方舟の主と◯◯たち   作:山田澆季溷濁

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フィリオプシスさんとサイレンスさんのどちらを選びますか?と聞かれたら

私はシャイニングさんを選びます。


暗号化(フィリオプシス)

 いつからだろうか。

 日常のなかで視線を感じることは多々あったが、それが日に日に増している気がする。

 たとえそれが事実であったとしても、自惚れていると思われたくないが為に他人に相談することが出来なかった。

 

 

 【ドクターの私室】

 

 「・・・・・・。」

 

 自分しかいない空間なのに不思議と居心地が悪い。

 それに悪寒もする。

 風邪でも引いたか?しかし、風邪特有の息苦しさは感じられない。

 

 「・・・疲れているのか。」

 

 そう結論付けた私は、とりあえず体に良い物を摂取した後に寝てしまおうと考えた。

 アーミヤにどやされたらベットに引きずり込んで風邪を移してやろう。

 

 「とにかく、食堂に向かわなければ・・・」

 

 体に異常がある時はビタミンを取り込めば何とかなると古事記にも書いてあるのだ。

 それとも、グムにここまで持ってきてもらうか?

 いや、そんなパシリのような真似をしてズィマーにでもバレたら大変なことになる。

 

 

 

 【食堂】

 

 「ドクター!グムの料理、食べに来てくれたんだね!」

 

 食堂に到着した途端に元気よく話しかけられる。

 この少女はどんな時でも明るいのだ。

 

 「あぁ・・・。とりあえず、美味しいものを作ってくれ・・・。」

 

 グムの笑顔は疲労困憊の私にとっては、少し眩しかった。

 

 「うん!ちょっと待っててね!すぐに持ってくるから!」

 

 毎度のように席に座る。そうすると、どこからかオペレーターがやってきて、私に話しかけるのだ。

 何度も何度も食堂に通っていると分かるようになってくるのだ。

 さて、今回は誰が来るのか・・・。

 

 「こんにちは、ドクター。この時間に食堂にいるなんて珍しいね。」

 

 

 「あぁ・・・。こんにちは、サイレンス。ちょいと風邪気味なんだ。」

 

 これは珍しい。てっきり訓練を終えた行動予備隊のメンツが来ると思っていたが、まさかライン生命とは。

 ・・・風邪気味だなんて言わない方が良かったか?

 

 「そう?元気そうに見えるけど・・・。心配なら検査しようか?」

 

 

 「いや、食べて寝れば、明日には楽になってるさ。なにも心配することじゃあない。」

 

 普段から研究に勤しんでいるサイレンスにとって、暇な時間というのは大切な休息に使うべきだ。

 ただでさえ、彼女はイフリータの相手もしなければならないというのに。

 

 「そうか。それなら問題ないか・・・。」

 

 

 「あぁ、心配かけてすまないな。」

 

 サイレンスの視線がせわしなく動いている。

 この後の展開も予想できる。

 サイレンスは言葉に詰まると焦点が迷子になるのだ。ちなみにイフリータが教えてくれた。

 

 「・・・やっぱり、検査・・・するべきじゃない?」

 

 

 「いや、今日は遠慮しておくよ。サイレンスに風邪を移す訳にもいかんからな。」

 

 事実として、彼女は普段から多忙を極めている。

 だからこそ、私が彼女の手を焼かせるなんてことはあってはならないのだ。

 

 「もしかしたら・・・鉱石病の予兆かもしれない。だったら早く検査しないと。」

 「いや、そんな話は聞いたことないが・・・。」

 「いや、だって、ホラ。・・・ね?」

 

 かなり厳しいゴリ押しだ。

 彼女がここまで押してくるなんて、何か理由があるのか?

