彼は生まれながらにして将来が約束されていた。
文学と芸術を愛し、主が何たるやを精神に刻み込まれてきた。
両親に愛され、そして彼もまた二人の妹を愛した。
事故が起きるまでは。
その後の没落はあまりにも速かった。
彼はカランドの古き神々よりも、現代科学の業を選んだ。
復権のために、持てる全ての力を行使した。
それが、愛した家族と袂を分かつことになろうとも。
彼がドクターと波長が合うのは、その思考が似ているからであろうか。
彼が三議会と衝突できるのは、貴族としての地位や企業の大きさが理由ではない。
彼自身に、敵対しても蹂躙できる力があったからだ。
ごく稀に、多対一でも戦場を制圧できる天才が現れる。
彼もその一人であった。
【ロドス 搭乗ゲート】
モスティマによって意識不明になったドクターは、テキサスとラップランドの手によって救出された。
それを追わんとするアーミヤたちであったが、その行く手をカランド貿易のオペレーターたちが障害物として立ちはだかる。
カランド貿易陣営はテキサスたちをイェラグまで護送しようと車両を走らせる。
その間の時間稼ぎとして、シルバーアッシュは単騎でアーミヤたちの動きを食い止めていた。
「一つの場所に固まらないでください! 打尽にされます!」
アーミヤが黒いアーツを射出しながら指示を出す。
状況はシルバーアッシュが押しているようだ。
「自身の力に頼りすぎだ。いついかなるどんな状況においても臨機応変に対応して見せろ」
「(思考が読めない……! どうして!)」
フロストリーフが前に飛び出る。
シルバーアッシュとの一騎打ちを狙ったようだが、彼に斧が届く寸前で吹き飛ばされる。
「やはり近づけないか……!」
シルバーアッシュは自身の足が地面と接着していることに気が付いた。
フロストリーフが凍りつかせたのだ。
瞬間的に彼の動きが止まる。
その隙をオペレーターたちは見逃さなかった。
スカジが瓦礫を打ち飛ばし、メイヤーがミーボを作動させる。
誰もが勝利を確信したその時、
「……小癪な」
銀色に輝く閃光が発生し、シルバーアッシュの半径5メートルを消し飛ばした。
「……アーミヤよ、私が今から何をするかが見えるか」
アーミヤが叫ぶ。
「みなさん! 伏せてください!!」
「……真銀斬」
ドオオオオオン……。
遠くの方角。ロドスの方向から鋭い破壊音が轟いた。
カランド貿易陣営に間一髪救出されたテキサスとラップランドは、車両の中で治療を受けていた。
「いやぁ~、すみませんね。僕たちに医療オペレーターがいなくて」
テキサスがクーリエから添え木と包帯を受け取る。
どうやらスカジからもらった一撃が鈍く痛覚を刺激するようだ。
「おぉ~、やってるやってる。やっぱり真銀斬は凄まじいね。アーミヤちゃんに同情しちゃうよ」
クリフハートが双眼鏡を覗き、小さくなっていくロドスを見ていた。
「彼は、置いて来てもよかったのか……?」
テキサスの質問に、クリフハートは笑いながら答える。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんが残るって言ったんだ。三人で作戦を考えたんだよ? 昔みたいにね……」
最初に異常に気付いたのはプラマニクスだった。
しかし、一人ではどうすることもできないと察した彼女は、絶縁した兄に助力を求めた。
その行為がどれほど彼女のプライドを傷つけたか。
それでも兄に助力を求めたのは、他でもないドクターを助けたいという想いがあったからだ。
一方、プラマニクスのバフによって致命傷を避けたラップランドはと言うと、
「うぅ……。吐きそう……。もうちょっと丁寧に運転できるかな……」
車酔いで横になっていた。
車両の上で警戒態勢を取っていたマッターホルンが、運転席に座るプラマニクスに話しかける。
「エンヤ様! 急ブレーキはお控えください! あとシートベルトをしてください!」
クーリエが同調する。
「そうですよ! ホントに免許持ってるんですか!?」
「むぅ……。巫女になる前に勉強しましたのでご安心を」
「まぁ、筆記試験で落ちましたが……」
車内に居た全員が絶句する。
口笛を吹きながらハンドルを握るプラマニクスは、どこか楽し気な様子だった。
「このまま検問所を突破します。後始末はお兄様が何とかしてくれるでしょう」
「はぁ……。また変な出費が増えていく……」
マッターホルンがため息をつく。
その瞬間、車両の後方にバリスタ弾のような矢が撃ち込まれる。
ガギイイイイン!!
