方舟の主と◯◯たち   作:山田澆季溷濁

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結構長いです。
最終巻だけ異様に分厚いライトノベル特有のアレです。


方舟の主と花嫁たち

 ウォルモンド。そこは学術者たちの古巣。多くの秀才たちを世界に送り込んだその都市は、建築様式、音楽、学術機構、どれにおいても屈指のものが揃っていた。

 そう、揃って()()

 突如として発生した大裂溝により、その居住区は4分の3にまで減少した。

「ウォルモンドの薄暮」とも呼ばれる事件は、ロドスの記録媒体にも保管される程凄まじいものであった。

 今や都市もかつての落ち着きを取り戻し初めたが、それでも天災による傷痕は生々しく残されていた。

 リターニアの威光が届かなくなったこの大地に、今更足を踏み入れようとする者など、ろくでもない者に決まっているのだ。

 

 テキサスとドクターは、イェラグを抜け、ウルサスの都市移動に便乗して西に移動した。向かうべき場所はクルビア。持たざる者の最後の楽園へ、逃亡者たちの安息の地へ。

 そのためには大裂溝を通り抜ける必要があった。スカジの故郷にお世話になって発狂するよりかは十分マシな選択であった。

 何十キロも離れているというのに、巨大な空洞に風が入り込んでいく音が聞こえた。

 バイクに乗って移動していた二人は、間違いなく目的地に近づいていることを感じるのであった。

 

 ドクターが提案する。

「降りた方がいいな。地盤が安定していないかも知れない」

「音が聞こえる……。これが大裂溝か……」

 テキサスが尻尾をピンッと立てて震えあがった。

 まだ現物を見ていないのにこのビクつきようである。ちょいと背中を押して落とすフリをしてやろうと思ったが、後が恐ろしいので断念した。

 

 ウルサスからウォルモンド近辺までの旅路は、暗い洞窟か大樹の根本で野営を敷くことが殆どだった。テキサスも久しぶりにベッドで眠りたい頃だろう。そう思ったドクターは、自身の後方を歩くテキサスに話しかけた。

「ここからウォルモンドまで遠くない。一旦補給して行かないか?」

 テキサスが頷く。

「金銭の余裕ならいくらでもある。休息してから先に向かおう」

 岩盤を裂く大裂溝の手前。ウォルモンドの中枢都市区画に進入する。

 

 この都市の地理に関してはスズランやフォリニックの方が詳しいだろう。

 街道に設置された案内板を参考にして二人は店舗を探す。ドクターは宿と食事が出来る場所を、テキサスは情報を仕入れる場所と薬局を。

 それぞれが別々の行動をする。「用が済み次第、この案内板に集合」そう言ってテキサスはドクターとは真逆の方向に向かって足を進めた。

 

 散らばった瓦礫やレンガが道の片隅に積みあがっていた。かつては美しい街並みだったのだろう。今や見る影もなく、天高くそびえ立つロマネスク様式の建造物からは、真珠色のオリジムシたちが顔を見せていた。

 テキサスは書店に寄った。しかし、書店の本棚には紙切れ一枚残っていなかった。どうやら、天災の二次被害を避けるため、ヴィクトリアの大聖堂に輸送されたらしい。

「どこもかしこも……」

 この都市では、開店する店よりも閉店する店の方が多いようだ。

 唯一助かったと思えたことは、薬局で包帯や消毒液を購入することが出来たことだろうか。テキサスは、それがドクターに見つからないように服の内側に隠して歩いた。

 

 破壊の後が色濃く残る街道を、ウォルモンドの官憲たちが慌ただしく駆けていく。

 彼らが向かう先は難民窟。鉱石病に身を蝕まれた者や、環境により深淵に身を堕とさざるを得なかった者たちの臨時居住区であった。

 テキサスは、その集団を走る一際体格の良い男とぶつかった。

 

「……失礼、先を急いでいる」

 テキサスは接触した肩を払った。

「……こちらこそ失礼」

 男が止まったことで、官憲の集団もその足を止める。テキサスはこの体格の良い男が官憲の長だということを理解した。

「ゲホッ! ゲホッ……! 失礼……。ここより東の地区には行かない方がいい」

 男は肺にあたる部分を押さえながら咳をした。タバコの吸い過ぎだろうか。テキサスは男の忠告を素直に受け取った。

「……どうも、お大事に」

 

 テキサスは官憲の行く先と反対の方向に向かった。恐らく、あの咳が酷い男と会う事は二度とないだろう。

 集合場所である案内板までの一本道をただ歩く。

「ドクターは行動が早いからな、寂しがっているかもしれない」

 不思議と足早になっていった。当の本人には気づきようの無いことであったが。

 

 道中、テキサスは何かを発見した。路地裏を抜けた先に見える立派な建物。テキサスはそこに吸い寄せられるように足を進めた。

 瓦礫やゴミが散乱した路地裏を抜けると、そこには荘厳な教会が建てられていた。

「ここは……、すごいな……」

 テキサスは思わず感嘆の声を漏らす。

 

 薄暮の際のデモ活動で焼き討ちにされた教会。それでも神聖な雰囲気を醸し出していたのは、元々の美しさが極まっていたからだろうか。

 破壊された長椅子、盗難されかけた女神像、割れたステンドグラス。それらを眺めながら中央の壇上に向かって歩いた。

 

「……」

 テキサスは自身が歩いて来た道を振り返った。

 四散したガラスの破片に、破れたカーペットがそのままにされている道を。

 

 もし、自身の生まれがクルビアの忘れられた一族でなく、ヴィクトリアの貴族であったのならば、今頃はこの道の真ん中を堂々と歩いていたのかも知れない。

 テキサスはボロボロになったカーテンを破り、そのまま自身の服の上に被せた。

「……」

 ひらひらと風になびいて揺れる純白のカーテンの端を持ち上げ、壇上でくるくると廻った。

 テキサスは不意に我に返ったように呟いた。

「フッ……。何をしているんだか……」

 

「はい、sorridi~!(チ~ズ!)

 パシャッ!! 

 

「ッ!?」

 テキサスが正面口の方を睨み、足音一つ立てずに近づいてきた人物に対して剣の切っ先を向けた。

 そのカメラを構えた人物はというと、

「ちょ、ちょっと待って! あたしだよ! 安心院アンジェリーナ!」

 どこかで見たことのある同業者の姿であった。

「貴様は、ロドスの者か……!」

「待ってって! あたしは追手じゃないから武器を下ろして!」

 アンジェリーナは手足をジタバタさせながら必死に弁明した。と言っても、重力に逆らいフワフワと浮いている状態での弁明だったので、賢明な努力虚しく必死感は伝わらなかった。

 テキサスが察知出来なかったのも無理はない。そもそも地に足をつけていなかったのだ。

 

「……ならば一体何の用だ」

 テキサスは未だに警戒していた。ロドスを脱出してから久しぶりに邂逅したオペレーターである。何を企んでいるのか分からない以上、武器を収めることは出来なかった。

 アンジェリーナは背中に背負った荷物を足元に置いてから両手を挙げた。いわゆる降伏のサインである。

「これ、輸送してくれって頼まれちゃっててさ。受け取ってくれないとお給料もらえないんだよね……」

 

 テキサスは恐る恐る荷物に近づいた。そして、剣の先で荷物をツンツンとつつくと、アンジェリーナに対して顎で「開けろ」とサインを送った。

 その姿は身代金を要求する銀行強盗のようだった。

 アンジェリーナが荷物のファスナーをガバッと開けた。

 パンパンに詰め込まれていたバッグから、衣類やら食糧の類が飛び出してきた。

 

「……なんだコレは」

「見ての通りだよ。送り主は誰か言えないんだけどね、ホラ、顧客の情報ってやつ?」

 

 テキサスはバッグから飛び出て来た物を物色する。梱包された物の安全が確認できると、ようやく剣を収めたのであった。

 アンジェリーナはそれと同時に両手を下ろす。安心したようなため息を吐くと、飛び出て来た荷物を再びバッグにしまい込んだ。

 

「それじゃぁ、確かにお届けしたよ! あたしはケルシー先生に報告しに行くから! また会おうね!」

 アンジェリーナは一枚のプロマイド写真をテキサスに渡した。ニコニコと笑顔を浮かべながら去って行った彼女の姿は、およそ感染者として迫害を受ける側の人間とは思えなかった。

 予期しない訪問客からの支援物資を背負い、ドクターの待つ案内板への道を急いだ。

 

 

「……おぉ、迎えに行こうかと思っていたぞ」

 ドクターと合流する。

「アンジェリーナから支援物資を受け取っていた。しばらくは資源には困らないだろう」

 テキサスが背負った荷物をドクターが回収する。ズシリと重いその荷物はどうも腰に響くようだ。

 ウォルモンドの最北端にある冬霊族の根城から、死を運ぶ冷たい風が流れて来た。二人は体を震わせた。そして、風邪を引かないように少し早いチェックインを済ませるのであった。

 

 ウォルモンドの上空を、一つの飛空艇が通過した。

 

 

【ウォルモンド 南東】

 

 テキサスは暖房が効いた一室でラジオを聞いていた。イェラグの馬小屋で一夜を明かしていた頃とは比べ物にならない程の生活水準の上昇。

 基本的な事なら何でもお金で解決できるのだと、二人は改めて実感した。

 幸いテキサスもドクターも、収入の割に物欲の強い人間ではなかった。地方の土地や戸建てくらいなら購入できるはずだ。テキサスはポケットに入っていた硬貨を鳴らしながら思うのであった。

 

「湯船を張っておいたぞ。シャワーは水しか出ないポンコツだから使わない方が良いと思う」

 ドクターが浴槽から出て来た。

「……冷めない内に入って来る」

 