 

 「そうか。そこまで言うのなら、ライン生命の厄介になろうかな。」

 「そっか。・・・ありがとね、ドクター。」

 

 挨拶がてらイフリータにでもちょっかいをかけに行ってもいいかもしれない。

 ・・・サリアとサイレンスの関係はまだ複雑だが。

 

 「おまたせドクター!グム特性、ベーコンエッグだよ!サイレンスさんの分もあるからね!」

 「あ、あぁ。ありがとう・・・。」

 「あっ!お金はドクターが払うんだよ?分かった?」

 

 まぁ、分かっていたが・・・。

 やはり食堂に来ると出費が多くなってしまうな。少し、来る回数も考えなければ。

 

 「サイレンス。私の奢りだ。ゆっくり食べてくれ。」

 「ドクター、最近優しくなった気がする・・・。」

 

 そんなこんなでサイレンスと話しながらグムの笑顔を見てご飯を食べる。

 両手に花とはまさにこのことである。

 

 

 

 【研究棟 ライン生命】

 

 サイレンスの勧めでライン生命の研究室を訪れる。

 隠しきれない薬品のにおいが鼻をくすぐる。

 これは・・・アロマか?

 

 「まぁ、適当にくつろいでて。」

 「あぁ、ここに座らせてもらうよ。」

 

 サイレンスから出された水。

 何の変哲もないただの水なのだが、ライン生命の研究室で出されたというだけで怪しく感じる。

 

 「・・・・・・。」

 「・・・なぁ、サイレンス。私の顔に何か付いてるか?」

 

 どうやらサイレンスは研究室を自宅のように扱ってほしいようだ。

 招かれた側の私がなぜ気を使わなければならないのか・・・。

 

 「別に、しんどかったら横になってもいいから。」

 「横にって、ここにか?」

 

 そう言われて提示されたのは手術台。

 流石に怪しすぎるぞサイレンス。

 

 「もしかしてだがサイレンス。私を解剖しようとしているのか?」

 「そんなまさか。疲れ切っている苦労者同士、仲良くしようって思っただけだから。」

 

 このロドスには不器用なオペレーターが多すぎる。

 特に彼女は人付き合いが苦手なようだ。

 ・・・研究者は皆そんなものだと思うが。

 

 「ドクターには、いつもお世話になってるから。・・・イフリータが。」

 「遊んでるだけだがな。私の方こそライン生命の仕事ぶりには感謝している。」

 

 事実として、元ライン生命のメンバーはロドスの作戦任務において、ただならぬ存在感を放っている。

 イフリータを筆頭として、サイレンス、メイヤー、マゼラン。そしてフィリオプシス。

 このオペレーター達ならレユニオンの幹部にも対等に渡り合えるはずだ。

 

 「さ、テレビでも見ながらお菓子でも食べようか。」

 

 サイレンスが医療ドローンを設置し、私の隣に座る。

 妙に近い気もするが、悪い気はしない。

 

 「・・・この菓子、おいしいな。」

 「当然。わたしたちが作ったんだから。」

 

 テレビに映る龍門アイドルを見ながら、ペンギンの形のクッキーを齧る。

 形が不細工で塩辛いクッキーはイフリータが焼いたものだろうか。

 

 決しておいしいとは言えない物が多いが、食べていると心が温かくなる。

 

 「マゼランとイフリータはクッキーを焼くのが初めてだったんだ。フィリオプシスは生地を作る時に寝てしまうし、メイヤーはベタベタの手で機械整備をしようとするし、本当に大変だったよ。」

 「それは、災難だったな・・・。」

 「・・・うん。みんな作るの初めてなのに自分が一番多く作るって言って聞かなくてね。ホントに大変だったよ。」

 

 そう言ったサイレンスの口元は綻んでいた。

 もしそこにサリアが居たのなら、彼女の顔ももっと穏やかになっていただろうか。

 

 「サイレンスは、優しいんだな・・・。」

 「わたしは、失いたくないだけかな。傷つきたくないから、傷つけないようにしてるのかも。」

 

 サイレンスの顔は微笑を浮かべていたが、その瞳は悲哀に満ちていた。

 自虐しているのである。

 

 「私はどんな理由があろうとも、君が悲しむ顔は見たくないがね?」

 「・・・ホントに、そういうところだよ。ドクター。」

 

 クスクスと笑うサイレンス。歌って踊る龍門アイドル。

 2人の立場に大きな違いがあれども、その笑顔の形だけは変わらなかった。

 

 願わくば、彼女の笑顔が一時的なものでないことを祈る。

 しかし、残酷にもその願いはすぐに破られてしまった。

 

 「おーい!サイレンス!メシ食いにいこーぜ!」

 「・・・室内からドクターの生命反応を感知。サイレンスに説明を求めます。」

 

