第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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第一章:立志編
廃嫡されたい第一王子、人材発掘に勤しむ


―――――俺は絶望した。必ずや無知蒙昧な王は国を滅ぼすだろう。俺には政治は分からない。だが俺は、この王国の王太子である。つまり俺はきっとそのうち国を滅ぼす。なんてこった。

 

 

 

 

 一応、優秀な弟がいるのだが彼は彼で「兄さんを助けるのが僕の喜びです」と性格までイケメンなところを見せつけてくれるお陰で俺が王太子である。助けると思って代わってほしいのに笑顔でスルーしやがる。

 

 もちろん父には抗議した。「俺には荷が勝ちすぎている」と。だがあの俺によく似た阿呆の父は「お前でいいんだ。だってお前長男だし」などと意味不明な供述をしており期待できない。

 

 

 

 

 長男だから頑張る。それも一つの真実だ。

 だが、できないことがはっきりしているのなら身を引くのも重要ではないだろうか。

 

 そんな折、ある一つの噂話を耳にしたのだ。

 

 

 

 

『――――隣国の皇太子が、勝手に婚約破棄して廃嫡されたらしい』と。

 

 

 

 いや、その程度で廃嫡されるか普通。

 今まで必死こいて廃嫡される手段を考えてきた俺には、そのあたりがよく分からなかった。もちろん男として最低だと思う(ただし相互理解があった場合を除く)が、俺なんて頼んでも廃嫡してもらえないのに……。

 

 

 

 

(いや待て、つまり同じような手順をたどれば俺も廃嫡されるのでは…?)

 

 

 

 

 それから俺は、必死になって情報を集めた。

 

 ここぞとばかりに配下――――王太子直属の隠密を用いて調査を開始する。こんな無駄なことに部下を使う俺を廃嫡しても、構わんのだぞ…?

 

 

 

 

 が、父は素知らぬ顔でニコニコ。

 弟は「兄さん、隣国の彼女が気になるなら手伝いましょうか?」などと微妙にズレたコトを言ってくるが謹んで拒否。なんで同じ女性を2度も男の都合で振り回さねばならんのか。常に父に振り回されてる俺からすれば同情こそすれ利用しようとは思わない。

 

 

 

 

 

――――結論から言うと、隣国の場合は婚約破棄された女性が凄まじい重要人物であることが理由であるらしかった。あらゆる傷を癒やす聖女様? ははぁ、そりゃあ婚約もするよね。なんで破棄したのか知らないが…。え、愛想がない?

 

 そりゃあ政略結婚なんだし、好かれてるわけでもないだろう。

 やっぱりちやほやされて育つ王太子ってやつは駄目だな。是非廃嫡するべき。

 

 

 

 だが活路は見えた。最低だと思うが、要は趣旨に賛同してくれる女性がいればいいのだ。王国の重要人物である女性に頼み込み、是非俺と偽りの婚約破棄した後に弟と婚約して幸せになってもらう。弟は性格も顔もイケメンなのできっと大丈夫。

 

 

 

「しかし、重要人物か……ティナ、心当たりは」

 

 

 

 王太子の私室、俺の脇に控えるのは直卒の隠密の中でもツートップの一人。一般的な金髪碧眼、クールな印象だが努力と才能で駆け上がってきたエースだ。

 

 

 

「……ないです。あと、主が廃嫡されるのは……こまります」

 

 

 

 む。確かに部下からすれば上司が替わるのは困るか…。

 特に配下の隠密というのは、裏切らないように幼い頃からずっと教育されている。ティナなんてロクな遊びも知らなかったくらいである。

 

 

 

「案ずるな。我が弟ならば待遇面に心配はいらない。何なら一筆書いておくか……忘れると困るしな」

「………あの」

 

 

 

「えーと『我が背中を預けられる股肱の臣にして王国最速の影である。我が弟を見込んで託す。万一の時は彼女を信頼されたし』と」

「……………」

 

 

 

「あと『必ず三食昼寝付きにし、おやつは望むものを与えるように』と。……これでどうだろうか。気になるところはあるか?」

「………わたしは、主についていきますので。……その、不要です」

 

 

 

「なんつー物好きな……。お給料減るぞ」

「……元々、いただいていませんでしたので」

 

 

 