車両が揺れる。
クリフハートが大声で警戒を呼び掛ける。
「敵襲! ……ッ!! しゃがんで!!」
クリフハートの声に、ラップランドが身を起こす。
巨大な矢が車両の装甲を貫き、ラップランドの踵を掠めた。
プラマニクスが豪快にハンドルを切る。
ギリリリ!! とタイヤが煙を上げる。
テキサスは車の上にパッと移動した。
「これは、ロサさんの矢ですよ! 被弾したら死にます!!」
「死ぬだと!? うおおっ!?」
盾を構え、運転席を守っていたマッターホルンが矢の衝撃でのけぞる。
堅牢な盾には亀裂が入っていた。
「ロサちゃんだけじゃない! 狙撃手たちが追いかけてくる! どうしよう!?」
飛来する矢や弾丸をワイヤーで撃ち落としながら、クリフハートが問う。
「ガソリンタンクを抜かれたら全員爆死ですよ!? うわぁ!?」
クーリエの横のガラスに、蜘蛛の巣のような模様が刻まれる。
防弾ガラスでなかったらクーリエの頭は蜂の巣になっていたことだろう。
テキサスはそろりと車の下を覗き見た。
一台のバイクが車両に並走する。
そのバイクの運転手は、羽でも生えているかのように飛翔すると、車両の上に飛び乗った。
「……やぁ、久しぶり! 元気にしてた?」
テキサスが歯を軋ませる。
「エクシア……! なぜ……
エクシアはテキサスが言葉を言い終える前に、背に隠していた銃を発砲する。
マッターホルンがテキサスの前に出る。
「危険です! お下がりください!」
盾に弾かれ、軌道が逸れた弾丸は車両の天井に穴を開けた。
「アレだよ。方向性の違いってやつかな? リーダーを返してくれたらあたしたちは撤退するよ?」
「断る!」
テキサスが叫ぶ。
何の前触れもなく、エクシアの下から剣の切っ先が現れる。ラップランドが下から突き刺したのだ。
「あっぶな! よ~し、お互い恨みっこなしだからね!」
エクシアの光輪と羽が光り輝く。背中に背負っていた袋の中にあった銃火器が宙に躍り出る。
守護銃を持っているサンクタだけが使用できる奥義。
耳をつんざくような音を発生させながら、不安定な車両の上で狙いを定める。
「掴まって! 振り落とすよ!」
ラップランドが、車両の天井に開いた小さな穴に金属の棒を強引に差し込む。
テキサスとマッターホルンは、ラップランドの言った通りにその棒にしがみつく。
「かなり揺れますよ……」
プラマニクスは、左に切ったハンドルを一気に右に回した。
車内がミキサーのようにぐちゃぐちゃになる。
「うわあ!? ヤバいかも!!」
エクシアは慣性に引っ張られ、そのまま車両の上から落下する。
その途中、テキサスは彼女に手を伸ばした。「こちら側に来い」という意味を込めて。
しかし、エクシアはテキサスの目を見つめたまま、伸ばされた手を払った。
「エクシア!」
マッターホルンが呼びかける。
「テキサスさん! 上は危険です! 車内に退避しましょう!!」
荒野を走るカランド貿易の車両の後方には、おびただしい数の装甲車やバイクの姿が見えた。
シルバーアッシュの猛攻をすり抜けて来た者たちだった。
「アレ、全部そうなの……?」
「相手は複数。そして飛び道具持ち。アハハ! 最高だねぇ!?」
テキサスは車の中で顔を抑えていた。
「(これほどの速度の車から落下したら、無事では済まないだろう……。エクシア……)」
クーリエが窓の外を見る。そして、一台の車がこちらに接近しているのに気付いた。
ガシャアアアアン!!!