 テキサスが椅子から立ち上がり、ドクターと交代するように浴室に入っていった。

 女性の入浴は長い。髪が長い分、手入れも大変なのだ。当然浴室に持っていく荷物も多くなる。

 そんなことは鈍いドクターも把握していたことだが、その時のテキサスが持って行った荷物の量は流石に多過ぎると感じた。

 だからと言って指摘するなどという失礼なことはしなかったのだが。

 

 カタカタと音が鳴る扉のポストに、大裂溝を渡る手段が記載されたメモが投函された。

 

 テキサスは浴槽の前にて、鏡に映された自身の虚像と向き合った。

 体に巻かれた包帯は赤黒く染まり、それでいてどこか黄色い膿のようなものも見られた。

 エクシアとの決戦の際に負った傷だ。医療オペレーターの手も借りず、自身の手で治療を施したつもりであったが、その処置も限界を迎える寸前だったようだ。

 生々しく抉られた傷痕に触れると、神経を針で突かれたかのような痛みが発生した。ほんのりと赤くなった胸部は確かに熱を帯びていた。

 医療機関の手にかかると、まず間違いなくロドスの捜査網に引っかかる。自力で治療させるしかなかったのだ。もし胸部に源石をぶつけられたら、たちまち鉱石病患者の仲間になってしまう。

 手遅れになる前に、目的地に辿り着かなければならなかったのだ。

 

「……まだ、大丈夫なはずだ」

 

 ドクターとテキサスの二人はラジオを囲むように座り、アンジェリーナが届けてくれたカップラーメンにお湯を入れた。

「もう食っていいぞ」

「まだ2分半だ。3分待てと書いてある」

 ドクターが指を左右に振った。

「分かってないな、律儀に3分待ってると底の麺が伸びるんだよ」

 テキサスは「なるほど」と言ってフタを開けた。

 放送が終了したラジオからは、俗にいうクラシックが流れていた。

 

「あったかい所に行きたいものだな」

 テキサスが頷く。

「寒冷地方ばかり歩んでいる。クルビアの次はサルゴンにでも行こうか」

「あの近辺は飛行機で飛んだら撃墜されるからな……」

 

 テキサスが不思議そうな表情で首を傾げた。ドクターは彼女にサルゴンで起きた話を聞かせた。

 ガヴィルの故郷の話、脳筋が集まる最強決定戦の話、トミミが尻をシバかれて泣いた話。同じ曲ばかり流れるラジオに比べたら、とても面白い話であったはずだ。

 二人は少し高級なベッドに横になり、男はその話をし続けた。やがて、テキサスはうつらうつらとし始め、そしてしばらくしない内に眠ってしまった。

 

 スヤスヤと穏やかな寝息を立てるテキサス。ドクターはピクピクと動いている獣耳に静かに触れた。

「……ん」

 虫の羽音のような声を発し、ゆっくりと片目を開けてドクターを見た彼女は、何事もなかったかのように再び眠りの淵に身を投じたのであった。

 毛布を巻き込み、丸くなって眠るその姿は、オオカミだというのにどこか猫のような可愛らしさを備えていた。

 

 

 早朝、朝日が山脈から顔を出す時間帯。

 テキサスは上半身の痛みで目覚めた。額には汗が流れ、どこか呼吸も苦しかった。戦場に身を置いていた経験から、抗生物質が必要だということを理解した。

 すぐ隣で寝息を立てているドクターを起こさないように、ベッドから静かに離脱する。

 アンジェリーナからの支援物資には、鎮痛剤が一瓶。「無いよりかはマシだ」と考えたテキサスは、震える喉に無理やり錠剤を流し込んだ。

 藁にも縋りたい状態であった。テキサスが溺れる者だとすれば、上半身の痛みは水底から足を掴む亡霊だろうか。

 

 顔を洗い、髪の毛を寝かしつけたテキサスはドクターを叩き起こすのであった。

「起きろ。朝だ」

 ドクターはテキサスが使用していた毛布を抱き寄せる。

「……アーミヤか……?」

 バキイ!! 

「いてえ!? 何だ! 敵襲か!?」

「敵襲ではない。テキサスだ」

 寝ぼけているドクターをグーパンチで覚醒させた。その後の落ち着き具合を見る限り、普段から殴り起こされていたのだろうか。

 

 

 二人はウォルモンドを出発し、先の大裂溝を抜けるための準備をした。

 不要な物は削ぎ落し、必要最低限の物資を背負う。唯一の不安要素と言えば、山脈が吹き下ろす寒波だろうか。

 テキサスとドクターは大裂溝に向かって足を進めた。

 

「アンジェリーナが同行してくれたら楽だったんだけどな……」

「地形を無視できるトランスポーターは貴重だ。仕事が立て込んでいるのだろう」

 テキサスは男の隣を歩いた。大地を引き裂く溝の付近は地盤が不安定なのだ。なにかの間違いでバイクごと奈落に落ちてしまえば笑い草である。二人は安全策を取って、次の観測基地までの道のりを歩くことにした。

 

「この先に天災トランスポーターの基地がある。次の日の出までには到着したい」

 テキサスはドクターの提案に同意した。

 夜の暗闇の中を歩くのは賢い選択とは言えない。ループス族は夜目が効く種族だったが、それでも一人の男を先導するには心細いものだった。

 ならば、大人しく観測基地にお邪魔した方がよっぽどマシという話だ。

 

 後方に見えるウォルモンドの尖塔を、灰色の雲が覆わんとしていた。山脈からやって来た雪害をもたらす暗雲。

 テキサスは立ち止まり、後ろの方角を見つめていた。ドクターも彼女の様子に気づいて立ち止まる。

「……何か忘れ物でもしたか?」

 テキサスは静かに呟いた。

「雪が降る……。天災に匹敵するほどの吹雪が来る……」

 野生の勘だろうか、それとも経験からの予測だろうか。しかし、素人目から見てもウォルモンドを覆う雲の巨大さは異常だと分かった。

 二人は大裂溝の淵から飛び出た源石に接触しないように、慎重に、そして出来るだけ速く歩を進めた。

 12月のイェラグか。もしくはそれ以上の寒波が来る。恐らくウォルモンドも移動を開始するだろう。

 

 今更戻ることはできない。観測地点に向かう以外生存する手段は残されていなかった。

 あっという間に窮地に追いやられた二人であったが、きっとロドスからの追手も窮地に立たされていることだろう。思考はなるべくポジティブに、思い通りにならなくても、絶対に態度に表してはならない。

 テキサスとドクターは、自身らに迫る危機をあえて口に出さず、観測基地までの道を進むのであった。

 

【ウォルモンド大裂溝 西部観測基地】

 

 徐々に天候が悪くなっていった。時刻は正午だというのに、周囲は夕暮れのように暗くなっていた。

 それでもテキサスとドクターの二人は歩き続けた。道中、薄い雪が降り始めた。アンジェリーナからの支援物資の中にあった防寒具が無ければ、既に身動きも取れない状態になっていたであろう。

 口から白い息が出た。気温は急速に冷えていき、瞬く間に寒さが体を支配するようになった。

 

「……いつも寒さで震えている気がする」

「恒温動物の辛いところだな……」

 テキサスが手を擦り合わせた。自慢の毛並みが整った尻尾は、体温を高めようとモコモコになっていた。

 レッドが見たら喜んで飛びつきそうな尻尾をしているテキサスが話しかける。

「まだ夕方だぞ……。日が沈めば更に冷える」

「……もうすぐ到着するはずだ」

 

 薄く降っていた雪は、気づけば分厚く重い雪となっており、地面を銀色に化粧させていた。

 さっぱりとしていないベタついた雪。雪だるまが作りやすい雪と表現すれば適切だろうか。とにかく、歩く度に体力を削られる厄介な環境へと変化していった。

 それからしばらく歩いた後、視界を遮る程の豪雪の隙間から、目的の観測基地が姿を現した。

 テキサスとドクターは安堵したような表情をして、観測基地に近づいた。

 しかし……

 

「何だ……? この形跡は……?」

「電源もない。襲撃されたんだ。金に換えられそうな物は全て奪われている」

 ドクターは、サルカズの傭兵団がウルサスに向かっていくのを思い出した。彼らが都市に入るのは換金目的か天災を避ける時だけだった。

 恐らく、大裂溝を予測したは良いが、器具を置いて避難せざるを得ず、そのまま放置されていた所を襲撃したのだろう。

 電源も無ければ、水も通っていない。なんなら壁にも穴が空いており、腐乱臭を撒き散らす獣の死骸まであった。一夜を過ごすとしても、外と何ら大差ない環境であった。

 

 それでも吹雪は吹き荒れる。

 ウォルモンドに戻るにしても、この場に留まるにしても、どちらも危険極まりないものだった。

 ドクターはテキサスが汗をかいていることに気が付いた。

 あまりにもこの場に合わない彼女の状態に、心配の念を込めて問いかける。

「テキサス? 顔色が悪いようだが……?」

 テキサスは後方にあった椅子にもたれかかる。

「……何でもない」

 その足取りはフラフラとしていた。彼女の容体が安定していないことは、聞くよりも見た方が明らかだった。

 

 ドクターがテキサスに触れる。

「あっつ! 風邪引いてるのか!」

「……まだ歩ける、無事だ」

 テキサスは壁に手をついて立ち上がった。しかし、平衡感覚を失った生き物のように、すぐに足元にへたり込んだ。

「なぜ黙っていたんだ! ウォルモンドで医者に診てもらえたというのに!」

「医療機関はロドスと繋がっている……。潜伏先が割れるのは危険だ……」

 

