第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

12 / 22
廃嫡されたい第一王子と、妖精の少女

 

 

 

「―――――ティナ」

「……はっ」

 

 

「―――――アリオス」

「此処に」

 

 

 

 放課後、食堂に併設されたカフェテラスにて。

 側近二人を招集したルークは、珍しく自信なさげな表情で言った。

 

 

 

「その、な。いつも俺の個人的なアレに付き合わせて悪いんだが――――」

「……主」

 

 

 

 ティナとアリオスは一瞬だけ顔を見合わせると、ティナがそっと首を横に振って言った。

 

 

 

「………いいんです。そのままの主が、一番です」

「ティナ……」

 

 

 

 それに続くようにアリオスも微笑を湛えたまま言った。

 

 

 

「ふむ、何か新しい廃嫡ネタですか?」

「お前分かってて言ってるだろう!? というかネタ扱いするな」

 

 

 

 とはいえ、全く説明しないというわけにもいかない。いくらこいつらが絶対理解してそうな雰囲気でも、もしかすると何かしらの勘違いがある可能性もあるわけで。いつの間にか笑みを消して真剣な顔になったアリオスに、ルークは溜息ひとつ吐いてから言った。

 

 

 

「……まあ、察しの通り。フィリアがいないとイマイチ調子が出ない」

 

 

 

 

 もうリュミエールも大丈夫そうだし、最初はこれ以上悪化しないようにフォローしておけばいいかなと思っていたのだ。が、夕食前になっても顔を出さないフィリアにどうしても心配になってきてしまった。

 

 いつもなら人目がない場合、特に何も意識せずとも普通に手を握ってきたり、割とべったりくっついてくるので。

 

 

 

 

「……癒やし、ですから」

「我々だけでは満足できなくなってしまわれたのですね、殿下」

 

 

 

 うんうんと頷くティナと、謎に悲しげに言うアリオス。お前は一体誰目線なんだ、とルークは思ったが触れるのが面倒だったので無視することにし、ティナを見て言った。

 

 

 

「そんなわけで、いつもの廃嫡作戦じゃないが――――」

 

 

 

 

 いいだろうか、と目で問いかけるがティナには半目で目を逸らされ。アリオスはどこかいつもより笑みが深い。

 

 

 

 

「……いえ。むしろ遠慮なくできるような」

「余計な気遣いが無用ですからね」

 

 

 

 待て、なんだその普段の廃嫡作戦はあんまり乗り気じゃないみたいな言い方は!? いやお前ら割と普段ノリノリでやってるだろう!?

 

 

 

 

「お前ら誰の味方だ!? え、俺の味方だよな?」

 

 

 

 如何せん才能がついてこなかった身である。王になるべきじゃないことは分かっているが、あっさり裏切られるレベルの信頼度だとさすがに傷つく。

 が、アリオスは肩を竦めると珍しく少し困った様子で言った。

 

 

 

「殿下のお気持ちはよく理解していますが――――それはそれとして、喜んで廃嫡に協力する部下というのはどうかと思いませんか?」

 

「…………ぐ」

 

 

 

 

 それは、そうなんだが。

 それなら俺が王になりたくない理由も酌んでほしいわけで。

 

 

 

「というかアリオス、お前割といつもノリノリなような―――」

「ハハハ、何のことやら。ともかく、人助けは殿下のライフワークではないですか。今更何を迷うことが?」

 

 

 

 

 アリオスの言葉に、わずかに眉根を寄せる。

 確かに悩む必要はないかもしれない。フィリアが公爵令嬢として必要なものを殆ど持っていない――――最も大切な魔法は持っているが―――ことで落ち込んでいるのなら、励ましてやるべきだ。元気づけてやるべきだろう。俺が、かつてそうしてもらったように。

 

 ただ、その先。

 公爵令嬢に相応しい存在を目指すことが、本当にフィリアの幸せになるのだろうか?

 

 

 

 俺だって、最初は王に相応しい人間になろうとした。けれど無理だった。

 だからせめて――――いや。フィリアには、後悔しない道を選んで欲しい。

 

 

 

「フィリアが選びたい道を選べばいいと思うけど。実際ほら、フィリアならアグリア公爵が喜んで養うし……嫁修行とかまだ早いだろう?」

 

 

 

 同意が得られるだろうと思い二人を見るが。二人してなんとも言えない生温かい目をしてこちらを見ていた。

 

 

 

「……主、どこ目線ですか?」

「兄……従兄弟か何かですか?」

 

 

 

 どこ目線かと言われると困るが。

 ……結局、国宝の布でなんとかできたからフィリアにとっての俺は切っ掛けを与えただけだし。ティナとアリオスはそのへんずっと一緒にいるから互いに無くてはならない……というのは言い過ぎか。ともかくそうそう離れて行くことはないだろうとつい甘えてしまうのだが。