ロドスの装甲車がカーチェイスを仕掛けてきたのだ。
「くっ……! 車の馬力が違い過ぎますね……!!」
プラマニクスが苦悶の表情でハンドルを追突してきた車の方向に切る。
「ちょっと始末してきます! それまで耐えてください!!」
クーリエが相手の装甲車に飛び移る。
後方からもたくさんの弾丸が飛来していた。
進む先は前方しか残っていなかった。
装甲車の後部座席の窓が開き、恐ろしい攻城兵器の砲身が姿を見せた。
ロサの銃であった。
「……避けてくださいね。あまり人は殺したくありませんの」
ロサが銃の引き金を容赦なく引く。
バギイイイイン!! ガキン!!!
銃口から射出された矢は、プラマニクスの束ねた髪の一房を消し飛ばし、ハンドルに突き刺さる。
「むぅ……! ハンドルが固定されました……! 直進しかできません!!」
「この! しつこい人はモテませんよ!!」
クーリエが装甲車の荷台で戦闘を繰り広げる。
「……光あれ!」
パッと広がった光がクーリエの視界を遮る。
その隙に女性がクーリエの足を払った。
体勢を崩したクーリエは、不安定な状態のまま倒れ込む。
「マズい……!」
クーリエは自身の鼻先に女性の靴が迫っていることを確認した。
戦闘不能を覚悟した時、
「おりゃあああああ!!!」
バシュン!! カキン!!
クリフハートが装甲車のハンドルにワイヤーを引っかけたのだ。
思うような操作を行うことができなくなった装甲車は、ドクターを護送する車同様フラついた動きを繰り返す。
それにより、クーリエを仕留めようとしていた女性は体勢を崩し、彼と同じように倒れ込んだ。
ラップランドが大声を上げる。
「もうすぐで道が狭くなる! あの装甲車を横転させれば追手は来れないはずだ!!」
クリフハートがそれに呼応したように、
「みんな! ワイヤーを引っ張って! ここが正念場だよ!!」
装甲車に乗車していたロサが、
「いけませんわ! 私たちを横転させて障害物にするつもりよ!」
運転席に座っていたナイチンゲールが、
「こちらもロサさんの矢を引っ張りましょう。逆に横転させてしまえばいいのですよ」
レッドがロサの矢にロープを引っかける。
「ナイチンゲール、車の運転、苦手なの……?」
「いえ、そもそも免許を所持していませんので」
装甲車に乗車していた者たちはいつでも脱出できるように準備を整えるのであった。
並走する車は、お互いのハンドルの主導権を握ろうと奮闘していた。
プラマニクスとナイチンゲールはハンドルを抑え、その他の者たちは相手のハンドルを破壊しようとロープを引っ張っていた。
「オーエス!! オーエス!!」
クリフハートが掛け声を出す。
「テキサス! サボってないかい!?」
「黙れ! 口を開くより手を動かせ!!」
プラマニクスが再度苦悶の表情を浮かべる。
「むぐぐ……! これは長く持ちませんよ……!!」
ドクターを巡る綱引きは、ロドス陣営の方に軍配が向いていた。
「ロサ、身長、高い……。レッド、前が見えない……」
「あら、申し訳ございません。レッドさんは前に出た方が良いかも知れませんね」
ロサとレッドが場所を代わる。
それは偶然にもテキサスとラップランドにレッドの姿を見せることとなり、意図せず二人のループスを弱体化させることに繋がった。
クーリエが装甲車の荷台から帰還する。
ワイヤーを最後尾で引っ張っていたマッターホルンが喋る。