 ドクターがテキサスを起こそうと体を持ち上げる。

 その時、テキサスが大きな声を上げてのたうち回った。

「ッッ!! ……ぐッ! ああああああ!」

「どうした!? 大丈夫だ! 落ち着け!」

 

 テキサスは胸の辺りを押さえて苦しんだ。息も絶え絶えになっていき、瞳の焦点も定まっていなかった。

 ドクターは彼女の服に手をかけた。

「すまない、少し我慢してくれ!」

「見るな……!!」

 

 テキサスの服の下には包帯が巻かれ、鎖骨から臍部にかけて赤黒い裂け目が姿を見せていた。

 熱の原因は、傷が化膿したことによる炎症であった。

 ドクターは、苦しみながらもなお立ち上がろうとする彼女の姿を見て、現状を変えることができないという自分の無力さを痛感した。

 

「先に進むぞ……!」

「よせ! それ以上動くな!」

 

「ならばどうする……! 凍えて死ぬぞ……!」

「外は危険だ! 私が、ウォルモンドから医者を連れてくる……!」

 

 空いた壁から凍てつく風が入り込む。

 動いていないというのにテキサスは息を荒げていた。そして、ドクターの襟を掴むと、鼻先が触れ合う距離まで近づけて言葉を放った。

「私も連れていけ……!」

「気をしっかり持て! この吹雪の中だぞ!?」

 

「一人にするな……。私は、大丈夫だ……」

「ぐッ……!」

 ドクターは奥歯を噛み締めた。

 例え観測基地の通信設備が使え、ロドスに救難要請を発信した所でこの吹雪である。車両どころかまともな人員すら寄越してくれないだろう。

 テキサスの負傷が無くても、きっとこの観測基地で足止めさせられていた。

 自分たちに残された選択肢は二つ。

 ウォルモンドに戻る途中で死ぬか、観測基地で死ぬか。

 

 天文学的な確率に賭け、テキサスはウォルモンドに戻る道を選んだ。

 

「歩いて戻る余裕はない。少し揺れるが、『エクシアと愉快なペンギン号初号機』に乗って行くぞ」

「……『アップルパイ号』だ」

 

 ドクターはバイクのタイヤにチェーンをつける。滑り防止の目的なのだが、果たしてその効果を発揮するかは未知数だった。

 テキサスは防寒具を何枚も重ね着させられていた。モコモコのその姿はどことなくマドロックのようにも見えた。

 

 エンジンを何回か吹かした後に、苦労して辿り着いた観測基地を去る。次に訪れることはないだろう。

 辺りは闇に包まれていた。光を反射するはずの雪が積もっているというのに、ここまで暗いとは。

 バイクのすぐ正面を照らすライトのみが頼りだった。

 ドクターの体が震えていた。それと同時に、テキサスの視界は暗くなっていった。

 

「テキサス……?」

「……なんだ」

 タイヤは積もった雪をかき分けて進む。

 

「静かだからくたばったかと思ったぞ」

「……」

 テキサスの呼吸は次第に静かなものへと変化していった。

 

「くたばったかと思ったぞ!!」

「ん? ……あぁ、そうだな……」

 ドクターの腰に回した腕がほどけていく。

 やがて、2、3度左右に大きく揺れたと思ったら、テキサスの体はぐらりと地面に落下していった。

 

「テキサス!!」

 ドクターがバイクを停め、落下したテキサスの下に駆け寄る。積雪がクッションの役割を果たしたようだ。

 しかし、ドクターの大きな声に反してテキサスの返答は非常にか細いものであった。

 

「ドクター……。ここは、クルビアか……?」

「違う! もうすぐウォルモンドだ!」

 ドクターはテキサスの手を握る。

 

「そうか……。成し遂げたのか……。よかった……」

「おい! テキサス!! 聞いているのか!!」

「エクシアを、ラップランドを、モスティマを……。みんなを呼んで、ここで暮らそう……」

「そして……一族を……暖かな……家族を……」

 

 あぁ、何とも情けない。荒野を越え、雪夜を越えて幾星霜。痛みを誤魔化し、歩き続けて三千里。ついに力果ててしまうとは情けない。百戦錬磨の限りを尽くしたオオカミは、今まさに、道半ばで途絶えようとしているのだ。もはや天を仰ぐ余力すら残らず、叶わぬ夢を見ながら沈みゆくのだ。彼女の意志も、やがて理想郷に続く骸の一部になるのだ。

 

「くそッ! 意識が無い人ってのは重てぇなぁ!」

 ピシッ! 

 

 ドクターがテキサスを背負った瞬間、固いはずの地面がパキパキと音を立てて傾いていった。

 二人の体も、バイクも、地面の上にあるもの全てが傾いていく。

 まさかと思ったドクターは、寒さに震える手で積もった雪を払った。

 

「……なんだ、これは」

 

 地面に触れた手には土が付着しなかった。地面だと思っていた氷の床の下に底のない奈落が見えた。

 ドクターとテキサスは、大裂溝に張った氷の上をバイクで移動していたのだ。

 パキパキパキ…………

 

「やばい、やばいやばいやばいやばい!!!」

 バキバキバキバキバキッ!!!! 

 ドクターはテキサスを背負って走り出した。

 バイクが崩れた足場から落下していく。ドクターが踏み出した足も、次第に水平線から下がっていった。

 

「あッ! おッ!? おああああああああああああああ!!!!」

 自然の脅威に逆らえるはずもなく、ドクターとテキサスは大裂溝の奈落に飲み込まれていった。

 辺り一面の氷の床が剥げていく。そこには、都市区画を破壊した天災の一部が、何事もなかったかのように佇んでいた。

 

 

 



 

『おい! なにか落ちてきたぞぉ!!』

『人だ! 溝の淵に引っかかってる!!』

『アイツ知ってるぞ! テキサスだ! 開幕リスキルのエクシアの相棒だ!!』

『向こうに居るのはドクターの兄貴だ!!』

『姐さんに伝えろ!! ドクターの兄貴が落ちてきた!!』

 

『フロストノヴァの姐さんに伝えろぉ!!!』



 

【???? ?????】

 

『まさに不幸中の幸いってやつだな』

『オメェ難しいことばっか喋ってよぉ、女子メンからうざがられてンの知ってんのかぁ?」

『はぁ~!? オマエこそ姐さんに「酒臭い……」って言われて凹んでただろがよぉ!?」

 

 テキサスは意識の片隅で騒がしい声が耳を突くのを感じた。

 目を開けるのが怖かった。生存しているのが自分だけかも知れないという可能性が捨てきれなかったからだ。

 誰かが扉を開けて入って来た。聞いたことのない足音。少なくともドクターではない人物。

 テキサスは捕虜として捕らえられた可能性のことを考え、そのまま寝たフリを続けるのであった。

 

『姐さん! ヤバいっすよ! もうずっと寝たっきりで……』

「……」

 姐さんと呼ばれた人物が接近してきた。恐らく彼女がこの集団のボスなのだろう。

 テキサスは限界まで近づいてきた瞬間に飛び掛かり、ドクターの所在を尋問することにした。

「……フッ!」

『あッ! 姐さん!!』

 テキサスは近づいて来た足を掴むと、そのまま飛び掛かり、後ろから首を絞める体勢で問いかけた。

「ここはどこだ……。ドクターはどこだ……!」

 白いうさ耳を持ったコータスは、全くと言っていい程動じなかった。

「……」

 

 耳元でパキパキと何かが鳴る音が聞こえた。

 テキサスが不審に思った瞬間、自身の耳の中に冷たい物体が侵入してくるのを感じた。

「うぐぅッ! なんだ!? 耳の中にッ!!」

 ケモ耳を動かし、侵入してきた異物を外に取り出す。コロコロと床に転がり落ちたソレはとても小さな氷だった。

「……氷?」

 

 テキサスの意識が氷の方向に向いた瞬間、首を絞めていたはずのコータスが拘束をスルリと抜け、テキサスの尻尾を握りしめた。

「ぐああああ!! 貴様ああああ!!!」

「オオカミ狩りだ。あっけないな」

 

 テキサスが大振りの拳を振り下ろすが、相手のボスはその攻撃もスルリと回避した。

『スゲェ! 流石姐さんだぁ!!』

「酒臭い……」

 

 ドタバタと騒ぎ散らす者たちの空間に、静かに忍び寄る人物が一人。

「……エレーナ、いや、フロストノヴァ? あんま虐めてやるなよ」

 フロストノヴァと呼ばれた女性が振り返る。

 テキサスが扉の方に駆けていった。

「無事だったのか……! あぁ、よかった……」

 ドクターはテキサスの頭をぐしぐしと撫でまわした。

「何とかな。端っこの出っ張りに引っかかっていたらしい」

 

 フロストノヴァが部下と思われる連中を部屋の外に追いやる。室内に残されたのはドクター、テキサスそしてフロストノヴァだけだった。

 テキサスは現在の場所がどこなのかも分からなければ、氷の蝶をドクターに飛ばす女性のことも知らなかった。彼女は自身が置かれた状況の説明を求めた。

 

「あー、どこから説明しようか……」

 フロストノヴァが口を挟む。

「現在地はイベリアの東。我々はロドスに帰還する道中で大裂溝を通り抜けた。その際にドクターを回収した」

「……貴様は何者なんだ」

 テキサスがフロストノヴァを睨みつけた。

「……話せば長くなる。ただし、スノーデビル小隊はロドスの味方だ。それに関しては揺るがない事実だ」

「まぁ、龍門で色々あってな……。彼女の部隊はアーミヤも把握していない」

 

