第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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本日2話目の更新です

誤字報告いつもありがとうございます。大変助かっております。


公爵令嬢、その意義を語る

 サロンの空気は極限まで張り詰めていた。

 アグリアとイルミリス。二大公爵家の令嬢、しかも長女同士。下手を打てば微妙な政治的バランスにも関わりかねない場面でのこの発言――――。

 

 

 

(リュミエールさん、いきなりマウント取りに来たぁ!? なんで開始5秒で最終決戦なの!? な、何か言わないとフィーちゃんが困ってる――――いやそもそも何その恋人に近づく女子を牽制する感じのセリフ!)

 

 

「……? なに、ですか?」

 

 

 

 焦りに焦るセシリアだが、フィリアも全然お茶会関係ないワードをぶちこまれるとは思わなかったのか、眉根を寄せて明らかに困った顔をしていた。

 

 が、何を思ったかリュミエールはバッと無駄に音を立てて扇を開きつつ再度言った。

 

 

 

「――――貴女、ルーク様の何なのかしら?」

(に、二回言ったぁぁ!? ふぇぇ、なんでこの人空気読んで説明してあげるとか……ごめんなさいルークさん、無理です! この人無理です!)

 

 

 

 さすがに二度も言って念押しされると、家格的に遮るのは至難の業だ。ちらりと同じく開始後に即座に蚊帳の外になったもうひとりの侯爵令嬢であるミリアの方を見るが、ミリアは興味なさげに虚空を見つめている。

 

 

 

(ぅぁぁん、なんでトップ3の令嬢がこんな感じなの!? フィーちゃん以外!)

 

 

 

 

 残る二つの公爵家、ウィルムドラとエンディミアも令嬢はいるがそれぞれの事情でこの学院には通っていない。ので、実質リュミエール、ミリア、セシリアの順にトップ3であるはずなのだが。

 それぞれ『開始5秒で詰問』『虚空を見る』『慌てるだけで役に立たない』とは令嬢ってなんだとセシリアは思った。普通、もっとこう和やかに見せかけつつ駆け引きを繰り広げるのではと。

 

 そんな超マイペース、超マイペース、優柔不断と極端すぎる面々に対してフィリアはちょっと考えた末に言った。

 

 

 

 

「わたしは、ルーク様にとっては――――困っていたから助けた相手、でしょうか」

 

 

 

 ちょっと悲しそうなそんなフィリアの様子に、セシリアの良心が痛む。

 

 

 

(うっ……まあ確かにルークさんそういうところありますけど…。私も忘れられてますし)

 

 

 

 謎にセシリアまでダメージを受けてしまったが、いつまでも呆けているわけにはいかない。と、よく見るとリュミエールが若干嬉しそうなことにセシリアは気づいた。

 

 

 

(え。この人ってルーク様と仲悪かったはずじゃ……?)

 

 

 

 

 ちょっと記憶を掘り返してみる。

 そう、あれは確か入学して直後のこと―――――。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 まだセシリアもルークと関わりがほぼ無かった頃。

 入学したばかりの時に、リュミエールがルークに突っかかっていたのだ。

 

 

 

『――――そんな魔法で上位クラスだなんて、怪我をしますわよ?』

『……生憎、怪我くらい問題にならないんでね』

 

 

 

 ルークが魔法のことで後継者に相応しからぬと言われているのは、上位貴族クラスともなれば周知の事実だ。が、入試試験において試験官に勝利したことで見直すような空気があったのも事実。

 そんな中、あえて真正面から叩き潰しに行ったリュミエールの行動力に周囲は畏怖したし、王太子と公爵家の中でも筆頭と言っていい少女(フィリアは療養中のため)の仲が悪いことに誰もが不安を抱いた。

 

 

 

『ふぅん、まあ怪我させた側と違って気に病む必要もないですものね』

『………すぐ“慣れる”さ』

 

 

 

 すぐに追いつくから気にする必要はないという宣言。

 ともすれば負け惜しみとも取れるそのセリフ。

 

 けれど、その時のルークの瞳には確かに燃え滾るような情熱があり――――リュミエールはそれを見て、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

『放っておいても、何をしても。貴方は王になる――――ならば、こんなところで遊んでいる理由もないでしょう?』

『相応しければ王になるし、そうでなければならない。だから、俺が証明する』

 

 

 

 

 それが、血を吐くような決意で放たれた言葉でありどちらの意味であるのか。言われるまでもなかった。

 誰もが思った。ルークが、自分こそが王に相応しいと未来の臣下に認めさせるために、此処に来たのだと。

 

 騎士団長の子が好戦的な笑みを浮かべ。東の公爵と縁深い侯爵令嬢や、そのほか高位貴族の子女だけあって空気には敏感な周囲の注目をにわかに釘付けにした。

 