「無事だったか! 早く加勢してくれ!!」
「向こうにニアールさんとナイチンゲールさんが居ます! バフをかけてるんですよ!!」
それは単純な力比べでは勝てないということを意味する報告であった。
相手は少女が三人。
対するこちらには屈強な男が二人と、猛者が二人。
勝負が拮抗しているのは相手に補助役が二人もいたからだった。
「エンヤ様! 聖鈴を鳴らしてください!!」
プラマニクスが首を横に振り、
「ぐぎぎぎ……。今は、無理……」
とても清廉なる巫女とは思えない表情で答えた。
テキサスは自身の手が震えていることに気が付いた。
ワイヤーを握りしめていたことによる筋肉疲労ではない。ループスの遺伝子に刻まれた本能の警告であった。
「ラップランド……」
「うん、分かってる。
テキサスが震える声で、
「その、すまない……。手の力が、入らない……」
テキサス一人分の力を失ったことにより、ハンドルを抑えていたプラマニクスの負担が増加する。
ミシミシと音を立ててプラマニクスの体勢が傾いていく。
ハンドルを奪われてしまえば、たちまち車両は操作不能になり、そのまま横転してしまうことだろう。
クーリエもマッターホルンも、車内にいた全員が作戦の失敗を覚悟した時、フラつくテキサスの体を一人の男が支えた。
「……握る手は利き手が前だ。プラマニクス、速さを調節して相手と並走しろ」
後方からの攻撃を防いでいたクリフハートが叫ぶ。
「ドクター!! 無事なの!?」
「なんとかな……。二日酔いで遊園地に行った気分だ……」
「状況はよく分からんが、とりあえずこのワイヤーを引っ張ればいいんだろう!?」
ドクターがテキサスの手の上からワイヤーを握る。
その瞬間、マッターホルンたちは腹の底から漲るパワーが込み上げてくるのを実感した。
テキサスとラップランドは、ドクターのアーツが周囲の人物の身体能力を向上させる特性があるということを理解した。
余裕ができたプラマニクスが鈴を掲げる。
「カランドの古き神々よ! 汝らに力を! 知恵を! 祝福を!!」
クリフハートが再び号令をかける。
「よ~し! 今から形勢逆転するよ! それぇ!!」
一度引っ張るごとに、ロドスの装甲車がぐらりと揺れる。
向こうのオペレーターたちの焦る声が聞こえた。
ロープを引っ張っていたニアールが声を発する。
「なんだ!? 引っ張る力が強くなったぞ!」
「ロサ、タイヤを抜いて……! このままだと、逃げられる……!」
ロサが物騒な矢を装填する。
カランド陣営の車両に銃口を向けた瞬間、
「ロサああああ!! 誰に銃口向けてんだあああああ!!!」
「ひいいぃぃぃ!! ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」
「ロサ、はやく撃って……! このままだと、レッドたちが負ける……!」
「でも、ドクターに直撃したら……!!」
プラマニクスが運転席から声を上げる。
「狭い道に入ります! この先の検問所を抜けたらイェラグの領域です!!」
クリフハートが叫ぶ。
「いっけえええええ!!!」
「ロサ! 早く撃て!! ハンドルが運転席ごと持っていかれるぞ!!」
「ロサ……! 時間がない……!!」
「でも! でも! 向こうにはドクターがああああああ!!!!」
バキイイイイイン!!!
パキパキ、ビシビシビシ!! ドガシャアアアアアア!!!!!
