見ていなくても特に問題はありません。
【ペンギン急便】
「…………」
彼女は右腕の傷を眺めていた。ロドス艦内において、オペレーターと交戦した際に負った傷である。(5話参照)
それは、一人の男を目的の場所に向かわせるために負った、名誉の負傷。
「……ふふっ」
「なーにニヤニヤしてるの!?」
現在、荷物を持つことが出来ないため、適当にくつろいでいたテキサスに突っ込んできたのは、同業者にして現相棒のエクシアだった。
上から被さった状態のエクシアを引っぺがしながら、テキサスは答える。
「何でもない。エクシアこそ何をしている」
「あたしは休憩! 今日の配達終わっちゃたんだよねー」
「だからって遊び相手にはならないぞ」
何度も繰り返したやりとり。テキサスはこうしてエクシアがじゃれてくることに日常を感じるのであった。
喧騒とは程遠い生活。
しかし、テキサスはこうした平穏の後には必ず事件が起きると理解していた。
「ヤホー、龍門アイドルのソラちゃんでえええす! ただいま帰還しました!」
「おかえり! ソラもこっち来なよ! テキサスもいるよ?」
「ホント!? 行く行く!!」
時間帯的に業務を終えた職員たちが続々と集まってくる。
クロワッサンはテキサスの分の業務が追加されているため、帰還がかなり遅れるようだ。
「あ、テキサスさん知ってますか? アレの話!」
ソラが身を乗り出し、鼻先が触れ合う寸前で止まる。
龍門アイドルのテンションが高いのは普段のことだが、本日の勢いは当社比2倍増しに感じられた。
「……何の話だ?」
「テキサスさん知らないんですか? ロドスが仲間割れして壊滅寸前みたいらしいんですよ」
「え~~? それってガセネタなんじゃないの?」
ロドス内で闘争があったのは事実だが、風の噂に流されて話が誇張されているらしい。
テキサスは黙っていた。
自分がその問題に深く関わっていた事を隠す理由も特にないのだが、黙っていた方が面白そうだと思ったからである。
「それがホントなの! ケルシーとドクターが仲間割れして派閥に分かれて戦ったんだって!!」
「えぇ~? あの2人が~? なんかますます噓っぽいんだけど!」
紆余曲折した情報を真実のように話すソラと、まったく信じず話半分に笑いながら聞くエクシア。
ここにクロワッサンがいたらもっと騒がしくなっているだろうか。
「だからホントだってば! 午後からそれのお話でドクターとアーミヤが来るって言ってたもん!」
「ドクターが来るのか?」
ずっと黙っていたテキサスが急に口を開いたため、ソラが驚いた顔をしている。
一方、エクシアはドクターという言葉を聞いた瞬間、微妙な顔をした。
「え? あ、はい! 協定とかなんとかで皇帝と話すってモスティマさんが言ってましたから!」
「……そうか。ドクターが来るのか。……そうか」
そう呟いたテキサスは露骨に自分の前髪を気にしだした。
エクシアは落ち着かない様子で辺りをキョロキョロしている。
「え、えぇ? どうしたのみんな? ソラがいるのに悲しい顔しちゃダメだよ!」
「いやぁ~疲れた疲れた! エクシア? アップルパイある?」
テキサスの分の業務を終了させたクロワッサンがアジトに戻ってきた。
しかし、アジトの雰囲気は……。
「もぉ~! ソラの歌聞いて元気出して!」
「「…………」」
「……何この雰囲気」
ムードメーカーのエクシアが機能しないだけでこれほど雰囲気が地獄になるとは。
「わたしは自分の部屋に戻らせてもらう」
テキサスは身だしなみを整えるために、自身の宿舎に向かう。
なぜ自分が身だしなみを整えようとしているのかは理解できなかったが、とにかく、ドクターが来るならそうするべきだと体が動いていた。
「……あはは~、おかえりクロワッサン! アップルパイ焼いてあげよっか!」
強がり。だが、クロワッサンとソラはそれを指摘するほど子供ではなかった。
【ロドス】
「ドクター、本日はペンギン急便との契約確認で21:00から龍門に向かいますので、くれぐれも忘れないようにしてください」
ロドスでの騒動もほとぼりが冷め、各オペレーターの間にも落ち着きが戻ってきた。
もっとも、それはオペレーターの間だけであり、私は後始末に追われ、依然として多忙を極めていた。
「アーミヤ、この後はライン生命と会合があってな……」
「……ドクター。わたしは後始末を手伝っているのに、サイレンスさんの所に行くんですか?」
例の騒動以来、私に対しての当たりが強くなっている気がする。
