「……はい」
女の声だった。
「あ、松田さんのご自宅でしょうか」
「……そうんだげんと」
「高志さんはいらっしゃいますか」
「んねず、おらねがどなださまだが」
「あ、失礼しました。渡辺と申します。昔の役者仲間でして」
行弘は偽名を名乗ると、
「んだが。どだなご用件だべ?」
「元気でいるかと思って。失礼ですが、奥様でいらっしゃいますか」
「えっ?……ああ、んだげど」
「何時頃お帰りですか?」
「さあ、聞いでおらねが」
「!……ですか?ではまた電話しますので」
「あ、はい」
女の返事と共に、行弘は受話器を置いた。
「どうだった?」
順子が間髪を
「松田さんは生きてる」
「ほんとに?良かった」
順子は胸を撫で下ろした。
「それと、妻だと言う女は羽留ちゃんじゃなかった」
「えっ、どういうこと?」
「分からん。羽留ちゃんと離婚して、再婚したのかな?若い声だった」
「なるほど。で、筆跡が違ってたんだ。……でも、何で行方不明なんて嘘を?」
「分からんよ。それと、俺が奥さんですかって訊いたら、
煙草を
「そうだね。それよりお腹空いた」
「俺も。ぶらっと出てみるか」
行弘は煙草を消すと、コートを手にした。
あけぼの町の飲食店街に行くと、中華料理店に入った。
「ここを出たら、また電話してみるか」
ラーメンを啜りながら、行弘が見た。
「ん。帰ってるかもしれないしね」
中華丼を頬張りながら、
店を出てから高志の自宅まで行くと、〈松田〉の表札を確認した。木造一戸建ての一階の窓からは明かりが漏れていたが、話し声はなかった。行弘は街路灯の下にある電話ボックスに入った。
「……はい」
「あ、先程の渡辺です。ご主人はお帰りでしょうか」
「いえ。今夜は会社さ泊まるどの電話があった」
「……そうですか。残念だな。……あ、会社の電話番号を教えていただけますか」
「えっ?……あ、ちょっと待ってください」
「あ、われ。電話番号ど住所書いであるのが見付がらねぐで」
早口でそう言った。
「……そうですか。では、いずれまた電話をしますので。失礼します」
ホテルの電話番号を教えようとも思ったが、〈渡辺〉と偽名を使った以上、そうも行かなかった。あれこれと素性を探られる前に、行弘は急いで受話器を置いた。
「今夜は泊まりで帰らないとさ。電話番号を訊いたら、書いたものが見付からないってさ。何か
……やはり、高志は死んでいるのでは。それを知られないために、生きているように見せかけているのでは。何のために。順子の中に、そんな考えが不意に襲った。
仮に高志と一緒に暮らしているとして、ではどうして、手紙には行方不明とあったのだろう。返事を寄越した時は行方不明だったが、その後に戻ってきたのだろうか。だったら、そのことを手紙に書くはずだ。だが、手紙には、“私達のことは放っておいてくれ”とあった。あまりにも矛盾している。どっちが事実なのだろうか。順子の頭は混乱していた。
シャッターが下りているガレージからは、高志の帰宅の有無は確認できない。
「明日また出直すか?」
「……そうね」
順子は、薄暗い明かりが漏れる一階の窓を瞥見すると、行弘の後についた。
……もし生きているなら、あなたの顔が見たい。もし死んでいるなら、自殺なの?それとも他殺なの?どっちなの?……高志。順子は言い知れぬ不安と恐怖を感じながら、行弘の手を握った。
ホテルに戻ったものの、濃霧に目隠しされているみたいで、気持ちがすっきりしなかった。
「ね、明日、私が直接会ってみるわ」
「バカ、駄目だ。相手は人殺しかもしれないんだぞ。危ないよ」
行弘が咎める言い方をした。
「だって、どんな女か見たいし、何で行方不明なんて嘘ついたのかも知りたいもの。勧誘のおばさんになって潜り込もうかな」
「バカ、探偵ごっこじゃないんだぞ。危険だ」
「じゃ、どうするの?明日、帰っちゃうの?」
「いや。……二人で挨拶に行こう」
「なんてって?」
「帰るんで、挨拶をと思って、とかさ」
「ナイフとか持ってく?」
「バカ。……だが、万が一ってこともあるな。ペーパーナイフでも買っていくか」
「果物ナイフのほうが安いわよ」
「ふん。バカだな俺達。大の大人がさ――」
「だって、怖いもん」
「……やっぱ、持ってったほうがいいな」
決断するかのように、煙草を揉み消した。
「ね。……何だか怖い」
「大丈夫だよ、俺がついてるから」
そう言って向けた、愛嬌がある行弘の人懐こい目を、順子は心強く感じた。
「うん」
翌日、失礼にならない時間を見計らって高志の家に行った。呼び鈴を押すと、
「はーい」
若い女の声が返ってきた。順子が不安げな目を行弘に向けると、“大丈夫だから、心配するな”そんな返事の目をした。
「どなだ?」
「あ、昨夜電話した渡辺ですが、帰る前にご挨拶をと思って」
行弘が早口で言った。
「……」
中から