 テキサスはフロストノヴァのことを信頼していないような印象だった。しかし、彼女らからすれば、スノーデビル小隊は間違いなく命の恩人であった。

 整いつつも悪人のような面をしているフロストノヴァのことが好きになれそうになかった。目を合わせるとそのまま飲み込まれてしまいそうな瞳が好きではなかった。さっきからガンを飛ばしているのに、ドクターに向けて氷の蝶を飛ばし続けている彼女のことが好きになれそうになかった。冷たい表情をしている癖に、実際の所は誰よりも情熱に燃えているという部分が、どこか自分と似ていて好きになれそうになかった。そのくせドクターが彼女の方を見ると、サッと目を背ける辺りがどうにも好きになれそうになかった。

 その姿をニヤニヤと見つめているスノーデビル小隊のことも好きになれそうになかった。

 

 しかも、よく見ると彼女らの服にはレユニオンのマークが刺繍されているではないか。

 テキサスは露骨に嫌悪感を示すと、大きな足音を立てて一人外に向かうのであった。

 

 フロストノヴァは少し驚いたような顔をした。

「何か気に障ったのだろうか」

 スノーデビル小隊が駆け寄る。

『アレっすよ、姐さんの女子力にビビったんすよ!』

『まさに逃げ腰になるってやつだな』

 フロストノヴァはドクターの背に隠れた。

「酒臭い……」

 

 

 テキサスは窓辺に座って外の景色を眺めていた。

 木々の上に建てられた小さな小屋。どうやらスノーデビル小隊の中継基地として作られたものらしい。

 地面にはうっすらと芝のようなものが自生していた。

 

「私たちの小屋はここらしい」

 テキサスが振り返る。

 通路に続く扉には、共に大裂溝に落下したドクターが立っていた。

「……私たちは本当に生きているのか」

「生きているらしい。朝日を拝めば実感できるかもな」

 ドクターはテキサスと向かい側の窓辺に腰掛けた。

 

 やがて、テキサスは顔を背けたまま、ドクターに問いかけた。

「フロストノヴァは、何者なんだ……?」

「彼女は、元レユニオンの幹部だが、今は仲間だ。立場上はスノーデビル小隊の隊長は私ということになっている」

 テキサスは空を見上げた。月の欠け具合から、ウォルモンドを発ってから既に7日が経過していたようだ。

「ケルシーのS.W.E.E.Pみたいなものか。本当に暗躍が好きなんだな」

「元々は対ケルシー決戦兵器として運用しようとしていたんだが、小隊の奴らがとりあえず働きたいって言うもんでな」

 テキサスが少し伸びた髪先をいじり始めた。

「……それで、辺境の哨戒をさせていたという事か」

「そういうことだな。治療が必要な隊員はロドスで雑用をしてるんだがな?」

 

 テキサスは月を眺めていた。

 満月に吠える狼のように、ただじっと月夜の虚空を見つめていた。

「フロストノヴァたちがクルビアまでの道を護衛してくれるらしい。イベリアを抜けるのは容易ではないが、それでも安全は確保できるだろう」

 テキサスは上半身の傷が癒えていることに気が付いた。

「ちなみにケガの治療は私がやった」

「そんなことが出来たのか……?」

 ドクターはヘラヘラと笑った。安心している時に漏らす、彼が本心で笑った時の顔。

 テキサスとフロストノヴァは、そんな彼の笑った顔に惹かれていったのだ。

 

「物資と金さえあれば出来ん事などないのだよ!」

「フッ……、その通りだな。心より感謝する」

 テキサスがニコリと笑った。

 月光を反射する程の彼女の白い肌は、どこか幻想的な雰囲気を纏っていた。

 ドクターはつい顔を背けてしまった。

 

 静かな時間が経過していく。

 隣の小屋からスノーデビル小隊の皆が夕食を作る音が聞こえた。

 テキサスはこの時間が永遠に続けば良いのにと思った。

 しばらくした後、不意にドクターが語り掛けた。

「あー、その、なんだ。……うん、それでだな」

 あちらこちらを見回したと思ったら、今度は月を見て静かに言った。

「かなり空気が読めないということは自覚してるんだが、その、今しかないと思ってな……」

「……クルビアで、一緒に暮らさないか?」

 

 コトッと小さな箱が置かれた。かなり有名なウォルモンド発祥のブランド。

 クロワッサンとソラが騒ぎながら読んでいた雑誌に載っていたものだった。

 中には、たしか指輪が入っているはず。

 

 テキサスはしばらく硬直した後に、深呼吸3、4回繰り返した。

 そして、手で口を押さえながら答えた。

 

「……私には、縁の無い物だと思っていた。これは、そういうことか?」

 ドクターは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「……そういうことだ」

 テキサスはドクターの顔を見た。

「私は、もしかしたら嵌めた指ごと地に落とすかも知れない。かなり嫉妬深い性格だということも自覚している」

「それでもだ。で、返事は……?」

 テキサスの頬はほのかに紅潮していた。

 

「……こちらこそ、頼む」

 細やかな指にリングが嵌められた。

 キラキラと光るソレは、この世界に存在するどんな宝石よりも輝いているように見えた。

 彼女は涙を流さなかった。その代わりに、自身が愛する笑顔をそっくりそのまま男に返すのであった……。

 

 

【イベリア スノーデビル小隊秘密基地】

 

『……』

『……』

『……』

『……』

 

 屈強な男たちがテーブルを囲んでいた。普段ならばトランプやら腕相撲やら酒盛りやら何やらに興じているのだが、なぜかこの日は何も置いていないテーブルを囲んでいた。よく見ると、スノーデビル小隊の全員がこの一室に集まっているようだった。

 まるで誰かを待っているかのように……。

 その静寂を打ち破るかのように、扉が音を立てて開かれた。

 

「む、全員集まっているとは珍しい。何かあったのか?」

 夕食を食べ終えたフロストノヴァだった。

 スノーデビル小隊はドクターたちの小屋に向かわせないように一斉に立ち上がった。

『いやぁ~、特に何もなかったんスけどねぇ~?』

『あ! あれだ! 今からゲームしようとしてたんだよ!』

『それか飲もうかなって思ってまして!』

 

 下手くそな嘘をつきながらフロストノヴァを取り囲む。

 謎の不信感が彼女の心に浮上したが、それを確かめるよりも、ドクターたちの様子を確かめに行くことを優先した。

「私はドクターの様子を見に行く。少し道を開けてほしい」

 フロストノヴァの言葉を聞いた者たちは、物凄い剣幕でそれを阻止しようとした。

『ドクターの兄貴はもう寝るって言ってましたぁ!! はい!!』

『姐さんが元気そうで良かったって言ってました!!』

『うおおおおおおお!!!』

 ブチイイイ!!! 

 一人の男が、ドクターたちが居る小屋に続く橋のロープを切断した。

『すいやせん! ちょっと手が滑っちゃって小屋に行けなくさせちまいやした!!』

 

 その時、皿を洗っていたと思われる隊員が集団に割り込む。

『あの~、兄貴とテキサスさんの分の食器が出てないんですけど~』

 フロストノヴァが振り返る。その視線の先には手の付けられていない料理が2つあった。ドクターとテキサスの分であった。

「夕食を食べていないのか。それは大変なことだ。私が届けてくる」

 スノーデビル小隊の面々が再び立ち塞がる。

『俺が運んできます! 兄貴にはお世話になってるんで!!』

『姐さんは横になってて下さい! お願いします!』

 

 その時、ドクターたちが居る小屋の方から、テキサスと思われる嬌声が聞こえた。

 

 フロストノヴァが集団をかき分けて、千切れた橋の向こうを覗き込む。

「……何も見えない。獣のような声が聞こえたが。心配だな、様子を確認してくる」

 再び隊員たちが道を遮る。

『違うんスよ! 獣のようなっていうか、もはや二人とも獣っていうか!!」

「獣か、野猿に襲われていたら大変だ。やはり救助に向かう」

『襲われているっていうか襲っているっていうか! 合意の上っていうか!!』

 

「……そこまで言うのなら任せるが、野猿だからと言って侮るな。私は眠る」

 あまりの勢いに押され始めたフロストノヴァは、隊員の言う通りに任せて自身の小屋に戻っていくのであった。

 その場に残された隊員たちは、再びドクターたちの邪魔をしないようにテーブルを囲むのであった。

 



「……クルビアの南に、私の故郷がある」

「それは初耳だな」

「もう戻らないと思っていた。だが、ドクターとなら戻ってもいいかもしれないと思った」

 男はタバコを差し出した。

「不要だ。母体に悪い」

「テキサス……。少し気が早いんじゃないか?」

「……テキサスというのは家の名前だ。もう誰も憶えていないだろうが、それなりに大きな家だった」

 女性は男の顔を撫でた。

「私の名は判明次第加筆します。二人きりの時はそう呼んでほしい」

「私の名前は、まだ思い出せない。このままドクターでいいのかもしれないな」

 女性は尻尾をぱたぱたと男の足にぶつけた。

「……子の名前と父の名前を考えなくてはな」

 男は月に手を伸ばした。

 今にも落ちてきそうな満月は、そのまま手の中に入ってしまいそうな気がした。

 男の悪運の強さが女性を救った。女性の惑わされることのない純粋な想いが男を救った。

 深き闇が二人を飲み込もうとも、その想いまでは飲み込めまい。

 二人は初めて、安息の地へ向かう切符を手にしたのだ。

 

 それが、片道切符ならどれほど良かったことか。



 

 眩しい程の光が差し込む朝だった。

 心の中で悪さをしていた虫はどこかに消えた。身体を蝕んでいた上半身の痛みも消えてなくなった。未だかつてないほどの絶好調であった。

「気分はどうだ?」という問いかけに、テキサスは何も語らずピースサインで答えるのであった。

 