まぁ、当然と言えば当然なのだが……。
「いや、何でもない……」
「はい。それでいいんです」
ペンギン急便との契約確認。皇帝と会うのか……。
少し神経を使うから面倒だ。それにエクシアと会うのは気まずいのだが……。
「……ドクター。テキサスさんへの謝罪を忘れないで下さいね」
「……はい」
ロドスの施設設備のほとんどは復旧したが、ケルシーは研究室に引きこもっているらしい。
龍門に行くまで時間があるから様子を見に行くか。
【連絡通路】
アホみたいに長い通路を歩く。
ある程度は元通りになったが、それでも各所には生々しい傷跡が見られ、かつての争いの激しさを物語っている。
「ひ~~ん、何でそんなに速くできるの~??」
「…………手先の器用さには自信がある」
通路の修復が終わっていない場所にはアンジェリーナとシラユキがいた。
どうやら、作業が終わっていないアンジェリーナの手伝いをしているようだ。
「……アンジェリーナ、大丈夫か?」
「えっ!? ドクター!? なんでここにいるの!?」
いきなり話しかけたものだから驚かせてしまった。
見たところ、こういう精密な作業はあまり得意ではないらしい。
「この先に用事があってな、その……すまない。私が巻き込んでしまったばかりに……」
「なーにいってるの! わたし達はドクターを信じて自分から行動したんだよ?」
「……我々は各々の意思で行動した。たとえ御身に止められたとしても、我々は動いていた」
「シラユキちゃんの言う通りだよ! みんな後悔なんてしてないよ!」
彼女らは本当に良い子たちだ。
将来、乙女心を理解できない男に騙されなければいいのだが……。
「……ありがとう。落ち着いたらこの恩を返させてほしい」
「ん~? じゃあ今度お部屋行くから! キレイにしといてね!」
「御身の財布で寿司が食べたい……」
ある程度アンジェリーナの手伝いを済ませた後、私は2人に別れを告げ、研究室に向かう。
ケルシーがいつまでも引きこもりのままだと困る人もいるのでな。
【ケルシーの私室兼研究室】
ケルシーの私室兼研究室に向かうと、見知った顔が現れた。
赤いフードにグレーの髪。装備したナイフは見る者に狼の牙を連想させた。
「ドクター、ケルシーは誰にも会いたくないって言ってる」
「そうか。私はケルシーだけに会いたいんだがね」
部屋の中から物音が聞こえる。急いで片づけでもしているのだろう。
よほど爛れた生活を送っていたようだ。
そんなことを考えていると、レッドから話しかけられる。
「ドクター、その、日記の件、申し訳なく思っている」
「……? なぜレッドが謝るんだ? アレは私とケルシーが起こした問題だから謝罪するのは私の方なのだが」
「レッド、日記の内容、知っていた。あの時教えていたら、こんなことにはならなかった」
どこも反省する部分は無いと思うが、今まで命令に従うだけだったレッドにも、何か変化があったのか。
私は今回の騒動の悪い点ばかり見ていたが、このような点もあったとは。
怪我の功名とはよく言ったものだ。
しょぼくれているレッドの頭を手のひらでぐしゃぐしゃにする。
「うっ。レッド、撫でるなら、もっと優しく」
私は黙って手を動かす。
ループス族は信頼している人に頭を撫でられるとご機嫌になり、次第に蕩けていくのだ。(ラップランドとテキサスで調査済み)
「んぁっ……。ドクター、ケルシーより上手」
目を半開きにし、口をだらしなく空けて体を震わせているレッドを尻目に、私は後方の扉のロックが解錠されるのを確認した。
「すまないレッド。ケルシーがお呼びのようだ。先を急がせてもらうよ」
「あっ……。なら、レッド、宿舎に戻る。また、来て」
ふらふらのレッドに手を振り、姿が見えなくなったタイミングで扉を開ける。
そこには、かろうじて歩くスペースが確保されたような酷い惨状の部屋が出現した。
「…………人の部屋の前で逢引か。まさかそこまでだったとはな」
「ケルシー……。ッ!? ケルシーなのか!?」
出迎えてくれたのは髪がボサボサで、深淵のような隈を持つナニカだった。
散らかり放題の部屋を見る限り若干の覚悟はしていたが、まさかここまでとは……。
あと目のハイライトが消えてて
「……ドクター。私を笑いに来たのか……。しかし、もう日記は焼却したぞ……」
「い、いや。精神的に参っていると聞いたのでな……。無事かどうかを確認しに来たんだ」
日記の全文公開がかなり効いたのだろうか。
