過去からの客   作:紫 李鳥

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「……あぁ、分かった。メガネしてるから気付かなかったけど、益美ちゃんに似てるんだ」

 

 ……あぁ、良かった。そっちのほうで。順子は胸を撫で下ろした。

 

「益美ちゃんの叔母(おば)さんだもの似てて当然よね」

 

 ママは納得した。

 

 ……益美の叔母にして正解だった。順子は自分が書いたシナリオに満足した。

 

 その時、ドアが開いた。反射的に振り向いたママは、

 

「あらぁ、いらっしゃ~い」

 

 愛想を振り撒いた。

 

「今、仲が良かった子を呼びますので」

 

 そう言って、急いで席を立った。

 

「すいません」

 

 順子は軽く頭を下げた。

 

 馴染みらしき高齢の客は、出迎えたママに、

 

「なんだ、おらが口開げが?」

 

 と嫌味を言った。すると、間髪()れず、

 

「何言ってんの、別嬪(べっぴん)さんが先客よ。美人に目がねがらメガネねど見えねんでねの?」

 

 と、ダジャレまじりの方言で返して、順子を見た。

 

 ……ママは山形の出身なのだろうか。商売上手だ。そんなことを思っていると、

 

「いらっしゃいませ~」

 

 と、明るい声がして、見上げると、二十二、三だろうか、ふっくらとした愛嬌のある子が笑顔を向けていた。

 

「まどがど言います。よろすくお願いすます」

 

 そう言って、(まどか)と書かれた名刺を差し出すと席に座った。

 

「よろしく。益美のお友達?」

 

「ええ。でも若えホステスは益美さんだげだったがら、仲良ぐなるのは必然的だ」

 

 円の訛りと、“必然的”の三字熟語がミスマッチで可笑(おか)しかった。

 

「益美のことですが」

 

「お客さん、益美さんのお姉さん?」

 

 円がジロッと視た。

 

「えっ?あぁ、叔母です」

 

「やっぱりだ。似でるど思った」

 

「益美の事件ですが、何か知ってますか」

 

「警察には言ってねんだげんと、益美さんの叔母さんなら、しゃべってもいいがな」

 

 勿体ぶったその言い方に興味を持った順子は、好奇心いっぱいの子供のように目を輝かせた。

 

「益美さんはたぶん――」

 

 円がそこまで言った瞬間(とき)だった。

 

「円ちゃーん!お客さんよーっ」

 

 ママが呼んだ。

 

「あ、われ。アパートの電話番号書ぐがら」

 

 セカンドバッグからボールペンを出すと、先刻の名刺に電話番号を書いた。

 

「電話すて。ほんじゃ」

 

 円は慌ただしく席を離れた。

 

「ありがとう」

 

 名刺に書かれた電話番号を確認しながら、犯人に心当たりがあるような円の口吻(こうふん)に興奮した。順子がコートを着ていると、

 

「あら、お帰りですか?お構いもせず」

 

 そう言いながら、ママが駆け寄ってきた。

 

「お邪魔しました」

 

「お役に立てなくてごめんなさいね」

 

 頭を下げた。

 

「いいえ、こちらこそお忙しいとこ申し訳ありません。あ、コーラ代、おいくらですか」

 

 ショルダーバッグから財布を出した。

 

「私のサービスです」

 

「でも」

 

「うちは美人にはサービスするんです。いいからいいから」

 

「……ありがとうございます」

 

 礼を言って店内を見回すと、奥の席から円が手を振っていた。順子も小さく手を振ると店を出た。

 

 

 店の近くで遅い夕食を摂ると、鬼怒川から予約の電話を入れておいた駅前のビジネスホテルにチェックインした。

 

 シャワーを浴びると、満腹感と長旅の疲れもあってか眠ってしまった。店が終わる時間を見計らって円に電話をする予定だったが、目が覚めたのは朝方だった。

 

 ……この時間じゃ、円はまだ寝てるわね。……でも、早く帰りたいし、公衆電話からかけるのも面倒だから、帰り支度ができたら電話しよう。

 

 順子は身支度を終えると電話をした。だが、呼び出し音だけが(むな)しく響いていた。

 

 ……まだ、寝てるかな。

 

 そう思って、電話を切ろうとした時だった。

 

「……はい」

 

 寝起きの声が出た。

 

「円さん?」

 

「はい」

 

「益美の叔母です」

 

「あ、はい」

 

「朝早くにごめんなさい」

 

「あ、んねず。昨夜遅いっけもんだがら」

 

「早速ですが、犯人に心当たりがあると言うのは?」

 

「……ママ」

 

「えっ!」

 

 想像すらしなかった人物を告げられた。

 

「どうして、ママだと」

 

「こごだげの話だんだげんと、ママの大事なお客さんば益美さんに盗られだごどがあったの。それで、益美さんば恨んでだに違いね」

 

「それだけで犯人だと?」

 

「だって、そのお客さん、ママの恋人だったんだもの」

 

「……」

 

「んだげんと、益美さんが殺されだ時間のアリバイがあっから、共犯者にやらしぇだんだど思うわ」

 

「共犯者って?」

 

「益美さんに盗られだママの恋人」

 

「はあ?」

 

 順子の頭はこんがらがっていた。

 

「だって、益美はママからその人を奪ったんでしょ?つまり、益美の恋人だったんでしょ?」

 

「そうよ。んだげんと……」

 

「何?」

 

「叔母さんに言うのは酷だもの」

 

「そこまで話してくれたんだもの、最後まで聞かせて」

 

「んだが?だったら話すますが、ママの彼氏ば奪っておぎながら、他のお客さんとも付ぎ合ってだんだ」

 

(……他の客とは、高志のことだろうか)

 

「なんてお客さん?」

 

「松田さんていう人で、益美さんが殺されだうずの持つぬす」

 

(!やっぱりだ……)

 

「それで、益美さんのごど恨んでだに違いねわ」

 

 円からの情報のお陰で、事件の核心に触れた気がした。

 

「最後に、ママの共犯者の名前は?」

 

「吉沢さんていう会社員。んだげんと、今は日本さ居ねの」

 

(日本に居ないって、まさか、ママが言ってたあの客のことかしら……)

 

「その吉沢さんて、もしかして、ママのアリバイを証言した人?」

 

「そう。なんだ、知ってだんだが」

 

(やっぱりだ。これで全ての辻褄が合う)

 

「んだがら、警察が松田さんば逮捕すたら冤罪になるなって、ひとりほぐそえんでだの」

 

「ぷっ」

 

 “北叟笑(ほくそえ)む”の使い方が可笑しくて思わず吹いた。

 

「警察は松田さんば追ってるみだいだんだげんと、松田さんも、なにも逃げるごどねげんど。逃げだらがえって疑われるのに」

 

「……円さんはどうして、ママと吉沢さんのことを警察に言わなかったの?」

 

「ほだなこど言ったら、店ずまいになるでねが。そうじゃなぐでもママ逮捕されだら店暇になって、給料もらえねぐなる。ほだなこどになったら生活でぎねぐなるもの」

 

(……なるほど)

 

「円さん、ありがとう。また何かあったら電話するね」

 

「うん、わがった」


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