねたモスティマが声をかける。
「……私が言うのもアレなんだけど、大丈夫?」
「ぐぁぁ……! モスティマ、アズリウスに作らせた薬は
「アーミヤといい、モスティマといい……! 素直に飲ませることができないのか……!」
ドクターはそう言葉を吐き捨てると、その場にパタリと倒れた。
モスティマはぺしぺしと頰を叩いたが、返事は返ってこなかった。
これを好機と捉えた彼女は、ドクターの体をずるずると引きずっていくのだった。
【ロドス ?????】
一方、テキサスとラップランドはと言うと、
「…………」カリカリカリカリ……
「…………」カリカリカリカリ……
カリカリカリカリカリカリカリカリ……
研いだ缶詰の蓋で扉と壁の隙間をカリカリしていた。
「このままだと何日かかる」
「う〜ん、大体15年くらいかな?」
テキサスがラップランドに蓋を投げつける。
「やってられるか!」
「仕方ないでしょ!? 他に方法がないんだから!」
扉の前で二人が取っ組み合う。
ラップランドの頭に当たって飛んでいったフタは、放物線を描き切る途中で天井に突き刺さった。
「……おい、上を見ろ。あそこだけ作りが弱いぞ」
「らしいね。よし、テキサス肩車をしよう。ボクが乗るからしゃがんで」
「私が上に乗る。貴様がしゃがめ」
視線を合わせた両者は一歩も譲らない。
脱出できるのは一人だけだったからだ
「……はぁ、分かったよ。ボクが下になるから」
「……いいのか」
ラップランドはテキサスに背を向け、その場にしゃがみこむ。
「二度も言わせないで。一刻を争う事態なんだから」
「……恩に着る」
テキサスはラップランドの肩に足を乗せた。
ラップランドが立ち上がると同時にジャンプをし、そのまま天井を突き破るという算段だ。
成功するかどうかは不確定であったが、やらないよりかはマシだろう。
「安定しないな。もっと踏ん張れないのか」
「うるさいなぁ。テキサスが重いのが悪いんだよ」
フラフラする足場に乗り上げ、一気にジャンプする。
天高く突き上げた拳は、刺さった缶詰のフタごと天井を貫いた。
テキサスはそのままよじ登る。
「うっ……。やはり埃臭いな……」
テキサスは天井裏から声を出した。
「手を伸ばせ。引き上げてやる」
ラップランドが下で手を振る。
「ボクはいいよ。天井が抜けたら大変だからね」
「…………必ず戻る」
ラップランドがケタケタと笑った。
「今生の別れみたいに言わないでよ。ボクよりドクターを助けてあげて」
テキサスも笑った。
二人が笑みを交わすというのは初めてのことだった。
「ボクはテキサスのことも大好きだよ。犬死になんか許さないからね」
テキサスが口元を緩ませる。
「あぁ、また今度、何か食べに行こうか」
「アハハ! それは良い考えだね! もちろんテキサスの奢りでね!」
テキサスが天井裏を這って進む。
ラップランドはテキサスの姿が消えるまで見守り続けた。
「どうか上手くやってね。失敗したボクの代わりに……」
ガチャン……。
その時、固く閉ざされたはずの扉が開いた。
そして現れたのは、先程感動的な別れをしたばかりのテキサスだった。
「…………その、出た所に鍵が落ちててな」
「…………」
「……まぁ、あれだ。久しぶりってやつだ」
「…………」
二匹のループスが通路を駆ける。
高原を走る獣のように、その姿は風そのものだった。
不思議な所と言えば、そのループスたちは赤面したまま何も喋らなかったということだった。
【ロドス 搭乗ゲート】
横になったドクターの頭を膝に乗せたモスティマは、どこかしらに連絡を入れるのだった。
「……うん。上手く行ってるよ。今は少し眠ってる。早く回収しに来てくれると助かるな。……うん。それじゃ、またねエクシア」
モスティマの背後で声がした。
「とても楽しそうな話をしていますね。わたしにも聞かせてもらってもいいですか?」
「あぁ……。見つかっちゃったか……」
最も見つかりたくない相手に見つかってしまった。
モスティマはたまらず距離を取る。
しかし、どれだけ時を止めて移動しても、その先で少女と必ず目が合うのであった。
少女が、アーミヤがモスティマに問いかける。
「……『ラプラスの魔』ってご存じですか?」
アーミヤの背後からオペレーターたちが姿を見せる。
「全ての力学的・物理的作用を把握できると、未来を含む森羅万象を確定的に知ることができるというものなんですけどね」
モスティマが奥歯を軋ませる。
「自然は天災に支配されていますが、社会を支配しているのは『人間』なんですよ」
「そんな対人関係で最も重要なスキルは、相手の心情を理解すること」
「知りたいことだけを教え、欲しいものだけを与える。それだけで人は簡単に信頼してくれるんです」