 

【イベリア 最西端】

 出発は早かった。スノーデビル小隊は車両などを使用しない。使用したところで、戦闘の際はフロストノヴァが大地ごと凍らせてしまうからだ。

 クルビアまでは徒歩で向かう。ウォルモンドの寒波を奇跡的に乗り越えた二人には、特に苦しいことではなかった。

 

「黒うさぎは元気にしているか」

 フロストノヴァが話しかけた。ドクターではなく、テキサスに。

「黒うさぎだと。一体誰のことだ」

「アーミヤのことだ。決闘の末に敗北した」

 

 ドクターと隊員が口々に言う。

「あれは決闘と言えるものではなかったが……」

『多対一でしたもんね……。しかも時間切れで敗北ですから』

 

 テキサスは、フロストノヴァとアーミヤの間に何があったのかは聞かなかった。

 しかし、この凍て刺すほどの瞳を持つ白うさぎが、まさかアーミヤに敗走するとは到底思えなかった。

 

「我々はその黒うさぎから逃げている。ただのすれ違いだ」

「そうか。深くは聞くまい。クルビアに向かう者など皆そういう者だ」

 フロストノヴァは胸元のポケットから一枚の紙切れを差し出した。

 

【ビッグ・ボブの大農場 従業員募集 初心者歓迎 アットホームな職場です】

 

「到着したら向かうといい。働き手が不足していて土地を腐らせているそうだ」

「考えておく」

 

 テキサスは素っ気ない返事を繰り返した。

 心が冷え切った人間だからではない。元々用心深い人間なのだ。

 フロストノヴァは彼女と友好的な関係を築きたそうにしていたが、どうもテキサスは乗り気ではないように見えた。

 

 やがてイベリアの領域を通過する時、小隊は少し早い昼食を取ることにした。

 ドクターは小隊の皆に囲まれて食事を取っていた。テキサスとフロストノヴァを含めた女性陣は、汗臭い男衆から少し離れた場所で食事を取っていた。

 

「座らせてもらう」

 

 テキサスが座る朽ち木の横に、そっとフロストノヴァが座った。

 ロドスに居るフロストリーフは、触るとひんやりとしていて夏場は人気なのだが、彼女はそんな物の比ではなかった。彼女の周囲でパキパキと音が鳴っていた。急速に冷やされた大気が凍結していたのだ。

 スカルシュレッダーやクラウンスレイヤーといった者たちとは一線を画していた。生まれながらの強者。ループスとしての本能が、彼女は危険な存在だと警鐘を鳴らしていた。

 仲良くなれないことは確定していたが、敵対はしたくないといった感じであった。

 

「構わない」

 テキサスはサンドイッチを口に放り込んだ。冷気のコントロールが出来ないのだろうか、フロストノヴァは冷凍されたようなパンをお湯に浸して食べていた。

 咀嚼するたびにじゃりじゃりと音が聞こえた。「そうはならないだろ」と思いながらテキサスは横目で彼女を見ていた。

 

「私はみんなと食事をするのが好きだ」

 不意にフロストノヴァが喋った。

「……初めは4、5人の同胞しかいなかった。それでもパトリオットの背中を見て歩き続けた」

「やがて、居場所を求める者たちが集うようになった」

 

「楽しいことだけではなかった。年月が経つにつれて、同胞たちは消えていった」

「それでも私たちは歩き続けた。朝に起床し、昼に歩き、夜に干し肉をかじった」

「タルラの指示の下、理想のために塞がる者を薙ぎ払い続けた」

「そして、ロドスと対峙した。私もパトリオットも限界が近かった」

「死に場所を探していたとでも言おうか」

「パトリオットは戦士として死んだが、私は理想を忘れられなかった」

 

 フロストノヴァが手を伸ばした。

 陽の光を反射するその肌は、まことこの世のものとは思えなかった。

 

「伸ばした手を、ドクターが握ってくれた」

「私たちは、スノーデビル小隊は、初めて居場所というものを手に入れた」

「消えるはずの命を繋いでくれた。ドクターの理想が我々の理想だ」

「だから、私は貴様の味方だ。それだけは理解してほしい」

 

 テキサスは黙って聞いていた。

 パトリオットという人物のことは知らなかったが、彼女にとって大切な人物だということは理解できた。

 彼女は、理想を追い求め続け、そしてついに手に入れた人間なのだ。

 現在のテキサスとドクターと境遇が似ていた。彼女が接近してくるのは何かシナジーを感じたからだろうか。それとも単純に彼女が良い人だからだろうか。

 テキサスは、彼女のことを深く考えすぎていたと戒めるのであった。そして、友好の証として、ポケットからチョコレートを差し出した。

 

「甘い物は好きか」

 フロストノヴァはチョコレートを手に取った。

 そして、瞬く間に凍り付いたチョコレートをガリガリと嚙み砕いた。

「……甘いな」

「……」

 

 

『そろそろ出発しまっせ~』

 遠くで名前も知らない隊員が声を上げた。

 それを聞いた皆が立ち上がる。昼食の時間は終了したらしい。

 温かい光が差し込む木々の間を、小隊の者たちと歩き続ける。テキサスは子どもの時に戻ったかのような感覚に陥った。

 

「……ここの道を知っている」

 テキサスが独り言を喋る。

 その言葉を聞いたフロストノヴァが、静かに呟いた。

「ここはイベリアからクルビアに向かう唯一の道だ。それ以外の道は封鎖されている」

 小隊を先導していたドクターが振り返る。どうやら道が左右に分離しているらしい。

 隊員の一人が分かれ道の説明をした。

『左は南クルビアに向かう道です。右は確か旧市街に繋がってます』

 

 テキサスの故郷は左の道らしい。

 フロストノヴァは黙っていた。向かう先に同行するという、確かな意志が瞳から感じられた。

 ドクターがテキサスの眼を見る。「どちらに行くか」と問うような視線を送った。

 テキサスは、ゆっくりと、それでいて力強く声を発した。

 

「右へ、クルビアの中枢へ」

 

 その言葉を聞いたドクターが足を前に出す。親のアヒルに付いていく子のアヒルのように、スノーデビル小隊が付いていく。

 テキサスは後ろを振り返らなかった。二度と戻らないと決めていた故郷に、今度こそ完全なる決別を告げた。

 

 かつては綺麗に舗装されていた道も、今では見る影もなく荒れ果てていた。

 草木は伸び、樹木の枝葉がドクターたちに影をもたらしていた。

 やがて、不自然に切り開かれた地点を発見した。そこに広がっていたのは、

 

「……クルビアだ。辿り着いたのか……」

 何世代も前の文化が色濃く残る建物が姿を現した。BSWなどの企業は全てクルビア中枢の近代都市に集中している。

 鎖国主義的な思想を持つイベリアに隣接するこの地域は、まさに辺境の辺境。政府も管理が面倒なので、一帯の開拓は全て入植者に任せっきりであった。

 ビッグ・ボブが農場を築いたように、ここなら誰にも虐げられることなく生きることが出来るだろう。

 

「中央クルビアの摩天楼には近づかない方がいい。あそこだけは世界が違う」

 遠くの方にうっすらとビル群が見えた。ライン生命やBSWと会合を行うのは、いつもそのビル群であった。

 この地点から何百㎞も離れているとは到底思えなかった。

 

 テキサスは辺りの荒れ果てた家屋を見て回った。

 長い道のりであった。およそ3カ月、間違いなく走馬灯に映されるであろう旅路であった。

 自身の故郷とは余りにもかけ離れた環境に、確かに到達したのだという実感が湧いた。

 

「逃げ切ったのか……」

 テキサスが座り込む。

 覚悟は決まっていた。ここで生まれ変わると、新たな人生を営むと。

 それが、龍門での苛烈な日常や、ロドスでの多忙な毎日と異なるものであろうと、一切の文句も後悔もない。

 残念ながら、二人の達成に花束を投げる者はいなかったが、それでも心持ちは晴れやかなものであった。

 旅の終着の実感が得られないような二人を、フロストノヴァたちはただ静かに見ていた。

 

 どこか遠くの方角から、飛空艇の音が聞こえた。

 

 その時、フロストノヴァが何を思ったのか、突然その場にしゃがみ込んで地面に触れた。

 隊員の一人が質問する。

『……姐さん、なんかあるんすか?』

 この地の建築物を見る限り、人が入植した形跡は見られなかった。それどころか、かなりの年月の間放置されたような跡すら見られた。

「……離れていろ」

 ピシッ! パキパキパキパキパキッ!! 

『うぉあああ!? 姐さん!?』

 フロストノヴァが辺り一面の大地を凍りつかせる。

 ドクターたちが一斉に振り向く。

 砂埃すら起こさず、まるで彼女の周囲だけが氷河期になったかような環境になった。

「……まずいな」

 大地に張った氷が光を反射する。それは地面の状態を確認するにはもってこいの状態であった。

 何もなかったかのように見えた地面には、確かに隠蔽されたタイヤ痕が見られた。

 

 その瞬間、フロストノヴァの側頭部をめがけて、どこからかクロスボウの矢が放たれた。

 バキイイン!!! 