ナイチンゲールが押さえていたハンドルがメーターパネルごともぎ取れる。
きれいな放物線を描いて地に落ちたソレは、瞬く間に後方の車両のタイヤに踏み砕かれた。
「やったああああああ!! 逃げ切れたよ! みんな!!」
クリフハートが、ピョンピョンと飛び跳ねて歓喜する。
プラマニクスはここぞとばかりにアクセルをべた踏みした。
カランド貿易の車両は、他の車両との距離を一方的に離すのであった。
そして、制御不能となったロドスの装甲車両は横転し、狭い道の入り口を閉ざす新たな検問所となった。
その検問所を突破できたのは、その先を走っていたカランド貿易の車両だけだった。
【ロドス 搭乗ゲート】
アーミヤが肩で呼吸をする。
何を考えているかを理解できた所で、彼女自身の身体能力が相手を上回っていなければ意味がないのだ。
モスティマ相手に余裕の表情を浮かべていたアーミヤの姿はなく、額から汗を垂らした少女の姿がそこにはあった。
ならばシルバーアッシュの状態は余裕綽々かと言われれば、そういうわけでもなかった。
一人戦闘不能にしたところで、更に次のオペレーターが現れ、的確に攻撃してくるわけだ。
むしろ単純火力だけでアーミヤを追い詰めることができたという点が異常だったのだ。
「もうやめておいた方が身のためだ。これ以上は命の危機だ」
シージが警告する。
「アーツ切れを宣告してしまったのが貴様の落ち度だな。こんな男がドクターの盟友を名乗るなど……」
サリアが盾を下ろした。
すなわち勝利を確信したのだ。
しかしシルバーアッシュは依然として立ったままであった。
膝をつくという行為は敗者にしか許されない動作だということを彼は理解していた。
そして、静かに彼は口を開く。
「……アーミヤよ。未来ある少女の汝に、年長者である私から戦略というものを教えよう」
「自身の必殺技や、特殊能力を明かすことの利点は、相手に牽制をすることが出来るという点だ」
「しかし、生命の奪い合いにおいては牽制など何の意味も持たない」
アーミヤたちは静かに彼の言葉を聞いていた。
満身創痍の彼に、今更できることなど無いと思っていたからだ。
「……ならば、それが正しい情報である必要など、ない」
「まさか引っかかるとは思っていなかったが、まるで経験が足りないな」
「私のアーツが枯渇したというのは嘘だ。そもそも、私はアーツを使用していない」
サリアがたまらず前に出る。
「貴様は真銀斬を放ったはずだ!」
シルバーアッシュが不敵に笑う。
「あれは真銀斬ではない。ただの強撃だ」
アーミヤたちが防御の体勢を取る。
シルバーアッシュが剣を構え、
「私は今から真銀斬を放つ。横に一回、一度だけだ」
「受け止めきれる自信のない者は10メートル圏外にいろ」
「……警告はしたぞ。絶対に避けろ」
サリアを含めた重装オペレーターたちが叫ぶ。
「伏せろおおおおお!!!」
「真銀斬!!」
キイイイイイイイイイン…………。
全ての光景がゆっくりに見えた。
キラリと光る銀色の風が、サリアの堅牢なる盾に一筋の切れ込み線を走らせた。
とてつもない風圧が発生し、しゃがんだ者たちの体を浮かせる。
衝撃波の後に、遅れて轟音が響いた。
アーミヤは、その剣筋を捉えることすら出来なかった。
「ぐッ……。予想はしていたが、まさかここまでとはな……」
サリアが痺れる手を無理やり動かして盾を構える。
と、その後方から一人の女性が現れた。
「いやぁ~、凄まじいな。こりゃあアーミヤが腰を抜かすのも仕方がねぇっての」
シルバーアッシュが女性を睨む。
真銀斬を盾受けして、それでいてあくびをする者など出会ったことがなかったからだ。
「あっ、私は二ェンって言うんだけどよ、よろしく頼むぜ」
「……本当に人間か?」
シルバーアッシュが半歩下がる。
そして、二ェンが盾を前に出して答えた。
「その質問にゃあ回答しかねるなぁ」
「とにかく、私はオメーに勝てる自身がある。ホレ、もう一発撃ってみろよ。真なんとかを」
シルバーアッシュが挑発に乗る。
強者特有の、自分より強い者と戦いたいという欲求故の行動であった。
「真銀斬!!」
パキパキパキ……。ズドオオオオオ!!!!
「へぇ! 大気を凍らして衝撃波を乗せてんのか! ぐッ……、重てぇなぁ!!」
バシイイイン……!!