ロドスの牙である彼女は子犬にまで成り下がってしまったようだ。
「…………優しいのだな。だが、その優しさはわたしだけに向けたものではないのだろう? 昔の君はわたしだけを心配してくれたのだが、現在はどうだろうか。誰彼構わず接触し、思わせぶりな態度を取ったと思えば他の娘の所に向かいの繰り返し……。誰にでも平等に接するというのは確かに君の長所だ。感染者が多く集まるこのロドスにおいて評価するべき素晴らしいことなのだがね? それでも……女性というのは大切な人からの寵愛を一身に受けたいと思う生物なのだ……。遊び人の君からしたら面倒極まりないことを発言している事は自覚している。しかし、しかしだね。仕方がないことではないか。わたしも完全な生物ではないのだから……。それともアレか? 君はわたしのことを女性として認識していないのかね? Wのように、君もわたしのことを怪物だと思っているのかね? 最終的にはケルシーが何とかしてくれるだろうなんて思っているんじゃないか? わたしは君に頼られるなら何だって構わないが、それならわたしは誰に頼ればいい? このロドスの切り札として温存されているわたしは誰に助けを求めればいいのだ……。君だけが、わたしのよすがだった。暗く、寒く、痛みが押し寄せる闇の中でも、君の声を聴くだけで救われたのだ……。そういえば、君は昔からWとすれ違う時にいつも胸を見ているな。やはり君も好きなんだな。大きい方が。なに、別に恥じることではない。むしろ君も男性なんだと安心したところだ。生憎わたしの肉体はお世辞にも魅力的とは言えないが、手術に関しては自信があるのでね、君の望む姿になってみせよう。…………必要ない? それでもわたしは、前のように君にとっての唯一無二の存在に戻りたいんだ……。皆、君にとっての大切な存在なろうとしている。ならば、わたしにだって少しはいいじゃないか。…………幻滅したか? わたしも必死なんだ。日を追うごとに君が遠くに行ってしまう。どんな時でもわたしの隣にいた人が、遠いところでわたしを忘れて笑っている。その事実がどれほどわたしを苦しめたか……。狂わなかったのは、あの日記がわたしの逃げ場だったからだ。……それも皆にバレてしまった。皆は笑っていたか? 憐れんでいたか? 蔑んでいたか? その全てを受け入れよう。…………所詮わたしはロドスという大志の裏で、かつての恋を忘れられなかったがために、狂ってしまった醜い女なのだよ……。
…………もう楽になりたい。これからはわたしの事はいないものとして扱ってくれ。作戦立案にも口を出さない。用があればレッドを介して伝えてくれ。…………頼む、これが最後の我儘だ…………」
…………彼女をここまで追い込んだのは私の責任である。
これが、彼女が日記を隠そうとした本当の理由。
今回ばかりは真面目にならなければならない。つまり覚悟を決めよう。
彼女の思いを受け止める覚悟を。
「…………近づくな」
言葉は無粋。
「……やめろ」
抱きしめるだけでいい。
「……やめてくれ」
彼女が一番求めていることをすればいいのだ。
「…………もう夜に泣きたくないんだ」
「ならば、共に眠ればいいじゃないか」
彼女は、ひとりで頑張りすぎたのだ。
「…………おまえは卑怯だ」
分かっている。
「……そんなことを言われたら」
「…………許してしまうじゃないか」
彼女は、私の胸で叫んだが、涙は出ていなかった。
出せなかったのである。
今日、私に抱きしめられるまでに、とうに涙は枯らしてしまったようだ。
やがて、眠りに落ちていった……。
「ドクター、わたしにとって、ケルシー先生は母親のような存在なんです。本人の前では恥ずかしくて言えませんが……。ペンギン急便にはわたしとグレースロートさんで向かいますので、ドクターはケルシー先生の傍にいてくださいね?」
「……ありがとう。アーミヤ」
「でもペンギン急便には後日行ってくださいね?」
「…………」
【ペンギン急便客間】
「……ロドスのドクターが来るって聞いていたんだが?」
「ドクターは緊急の要件で来ることが難しくなりました」
「代役のグレースロートです。本日はよろしくお願いいたします」
ペンギン急便のアジトの客間。
客間と言っても形式的な名前が付いているだけであり、その実態は壁にはポスター。テーブルには落書き。菓子の代わりにアップルパイといったような、とんでもないものであった。
「それで、テキサスさんの怪我の件なのですが……」