「……」

 しかし、矢は彼女に着弾する前に、凍結した大気によって弾き落とされてしまった。

 フロストノヴァは、何も喋らずに矢が発射された方向を睨みつけた。

 

「初弾、防がれました。ポイントAからCに移動します」

 フロストノヴァの方向を向いていたドクターの背後から、聞き慣れた声が聞こえた。

「いえ、大丈夫ですよシュヴァルツさん。状況が変わりました」

「お久しぶりですね、ドクター。それと…………テキサスさん?」

 

 黒を基調としたコートに青のラインがアクセントで装飾されていた。あまりにもドクターが着ていたロドスの制服と酷似していた。

 忘れるわけがない。ロドスの公表リーダー、最高執行責任者、方舟の代表、アーミヤであった。

 

「まぁ、大体予想通りですか……。待ちくたびれてしまいましたよ」

「あはは……、何故ここに? みたいな顔してますね」

「こちらのセリフですよ。なぜフロストノヴァさんがいらっしゃるのですか?」

 

 ドクターが前に出て弁明を試みる。

「アーミヤ……! フロストノヴァは仲間だ! ロドスのデータベースにも登録されている!」

 アーミヤは静かにドクターとの距離を詰めた。それは丁度ドクターの胸の辺りにアーミヤの頭が来るほどに。

 テキサスが抜刀する。フロストノヴァは大気を震わせて威嚇した。すぐにでも少女の首を撥ねれる体勢であった。

 

「それって、ケルシー先生にも言ってないことですよね……?」

「あっ、分かるので大丈夫です」

「途中で口を挟まれるのも面倒ですので……」

「隠してたってことは、私たちに嘘をついていたってことですよね?」

「私とケルシー先生は、いつもドクターのことを一番に考えているのに……!」

「なんでドクターは私たちのことを考えてくれないんですか!!」

 

 アーミヤがドクターの手を取り、関節を逆側に押し広げる。

 年端もいかない少女の握力など、成人男性からすれば微力もいいとこなのだが、ドクターはアーミヤの手を振り払うことが出来ず、そのまま膝をついた。

「ぐッ……、アーミヤ……!」

 

 フロストノヴァが黒い氷を発生させた。

 その動作を見たアーミヤは、片膝をついたドクターの体を回し、テキサスたちに顔が見えるようにさせた。そして、ゆっくりと背後から抱き着くような体勢をして問いかけるのであった。

 

「動かない方がいいですよ。いくらテキサスさんとフロストノヴァさんが強くても、小隊の皆さんは違いますから」

 ビシイイイ!! 

『うおおっ!! 狙われているぞ!!』

 スノーデビル小隊の股下に弾丸が撃ち込まれた。アーミヤは、「妙な事をすれば隊員の安全は保障しない」ということをアピールしていた。

 

 テキサスは歯を食いしばった。ドクターと隊員たちを人質に取られている以上、迂闊な行動は取れなかった。

 

「はい、そのまま武器を捨てて投降してくださいね」

「皇帝さんはテキサスさんに便宜を図ってくれたみたいですが、私はそんなことしませんので」

「では、ロドスに戻りましょうか」

 

 建造物の影や内部から、見知ったオペレーターたちが姿を現した。

 アーミヤの後方から軍用車が数台、どれもBSWのものだった。

 

「……あちこちに捜索網を張りましたが、まさかウルサスと大裂溝を抜けるとは思いませんでした」

「ですが、『整った顔立ちのループスはどこに行った』と聞いたら皆教えてくれましたよ」

「テキサスさん? あなたが薬局に寄らなかったら、私たちはここに辿り着くことは難しかったでしょうね」

「……テキサスさんが旅の終止符を打ったんですよ?」

 

「ドクターを苦しませて、仲間にも剣を向けて、その結果がコレですよ?」

「色んな方のお世話になって、それであなたが成し遂げたことは何ですか? ただ歩き回っただけですよね?」

「あの時、エクシアさんに敗北しておけば良かったんですよ」

 

「貴様あああああああああ!!!」

 テキサスが剣を発光させた。

 腕を掴んだフロストノヴァの制止を振り切り、凍てついた大地を駆ける。

 最後の一撃に賭けたモスティマのように、テキサスもまた立ち塞がる魔王に刃を向けた。

 

「……そういう所ですよ」

 ドクターの手をギリギリと握り締めたアーミヤが呟く。

 もう2、3歩で切っ先が届きそうといったところで、テキサスの上空に影が現れた。

 ドザアアアアア!! 

「ぐぁッ……! 卑怯だぞッ……!!」

 テキサスはアーミヤの足元で、何者かに押さえつけられ、そのまま身動きが取れなくなった。その直後に全身から力が抜けていくのが実感できた。

「制圧、完了……。始末、する?」

 

「いえ、そのままでお願いします」

「本当にそういう所ですよ。テキサスさん」

 

 アーミヤは眉間にシワを寄せて睨みつける。

 ドクターは理解していた。彼女が怒りを露わにするのは、個人の名誉や誇りが傷つけられたときだけだと。

 しかし、その時のアーミヤの周囲には、確かに禍々しいオーラが渦を巻いていた。

 

 レッドがテキサスの上半身を起こす。

 彼女は依然としてアーミヤの瞳を睨みつけていた。

 フロストノヴァたちの周囲をロドスのオペレーターたちが取り囲む。まず間違いなく無傷では突破できない状況であった。

 

「そうやって後先考えずに行動するから、何もかもうまく進行しないんですよ……!」

「『きっと大丈夫』という浅はかな思考が、結果として自らの首を絞めていたんですよ……!」

「何で黙っているんですか……」

「私とケルシー先生から! ロドスのみんなからドクターを奪っておいて! 何でそんな目で人を見ることが出来るんですか!!」

 

 アーミヤがテキサスの肩を蹴り上げた。

 力の丈を振り絞り、フルスイングで蹴りを入れたように見えたが、ペチッと弱弱しい音を立てるだけで大したダメージにもなっていないようだった。

 むしろアーミヤの足の方がダメージを負ったような具合であった。

 

「……フッ!!」

 ガギイ!! 

「いった……!」

 テキサスが一瞬の隙を突き、レッドの指を噛んで捕縛から脱した。

 まさかの行動にアーミヤが驚き、2、3歩後方に下がる。

 ドクターを握った手の力が緩まったその時、アーミヤの細やかな指を振りほどき、ドクターがアーミヤを押さえつけた。

「きゃっ!? ドクター!?」

「形成逆転だなぁ!! エレーナ! 暴れていいぞ!!」

 

 ドクターの言葉を聞いたフロストノヴァたちがニヤリと不敵に笑った。

 スノーデビル小隊を取り囲む者たちが、周辺の温度の低下に気づいた時には既に遅かった。

「悪く思うな。少し冷えるぞ」

 ビシッ!! ピシピシピシバキバキバキバキバキ!!!! 

 フロストノヴァを中心に、氷塊がオペレーターたちを飲み込んでいく。一瞬の隙を見出し、氷塊を回避した者たちを隊員たちが逃がさんと追撃に向かう。

「これくらいでいいだろう。やりすぎると生態系を破壊しかねん」

 

 思うような動きが取れなくなったアーミヤ。およそ少女がしていいような顔をしていなかった。

 地面に組み伏せられていた状態のまま、耳をすませば辛うじて聞こえるような声量で言葉を発した。

 

「何で、ドクターがテキサスさんの味方をするんですか……」

「ドクターは、私の味方じゃないんですか……?」

「私に嘘をついていたんですか!!」

 

 アーミヤから発せられていた黒いオーラが濃くなった。

 かつてのフロストノヴァのように、目的のためなら命すらも惜しまない者が放つ気迫を纏い、ドクターの腕を握り返した。

 

「ドクターは! 黙って! 私の言うことを! 聞いていればいいんです!!」

「私とケルシー先生のために生きればいいんですよ!!」

 アーミヤの指輪がカタカタと揺れた。

「……ドクターは何も考えなくて大丈夫ですよ?」

「今度こそ、私が、助けてあげますから……」

「だから、ロドスに帰ったら、いっぱい褒めてくださいね……?」

 

 フロストノヴァが歩み寄る。

「堕ちる所まで堕ちたな、黒うさぎ」

「出会い方さえ違えば、ゆっくりと話が出来ると思ったが、まさかここまでとはな」

「救ってやる。貴様らがパトリオットにそうしたように」

 

 テキサスがドクターに駆け寄る。

 彼の腕にはアーミヤのモミジのような手の跡が、内出血とともに所有権を主張していた。

 アーミヤが、テキサスの指にキラリと光るリングがあることに気がついた。

 

「……テキサスさん? そんな指輪してましたか?」

 テキサスが手を背に回す。アーミヤに見られないように。もっとも、既に手遅れだったようだが。

「いや、これは、深い意味はない……」

 アーミヤがニコリと笑った。

 心の内を読んだのだ。

「…………嘘つき」

 

「くッ……! 離れろ!」

 フロストノヴァが氷壁を発生させる。とても分厚い氷の壁。熔解させるには、それこそタルラのアーツが必要なほどの物だった。

 しかし、その氷の壁はみるみるうちに亀裂が走り、やがて数分も経たない内に破壊された。

 

 飛び散った氷が冷たい霧を生み出した。テキサスが必死に霧をかき分け、どこかに居るはずのドクターを探した。

 刹那、突如として霧の中から手が伸び、彼女の首を絞めた。

 

「がッ……、あ、ああ……。息が……」

「……その指ごと落としましょうか。5本ある指の1本なんです。なくなっても困りませんよね」

 視界の片隅で、スカジやサリアたちがフロストノヴァの足止めをしているのが見えた。スノーデビル小隊はへラグの手によって蹂躙されてしまったようだ。フロストノヴァの戦闘にへラグたちが合流したら、いくら彼女と言えども長くは持たないだろう。