 そうだった。

 王国の影を牛耳る家の一つである男爵家(リスク回避のために複数の家で負担している)の令嬢であるティナ・グレイブは『常に極限の状態に身体をならしておく』とかよく分からん家訓で兵士も真っ青な労働環境で働いていた。

 

 お給金ももらってなかったから俺がポケットマネーから出した。男爵からは『それだといざという時に困るとは思いますが。王太子の希望であれば』とか皮肉られた。まあ確かに戦時とかの過酷な状況を想定するなら必要という意見も分からなくもない。

 

 

 分からなくもないが、俺はやらない。

 だって俺は無能な王太子なので、やるべきこと以外でやりたくないことはしない。

 

 

 

「弟も、そんな無体な働かせ方はしないぞ。むしろ俺の方がこんな下らん調査を任せて申し訳ないくらいなんだが……」

「………いえ。その、がんばります」

 

 

「で、アリオス。お前の方は」

 

 

 

 多分いるかな、と思い声をかけると、期待通り――――地味な、暗いとかそういうのではなく普通すぎて印象に残らない格好をした青年が火のついた暖炉の方から出てくる。

 いやお前それどうやった。ええ? 相変わらず変態すぎる…。

 

 

 

「はい、殿下。調査によりますと我が国に隣国の聖女ほどの重要人物はおりません。が、殿下のご要望通り身分の高い家を漁ったところ、アグリア公爵家で軟禁状態の娘がいるようで」

「そうか。あ、お前にも一筆書こうか『どんな時でも期待に応える変態的に有能な隠密』って」

 

 

 

 はー、なんだこの有能マン。

 ちなみに変装でかなり地味に見えるが、目元の感じからして意外と甘い顔のイケメンである。あと気配りもできる。

 

 

 

「変態は嫌ですが、ご期待に添えているのであればこれほど嬉しいことはありませぬ。使用するつもりはありませんが、家宝にさせていただいても?」

「……! アリオス、ずるい! 主、わたしにもください…!」

 

 

 

「………まあ、受け取るならなんでもいいが」

 

 

 

 

 普通廃嫡された人間の推薦とかどうよ、とも思うが弟は素直なので多分平気だ。

 

 そしてコイツらはアホほど有能な人材なので、万が一にでも冷遇されたら国家の損失である。アリオスは神出鬼没、豪胆無比。一見すると慇懃無礼な態度に見えるが、その能力を知っていればなんとも思わない。

 

 ティナは『雷鳴の如く駆ける』魔法の使い手であるが、アリオスは『林の如く気配を掴ませない』魔法を扱う。クソ有能なのである。隠密としてコレ以上無い才能だ。もうこの二人がいれば右腕と左腕……どっちかというと右腕と右足だが、ともかく有能である。

 

 

 

 俺? 『自分を癒やす』魔法だが何か。

 クッソ無能なのである。他人の傷とかなら聖女様クラスだったのに。

 

 弟は『万里を見通す目』の魔法を持つ。

 本人曰く、見えすぎて何を見ればいいか決められないとのことだがそんなのは誰かと一緒に考えればいい。

 

 

 

 

「よし、行くぞアグリア公爵家へ。……って感じで行って会えそうか?」

「いえ。どうやら己の魔法が制御できないため軟禁されているようでして……生まれる時に己が母を焼き殺したとか」

 

 

 

 

 それはまた、なんというか。

 今まで気づかなかった己の無能を嘆くが、それはそれとしてやることはやらねば。

 

 多分会えないでしょうね。と平坦な声で言うアリオスだが、そこはほらクソ有能な部下がいるので。

 

 

 

 

 

「よし、頼むぞティナ! アリオス!」

 

 

「……………主のご命令とあらば」

「………殿下、一応お願いしておきますが――――くれぐれも、危険な真似は慎まれますよう。万が一の時は、私が腹を切りますからね?」

 

 

 

 やめろお前俺の命より重いもので脅すんじゃない!