 サイレンスの顔が一瞬にして歪む。

 イフリータがニヤニヤしながらサイレンスに擦り寄る。

 

 「なぁ~サイレンス?コイツと何しゃべってたんだ?ん?」

 「警告。ドクターに対して、現状の説明を求めます。5秒以内に回答しないならフィリオプシス、自爆します。」

 「・・・はぁ。」

 

 静謐な空間が一気に騒がしくなる。

 サイレンスは何かを言おうとしていたようだが、イフリータたちによって遮られてしまう。

 

 「・・・イフリータ、ちょっと話をしようか。フィリオプシス。」

 「・・・!!サイレンスの言葉を伴わない圧力を感知。ドクターを連れて退室します。」

 

 背筋を伸ばしたフィリオプシスに連れ出されて、私は半ば強制的に退室させられる。

 ライン生命の問題に口出しするつもりはないため、大人しく従う。

 私はイフリータとは違うからな。

 

 

 

 【連絡通路】

 

 

 アホみたいに長い通路を歩く。

 フィリオプシスは依然として沈黙を保ったままである。

 

 「・・・フィリオプシス。私たちはどこに向かっているんだ?」

 「無論。フィリオプシスの部屋ですが。」

 

 即答。ここまでハッキリされるとむしろ気持ちが良い。

 サイレンスのおかげである程度体調は回復したが、それでも疲労感は誤魔化せない。

 

 「もしかしたら、サイレンスさんから聞いたかも知れませんが、フィリオプシスからも伝えたい事があります。」

 「そうか。それならゆっくり話した方がいいな。」

 

 どこだって良いような気もするが、大人しく付いていこう。

 フィリオプシスだって暇ではないはずだ。

 ・・・私が暇つぶし相手にでもなれたらいいのだが。

 

 「・・・ドクターの口数の減少を確認。体調が悪化しましたか?」

 「いや、そんなことはないが・・・。心配かけてすまない。」

 

 医療オペレーターの宿舎に到着する。

 毎度思うことだが、この一帯の雰囲気は病院を歩いている気分になる。

 

 「あら。フィリオプシスちゃん?ドクターくんもいるなんて珍しいわね。」

 「こんにちは。ドクターを自室に招きます。騒がしくする予定なので、クレームはサイレンスさんにお願いします。」

 

 廊下に植木鉢を出していたパフューマーに話しかけられる。

 フィリオプシスとは部屋が隣同士のため、仲が良いのだろうか。

 

 フィリオプシスが冗談を言い、パフューマーが相槌を打つ。

 オリジ二ウムによる生活障害を感じさせない暮らしぶりをしていて私は感動しているぞ。

 ・・・ギャグセンスはイマイチだがな。

 

 「フフフ?フィリオプシスちゃんも意外とやるのね。」

 「当然。フィリオプシスはデキる子なので。」

 

 不自然な笑顔を浮かべるパフューマーに手を振られながら、フィリオプシスに部屋に押し込まれる。

 パフューマーとは逆に、フィリオプシスは鬼気迫る表情をしていた。

 

 「・・・適当に座っていてください。今、お茶を入れてきます。」

 

 少女らしさを感じられない部屋だった。

 雑多に積まれたノートブック。何語で書かれているか分からない本が並んでいる。

 研究者ですと言わんばかりの内装。インテリアなどは見られない。

 

 綺麗にまとめられているように見えるが、生活感が感じられない。

 

 「ドクター。フィリオプシスの日記が気に入りますか?」

 「いや、すまない。女性の部屋をジロジロ見るなんてデリカシーに欠けていたよ。」

 「フィリオプシスの日記には、見られても困る内容は記入されていません。・・・ケルシーさんと違って。」

 

 ケルシーとサイレンスが喧嘩したからか、ライン生命の皆様はケルシーの事をあまり快く思っていないようだ。

 というか、ケルシーは色んな方面にケンカ売り過ぎなんだよ。

 

 「ドクター。他の女性の事を考えていませんか?」

 「・・・申し訳ない。しかし、話というのは一体何なんだ?」

 

 露骨に話を変えて本題に入る。

 ライン生命とロドスの関係の話ならサイレンスも交えて話すのが当然だろうが、フィリオプシスとだけの話となると、個人的な話なのだろう。

 