 酸素が上手く取り込めず、徐々に暗くなっていく視界の中で、テキサスは自身の腹部を守った。

 アーミヤがテキサスを投げ飛ばす。

「……」

 アーミヤは何も言わず、テキサスの眼球に黒く濁ったアーツを打ち込もうとした。

「……なんで、伏せないんですか?」

「あと10㎝でテキサスさんの頭部は弾け飛ぶんですよ?」

「……それなのに、なんで頭じゃなくてお腹を守っているんですか?」

 

 テキサスは何も喋らなかった。ただ見逃して欲しいと首を横に振るのであった。

「……テキサスさん?」

 アーミヤが数歩引き下がる。

 テキサスの心の内側にある事実を直視したのだ。自身の能力を使ったことを初めて後悔した。堪えようの無い怒りが少女を支配していった。

 そして、声を震わせながら叫んだ。

 アーミヤの指輪にヒビが入った。

「テキサスさあああああああああああああああん!!!!!」

 

 目の前で突風が巻き起こる。冷たい霧が、アーミヤが発生させたアーツに収束していった。テキサスの体も同様に吸い寄せられていった。

 最後の抵抗として剣を握った。フロストノヴァの氷壁をいともたやすく破壊したアーミヤの前では、何の効力も持たなかっただろうが。

 アーミヤが充血した目でアーツを放つ、その瞬間、

 パキイイイン…………。

 

 アーミヤの手の上で渦巻いていたアーツがかき消される。

 突如として大きな風が吹きあがり、霧が晴れると同時に、アーミヤの何が起きたか理解できないような表情が見えた。

 

 はるか上空から飛来した人物がゆっくりと剣を抜き、そして静かに呟いた。

「……ただ、一瞬です」

 

「……シャイニングさん? ッ!?」

 ほんの一瞬、煌めく閃光が見えたと同時に周囲の物質すべてが宙に浮いた。

 フロストノヴァやへラグたちも戦闘を中止し、それぞれが着陸の体勢を整える。

 テキサスたちの上空には、一機の飛空艇が垂直飛行していた。シャイニングの他に、数名のオペレーターたちが飛び降りてくる。

 

「やれやれ、大裂溝に飲み込まれたと聞いた時は流石に肝を冷やしたが、何とか間に合ったか」

「まだまだ子どもだと思っていたが、今回ばかりはお痛が過ぎるようだな」

 アーミヤが表情を歪ませる。

「ケルシー先生……!」

 

 ケルシーだけではない、ブレイズもロスモンティスも居た。静かにアーミヤを見つめるシャイニングと、その後方にはカランド貿易の面々とラップランドの姿も見えた。

 一切の情け容赦の無い脳筋組。医療オペレーターがケルシーしか確認できない時点で、腕力だけで勝負する気満々のメンバーたちだった。

 

「久しいな、我が盟友。立てるか」

「お久しぶりですね、ドクター。立てますか」

 シルバーアッシュとプラマニクスがドクターを起こす。

 マッターホルンたちはスノーデビル小隊の救援に向かったようだ。

「あぁ、今日は滅茶苦茶だ……。怪獣大戦争みたいだ……」

 

 へラグが再び剣を握る。パトリオットが語ったフロストノヴァと決着をつけるために。

 しかし、その行く先を一人のループスが立ち塞がった。

「ごきげんよう、おじさん。元気そうで何よりだよ」

「……君は、ラップランドと言ったか」

 

 かつて、イェラグの検問所にて、テキサスとドクターを逃がすためにラップランドはへラグと対峙した。

 結果はラップランドが苦汁を飲まされる事となったが、今回は雪辱を晴らすために牙を研ぎ澄ませて来たようだ。

 俗に言う、完璧に仕上がった状態だった。

 

「おじさんのコートカッコいいね。ボクにくれないかな」

「血気盛んな若者に教育を施してやるとするか」

「アハッ! うっかり引導を渡しちゃっても怒らないでね!!」

 

 フロストノヴァはテキサスの下に駆け寄ろうとした。現状、最も死の危険が迫っていたのはテキサスだったからだ。

「パトリオットが死んだそうね」

 フロストノヴァが立ち止まる。

 へラグやドクターが語る言葉とは違う、明らかに嘲笑の意味を含めた言葉だった。

「……Wか。先を急いでいる」

「彼の最期は聞いたの? 石になりかけた肉体で、結果として何も成せずに死んでいったらしいんだって」

 フロストノヴァの足元に、黒い氷が広がった。

「ホント馬鹿みたいな男。確固たる()()を抱いて、それで()になって()()に診られず()()だけ残して逝くなんて」

「パトリオットに謝罪しろ……!!」

 Wはニヤニヤと嗤った。

 アーミヤといい、ドクターいいWといい、どうにもバベル出身のオペレーターは、人の心理を弄ぶのに長けているようだ。

 

 あちらこちらで戦闘が起こっていた。

 流れ弾をケルシーが首を傾けて回避する。

 

「……Wは味方じゃないのか?」

 ドクターの質問に、ケルシーが静かに答えた。

「……こんなつもりではなかった」

 遠くの方からブレイズとロスモンティスが暴れる音が聞こえた。アーミヤに駆け寄る増援の波を、宙に浮くアンジェリーナが食い止めていた。

 

 ケルシーがアーミヤに近づく。

 ドクターを人質に取っていた時の余裕の表情は既に失われており、ただ自身の保護者もとい師匠が放つ存在感に恐れおののく少女の姿がそこにはあった。

 ケルシーは珍しく怒っていた。

 

「……アーミヤ、なぜこんな事をしたんだ」

 アーミヤの脚は震えていた。

「わ、私は、ケルシー先生のためにと思って……」

「……私はそんなことを頼んだ憶えはない」

 

 ケルシーは静かにアーミヤを問い詰めていた。

 フロストノヴァの黒い氷が、Wの爆破で周囲に飛び散る。

 

「アーミヤ、今、私の心を読んだな?」

「……はぇ?」

 パシンッ! 

「!! ぇ!? え!?」

 ケルシーがアーミヤの頬を叩いた。

 それは親が子を叱るように。

「また読んだか。悪い癖だな」

 

「ケルシー先生!? なんでですか!? どうしてですか!?」

「なんで叩いたんですか!? みんなが幸せになれるようにしたのに!!」

 ケルシーはどこか悲しそうな目をしていた。

「私たちはそんなことを頼んだ憶えはないぞ」

 

「そんなことありません! 今だって、心が揺らいでるじゃないですか!!」

 パシンッ! 

「うわぁ!? なんでですか!?」

 

 アーミヤが今にも泣きそうな目でまくし立てる。

「ケルシー先生だって毎晩泣いていたじゃないですか!」

「私はドクターとケルシー先生が仲良くしているのを見るのが大好きなんです!!」

 

「でも、私もドクターのことが好きになってしまって!! 他の人と笑っている姿が憎くて憎くて憎くて憎くて!!!」

「ロドスの皆さんが泣いているのが辛くて辛くて仕方なくて!!」

 

「ドクターにもっと褒めてもらいたくて! もっと抱きしめて欲しくて!」

「でも! ドクターもケルシー先生も私を子ども扱いばっかりして!!」

「私だって! ケルシー先生の弟子だからやれば何でもできるのに!!」

「私とケルシー先生が居るのにドクターは他の人ばかりにお願いして!」

 

「ドクターの理解者は私たちだけでしょう!?」

「それでも私はロドスの仲間の事が大好きで!!!」

「だからだからだからだからだから!!!」

 

「ドクターを自分たちの物しようとしたんです」

「そうしたら皆さんが笑顔になりますよね」

「あはは……!」

 

 シャイニングが言葉を発する。

「どんな人間であろうと、命ある限り自由が保障されています。どんな理由があろうとも、それを侵すことは何人たりとも許されません」

 

「アーミヤ……」

 息も絶え絶えのアーミヤに、憂い気な表情を浮かべたケルシーが語り掛けた。

「すまなかった。私が不甲斐ないばかりに、アーミヤに心配をかけさせてしまった」

「本当にすまない……」

 

 ケルシーは深々と頭を下げた。龍門の長官にも屈しなかったあのケルシーが、アーミヤに頭を下げていた。

「……なんで、ケルシー先生が謝るんですか?」

「すまない……。気づかぬ内に追い詰めてしまっていたようだ……」

「やめてください……。頭を上げてください……」

 

 ケルシーは動揺するアーミヤに脇目も振らず、踵を返してドクターの下へ歩いた。

「ドクターにもだ。私はアーミヤの成長を甘くみていたようだ。彼女が大人になっていたということを理解していなかった。()()()()()()()()迷惑をかけたことを申し訳なく思う」

「違うんです……! やめてください……!」

 

 アーミヤがフラついた脚を動かし、何とかケルシーの後を追う。

「テキサス。アンジェリーナを通じて物資を送ったりしたが、やはり不十分だったようだな。私の不手際で要らぬ苦労をしたと思う。本当にすまなかった」

「ケルシー先生! お願いします! もうやめてください!」

 

 アーミヤの目尻には涙が浮かんでいた。

 敬愛している人物が自らの失態に頭を下げている。その事実は、アーミヤの誇りを傷つけるには十分すぎた。

「シルバーアッシュ。我々は友好的な関係を築いていたかと言われればそんなことは無いが、それでもドクターのために血を流してくれたことを誇りに思う。しかし、負傷したことは事実だ。アーミヤに代わって後日、正式に謝罪させてほしい」

「ごめんなさい! ケルシー先生! お願いします! もう謝らないでください!!」

 

 それでもケルシーはアーミヤを無視し続けた。アーミヤはケルシーの服の裾を引っ張って懇願した。

「フロストノヴァにもだな……。経歴不明の職員が数名居たから予想はついていたが、まさか本当に生存していたとはな。大裂溝の件ではドクターが世話になった。フロストノヴァたちが居なかったら、間違いなくドクターとテキサスは死んでいた。心からの感謝を送るのと同時に、スノーデビル小隊を正式にロドスの部隊として認めよう」