 

 

 

 

「まあいい。とにかく今回の主題はフィリアを元気づけることだ! アイデア募集!」

 

 

 

 今回の場合は誰が悪いわけでもないので、そこが難しい。

 と、ティナとアリオスは二人で深~い溜息を吐いて言った。

 

 

 

「「主(殿下)は何がいいと思いますか?」」

 

「え、俺? ……気分転換に出かける、とか?」

 

 

 

 

 正直、そんなありきたりなことしか思いつかないから協力を要請したのだが。

 廃嫡されることに関しては目敏い自信があるとはいえ、年下の女の子の励まし方はさっぱり分からない。

 のだが、ティナとアリオスは特に何も気にした様子なく頷いて。

 

 

「「じゃあそれで」」

 

「お前ら適当すぎないか!?」

 

 

 

 

 

「……主、自分が落ち込んでいる時に自分で精一杯考えて励ましてくれたフィー様を想像してみて下さい」

 

 

 

 

 なんかさり気なく呼び方変えてる気がするが……。

 言わんとすることは分かる。フィリアがやるならそりゃあ可愛いだろうが、男がやってもな……。そんな思いが顔に出ていたのだろう。アリオスがいつもの笑みで言った。

 

 

 

「殿下、私の励ましでは不満でしょうか」

「いや、不満はないが……」

 

 

 

 気持ちの問題ってことだろう?

 確かにアリオスが考えて励ましてくれたのなら、それを無下にする気になどならない。もし仮にフィリアの励ましがアグリア公爵のアイデアだったりしたらまあ、若干どころじゃなく残念だろうし。

 

 

 

「「じゃあそれで」」

 

「………はぁ。わかった、自分で考えるよ。ありがとな、二人とも」

 

 

 

 

 参考にはなったが、助けてはくれなかった。

 フィリアが喜びそうな場所も、何も知らない。けれど気持ちが大事なのだと言われては引くわけにはいかない。

 

 

 俺だって、自分に笑顔をくれた人のために頑張り始めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 

 魔法の才能は残酷だ。

 努力したって、その根本的な規模だけは変わらない。

 

 それにしても使い方を変えればなんとかなるのではないか――――そういう検討をした結果がティナやアリオスなわけで。

 

 どうしたって変えられなかったのが自分の魔法で。

 傷を癒やすだけでなく、耐性がつくということに気づいただけでも大きなことだったのだ。“癖の見切り”など微妙な対象にも対応できる“超適応”はしかし、一撃で俺を殺せる魔法には無力だしダメージを受けずとも水や土、氷や風など動きを封じてくる魔法はどうしようもない。

 

 

 

 

 だから、フィリアはその気になればどんな相手だって嫁に欲しがるだろう。令嬢らしくなくても、何もしなくても。その魔法だけでも国が傾くくらいの価値はある。

 

 

 

(慕ってくれてる、んだろうけど。根本的に俺とは違う)

 

 

 

 例えるのなら、彼女にはどこまでも飛べる翼がある。

 それを留めておくのは、彼女のためにならないのではないだろうか。

 

 それはそれとして、落ち込んでいるのを放っておくのも違うとは思うが。

 

 

 

 

(――――本当に、皆眩しいくらいだ)

 

 

 

 

 魔法というコンプレックスを努力で乗り越えたティナ。

 辛い環境でも純粋に育ったフィリア。

 立場に関係なく優しくすることのできるセシリア。

 努力を重ね続けてる非の打ち所がない令嬢であるリュミエール。

 

 

 自分にも、王太子に相応しい魔法があれば――――幾度となく考え、その度に諦めた願いに思わず苦笑する。我ながら諦めが悪いにも程がある。

 

 

 

 

(けど、突破口があるとすれば――――)

 

 

 

 フィリアの、無意識での魔法の暴走状態。

 あれはそもそもフィリアの魔法が強力すぎる余波だろうが、あれをもし意図的に作り出すことができれば。

 

 フィリアからすれば、真似されることなんて最低の侮辱かもしれない。

 嫌悪されても当然の発想。けれど、それがもしも上手く行ったのなら―――。

 

 

 誰にも文句を言わせない魔法があれば。

 それこそ星のように輝く仲間たちがいてくれれば。

 苦しかった時、嬉しかった時の想いはどちらも変わらず胸の中にあるから。

 

 

 

(――――俺は、あの人みたいに誰かを救えるのかな)

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「おーい、フィリア? 居ないのか」

 

 

 女子寮に侵入するとか、普通に廃嫡コースでは?