 「単刀直入に言います。ドクター。フィリオプシス達の研究グループに加わりませんか?」

 「・・・ほう?」

 

 予想外だった。まさかのヘッドハンティングとは。

 しかし、私はその勧誘を快諾できるほど弱い立場ではない。

 それに正確に言うと私は医者(ドクター)ではなく、博士(ドクター)なのだ。

 

 「悪い話ではないと思います。きっと、サイレンスさんも喜びます。」

 「確かに悪い話ではないのだが・・・。博士家業に専念する以前に、私は指揮官なのでね。落ち着いたら検討させてもらうよ。」

 「・・・なぜですか?」

 

 フィリオプシスが瞳を開けて質問する。

 彼女は脳のキャパシティーをオーバーする事態が発生した時、瞳孔を開ける癖がある。

 

 正確には癖というよりも、オリジ二ウムの影響なのだが。

 

 「なぜと言われても、非常に魅力的な勧誘だということは理解しているよ。だからこそ、考える時間をくれないか?」

 「・・・承諾。フィリオプシスはドクターの快い返答を期待しています。」

 

 失礼な言い方なのは承知だが・・・。フィリオプシスは時々何を考えているのか分からない時がある。

 今回がその例だ。

 私を元ライン生命のハイパーインテリ集団に加えた所で何かが変わるとは思えないんだが・・・。

 

 「フィリオプシス。無粋な質問をしてもいいか?」」

 「構いません。ハラスメントと判断できる質問には答えかねますが。」

 「私を勧誘した理由はなんだ?」

 

 常識的に考えて私を研究グループに入れるメリットが見当たらない。

 イフリータの取り扱いなら誰にも負けない自信があるんだがな!

 

 「・・・さぁ。なぜでしょう。フィリオプシスにも分かりません。」

 「ただ、我々にはドクターが必要不可欠だと感じたからだと思います。」

 

 私はロドスの指揮官だ。多くのオペレーターの命と、感染者の期待を背負っている。

 それと同時に私を必要とする組織も多く存在している。

 だからこそ、彼女だけの願いを聞く訳にもいかない。

 

 「そうか。それは嬉しいことだな。充分に検討させてもらうよ。」

 「・・・フィリオプシスはいつでもドクターの席を準備しています。」

 

 穏便に話を終わらせる。

 ライン生命から勧誘を受けたなんて事がケルシーにでもバレたら、どうなるかなんて分かりきっている。

 私は体調は回復したものの、依然として疲れ切った肉体を休めるために自室へ戻った。

 

 「・・・・・・ケオべを撫でてから寝るか。」

 

 

 

 【研究棟 ライン生命】

 

 

 

 2人の研究者が、手術台に腰掛けてテレビを見ている。

 正しくは1人の研究者と、その被検体だった『物』なのだが。

 

 「なぁサイレンス。アイツオレサマのクッキーうまいって言ってたか?」

 「うん。イフリータのしょっぱいクッキーも美味しいって言ってた。」

 「ああ!?しょっぱくなんかないだろ!!サイレンスのは甘すぎなんだよ!」

 

 研究棟の一室で笑いあう2人。

 言葉にトゲのある少女は白衣の研究者を慕っているようだ。

 しかし、その研究者の少女を見る瞳は、どうも悲しげな雰囲気を醸していた。

 

 「ところでよ、なんでフィリ姉はドクターを部屋に連れ込んだんだ?廊下で話した方がよかったんじゃねぇのか?」

 「まぁ、フィリオプシスにも聞かれたくないことがあるんじゃない。・・・よく分からないけど。」

 

 少女はその言葉を聞いて顔を曇らせた。

 言葉こそ荒いが、この白衣の研究者のことは仲間以上に大切に思っているらしい。

 

 「・・・サイレンスは、それ、大丈夫なのか?」

 「大丈夫って、()()()の話?」

 「いやよぉ・・・。ホラ、もしだぜ?フィリ姉とドクターが、その、そういう感じになったら、サイレンスは、

 「心配するようなことじゃない。ケルシーのことも、ドクターのことも。」

 

