過去からの客   作:紫 李鳥

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「……事件のことは?」

 

 確認するかのように行弘を視た。

 

「……えぇ、ニュースで」

 

「……そうですか。この度は迷惑をかけて、申し訳ない」

 

 頭を下げた。

 

「迷惑なんて思ってませんよ。昨夜もどこに居るんだろって、心配してたんです」

 

「そこの林に居ました」

 

 そう呟くと、橋が見える窓に目をやった。

 

「えっ!野宿したんですか?この寒空に」

 

 テーブルを挟んだ行弘が目を丸くした。

 

「……えぇ」

 

「うちに泊まってくれりゃ良かったのに」

 

「……なんか、来づらくて」

 

「遠慮なんかしないでください。こうやって松田さんが来てくれて、私達は嬉しいんですから」

 

「ありがとうございます――」

 

「はい、どうぞ。食事、今、持ってきますので」

 

 話が弾んでいる二人に安心した順子は、湯呑みを置くと、急いで厨房に戻った。

 

「食べたら温泉に入って、温まってください」

 

 行弘が気を利かせた。

 

「ありがとうございます」

 

「さあ、どうぞ」

 

 順子が、運んできた焼き魚や卵焼きを高志の前に置いた。

 

「食事したら温泉に入ってね」

 

「ああ」

 

 順子に笑顔を向けた。

 

「私達も食事しましょ」

 

 ご飯と味噌汁を置くと、行弘に声を掛けた。

 

「そうするか。では、ごゆっくり」

 

 腰を上げた。

 

「ええ。では、いただきます」

 

 行弘に返事をすると、箸を持った。

 

 

 

 厨房のテーブルに食事を用意している順子に、

 

「松田さん来てくれて良かったな」

 

 そう言って箸を持った。

 

「ほんとに。元気だったから安心した」

 

 笑顔を向けた。

 

 

 ――温泉から戻ってきた高志は、順子が淹れたコーヒーを飲みながら、話を始めた。

 

「七時過ぎに会社から帰ると、益美が死んでいて。気が動転した私は、車を走らせると、駅に向かっていた。駐車場に車を置くと、夜行列車に乗っていた。そして、気が付くとここに向かっていた。……なぜ、逃げたのか自分でも分からない。たぶん、自分が犯人にされるのではないかという恐怖感があったのかもしれない。逃げれば尚更疑われるのに、あの時はそんな判断もつかないほどに、頭が真っ白になっていて。最後にお二人に会ってからと思い、やって来ました。これから出頭します」

 

「駄目よ。犯人にされるわ」

 

 順子の口から突拍子もない言葉が飛び出していた。

 

「えっ?」

 

 高志が驚いた顔を向けた。

 

「死亡推定時刻に帰ってるんだから、疑われるわ」

 

「だが……」

 

 高志が俯いた。

 

「私が犯人を見付けるわ」

 

「見付けるって……」

 

 行弘は、順子の唐突な発言に面食らった。

 

「それまで、ここに隠れてて」

 

「けど……」

 

 高志が不安な目を向けた。

 

「ね、益美さんはホステスをしてたんでしょ?」

 

「ああ」

 

「じゃ、お客さんの可能性もあるわ」

 

「……あ」

 

 高志は言おうとした言葉を呑み込んだ。さすがだと言わんばかりの、“そうだな!”を期待した順子は拍子抜けした。

 

「高志の無実を明かしてみせるわ」

 

「しかし……」

 

 高志が呟くように漏らした。

 

「明かすって、……危険だよ。万が一にも真犯人に嗅ぎ付けられたらどうするんだよ。危ないぞ」

 

 行弘が反対した。

 

「じゃ、このまま高志を容疑者にしとくの?警察は高志を疑ってるのよ。高志が出頭して、万が一にも冤罪(えんざい)で刑務所に入れられたらどうするのよ」

 

 早口で捲し立てた。自分の中にこんな情熱がまだ残っていたことに、順子は自分でも驚いていた。高志を助けたい。その一心だった。

 

「確かにそうだけど。……ったく。お前は一度決めたら後に引かないからな。昔からこうでした?」

 

 行弘はすっとぼけて、高志に質問した。

 

「えぇ、でした」

 

 高志が即答すると、行弘が笑った。高志も釣られて笑った。

 

「ちょっと、何笑ってるの?私がこんなに真剣になってるのに、まるで他人事みたいに。自分のことでしょ?」

 

 高志を睨み付けた。

 

「あ、ごめん。ただ、君に頼むのはお門違いかと」

 

 高志が弱々しく言った。

 

「私が勝手にしてることよ。何か行動を起こさなければ、何も始まらない。よしっ、決めた。ね、宿のほうお願いね。今日は二組の予約があるけど、愛想よく接客してよ。分かった?」

 

 行弘に念を押した。

 

「了解!もう余計なことは言わない。お前が決めたことだ、お前に任せる。言うまでもないが、十分気を付けろよ」

 

 行弘は決心した。

 

「ええ、気を付けるわ」

 

「……すまない。お願いします」

 

 高志が頭を下げた。

 

「どこまでやれるか、やるだけやってみるわ」

 

 順子も決心がついた。

 

「益美さんについて、あなたの知ってることを全部教えて」

 

 順子は高志に真剣な目を向けた。――

 

 

 新庄に着くと、だて眼鏡とかつらを買った。駅前の公衆便所で身に付けると、その足で益美が勤めていたスナックに行った。

 

「――まぁね。歯に衣着せない目立つ子だったから、憎まれることもあったでしょうね。客に限らず……」

 

 ママだという四十半ばの女は、田舎の飲み屋に似合わないしゃれたツーピース姿で、どことなく垢抜けしていた。

 

「……ホステスさんとか?」

 

「ええ。私も銀座に居た若い頃は、同僚のホステスに憎まれた口ですから。“出る杭は打たれる”どこの世界でも同じですよ」

 

 そう言って苦笑いすると、煙草を揉み消した。

 

 ……道理で、おしゃれで、(なま)りがないわけだ。

 

「今回の事件、どう思いました?」

 

「ピーンときた人が一人いたけど、でも、その人、今は海外だし。事件のあった時間は、偶然にも私と電話で話してたし」

 

「お客さん?ホステスさん?」

 

「お客さん」

 

「どうして、その人だと?」

 

「益美ちゃんに夢中だったのよ。けど、呆気なくフラれて。プライドの高いお客さんだったから、もしかしてと思って」

 

「警察はそのお客さんを取り調べたんですか?」

 

「たぶん。事情聴取の時に私が話したから。……お客さん、どちらかでお会いしてません?」

 

「えっ?」

 

 ギクッとした順子は、反射的に顔を伏せた。

 

 ……もしかして、目撃情報による私のモンタージュ写真がテレビに流れたのかしら?


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