二ェンが真銀斬を弾き返した。
シルバーアッシュが眉間にシワを寄せる。
「ソレ、真銀斬って言うのか? 良い『ねーみんぐせんす』してんじゃねぇか」
「やべぇみたいな顔してるな?」
「実はよ、私は盾で受けた攻撃を溜めて返すことができるんだよ」
「溜めてる間は敵をぶん殴れねぇから、ドクターからは不評だったんだけどよ……」
「オメーの首持ってけばドクターも喜んでくれるかなぁ!」
「あっ、言い忘れてたけど、私は3回まで攻撃無効化できるから、もう一回真銀斬撃ってもいいぜ?」
「まぁ、私がパクった真銀斬に耐えれたらだけどな!!」
「よいしょおおおおお!!!」
ドゴオオオオオオオオオオオオ!!!!!
風情も矜持も感じられない、ただ真銀斬の威力だけをコピーした衝撃波。
美しさの欠片もないその波動は、シルバーアッシュの体を押し潰さんとしていた。
「ぐッ……! うおおおおおおおおおおお!!」
バシイイイイン!!!
シルバーアッシュは剣を犠牲に衝撃波を消し飛ばした。
二ェンが関心したかのように拍手を送る。
アーミヤたちは静かにその流れを見守ることしか出来なかった。
「へぇ~、アレを弾くなんてオメーも人間じゃねぇのか?そら、約束通り撃っていいぞ」
「おん? どうかしたのか?」
シルバーアッシュは何も喋らなかった。
彼は、ここではないどこか遠くで、心を預ける友が覚醒したのを確かに感じた。
部下たちは、妹たちは成し遂げたのだと。
時間稼ぎの意味も無くなった。緊張の張りがほどけたのか、疲労が蓄積していた彼は、そのまま意識を失った。
カランドの主らしく、立ったままの姿で。
「ほ~ん、なかなかカッコイイ負け方すんだなぁ」
「年長者として教えてやるが、『先んずれば人を制す』ってのは、ありゃ嘘っぱちだからな」
【検問所付近 カランド陣営】
狭い道に進入したことにより、アーミヤ陣営の追手の追跡を撒くことが出来た。
車内では、壮絶なる戦闘を終えた者たちが横になって休んでいた。
プラマニクスはクーリエと運転を代わり、ドクターにもたれかかっていた。
テキサスが皆にドクターのアーツに関する仮説を提唱する。
「まぁ、単純に言ってしまえば、ドクターの付近に居る人は問答無用で信頼するようになる」
マッターホルンが険しい表情で聞く。
「それは、何とも厄介なアーツですね……。治療法とかはないのでしょうか?」
「う~ん、用はアーツが使えなくなったら良いんでしょ?」
ラップランドがクリフハートの疑問に答える。
「そういうことになるね! アーツを活性化させる機械があるなら、無効化させる機械もあるはずだよね?」
目をつぶったプラマニクスが答える。
「……確かに存在していますね。民間用ではなく軍事用ですが」
「エンヤ様。つまらぬことをお聞きしますが、そのお値段は……?」
「1億龍門幣。ちなみにオークションでの最低落札金額です」
車内にいた者たちが静まり返る。
そして、全員がドクターの顔を見た。「買え」と言わんばかりの表情をして。
「無理だ……」
テキサスがポツリと言葉を漏らす。
「12年分か……」
「言うな! ってか何で私の年収を把握してるんだよ!」
車を運転していたクーリエが忠告をする。
「ドクター、いくらモテるからって女性からお金を集めるなんてことしちゃダメですよ?」
「そんなクズに見えるか!?」
ドクターが周囲をキョロキョロと見回す。
しかし、誰も視線を合わせようとしなかった。
「えっ……。見えるの……?」
テキサスは、ドクターが元に戻ったという事実に笑顔になった。
そして、こっそりとドクターの手に自身の手を重ねようとしたが……。
「テキサス? 何しようとしてるの?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべたラップランドに阻止された。
「……何のことを言っているんだ?」
「ふ~ん? ホントかなぁ~?」
運転席から声がした。
どうやら目的地に到着するらしい。
「みなさん、もうすぐ検問所ですよ? まぁ、エンヤ様とエンシア様がいらっしゃるので、止められることはないと思いますが……」
