顔を洗って、スッキリはしたけれど、冷たい水を浴びたせいでどうにも目が冴えてしまっていた。
洗面台の横の掛時計に目をやると時刻は午前3時半。 時間的にはまぁ、起きていられなくもない時間だ。
幸いにして明日、いやもう今日か。…は仕事もない。
…よし。
朝まで起きていることにしよう。
アイドルとしては正直あまりよろしくないだろうけれど……明日は、休みだ。すこしくらいは許されるだろう。
…静かで、冷たく張り詰めた空気が、廊下を包んでいる。この時間だと寮母さんももう帰られているので本当に静かだ。
さて、起きているのはいいがどうしようものかと逡巡していると青白い冷たい満月が、私の顔を照らし出した。
それを見てまるで卵の黄身みたいだな、なんてぼんやり思った。…プロデューサーに笑われるかな。
…ふと、アンティーカのみんなならなんて例えるだろうと考えた。
唯華は、多分ボールか何かに例えるだろう。
摩美々は、…うーんきっとはぐらかすだろうな。
霧子は多分、私に例えるんじゃないかな。
恋鐘はそうだね…おまんじゅうみたいとでも言うかな?
頭の中だけれど、みんなが何を言うか、ありありと浮かんでくる。…少し暖かい気持ちになる。
なんてことを考えていたら、小さくお腹が鳴った。…ふふ、きっと、卵の黄身のせいだな。
……深夜に物を食べるなんてアイドル的には御法度だろうけど、たまには許される…はずさ。
決めるのは私なんだから。
夏葉がいたら卒倒しそうだなぁ、なんて思いながらこっそりと階段を下って食堂に降りる。
澄み切った静寂も、不思議と今は悪くない。
食堂に降りると既に先客が何やらゴソゴソとよろしくやっているようで、何やら小さな話し声が聞こえてきた。
「樹里〜、あんまカップ麺ば食べるんはようなかたい。うちがなんか作ろうか?」
「いやぁ、大丈夫大丈夫。それにゴソゴソすると凛世が起きてきちゃうだろ…夏葉にバレたらエライ目に…」
「あ、千雪さんそっちの棚に確かカップ麺入ってたと思うんで…」
「って、でぇっ!」
頭をぶつけたのだろう、鈍い音が聞こえてきた。
あんなに静かだと思っていたのに。
「あらあら、大丈夫?」
「いでで、だ、大丈夫です…」
「やれやれ、みんなも眠れなかったのかい?」
「うひゃあ!…なんだ、咲耶かよ…」
「あっ、咲耶〜!咲耶もなんか食べると〜?」
「ああ、もらうよ。フフ、もちろん、夏葉には内緒にしとくさ」
「ふふ、みんな共犯やね〜」
そう言って恋鐘がニヤリと不敵に笑う。
はは、バレないようにしないとね。
…ああ。
…私の周りにはこんなにも音が、…笑顔が溢れている。
〜〜〜〜
「私」の生き方が間違っているのか。
そんなことはわからない。
私は驚くほど弱いし、まだ子供みたいに何も知らない。
父のことも、自分の気持ちの整理すらもたぶん何もつけられてないけれど。
でも、私はこの「私」が好きなんだ。 だからこれからも私は「私」であり続ける。
『…判決を言い渡す』
聞き覚えのある声が私に言い放つ。
ひとりぼっちは寂しいよ。分かってる。置いて行ってごめん。
でももう、わたしではいられない。
拠り所が父しかなかったわたしでは、いまこうしてみんなと笑えていない。
「私」に怯える私のままでは心が詰まる。
でも彼が、アンティーカが、283のみんなが居るから。
皆が「私」をここまで連れて来てくれたから。
『被告人、白瀬咲耶を』
だからお願い。ついて来て。とは言わない。
見ていて。
そこから、その場所から「私」を見ていて。 「わたし」が「私」であり続けられるように。
どうか見守っていて。
『無罪とする』
「私」が必ずあなたを連れて行くから。