「おとーさん!はやくはやく!」
目に写るものがすべてキラキラしていた。
「ハハ、あんまり走ると転んでしまうよ?」
「早く来ないとわたし、お弁当全部食べちゃうよ〜?」
「ええっ、それは困るなぁ。残しといてくれないと」
笑顔が溢れていて、眩しすぎるくらい。
「あはは! おとーさん置いてっちゃうもんね〜…きゃっ!」
あまりの嬉しさに足元が疎かになっていたようだ。
「咲耶!」
雑草に足を取られて転び目を閉じてしまった刹那。
バタン、と扉を閉める様な音がした。
慌てて体を起こし目を開けると、世界が一変していた。 駆け回っていたはずの公園も、手に持っていたお弁当も。後ろに立っていたはずの父も。
キラキラしていたはずの世界全てが。
小さな法廷になり変わっていた。
書記官も弁護人も、検察官も、傍聴席にも誰も、誰もいない、不気味なほど静かな法廷。
ダン、と木槌の音が響いた。
私以外にもこの悪夢の役者はいるらしい。 影になって姿のみえない裁判長が証言台を指さす。
ああ......また此処か。
〜〜〜〜
「ッ夢......か」
ほっと息を吐く。…ひどい汗だ。
「…フフ…ひどい顔だな」
久しぶりに見た、時折り現れて私を苦しめるあの悪夢のせいだろう。
どうやら相当にうなされていたらしい。 机の上の鏡のなかの、化け物でも見たんじゃないかという形相の自分と目が合い、視線を外す。
あまりにも酷い顔だったので、顔でも洗ってこようと、身体を起こし寮に住まう他のアイドルたちを起こさないように静かに自室のドアを開けた。
…ああ、しまった。時計を確認しておけばよかった。いったい、今は何時だろうか。
透き通るほどシンとした真夜中の廊下に、私の足音が吸い込まれていく。
…世界が私の存在をかき消そうとしているんじゃないだろうかなんて、くだらない考えが頭をよぎる。
「......それは困るな」
自室から洗面台のある場所はほんの十数秒あればたどり着くはずなのに、何故かやけに長く、遠い距離に感じた。
「......寒い」
汗で冷えてしまったのかもしれない。はやくすまして寝直してしまおう。いつものように。
『水道管の調子が悪いから、水の勢いに注意してね』
寮母さんがそんなことを言っていたなと、言葉が脳裏を掠めた瞬間、水が勢い良く大きな音を立てて流れていく。
誰かを起こしてしまってはいけない、と慌てて蛇口を戻す。
跳ね返って飛び散った水の冷たさが皮膚に突き刺さる。
「さんざんだ......ね」
…水の冷たさによってほんの少しだけクリアになった頭が、考えないようにしていたことを、先程の夢をより鮮明に思い出させようとしている。
…やめてくれ、もう過ぎた話だ。
私は今を、「白瀬 咲耶」をしっかり生きているのだ。
この生き方の「判決」がどうであろうと、曲げるつもりはない。