 少女が言い終わる前に研究者は言葉を入れる。

 心配なのか、動揺なのか。少なくとも快活ではない少女の声とは裏腹に、研究者の声は自信に満ちていた。

 

 「でもよ、フィリ姉が部屋に人を入れるなんて初めてだぜ・・・?なんかあるに決まってるって・・・。」

 「もしそういう感じになったとしても、あのポンコツ女タラシの事だし、別に何も起こらないと思う。」

 「・・・納得したぜ。サイレンスが言うならオレサマは何でもいいけどよぉ。」

 

 少女は多少の不満を残しながらも、研究者の『大人の考え』というものの前に折れた。

 しばらくして、2人がいる研究室の扉が開く。

 

 「フィリオプシス。ただいま帰還しました。」

 「おぉ!丁度フィリ姉の話してたんだよ!」

 

 研究室に3人目の研究者が戻る。

 サイレンスと呼ばれる研究者は、特に何も思わない様子で話しかける。

 

 「ドクターを連れ出してくれてありがとう。」

 「構いません。フィリオプシスもドクターに用事がありましたので。」

 「フィリ姉ぇ~。用事って何なんだ?」

 

 イフリータの質問にフィリオプシスが沈黙する。

 聞かれたくないことだったのか、返答に迷っているのか。

 研究室が静寂に包まれるほど、イフリータの好奇心は増していく。

 

 「・・・ドクターを研究グループに勧誘しました。」

 

 サイレンスが顔を上げる。

 

 「・・・フィリオプシス?詳しく聞かせてほしい。」

 

 イフリータが空気を読んで静かになる。

 

 「承諾。今ドクターという人材を手放してしまったら、きっと後悔すると思ったからです。」

 「でも、ドクターは鉱石病の博士だ。私たちのような医療チームとの科学反応は期待できない。」

 「ですが、サイレンスさんはドクターが周囲5Ⅿにいる場合、作業効率が20パーセント上昇する傾向にあります。」

 

 フィリオプシスの返答にサイレンスが顔を歪ませる。

 イフリータは研究室を渦巻く不穏な流れにオドオドしている。

 

 「結論から申し上げると、ご検討していただけるとの事です。」

 「・・・うやむやにされたんだ。」

 

 もし、ドクターを自分の陣営に引き込むことが出来れば、今後も大きな牽制になるだろう。

 ライン生命だけでなく、ペンギン急便も、カランド貿易だって、皆ドクターを求めている。

 

 その均衡が必要なのだ。

 ペンギン急便はエクシアがそれで玉砕したみたいだが、ライン生命の場合はフィリオプシスだったようだ。

 

 「サイレンス!もういいだろ!フィリ姉、遊びに行こうぜ!」

 「・・・フィリオプシスは構いませんが、サイレンスさん。よろしいでしょうか?」

 「・・・あまり無理させないでね。」

 

 

 

 

 【連絡通路】

 

 

 

 「この廊下ホント長ぇよな~。どうにかなんねぇーのか?」

 「同意。イフリータは足が短いので、余計長く感じるかも知れませんね。」

 「ンだと!?」

 

 長い廊下を2人が歩く。

 うす暗い道には白衣がよく映える。

 

 「・・・んでよ。フィリ姉、ドクターのことどう思ってんだ?」

 「質問の真意がよく理解できませんが、少なくとも悪くは思っていませんよ。」

 

 返答の後に沈黙が流れる。

 フィリオプシスの答えにイフリータは納得できないようだ。

 

 「それだけじゃないだろ?何年一緒にいると思ってるんだ?」

 「・・・分かりません。」

 「・・・あ?」

 

 普段と違う様子のフィリオプシスの姿は、奇妙を超えて異常だった。

 この問題には必ずドクターが関係している。

 そうイフリータは確信していた。

 

 「オレサマが当ててやろうか?ドクターの事が気になってんだろ?」

 

 フィリオプシスが数秒立ち止まり、また足を進める。

 

 「・・・異性として意識している訳ではありません。ですが、親密な関係になりたいと思ったことはあります。」

 「親密な関係って、答え出てんじゃんか・・・。」

 「フィリオプシスの記憶は不安定です。この気持ちが確定したという確証はありません。」

 