 

 

 

『いいわ、是非証明してもらいたいわね――――もっとも、私はそんなもの見たくもないけれど』

 

 

 

 

 それに、興味すらないと一蹴し背を向けるリュミエール。

 ルークも肩を竦めて逆方向へ歩き出し。

 

 それから未だにルークはリュミエールの魔法『氷獄』を突破できていないし、むしろ普段からリュミエールが絶妙にルークを煽っていく光景ばかり見ている。

 セシリアはきっと相性が悪いんだろうと思っていたのだが。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「困っていたから助けた程度の相手―――――ほぼ他人ね」

「……っ」

 

 

 

 辛辣なリュミエールの言葉に、フィリアは自分でも良く分からない悔しさを感じて小さな拳を握る。

 

 違う。そんな、一言で済ませていいものじゃないのに。

 

 寂しかった。苦しかった。辛かった。

 寒くて、ずっと独りだと思っていた。どこにも行けないと思っていた。

 

 

 

 誰にも触れてもらえず、ただ冷たくて暗いソラに居たわたしを連れ出してくれた人。

 

 

 

 どれだけ嬉しかったか。どれだけ一緒にいたいのか。

 けれどそれは、ルーク様のものじゃない。わたしだけのもので。

 

 

 

 リュミエールは扇で自分で顔を半ばまで隠したまま、ゆっくりと、噛みしめるように言った。

 

 

 

「私が、公爵令嬢として生まれてからどれだけの研鑽を積み重ねたか分かるかしら? 私はこの国の貴族の力関係、婚姻関係、貸し借り、魔法、戦力、特産品、表立ったものは全て把握していますし、隠されたものにも精通しています」

 

 

 

 それは―――それだけ、と言ってしまうには。あまりにも重い。

 幾つか、重要な家を覚えるだけでも頭が痛くなってくるのだ。そもそも数えるくらいしか人と話したことが無いし。

 

 

 

「例えば、そこ。セシリアさんのラウド侯爵家はウィルムドラ公爵家とお姉さんが婚姻したことで有名ですが、5代前にもウィルムドラ公爵家のご令嬢と結婚されています。そこから魔法の規模が跳ね上がり、第7次リンドベイ戦役において戦線を支えた功により伯爵から侯爵に家格が上がりました。これが何を意味するか分かりますか?」

 

「………」

 

 

 

 

 何も答えられない。

 だって、その答えは――――。

 

 

 

 

「貴族の義務とは、特権に応じた守護を民草に与え――――己の研鑽はもちろん、血の研鑽を続けなくてはならない。それに漏れた貴族など、貴族としての価値はない。でなければ血税を絞られる民にどうやって酬いるのか。今は良くとも、次代では? その次は? その良い例がセシリアさんであり」

 

 

 

 

 血統を研ぎ澄まし、国のために働ける子孫を増やすこと。

 そうでなければ国力は減っていき、最終的には他国に侵略されて全ては無に帰す。

 

 

 

 

「悪い例が誰か――――言う必要はありませんね?」

「………それは」

 

 

 

 否定はできない。

 否定することは、下手を打てばお父様に迷惑をかけかねないのだと分かってしまう。けれどこの人は――――。

 

 リュミエールは無表情のまま口元を緩めると凄まじい早口で話し始めた。

 

 

 

「大規模な“選択”が必要なのは明らか―――けどそう、使い道のある人材を放っておくなんて有り得ないことよね。あの人に足りないのは魔法の規模だけ。最も血統が豊富なイルミリス公爵家ならあの人に眠っている本当の才能を引き出せるとは思わないかしら。それに貿易の仕事だから人脈も活かせるわ。アグリアの守護の盾やウィルムドラの風の運び手、エンディミアの研究者では活かせない力。そして公爵令嬢だし、間違いなくあの人に一番相応しいのは私」

 

 

 この人――――ルーク様大好きなだけでは?」

 

 

 

 

 と、数秒何故か水を打ったように静かになり。その異様な雰囲気に思わず途中から言葉が口をついて出てしまい、気づいた時には時間を戻しきれないところまで来ていた。

 

 

 

「だ、だいしゅ……何を言っているのかしら。私は――――待ちなさい、何その生温かい目は。気持ちとか婚姻に関係ないでしょう。それでも貴族令嬢かしら、嘆かわしい」

 

「リュミちゃん……」

 

 

 

 思わず、と言った顔で呟いたセシリアにリュミエールはなんとか顔色を変えず―――ただし耳は真っ赤にして言った。

 

 

 

「ちょっと、セシリアさん。勝手にニックネームつけないでもらえるかしら」

「え、リュミちゃん駄目? 可愛いのに。へいへいリュミちゃんヘーイ!」

 

 

 