遠くの方で大きな音が聞こえた。
「でも、人付き合いって難しいですよね……? なぜだか分かりますか?」
「それは、誰もが心にバリアを張っているからですよ。当たり前ですよね。誰にだってバレたくない秘密はあるんですから」
「交渉では相手よりも早くそれを見抜かなければいけないんです」
「……もし、相手の心が読めたら、それは無敵と呼べる人間でしょうね」
「わたしは、それが出来るんですよ」
「言ってしまえば、わたしだけ攻略本を見ながらゲームができる」
「抜き打ちテストでわたしだけ教科書を見ながら回答できる」
「見るという行為だけで、その場の状況を理解できる。わたしの後ろに居るオペレーターのみなさんの考えを、わたしは聞かずに把握できる」
「見るだけで理解できるという事が、どれほど脅威なのか。賢いモスティマさんには分かりますよね?」
「モスティマさんも、自分以外の時間をゆっくりに出来るのですから」
「卑怯とは言いませんよね?」
モスティマの額に汗が流れる。
何度も逃走を試みたが、アーミヤが配置したオペレーターたちによって抑止された。
計画していたエクシアとの合流地点も、きっとアーミヤには割れてしまっているのだろう。
直接戦闘をすれば、アーミヤなど歯牙にもかけない相手だった。
しかし、相手の弱みの握りあいという戦闘においては、彼女が自負するとおりアーミヤが最強であった。
「(……かなりマズいね。もう少し時間がかかりそうかな…)」
モスティマの思考を読んだアーミヤが警戒する。
その周囲にいたオペレーターたちがモスティマに襲い掛かった。
「とおおおおりゃあああああああ!!!」
ズドオオオオン!!!!
ケオべが斧を振りかぶり、地面をたたき割る。
亀裂を通じて伝播していった衝撃は、周囲に居た者の鼓膜と内臓を響かせた。
直撃する寸前で回避したモスティマは、ケオべの肩を踏み台にして高く飛翔する。
「プラチナさん、左に2発! いえ、4発連続で撃ってください!」
アーミヤが指示を出す。
「…………フッ!」
キキキキン!!
「うっ、くそッ! めんどくさいな!!」
心が読めるアーミヤからしてみれば、モスティマの回避行動の予測も実に簡単なものだった。
モスティマは射出された矢を全て撃ち落とすと、体勢を崩した状態のまま着地した。
「モスティマさんは足を痛めています! 全員で包囲してください!」
「……ズルすぎじゃない!? その能力!」
「……!! 時間を止めました! 二階です! シラユキさん!」
ギイイイン!!
「ぐッ……! このままじゃジリ貧だ……!」
それはもはや戦いというよりも狩りであった。
多くの船で魚を囲む追い込み漁のように、徐々に徐々にモスティマは疲弊していった。
その間、アーミヤは一歩も動いていなかった。
「……なかなか手強いですわね」
アズリウスがアーミヤに囁く。
「……まだですよ。モスティマさんはまだ何かを隠しています」
「(相手の切り札が分からない……。ドクターなら、こういう時どうするんでしょうか……?)」
地面に膝をつき、激しく肩で呼吸するモスティマ。
多勢に無勢。四面楚歌。いくらなんでも相手が悪かった。
肉体に刻み込まれた咄嗟の行動も全て予測される。電脳相手に将棋をするようなものだった。
「アーミヤさん、あの、これ……」
ふいに話しかけられたため、アーミヤが振り返る。
「……どうかされましたか?」
帽子を深く被った女性が閃光弾を握っていた。
彼女こそが、モスティマの切り札。
「あはは……。ごめんね! あたしはモスティマの味方なんだ!」
「エクシアさん!!!」
エクシアは素早く遮光グラスを身に着ける。
「あっ……
パシイイイン! キイイイイイイイイイン…………
周辺を眩い光が包み込む。
目と鼻の先で閃光を浴びたアーミヤは、たまらず地面にうずくまる。
直撃は避けたとはいえ、しばらくの間は目を開けることができなかった。
彼女の周囲に居たオペレーターたちも、アーミヤ同様に目頭を押さえていた。
モスティマはその隙を見逃さなかった。
「…………ぉおおおお!!」
疲弊した肉体に鞭を打ち、極限まで時間を止めて接近する。
狙う先は、アーミヤの喉笛。彼女さえ人質に取れば形勢は逆転する。
アーミヤが片目を開けて迎え撃つ。
正真正銘の一騎打ちであった。
「ああああああああああああああああ!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
アーミヤが放った渾身のアーツは、わずかに狙いが逸れてモスティマの角を掠った。
モスティマがアーミヤの喉を掴み、そのまま地面に組み伏せる。
その瞬間、
ドゴオオオオオオオオオン!!!!!