 お前がいないと国の隠密の機能が全滅するからな! ティナもいなくなったら壊滅的と言っていい。国が滅ぶぞ俺のせいで。……あ、なんかあんまり状況変わってないか。

 

 

 

「お前が腹を切ったら俺も切るからな」

「くっ、卑劣な……では殿下が腹を切ったらティナも切らせましょう」

 

 

 

「はぁー!? お前それは男の風上にも置けないぞ! ティナ、お前もガツンと言ってやれ俺が許可する」

「………えっと、主が死んだらわたしも……」

 

 

 

「こっちに!? いや許可したけども! そうだ、端からアリオスが腹切らなければいいだろ!」

「殿下に何かあれば切りますが?」

「……主に万一のことがあれば切りますよ?」

 

 

 

 くっ、クソ有能すぎて忠誠心まで高いとは。

 こうなればそのあたりを突くしかないか。

 

 

 

「お前を死なせたら俺の心が深く傷つくからやめろ」

「殿下が傷つくと私の心も深く傷つくのですが……」

 

 

 

 ニヤリ、と智謀に溢れた笑みを浮かべるアリオス。

 なんでこいつはそういう陰謀に満ちた笑みが似合ってしまうのだろうか。やはり顔か。顔なのか。

 

 

 

「じゃあお前なんだその笑みは! 笑ってるじゃねーか!」

「……ふふっ」

 

 

 

「ティナにも笑われた!? 信じてたのに……」

「………あわ。あわわわわ――――ち、ちが。あるじ……」

 

 

 

「ふっ……」

「……あ~る~じー」

 

 

 

 いやすまん。あんまり必死だったからつい…。

 そんなこんなで煙に巻いたので、左手でティナの手を、右手でアリオスの手を握る。

 

 

 

「……では、早速」

「準備はいいですよ」

 

「よし、出陣!」

 

 

 

 

 

 ドガン、と本来であれば雷鳴が轟くところだが。

 ティナとアリオスをセットにすると無音でかつ雷の速度で移動するという意味不明な運用ができる。

 

 ティナは努力の末に空中を駆けることすらできるので、こうして手を繋げば最強の移動の完成である。ちなみに本来は一人用なので、ティナが必死こいて運んでくれている。もちろんアリオスも本来はそんな高速で移動しながら音を消さないので、必死こいて音を消してくれている。

 

 

 俺は必死に手を掴んでいる。

 一人だけ無能な奴が紛れ込んでるじゃないか…。

 

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 ティナ曰く、雷くらいの速度ということだが雷の速度は速すぎてよくわからん。で、ティナは大体1秒で200kmくらい進むらしい。大体我が国――――ラグノリア王国が500kmずつくらいの四角形に近いので、ティナなら約2.5秒で国の端から端まで移動できる。王都はだいたい中心に近いやや北よりなので、南以外であればだいたい1秒ちょっとで国の端につく。

 

 本来は音も轟音なのだが――――アリオス曰く、空気を遮断すれば音も通らないとかよく分からん魔法理論により無音になる。

 

 

 

 ティナの場合、2人も抱えると連続で2秒走るので限界らしいが。それだけでも十分すぎる。

 ちなみに一人なら10秒は走れるとか。雲に紛れて隣の隣のそのまた隣の国まで行ってすぐ戻ってきたこともあるらしい。

 その速さに驚けばいいのか、世界の広さに驚けばいいのか。

 まあ都市とかには魔術的なバリアが在るところが多いので、流石に不法侵入は難しいのだが。

 

 

 もちろん俺は王太子なので、この国の中ならフリーパスである。しかも高位貴族と違って無断で侵入しても察知されない。なおアリオスがいればどっちにしろ突破できる模様。やはり有能か。そして俺は無能か…。

 

 

 

 

 そんなわけで、瞬きの間に景色が変わり――――気がつくと古風な城、その奥まった場所にある尖塔の上に立っていた。

 アリオスの隠密魔法は問題なく機能しており、シャボン玉の膜のようなものがアリオスを中心に俺達を覆っている。

 

 

 

「……………っはぁ」

 

「ご苦労、ティナ。すまんが帰りも頼りにさせてくれ。………アリオス、お前も少し休んでいろ」

「いえ、私は周囲を遮断するだけなので。まあ移動速度的には手間ですが、ティナほどではありません」

 

 

 

 

「その言葉信じるからな。キツかったら遠慮なく言えよ」

「ハハハ、私のことを信用してくださらないのですか?」

 

 

 

「いやお前ならキツくても涼しい顔でやり抜くだろうと信じてるから疑ってるんだよこの有能野郎」

「いやはや全く。期待にはお応えせねばなりませんね」

 