「ヤメだヤメ! ドクターが来ねぇなら面白くならねぇ。契約は続行で構わねえよ」
「…………え?」
そう言って話題を一刀両断したサングラスのペンギンは、アップルパイを豪快に齧り、ため息をついた。
「そもそもだ。人が誰かの為に命燃やしたってのに、あんたらは何だ? 契約だ? 説明責任だ? くだらねぇ! 名誉の負傷を罪にしようだなんて、そんなのHIPHOPじゃないだろ? だからこの話は終わりだ」
「……それで決めていいんですか?」
「あぁ。男に二言はねぇし、吐いた唾も飲み込まねぇ。そしておもてなしも忘れねぇ。良いレストランとホテルを予約してある。龍門を満喫してから帰るがいいさ」
男とかそれ以前にペンギンだろとグレースロートがツッコミを入れようとしたが、アーミヤに静止された。
「安心してくれ、エントランスで『皇帝の紹介で来た』って言えば全部タダになるぜ。最高級の飯とベッド。存分に龍門を楽しんでくれ!」
「あ、あの……!」
そう言い放ったペンギンはアップルパイを口に放り込み、部屋を飛び出したかと思うと2度と戻ってくることはなかった。
あまりの展開にアーミヤとグレースロートは口を空けることしか出来なかった。
【ペンギン急便アジト】
1人のループスがせわしなく部屋を回っている。
「…………遅い」
時間になっても現れないロドスからの使者を気にしているようだ。
そこに、1匹の、いや、1人のペンギンが現れる。
「ダメだテキサス。ドクターはロドスでお留守番みてぇだ。まったくバイブス上げて損したぜ」
「そうか。それなら仕方がないな」
あくまでも冷静に。動揺を見せたら皇帝に悟られてしまう。
そうテキサスは考えながら、化粧を落とすために宿舎に向かう。
「テキサス? なんでそんな顔をしているんだい?」
「……ラップランドか」
テキサスはラップランドの事が苦手だ。
特に今日のような日に絡まれると面倒を越えて怒りの感情が渦巻くのであった。
「別にどうということはない」
「噓だね! 僕が当ててあげよっか!」
「……不要だ」
皇帝はアジト内での戦闘を特に規制していないが、現在のテキサスは得物を持っていなかった。
「ドクターに会えなくてガッカリしてるんでしょ? 僕には分かるよ。だって僕も君みたいな顔するからね!」
「黙れ」
「その右腕の傷、治療してないみたいだけど痕になっちゃうよ? それとも……」
「黙れ」
「彼のために戦った傷を残したいのかな?」
「黙れ!!」
「アッハハハ!? 正解だったかな? テキサス、君はドクターが関係すると途端に分かりやすくなるねぇ」
もうすぐで宿舎に到着する。得物さえあればこんなループス、歯牙にも欠けぬというのに。
「テキサスが知らないこと教えてあげよっか。君はね?」
「やめろ」
「ドクターに恋してるんだよ?」
ほんの小さな一突き。しかし、テキサスに致命傷を与えるには充分すぎた。
「違う!! わたしはただ、ドクターが……!!」
「ドクターが…………なに?」
「彼のことなんて、どうも思っていない……」
大いなる隙。狼の前で寝るものはいない。
なぜなら喰われると知っているから。
しかし、この時のテキサスには正常な判断が出来ていなかった。
「そーなんだ……。テキサスはドクターのこと好きじゃないんだ。じゃあこれで僕は安心してドクターと同衾することができるね! 丁度対抗馬が1人消えたんだからね!!」
「ッ!! 貴様!!」
「え? テキサスには関係ないでしょ? 僕は本気なんだから」
とっくの前に宿舎には到着している。
しかし、今ここでラップランドを切ったところで、一体何が残るというのだ。
「……ドクターには近づくな」
「……へぇ? 理由、聞いてもいいかい?」
「言葉など無意味。どうしてもだ」
「僕は本気だから。君と違ってね? ……もしそれでもドクターと結ばれようっていうなら」
「もっと上手にやらなきゃだめだよ?」
それは彼女が最も理解している。
急ぎすぎて失敗した者を知っているから。
「わたしは……エクシアとは違う……」
【ロドス 23:00】
ケルシーの生き恥はロドスのデータベースから完全に消去された。
次の殲滅作戦の頃には、内容を憶えている者もみな忘れるだろう。
「……ケルシー、もう少し離れて寝ないか?」
「…………断る」
最初の10行ぐらいまではテキサスさんを中心にするつもりでした。
テキサスさんとラップランドさん、どちらが好きかと聞かれたら、
モスティマさんが好きです(天下無敵)