凄まじい轟音と共に、テキサスとラップランドが壁を破壊して登場した。
その衝撃により、モスティマとアーミヤたちは対面の壁まで吹き飛ばされたのであった。
「テキサス! ドクターを回収したよ! 脱出しよう!」
ラップランドがドクターを背負う。
意識がない状態ではドクターのアーツは発動しないらしい。
テキサスは頭を押さえるモスティマの姿を確認すると、別れを済ませたかのように走り去る。
しかし、そんなことはアーミヤが許さなかった。
「……スカジさん!!」
周囲を吹き飛ばすほどの風圧を発しながら、スカジがラップランドに迫る。
「悪く思わないで……」
ズドン!!
「ぐッ……! おおおおお!!」
テキサスがラップランドとドクターを庇い、剣の鞘を身体で防ぐ。
スカジはそんなこともお構いなしといったような感じで、テキサスごと鞘を上空にかち上げた。
「テキサス!! あぁ! ここまで来たのに!」
スカジがラップランドに迫る。
戦闘をこなよく愛する彼女と言えども、状況は撤退戦なのだ。
ドクターを連れて搭乗ゲートから飛び降りるだけなのに、いくつもの障壁が彼女らの行く道を遮った。
スカジが鞘を振り上げる。
「ここまでか!」とラップランドが目をつぶったその時、
『カランドの神よ! 聖なる鈴よ! 死にゆく彼女らに祝福を!!』
スカジが振り下ろした鞘は、確かにラップランドの鎖骨に直撃した。
本来ならば、鎖骨どころか半身が消し飛ばされても不思議ではないというのに、なぜか彼女は無傷だった。
そして、外へと繋がるゲートの方角から、2本のワイヤーが飛んでくる。
「アレ? アレ!? 一体何が起こっているんだ!?」
ラップランドとテキサスを縛り上げたワイヤーは、物凄い力で引っ張られていき、そのままロドスを脱出したのであった。
ワイヤーに縛られた三人は、謎の車両の上に叩きつけられた。
「ぐっ……。何だ、なにが起こったんだ……」
テキサスがスカジにえぐられた腹部を押さえながら問う。
「よ~し! 三人とも回収したよ! 無事とは言い難いけどね! 発進しちゃって!」
車両の中から声がした。
「むぅ……。ブレーキペダルからアクセルペダルに踏みかえて、あっ動きました」
「エンヤ様! シートベルトをしてください!!」
車両の横には、カランド貿易の刻印が入っていた。
テキサスとラップランド。そしてドクターの三人を乗せた車両は、プラマニクスの下手くそな運転の下、魔窟ロドスから離れていくのであった。
「…………」
アーミヤはその車両の様子を静かに見ていた。
「かなりマズい状況なのではないかしら? イェラグまで逃げ切られたらおしまいですわ」
アズリウスが問いかける。
「……ロドス支部に検問をさせます。内容は新型感染症の検疫ということで」
「失敗してしまったわ……」
スカジが謝罪する。
「まぁ、人には得意不得意がありますからね……。わたしは
「狙撃オペレーターと特殊オペレーターの方々はドクターを乗せた車両の追跡をお願いします!」
「それ以外のオペレーターのみなさんは準備が完了次第ドクターの下へ向かってください!」
アーミヤの指示を聞いたオペレーターたちが行動を再開する。
ある者は武器を手に取り、ある者は車両の用意をした。
その中に一人、アーミヤたちの行き先を遮る者が一人。
「『ドクターごっこ』というのはさぞ気持ちが良いことなのだろうな」
「……シルバーアッシュさん?」
シルバーアッシュ。そう呼ばれた男は、静かに剣を鞘引いた。
「……我が盟友を救出した車両は、我々カランド貿易の所有物だ」
「汝らはドクターを奪取したい。私は汝らから盟友を保護したい」
「ならば話し合いなど無駄だ」
「私を打倒し、イェラグに到着するまでに車両を包囲できたら汝らの勝ちだ」
しばらくして、アーミヤが口を開いた。
「……それは、わたしたちへの宣戦布告ということでよろしいですか?」
その場に居たアーミヤ陣営のオペレーターたちが、二人の動向を窺っていた。
「言葉は無粋。押し通して見せよ」
「シルバーアッシュさんたちが裏切るなんて残念です」
「仲間になった憶えはない。無論、信頼したこともな」
「…………全員でシルバーアッシュさんを排除してください」
テキサスとラップランドは、カランド貿易の助力によって、なんとかドクターの救出に成功した。
しかし、ドクターの意識は戻らないままであった。
ロドスでは、アーミヤ陣営のオペレーターたちと、カランド貿易の主宰が壮絶なる戦闘を繰り広げていた。
アーミヤを打倒したモスティマであったが、テキサスたちの乱入により彼女の計画は灰燼に帰した。
夢破れ、抜け殻となったモスティマは一人静かに研究棟へ向かった。
「モスティマか? その傷、一体何があった……」
「ふふ、ケルシー先生じゃないか……。少し、お話でもしない……?」