「ケルシー先生! ごめんなさい! ごめんなさい!! 私が謝りますから! もうやめてください!!」

「全部私が悪かったんです! ドクターもケルシー先生もテキサスさんも誰も悪くなくて! 全部私が悪かったんです!!」

「もう勝手に心も読みません! 薬も全部廃棄しますから!! だからもう頭を下げないでください!!」

 

 ケルシーがしゃがみ、アーミヤの涙を指で拭った。

 そして、少女の瞳を見つめながら、静かに抱きしめるのであった。

「アーミヤは強い子だからな……。誰よりも頑張りすぎる癖がある」

「私とドクターの悪い部分ばかり吸収して……。本当に困った子だ」

 

 アーミヤの目から、ポロポロと雫のような涙がこぼれ落ちた。

「アーミヤ、お前が皆のことが大好きなのと同じように、皆もアーミヤのことが大好きなんだ」

「ロドスに、我々の家に戻ったら、ドクターと3人で謝りに行こうか」

「そして、どこか遠いところに遊びに行こう。昔のようにな……」

 

 アーミヤは子どものように泣いた。

 ケルシーの胸に抱かれたその姿は、さながら親子のようなものだった。

 一人で溜めこみすぎるというケルシーの欠点を継承し、手段を選ばないという過去のドクターの思想に影響された少女は、まさに二人が生み出した汚点のようなものだった。

 やがて少女は抱かれたまま眠ってしまった。それは泣き疲れたからなのか、それとも解放されたからなのか。しかしそれは誰にも分からぬ事であった。

 

「……と、まぁこれくらいでいいだろう。情に弱いのは考え物だがな」

 聖母のような顔をしていたケルシーは、顔面の皮を剥がしたかのように豹変した。

 ドクターとテキサスは、「ずっとあのままでも良かったのに」と思うのであった。

 

「ふん、恐怖で統率が執れる訳がない。やがて瓦解する運命にあっただろうが、一体誰を参考にしたのやら……」

 ケルシーはジトリとドクターの方を見た。

 そして、彼とテキサスのお揃いの指輪を見て深いため息をつくのであった。

 

「あれぇ~? テキサス、なんだか大人っぽくなった?」

 ラップランドがテキサスの背後から顔を出した。

 ぶかぶかのコートを羽織っていた彼女は、意地悪そうにテキサスにちょっかいをかける。

 

「やめろ、何も変わった所はない」

 テキサスは左手をポケットの中に隠した。見つかれば絶対に面倒なことになるからだ。

「へラグ将軍に敗北してからはどうしたんだ」

「あ~、全員ショーグンに吹っ飛ばされちゃってね、そのままカランド貿易の皆と荒野を彷徨ってた所を回収されたってとこかな」

 ラップランドは遥か後方に停泊している飛空艇を指差した。

 飛空艇の側では、チェンとホシグマが帰りの分の燃料を手作業で給油していた。

「ねね、このコートカッコいいと思わないかい? ショーグンから剝ぎ取ったんだよね」

「……中二病」

 

 

「まぁ、このへんで勘弁しといてあげる。一応は味方みたいだし?」

「……認めない」

 フロストノヴァは片膝をついてWを見上げていた。

「なに、アンタってそういうこと言うキャラだったんだ。意外なんだけど」

「……」

 Wは髪の毛にこびりついた氷を触っていた。

 そして、Wは性格悪そうに敗者に向けて言い放つのであった。

()()()()()()としての経験値の差ね。敵で登場したら恐ろしく強いけど、味方になったら凄く弱いみたいな感じ?」

「ま、私もロドスに戻った時はそんな感じだったから、気にしない方が身のためよ」

 そう言ったWはフロストノヴァに対して手を差し伸べた。

「……ん」

「……そういうことをするキャラだったんだな」

 フロストノヴァはWの手を握ると、そのまま力を入れて立ち上がった。

「はっ、肉壁は多い方がありがたいでしょ?」

「……そうだな」

 フロストノヴァは握り締めたWの手をひっくり返し、そのまま彼女の体を地面に叩きつけた。

 程無くして第二ラウンドが始まるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛空艇の中から一人、やけに軽い足取りの女性が姿を現した。

「いやぁ~、凄い良い話で終わりそうなんだけどね? 問題発生の根幹は解決してないんじゃない?」

 

 ドクターがハッとしたような表情で言葉を発する。

「そうだ! 元凶は私のアーツだったんだ! これ以上放置しておくとまたこんな事件が起きるぞ!」

 

 飛空艇から出て来た女性のニヤニヤしたその表情は、どうにも不安感を掻き立てられるものだった。

「唯一の対策法として、周囲のアーツを無効化するマシンがあるんだけどね?」

 

 いつかのプラマニクスが言っていた。

 アーツを無効化させる機械があるとか。しかし、そのお値段なんと1億龍門幣。

 

「実は! この可愛いクロージャが作っちゃいました!」

 

 集団から感嘆の声が上がる。

 アーミヤが激昂し、テキサスの頭部を吹き飛ばそうとしたアーツはそのマシンによって無効化されたのだろう。

 満面の笑みを浮かべながらマシンに近づくドクター。その感触を確かめようと、マシンに手を伸ばすが、

 

「あっ、まだお話は終わってないんだよね。っていうかここからが本題」

 クロージャは腰のポケットから電卓を取り出した。

 

「え~と、このマシンを設計するのに約3億龍門幣かかりました」

 

「事件の発端のドクターと、被害を拡大させたアーミヤちゃんは大戦犯ということで確定で、B級戦犯のアズリウスさんとモスティマさんとテキサスさんは三人で一組とカウントしまして~。あと古参の癖にガチ裏切りしたワルファリンも追加の合計3人で負担ということで!」

 

「ドクターとアーミヤちゃんはそれぞれ1億。それ以外は2500万龍門幣のお支払いお願いしま~す♡」

 

 ドクターとケルシーの顔が引きつっていく。

 

「まだあるんだけどね?」

「実はこのマシンは現在進行形のアーツしか無効化できなくてですね! 既に発動されているアーツの影響は無効化出来ないんですよ!」

「ドクター、責任取りますよね???」

 

 テキサスが謎の余裕を強調しながら答えた。

「私は一番でなくても構わない。英雄色を何とやらだからな……!」

 テキサスは腰に手を当てて胸を張り、鼻をふふんと鳴らした。

 どこか偉そうな態度だったのは気のせいだろうか。

 

 ドクターが答えを出す。

「……ありがとう。クズで外道もいいとこだが、それでも許されるなら全員の責任を取ろう」

 

 

「うん! それでね! 一個12万龍門幣の指輪を用意してまして~」

「……ん、おい、ちょっと待ってくれ」

 

「購入確定分が100人分! Lancet-2ちゃんのオーダーメイドリングが1個! 私とケルシーの分はタダにしといてあげる!」

「120,000×100+350,000=12,350,000龍門幣追加で~す!」

「1億1235万か……。副業探すか……」

 

「まだまだあるからね~」

「はぁ!? まだあんの!?」

 

「テキサスさ~ん、ヴィクトリアの聖堂教会で結婚式、ぶち上げてみたいと思いません?」

「まぁ、考えたこともなかったが……。教会か……。それは良いな……」

 

「ということで! 聖堂教会の貸し切り権と! ウエディング諸費用込みで!」

「1人500万龍門幣です」

「ちょっと待て、思っていたのと違う」

 

「5,000,000×102+Lancet-2ちゃん白無垢バージョン500,000=510,500,000龍門幣」

 

「合計金額、6億2285万龍門幣で~す♡」

「返済期限は一生。クロージャお姉さまが無利子で貸し出す善良金融屋で良かったな。泣いて感謝しやがれ女タラシが」

 

「思ってたんと違う!!」

 

 見かねたケルシーとテキサスがドクターの肩に手を置く。

「その、何だ。資産なら潤沢にあるから、肩代わりするが……」

 クロージャが奈落に垂らされた蜘蛛の糸を断ち切る。

「ダメだよ! ケルシーが支払ったらドクターが反省しないじゃん!」

 

「というわけで、ドクターはロドスに永久就職決定! 皆はお嫁さんになれてハッピー! 完璧だね!」

「ね? 何か文句ある? モスティマちゃん?」

「あるなら指輪はキャンセルということで~……」

 

「……それで良いと思う」

 

 

 

 ドクターとテキサス、カランド貿易にラップランド。そしてフロストノヴァの逃亡者組。

 アーミヤを首魁とするロドスオペレーター異常者組。

 モスティマとエクシアの誘拐組。

 ケルシーのバランスブレイカー☆6オペレーター脳筋組。

 

 4つの陣営が、それぞれの願望の為に凌ぎを削り合ったが、最終的にはクロージャの一人勝ちで幕を閉じた。

 全てはクロージャのマシンによって解決するように思えた。しかし、カンストを突破した信頼度は元には戻らないのだ。今後、ロドスに加入する者たちに影響は及ばないが、それでも苦労は続くだろう。

 ロドス全体を巻き込んだ一大事件は、これにてひとまず終幕を迎えた。

 

 

「そういえばさ、ドクターの素性を偽ってレユニオンとかに放り込んだら内側から崩壊させられるんじゃないの?」

「ほら、レユニオンの大将って女の人なんでしょ? ロドスでこれだけ荒れたんだから多分いい線イケると思うんだけどな~」

 

 エクシアが冗談交じりに呟いた言葉に、その場に居た全員が振り返った。

 

「「「「……それだ!!」」」」

 

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