 サイレンスやサリアなどと比べると、イフリータの知力というのは小さなものかもしれないが、その言葉は時としてどんな刃物よりも鋭利な武器となる。

 

 「サイレンスにはバレてんだからな!フィリ姉がドクターを勧誘したホントの理由を!」

 「・・・感情のアップデートが完了していません。」

 

 顔色一つ変えないフィリオプシス。

 しかし、その声と動作は激しく動揺していた。

 

 「オレサマは賢いからあんま言わねぇけどよ・・・。とにかく、サイレンスたちとはケンカすんなよ!」

 「了解しました。」

 「あと、サイレンスもドクターの事狙ってんだからな!」

 

 「・・・了解しました。」

 

 長い廊下を渡り切った2人は、そのままの足で食堂に向かう。

 途中、フィリオプシスは執務室に向かおうとしていたが、イフリータに制止された。

 きっと、それも無意識下の行動だったのだろう。

 

 

 

 【研究棟 ライン生命】

 

 

 研究室の一室に、誰かが置き忘れた日誌がある。

 

 「・・・・・・誰のだろ?」

 

 サイレンスがノートに手を伸ばす。

 盗み見るなど、研究者以前に人としてマズイ行動なのだが、その時は好奇心を抑えきれなかった。

 

 

 

 『日誌 ◯月×日 天候くもり △時□分

 

 本日は、次回の殲滅作戦の下準備のため、わたしの生まれ故郷でもあるクルビエに向かいました。

 前回は、後方支援オペレーターの方々たちと向かいましたが、今回はドクターとカランド貿易の皆様に同行して頂きました。

やはりシルバーアッシュ家の面々がいらっしゃると、現場に緊張が走ります。わたしも、行動に不備がないように、充分気を付けて行動していました。

 そうすると、ドクターから、

「気を張り過ぎだ。アーミヤが居ないんだから気楽に行こうじゃないか。」

と声をかけて頂きました。

 その言葉に困惑する人もいましたが、カランド貿易の皆様は笑っていました。かく言うわたしも、ドクターの言葉で気持ちが和らぎました。

本日は、ドクターと行動することは出来ませんでしたが、いつか、クルビエを案内できるようになればいいなと感じました。

 

 記入者 フィリオプシス』

 

 

 「・・・フィリオプシスの日誌か。」

 

 フィリオプシスはオリジ二ウムの影響で神経信号の伝達に齟齬が出ている。

 日誌の記入は記憶分布の忘却を阻止する一環として組み込んでいる趣味の一つだった。

 

 

 

 『日誌 ◯月◇日 天候はれ ×時△分

 

 ロドスとの合同研究会に出席しました。我々元ライン生命の研究グループからは、サイレンスさんが代表してくれましたので、わたしは特に何も準備をせずに済みました。

 研究会に参加した具体的な感想はというと、正直よくわかりませんでした。

 元々わたしはデータアナリストですので、ライン生命の代表の立場に選出されなくて本当に良かったと感じます。サイレンスさんには申し訳ありませんが。

 

 会議室から研究棟に戻る途中、ドクターとケルシー医師が会話しているのを目撃しました。2人の間に問題があったことはわたしも存じていますが、あれほどの騒動があった後も、あのように仲睦まじく会話ができるというのは少し羨ましく感じました。

 

 

 わたしも、ケルシー医師のように、ドクターと

 

 記入者 フィリオプシス』

 

 

 「・・・・・・。」

 

 サイレンスは黙って日誌を見る。

 

 

 

 『日誌 ×月×日 天候はれ ◯時□分

 

 本日は研究棟の改修工事のため、臨時休暇となりました。

 昼に差し掛かった頃に起床し、マゼランと共に昼食を取りました。

 サイレンスさんは、レポートの作成が忙しいと言って、食事を疎かにしがちなので心配です。というよりもわたしよりイフリータが心配するので気を付けてほしいと常々感じています。

 

 食堂でドクターとグムさんがお話をしていました。わたしも料理が出来たら、ドクターと上手に会話ができるでしょうか。

 

 連絡通路でドクターとアンジェリーナさんがお話をしていました。わたしも笑顔が綺麗なら、ドクターにもっと喜んで頂けるでしょうか。

 

 執務室でドクターとファントムさんがお話をしていました。わたしも行動に迷いが無かったら、ドクターにもっと必要とされるでしょうか。

 