「アレ? 誰かいるよ? 止まった方がいいんじゃない?」
クーリエの言葉の後に、クリフハートが何かを発見した。
彼女の言葉の通り、検問所に続く一本道の途中に、一人静かに佇む男性の姿があった。
それは、道に迷ったというにはあまりにも不自然すぎた。
顔面が確認できる距離まで接近した時、突然ドクターが言葉を発する。
「……ッ! そのまま撥ねろ!!」
「ええ!? 本気ですか!?」
直立していた男が、外套を翻して巨大な剣の姿を露わにした。
「あの男は、へラグ将軍だ!! 轢いたくらいで倒れる人間じゃない!!」
クーリエは歯を食いしばり、アクセルを踏んだ。
車はみるみるうちに加速していく。先程の戦闘でかなりのダメージを受けたため、車両のあちこちから変な音が聞こえてきた。
タイヤが地面を擦りつける。
マッターホルンが何かに気づいたのか、大きな声を出した。
「全員! 車の中央を空けろ!!」
『…………』
「!? アレっ!? いない!! 確かにへラグさんとぶつかりましたよ!?」
クーリエが助手席を見る。しかし、そこには、あるはずの助手席がなくなっていた。
その代わりに涼しい風が頬に当たるのであった。
「あっ、これは、かなりマズいかも知れませんね!!」
次第に車が傾いていく。
そして、数メートルも進まない内に、カランド貿易の車両は砂埃を立ち上げながら横転するのであった。
へラグは車に轢かれる手前、振り上げた剣で一刀両断したのだ。
そして、へラグに接触することなく縦に真っ二つになり、ドクターたちは強制的にへラグと対峙することとなった。
「うぅ……。みなさん! 無事ですか!? あっ……!」
クーリエがズキズキと痛む頭を押さえて顔を上げる。
しかし、目の前にあったのは後部座席に座っていたテキサスとラップランドの姿ではなく、へラグの剣だった。
「…………」
「……何か喋ったらどうですか!!」
キイン!!
クーリエが腰から得物を抜き、へラグの剣を弾く。
目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出すクーリエであったが、へラグは寸前で回避するだけで何の攻撃もしてこなかった。
「……少し動きが大雑把すぎるな」
「なにッ!?」
パシ……
へラグがクーリエの手を叩き、得物を地面に落とさせる。
そして、上から足で踏むことによって、クーリエが回収できないようにした。
クーリエが繰り出したパンチやハイキックも、ことごとく受け流されてしまう。
戦闘経験の差もあるだろうが、それ以上に『タイマンでは無敵』という前衛オペレーターとしての特徴があった。
ドクターとマッターホルンは、シルバーアッシュ家の令嬢たちを運び出す。
そして、彼らはクーリエが時間を稼いでいる間にテキサスたちと合流するのであった。
「検問所には人が居ないらしい。へラグが最後の障壁というわけだ」
プラマニクスが口を開く。
「ドクターは先に行ってください」
「……へラグ将軍と戦うつもりか?」
マッターホルンが頷き、
「有事の際にはテキサスさんとラップランドさんに任せるという計画ですので……」
「…………」
ラップランドが立ち上がり、剣を抜く。
「ボクはここに残るよ。文句は言わないでね」
「ラップランドさん! お気持ちだけで十分です! 検問所の先が安全という保証はできません! ドクターの護衛をお願いします!」
テキサスも立ち上がり、
「我々だけで逃げるわけにはいかない。全員で戦うか、逃げるかのどちらかだ」
しかし、テキサスの熱い視線とは裏腹に、ラップランドは冷たい目をしてテキサスを見た。
「ボクが残るって言ったのは将軍サマと戦いたいからだよ。テキサスは足手まといだから先に行ってて」
「……なんだと?」
「いいから、『ここは任せて先に行け!』ってやつさ……」
クリフハートはテキサスに一本の剣を渡した。
とても職人の業物とは言えない、大量生産品の武器。
しかし、込められた皆の想いがその剣に付加価値を付けていた。
「……恩に着る」