 セシリアもなんとか空気を変えようとしているのか、目がぐるぐるしている中一気にリュミエールに畳み掛ける。

 そのまま強制的に空気を変えたセシリアによってなんとかお茶会という本題に差し戻し。

 

 

 

 

 そのおかげでフィリアも辛うじて令嬢としての笑顔を保つことができ。

 それでも時間が終わると逃げるように会場を後にしてしまう。

 

 

 割り当てられた寮の自分の部屋に戻ると、まだ一度も着れていない、ルークに貰ったドレスを抱きしめて呟いた。

 

 

 

 

 

 

「わたしは――――わたし、だって…!」

 

 

 

 

 何ができるだろう。

 温もりをくれた。笑顔をくれた。楽しさをくれた。

 

 わたしは、何を返せるだろう。

 どうしたら、あの人を笑顔にできるだろう。

 

 

 

 答えはでなくて。

 ただ、漠然とずっと一緒にいられるはずだと思っていたことは、間違いなのだと認めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 殆どの生徒が立ち去ったサロン。

 そこにまだ残っていたリュミエール・イルミリス公爵令嬢は淹れ直した紅茶に口をつけると空席に目を向ける。

 

 

 

――――澄んだ目をした少女だった。

 

 

 

 俗世と関わっていない、穢れをまだ知らない少女。『妖精』とは皮肉めいた渾名だが、令息としての練度の足りない、まだ十分な教養のない学院の男どもが惹かれる理由は分かる。

 

 一緒にいたい、それだけで満足できる。その気持ちをリュミエールは否定しない。

 だが、王たるべき者の伴侶にそれでは相応しくない。

 

 

 

「……良いの? 発破なんてかけて」

 

 

 

 興味なさそうに――――いや、この子が喋る時点でかなり興味ありと言っていいが―――呟いたミリアに、リュミエールは扇を広げて宣言する。

 

 

 

「関係ありませんわ。右も左も分からぬ雛鳥を叩き潰しても、我がイルミリス公爵家の名に疵が付くというもの。それに万が一、あの方があの純粋さに惹かれることがあっては教育不十分で国家の失態というもの」

 

「……実は毒を送り込んでない?」

 

 

 

 

 確かに純粋なだけの王妃など何の役にも立たない。側室ならいいが。

 だが、令嬢教育をしっかりと受けて、淑女らしい立ち振舞いを身につければ純粋なままというわけにもいかない。

 

 純粋さが型に嵌まってしまった令嬢と、研鑽を積み重ねた生粋の公爵令嬢ならどちらが王妃に相応しいかなど一目瞭然。

 

 塩を送ったように見えて、とんでもない毒を送りつけている。

 当の本人は発破にも毒にも気づけないだろうけれど。

 

 

 

 

「まあ、私の家に来て下さった方が色々と楽に済みますけれど」

 

 

 

 

 

 さりげなく『廃嫡』されてしまえばいいのにというとんでも発言をかますリュミエールだが、周囲には派閥の人間しかいない。

 ミリアはリュミエールがルーク王太子に避けられているのに気づいていたが、本人は気づいてなさそうなのでそっとしておくことにして言った。

 

 

 

 

 

 

「けれど。もし、純粋なまま公爵家に相応しい令嬢になったら?」

 

 

 

 

 今の、純粋な心を失わずに公爵令嬢として――――礼儀作法、立ち振舞、ダンス、社交、知識、教養、接し方、相手から情報を抜く話術。その他諸々を身につけることができるのなら。

 

 

 けれど、リュミエールは目を細めると扇でピシャリとテーブルを打った。

 

 

 

 

 

「――――そんなの、できれば苦労なんて無いわ」

 

 

 

 

 

 あらゆる研鑽、努力を積み重ねた重みの籠もった言葉だった。

 やっぱりリュミエールも公爵令嬢としての立場からは逃げられなくて、その中で己を高めきろうとした結果が今の状態なのかもしれない。

 

 勉学、魔法、女主人として必要な知識。

 ほぼ完成されているリュミエールが恐れるのは、それこそ型に嵌まらない特殊な令嬢。

 

 

 

「それで言うのなら、一番手強いのはセシリアさんかしら。教養があり、最低限の魔法があり、あんなに―――そう、破天荒にあの方に話しかけて」

 

 

「………」

 

 

 

 

 ちょっと、いやかなり羨ましそうだなぁ。とミリアはリュミエールを見ながら思った。とはいえ、セシリアも侯爵令嬢としての枠組みのぎりぎり範囲内だろう。

 そして、やはりそれでは敵ではないとリュミエールは胸を張る。

 

 

 

 

 

「学院の卒業パーティまでと言わず、夏季休暇前の夏至祭――そこで決着をつけて差し上げます。あの方に相応しいのは私、リュミエール・イルミリス公爵令嬢であると」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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