 

 

「……ったく、仕方ない。行くぞ」

「はい、お任せを」

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

―――――塔の中にいたのは、ぼんやりした少女だった。

 

 

 

 運動不足故か、あるいは箱入りのためか。まだ幼さを残した少女は痩せていたが、それよりも目を引くのは珍しいプラチナブロンドの髪だろうか。魔力に耐性のある魔獣の皮を使ったと思しき服に、魔力を抑えるためだろう分厚い腕輪を付けたその姿は囚人のようであったがそれでもどことなく高貴さを感じさせるのは天性のものだろう。

 

 

 

 

「――――悪いな、邪魔するぞ」

「……ぇぅっ!?」

 

 

 

 文字通り、飛び上がって驚いた少女が眺めているのは、本か。燃やさないよう専用のピンセットのようなものでページを捲っているあたり筋金入りというか、難儀な魔法持ちのようだが。

 

 

 

「この国の第一王子、ルーク・ラグノリアだ。ちょっと頼みがあって来たんだが――――悪いな、突然来て」

 

「え。あ。え? ――――――――わ、わたし……わたくしは、フィリア……と、もうします?」

 

 

 

 普通、こんな突発訪問をされると令嬢なら悲鳴をあげる一般的なパターンか、王太子と知って何かしらの譲歩なり配慮なりを引き出そうとする強かなパターンが多いのだが。そもそも焦りすぎて普通に挨拶してくるのはちょっと斬新だ。

 

 

 

 それはともかく、要件を済ませよう。

 公爵家の令嬢なのに、軟禁? 母親を焼き殺したという事実があれ、赤子の時だ。醜聞といえばそうだが、塔に押し込めておく理由としては俺に言わせれば不十分だ。

 

 

 

「ふーん、火避けの腕輪か。普通これだけ巻いたなら大抵のものは抑えられるはずだが――――ちょっと失礼」

 

「――――え」

 

 

 

 

 まあ見知らぬ男に手を触れられて喜ぶ令嬢なんてまずいないので、素知らぬ顔で軽く触れる。すると、赤々と燃える暖炉に手を突っ込んだような熱さと痛みが俺の手を襲い――――。

 

 

 

「な、なんで――――――だめっ!」

「悪い、ちょっと耐えてくれ」

 

 

 

 

 ここで離されると、二度手間になってしまうし無駄に警戒される。両手で強く手を握り、振りほどこうとしたのを阻止する。完全に不審者だが、やむを得ない。

 

 

 

 

「うーん、熱い。めっちゃ熱いが――――これ本当に火か? 違うだろ。熱……は多分試してるだろうしな。夏に裸足で砂浜に出た時のような――――いやアレだな、虫眼鏡でホクロを加熱した時」

 

「はな――――はや、はやくはなして――――っ!」

 

 

 

「あれは……太陽の光に含まれる熱だよな。つまりこれは光の属性? いや、まさか太陽……星か?」

「手が! あなたの、やけどが――――!」

 

 

 

 

「うーん、ちょっとその線で探してもらうか。闇とか。多分これ火とか風の属性で遮断しようとしても貫通してくるぞ。あ、鏡とかいいかもだ」

 

「んぐぐぐ……ぅぅー! はーなーしーて!」

 

 

 

 ぶんぶん小さな腕を振るう姿は大変可愛らしいのだが、この無知蒙昧な王太子に目をつけられたのが運の尽きと思って諦めて欲しい。

 

 

 

「嫌だ。あとちょっとだから辛抱しなさい」

「っ!? ど、うして―――――」

 

 

 

 

 と、その瞬間。

 勢いよく俺の手が燃え始めた。めっちゃ熱いし痛い。が、時折不自然にその火の勢いが止まる――――いや、今少し巻き戻ったぞ。

 

 

 

 

「や、やだ――――――もうやだ! わたしは―――――」

「―――――よし、“分かった”。お前は『天体を司る』魔法だ。えーと、お前自身が一個の星みたいなものだからめっちゃ熱い。あと星の動きとか操れる。時間で星座が動くから、星座が逆に動けば時間も戻る。つまり時間も操れるお得な魔法だな」

 

 

 

 

 

