すこし…、昔話をさせてくれないか。
なに、私の…「白瀬咲耶」の話だよ。
…1番鮮明に思い出せる古い記憶は、母親と父親が喧嘩している様子だった。
内容は......なんだったかな。はは、これじゃ全然鮮明じゃないな。
私の母は芯の強い人だったようで、気弱だった父とよくぶつかって喧嘩になることが多かったそうだ。
私の前では優しい両親であるようにと、不和を見せない様にしてくれていたようだったけど、隠し切れてなかったなぁ。
…残念ながら、子供は周りが思っているほど盲目ではないんだ。
喧嘩の頻度が増え、家族がバラバラになるまで時間はそうかからなかった。
私が幼稚園に入った瞬間を見計らったように両親が離婚した。
…なるべくしてなったことだった。
幼心にそう思ったのを今でも覚えている。
仕方のないことだったと。
…どうやら母は父に相当に愛想を尽かしてしまったようで、離婚以来一度も会っていなかったらしい。
父が私の親権を取ったことも許せなかったのだろうか。
私自身も小学校に上がったくらいから母には会っていない。
…嫌でも父に似ていく私を見るのが辛かったのかもしれない。母に会うたび、口数がどんどん少なくなっていってね。…何故だかそんなことはよく覚えているよ。
風の噂で再婚して幸せにしているとは聞いたけれど。
母が嫌いかって?うーんそうだね。好き......だと思うよ。
正直なことを言うと、母とのやりとりをあまり思い出せないんだ。 思い出したくないとかじゃない。
父との時間が長すぎたせいで薄れてしまったんだろう。 ただ少なくとも私にとっては、優しくて強い人だったと言うことは確かさ。
少し本題から逸れていまったね、話を戻そう。
離婚後、父は仕事により打ち込むようになっていった。
…今にして思うと、仕事を押し付けられていただけだったのかもしれない。
元来仕事人間的な気質があったのと、性格の気弱さが災いして頼まれた仕事を断れなかったのだ
ろう。すぐに父は仕事に忙殺されていくようになった。きっと仕事をしているあいだは何も考えずに済んだんだろう。
ただ、それでも、父は私を本当に大事にしてくれていたよ。
…ファッションのセンスは壊滅的だったけれど。
時間が取れないなりに、一緒にデパートの屋上の小さな遊園地で遊んだり、近くの公園でお弁当 を食べたり、休日にはほぼ必ずどこかに遊びに連れて行ってくれた。
…わたしをずっと守ってくれた。
楽しかった。
幸せな日々だった。
今も私にとって大切な思い出たちだ。
…でも、でも父はずっと無理をしていたんだろうね。
小学校1年生くらいの頃だっただろうか。
父が内臓を壊して倒れた。原因は過労だった。
お医者様がいろいろと説明してくれていたけど、その時の事は泣きじゃくっていたせいであまりよく覚えていないんだ。
幸いにして命に別状は無く、すぐに仕事場から休職の指示が出て父は入院した。
必要ないと最後まで渋っていたけど、私の説得に根負けしてね。
父方の祖父母は既に亡くなっていて、他に身内も親戚も居なかった。
だから、私は父の状態が回復するまでのしばらくの間いわゆる、児童養護施設で過ごすことになったんだ。
…あの施設にいた期間は半年もなかったけど、その間わたしはずっと一人だった。
ああ、勘違いしないで欲しいんだが、別にいじめられていた、とかそういう事ではないよ。
父だけを拠り所にしていた私がただ愚かだっただけさ。
施設の先生は本当に良い人だった。施設のみんなも優しかった。
いつまでいるかわからない、突然現れた得体の知れない子に皆よくしてくれたよ。
…でも、情けないことにどうしても心が開けなかったんだ。
父が倒れてからずっと心の中が空っぽで、何も見えなくて、何も考えられなくなっていて。
…そんな時だった。
施設の子たちと小さな女の子向けのアニメ映画を見に行くことになったんだ。 どこかの企業さんの慈善ボランティア?か何かの一環だったかな。
恥ずかしながらその時まではそう言うものに触れた事がなくてね。
いつもは父が帰ってくるまで家の片付けや、小さいなりにご飯を作ったりしていたからそう言うものを見る機会がほとんど無かったから…
なんの予備知識もない状態だったから、衝撃は凄まじかったよ。
可愛い女の子が力強く戦ってる、たったそれだけなのに、その姿に私は魅了された。
ふだんの悲しい気持ちなんて忘れて、ただひたすらに応援していた。
『頑張れ!負けるな』ってね。
…その中でも私を1番惹きつけたのは、いわゆる「男装の麗人」と評されるキャラだった。
凛と真っ直ぐ自分を持って貫くその姿が、どうしようもなく眩しく見えた。 こうなりたいと思った。
…思えば「白瀬咲耶」はあの時始まったんだと思う。
施設に戻ってとりあえず、記憶に焼き付いた彼女の容姿を真似した。
「私も混ぜてくれるかい?」
話し方を真似した。
立ち振る舞いを真似した。
…そうしたら、不思議と自信が湧いてくる様な気がした。
強くなった様な気がした。
施設の先生も、周りの子たちも私のことを笑ったけど、私はそれを貫き通した。
…まぁ、理解はされなかったけどね。仕方ないさ。ずっと塞ぎ込んでいた子が突然アニメの女の子の真似をし始めたら誰だって訝しむさ。
でも病室の父だけは見舞いに行くたびに私を見て微笑んで、抱きしめてくれた。
親には逆立ちしても勝てないと実感したね。
父の状態が回復してまた一緒に暮らせるようになってからも、私はそれをずっとずっと貫き通した。
施設のみんなと同じように奇異の目で見てくる人ばかりだったけれど、私の目に焼き付いた彼女 はきっとそんなことで折れないと思ったから。
ひとりぼっちで空っぽだった私に勇気を与えてくれたから。
次第に私の周りには人が集まるようになっていった。 変わらず私を奇異の目で見る人もたくさんいたけれど、「私」を見てくれることが何よりも嬉しかったよ。
だからこそ、それに応えなくてはと思うようになった。
必死に勉強して、鍛えて、私を信じてくれる人を、私を見てくれる人を裏切らない様にって。
貫いて、貫いて、貫いて......気がつけば、私は「こう」なっていた。
最初は真似だったけど、今では他のやり方なんて考えられないくらいに馴染んでしまった。
後悔してないかって?フッ…愚問だね。後悔なんてあるわけない。むしろその逆さ。
…感謝してるんだ。
見てくれる人が、守ってくれる父がいたからこそ、「私」は「私」でいられ続けたんだから。
だから、だからこそ、私は人をときめかせる存在で居続けると決めたのさ。