「ボクたちは殺されないけど、検問所の先はロドスの管轄外だからね? 精々気を付けてね」
「フッ……。お互いの引導はお互いが渡すからな……」
「アハハ! その通りだね!」
テキサスは検問所の先を目指した。
ドクターはラップランドに会釈をすると、二度と振り返ることはなかった。
その姿を見ていたプラマニクスは、
「……結構あっさりとした別れなのですね」
「アハハ! 別れを惜しむってことはね、二度と会わないって宣言するのと同じなのさ」
「むぅ……。青春ってやつですか……」
「ぐあああッ!!」
プラマニクスの足元に、吹き飛ばされたクーリエが落ちてくる。
問題の種であるへラグが、ゆっくりとした口調で話かけてきた。
「これ以上ドクターに遠くに行かれるとネオンに怒られてしまうのでね。先に行かせてほしいのだが……」
それを拒否するように、ラップランドが前に出る。
「どこかで見たんだけどさ、将軍サマって戦闘技術が『卓越』なんだって?」
「実はボクも『卓越』なんだよね……」
「っていうことで、おじさん。ボクと楽しいこと……しない?」
ラップランドの目が鋭く光った。
カランド貿易のオペレーターたちは初めて見るであろう、ラップランドの本気。
強者を自称する者が二人。どちらも引けを取らない天才であった。
観客はたったの四人。
しかし、その戦闘の凄まじさを語るには十分すぎる人数であった。
検問所を抜け、イェラグの、古き神々の領域に踏み込んだテキサスとドクター。
豆粒ほどの大きさになった検問所の向こう側から、ラップランドとへラグが戦う音が聞こえて来た。
「こんなに離れているのに聞こえるぞ……」
「……始まったのか。ラップランドは何でも力で捻じ伏せようとするからな」
後方から大きな音を立ててバイクが近づいてきた。
あまりにも堂々とした登場のため、二人は何の警戒もしていなかった。
やがて、テキサスの前にバイクを停めると、その操縦者はイカしたデザインのヘルメットを外した。
「よっす! 久しぶり! 元気にしてたかい?」
「エクシア…………!」
テキサスとドクターが身構える。
しかし、エクシアは焦った素振りを見せると、背中のバッグから何かを取り出した。
「はいコレ。テキサスの物でしょ? 落ちてたから返却するね」
そう言って渡されたのは、普段腰に携えていた源石剣であった。
「ドクターにはコレあげるね!」
ドクターが渡されたのは小さなアップルパイが包まれた小包だった。
「いやぁ~、検問所の前でショーグンとラップランドがマジバトルしてるんだもん! 他の道探すの大変だったんだから!」
「それにしても、車の上から放り出された時は流石に終わったかと思ったね!」
「茂みに落下してなかったらヤバかったかもね……」
そう言いながら何かゴソゴソと支度をするエクシア。
最初の方は対して気にもならなかったのだが、機関銃を組み立て始めた頃からテキサスは戦闘体勢を取った。
「……何が目的だ」
エクシアが振り返る。
「何が目的って……。ドクターを返してほしいだけなんだけどな~?」
「モスティマが待ってるんだ。実は住む場所なんかも決めてあったりするんだよね」
「ラップランドは『先に行け』って言ったみたいだけど、あたしは逆」
「この先には行かせられない。検問官はこのエクシアさんだよ」
「通行証は、あたしの返り血さ! 手加減しないからね!!」
エクシアが臨戦態勢を取る。それも敵を殲滅する際の構え。
いわゆる『オーバーロード』と呼ばれるものだった。
それに呼応したかのように、テキサスが剣を抜く。
自身の得物である源石剣と、皆の想いが込められた安物の剣。
テキサスの瞳には、先への道のりしか写っていなかった。
ドクターも第三勢力として参戦しようとするが、
「「ドクターは見ていて!! (いろ!!)」」
という二人のハモりに黙ることしか出来なかった。
最後に立っていた方が勝者。
テキサスとエクシアは、古来より続くその理論の下で武力と武力をぶつけ合うのであった。
決してその方法がアダクリス式だなんて、口が裂けても言ってはならないのだ。