 これまで色々な魔法を受けまくってみた魔法マイスターの俺としても、今回はちょっと自信がないのだが、こういう時はさも確信しているかのように言ったほうが患者……というか、子どもは安心する。

 半分はったりだが、まあそれほど間違ってはいない……はず。

 

 

 

 

「―――――――ぇ、ぁ」

「ちなみに俺は『自分を癒やす』魔法だ。『超適応魔法』と言ってもいいが、慣れれば慣れるほど治癒は早くなるからな。最早俺にお前の“熱”は効かない」

 

 

 

 

 どんなもんだ、ともう燃えてない手を振ってやると少女――――フィリアはおずおずと俺の手に手を伸ばし――――握手なら望むところなんで、しっかりと握ってやった。

 

 

 

 

「ふっ、どうだ俺の唯一の特技は。雷だろうが星だろうが、触れるだけならなんとでもなるぞ。……触れるだけならな!」

 

「―――――ぅぐ、ぇ、ふぇぇ……」

 

 

 

 

「うおおおぁ!? なんで泣く!? そんなに触られたくなかった!? いやまあ確かにまるっきり不審者だけどさぁ!」

「―――――…あった、かい。あたたかいの……」

 

 

 

 

「…………ああ。そうか、お前は手冷えてるぞ。ここ寒いしな、お前はよく頑張った」

 

 

 

 

 燃えないように、燃やしてしまわないように。 

 ほぼ石造りのこの塔は、酷く冷たい。石を溶かさないよう、せめてもの居場所を作ろうと公爵も排熱に気を配ったのだろうが、それでも居住性は劣悪なのは否めない。

 

 

 

 

「ひっく、わ、わたし……あつくない…?」

「ああもうヒエヒエだ」

 

 

 

 泣く子をあやすように、頭をそっと叩いてやると、大粒の涙がこぼれだす。

 助けを求めるようにアリオスがいそうな方に目をやるが、あの野郎肝心な時に出てこない。いやここで熱耐性の無いアリオスに来てもらってもどうしようもないんだが。

 

 

 

「あ、やばいこの髪めっちゃサラサラして気持ちいい」

「うぐ…………えぐ………ぅぇぇぇ」

 

 

 

「更に泣かれた!? ほーらよしよし、背中さすってやるから」

「―――――ぐずっ……げほっ、げほっ……はいっ………あり、がとう」

 

 

 

「あ、やばいなんだろう。これが父性か。子どもなら抱きしめてもセーフだと思うかアリオス? え、何?」

『子どもならセーフでは?』

 

 

 

 

 なんか微妙なニュアンスを感じるが、それはそれ。

 花が綻ぶような笑みを浮かべたフィリアをそっと抱きしめると、弱々しく―――――それからしっかりと抱きしめ返してくる。

 

 うーん、俺も継承権譲ったら子ども欲しいかも。

 争いの火種になりそうなのが若干悩ましいのだが……天秤にかけたいくらいにはいいものだな、こういうの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ泣き止んだな―――――」

 

 

 

 と、いい加減に離そうとした瞬間。

 何か奇妙な違和感を感じ―――――――。

 

 

 

 

「―――――ん?」

「………」

 

 

 

 急に、何かこの子の雰囲気が変わったような。

 具体的には、もう既に泣き止んでからけっこうな時間が経過しているような。

 

 

 

 

「そろそろ―――――」

 

 

 

 

「なあ――――」

 

 

 

「お前――――」

 

 

 

 

「時間を――――」

 

 

 

 

「戻して――――」

 

 

 

 

「るんじゃ―――――」

 

 

 

 

 手を離そうとするたびにコマ送りのように時間が戻る。

 ジト目で見てやると、フィリアは真っ赤になった目でそっと視線を外した。

 

 

 

 

「――――早速使ってるじゃねーか! 分かった! 離さないからもうこの辺にしてくれ、永遠に終わんないから!」

 

「………い、いいの……? ですか?」

 

 

 

 

「――――もちろん。俺を誰だと思ってる?」

 

 

 

 

 俺こそが無知蒙昧な第一王子。

 有能な部下以外に失って困るものなど、何一つない――――!

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

連載していた別の小説がひとまず完結したので、気分転換に書かせていただきました。
いえもうね、何番煎じなのかと。ここまで読んでくださった寛大な貴方に感謝を。


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