 龍門でドクターとエクシアさんがお話をしていました。わたしにも大胆さがあったなら、ドクターがわたしの事を考えてくれるでしょうか。

 

 研究棟でドクターとサイレンスさんがお話をしていました。わたしに鉱石病の症状が無かったら、ドクターがわたしたちのチームに・わたしたちのチームに・わたしたちのチームに・わたしたち・わたし・わたしたち・わたしだけの・わ・わ・わわわわ・・・・・・・

 

 

 ▼言語中枢に深刻なエラーを確認しました。

 ▼緊急プロトコルを発動。バックアップの製作を中止します。

 ▼【警告】これ以上の活動におけるパフォーマンスは期待値を大幅に下回ります。

 ▼12時間以上の休眠を推奨。

 ▼パッケージの処理のため、データを一部削除します。』

 

 

 

 「・・・これは。」

 

 サイレンスは思わず声を漏らす。

 しかし、それ以上の反応は見せず、日誌を元の場所に戻す。

 

 「わたしは何も見なかった・・・と。」

 

 そう自分に言い聞かせ、サイレンスは自身の髪を梳くのであった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【執務室】

 

 3人の男がテーブルを囲む。

 ロドスの指揮官にカランド貿易の社長、そしてアザゼルの管理人。

 錚々たる顔ぶれだが、その顔色は不安なものだった。

 

 「これが今回ファントムが発見したものだ・・・。」

 「盟友よ。ただの延長コードのように見えるが?」

 「まぁ、いわゆる盗聴器とかいう物らしい。最近気配を感じると思ったら・・・。」

 

 頭を抱える指揮官。驚くシルバーアッシュ。眉間にシワを寄せるへラグ。

 誰が、何の目的で設置したのかを巡り、3人は談合していた。

 

 「こういうのはアーミヤかケルシーに相談した方がいいのか・・・。」

 「しかしだな、その2人が設置した可能性も否定できんぞ?」

 「その出所についてはカランド貿易で調査しよう。」

 

 ロドスの中に内通者がいるかも知れない。

 その可能性を考えると、かなり切迫した問題である。

 

 そんなことを3人が考えていると、執務室の扉が熔解される。

 

 「お~す。ドクター。働いてるか~?」

 「イフリータか・・・。」

 

 3人がいきなりの出来事に席を立ち、得物を抜く。

 

 「ちょっと延長コード貸してくれねぇか?なんか困ってるみたいなんだよ。」

 「・・・・・・お嬢さん。ちなみに、誰が困ってるのかを教えてはくれまいか。」

 

 このタイミングで盗聴器を回収に来させるとは、不用心にも程がある。

 イフリータに指示を出した者こそが真犯人だろう。

 

 

 

 「誰って・・・。フィリねぇ、あっ、フィリオプシスだけど・・・。」

 

 

 

 アーツで空気を澱ませていたシルバーアッシュが剣を収める。

 ドクターが安堵した表情で口を開ける。

 

 「フィリオプシスなら、問題ないか・・・。」

 「・・・?なんのはなししてんだ?」

 

 この男、盗聴器の持ち主が解明したという事実よりも、設置したのがケルシーやアズリウスじゃなくて良かったという思いの方が強かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼言語中枢の機能回復を確認。

 ▼新規データをシステムからダウンロードします。

 

 【ダウンロード 0%】

 

 ▽「フィリオプシス。あくまで冷静に、そして強欲に、自分の気持ちに正直に。それがわたしたち科学者というものでしょ?」

 

 【ダウンロード 100%】

 

 ▼サイレンスからのデータのダウンロードに成功。エクストラクトします。

 ▼新規ファイルを作成。ドクターに対する認識を確定。

 ▼データ保護とバックアップ作成のため、データを暗号化します。

 ▽【ヘルプ】データの解読には、バイナリーコードを16進数に変換後、ASCIIを用いて英語に変換してください。

 ▼全てのデータ処理が完了しました。

 ▼起動しますか?

 

 【 Y/N 】

 

 ▼NO

 ▼入力を確認しました。フィリオプシス。二度寝します。




イフリータちゃんにはいつまでも笑顔でいてほしいなと思っています。

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