 と思うだろうが、そもそも高位の貴族の寮は戸建てである。それもう寮じゃないような気もするが。小さいながらも使用人も収容できる家をそれぞれ用意できる。金さえあれば。

 

 そんなわけでフィリアのところを訪れたのだが。メイドの……サーシャだっけ? 笑顔で部屋まで案内してくれてしまった。顔パスって、一応王太子とはいえいいのだろうか。

 

 

 

「フィリアー。おーい。って開いてるし……」

 

 

 ノックしたらが返事はなく。鍵がかかっていないので部屋にはいないのかもしれない。

 ………確認する意味で、ちょっとだけ部屋を覗いてみるか。

 

 

 

 

 チラリと覗いた部屋の中では、ベッドで毛布も掛けずに丸くなっているフィリアの姿。

 

 

 

「いや、さすがに風邪引くぞ」

 

 

 

 というか、新品のドレスを抱きかかえたまま寝ていた。

 ………めっちゃ皺になりそう。

 

 

 

 微妙な顔で近づいたところ、よく見るとフィリアの頬には涙が伝った跡があり。ついさっきまで起きていたのかもしれないが、これ以上ドレスの惨状が広がる前に起こしたほうが良いだろう。

 

 

 

 

「おい、フィリア。起きろ。ドレスが皺になるぞー」

「………んぅ」

 

 

 

 

 近づいて肩を揺すると、にへら、とゆるい笑みを浮かべるフィリアだが起きる気配はなく。仕方ないのでドレスだけ引き剥がしにかかるが、フィリアも取られそうなのを察したのか全身で守りにかかる。

 

 

 

「起きろー。おーい。フィーリーアー!」

「………ゃぁー…………るーく?」

 

 

 

 とろん、とした目を開いたフィリアに僅かに安堵したのも束の間。

 ドレスを手放したフィリアは、そのままこちらの首元に腕を回して胸元に顔を擦り付けてきて。

 

 

 

「………フィリア? 起きてるか?」

「ぇへぅ………」

 

 

 

 折れてしまいそうに細い身体に、無理に引き剥がすことは躊躇われて。

 魔法の強力さと裏腹に、弱々しい力で縋り付いてくるフィリアはまだ寝ぼけているのかとぎれとぎれで言った。

 

 

 

 

「……わたし………がんばるから………ずっと、いっしょに――――」

 

 

 

 

 パチパチ、と目を瞬かせたフィリアは、ペタペタとこちらの頬のあたりを触れて。何を思ったかぎゅーっと思い切り抱きついた後小首を傾げた。

 

 

 

「…………ぇぅ? ……るーく、さま?」

「おはよう。……ドレス、皺になってるぞ」

 

 

 

「あ、たいへんです。戻しますね」

 

 

 言われ、初めてドレスに気づいたのかフィリアがドレスに手を触れると巻き戻されるようにドレスの状態が元の綺麗な状態になる。

 そうして、少し間が空き。フィリアは不思議そうに言った。

 

 

 

「……どうしてわたし、ルーク様に抱きついてるんでしょうか?」

「寝ぼけて抱きついてきたからじゃないかな……」

 

 

 

 言われ、自分の顔をペタペタ触って確かめていたフィリアは、ちょっと意識がはっきりしてきたのか、こちらを見上げてきて。

 

 

 

「……どうしてルーク様がわたしのお部屋に……?」

「夕食前なのに起きてこないから呼びに来たんだが。……悪いな、なかなか起きなかったし、ドレスが皺になってたし」

 

 

 

 つい言い訳するように、やや早口で言ってしまうがフィリアは気にした様子もなく。ただ、ちょっと顔を赤くして言った。

 

 

 

「……あの、わたしなにかヘンなこと言ってなかったです?」

「いや、変なことは言ってなかったかな」

 

 

 

 寝言は聞いちゃったんだが。

 が、フィリアはなんとなくそんな微妙なニュアンスを察知したのかジト目で睨んできた。全く怖くないが。

 

 

 

 

「……ルーク様、わたし、怒ってます」

 

 

 

 言いながら強く抱きついてくるのは、一体どうしろというのか。

 視線の圧に負けて、そっと頭を撫でるとフィリアは気持ちよさそうに目を細めて。

 

 

 

 しばし、何も言わずにフィリアの手触りのいい髪を撫でる。

 プラチナブロンドの髪は、フィリアの体質の影響もあるのか痛みや枝毛の一つもなく。

 

 

 

 

「だから………今日だけ……思いきり、甘えさせて下さい。わたし、絶対に立派な公爵令嬢になりますから」

 

 

 

 なりたくなければ、ならなくていい。

 そんな言葉は口に出せなかった。フィリアなりの決心があったのなら、それを応援してやるのが先達の務めというもの。

 

 

 

 

「だから――――もし、わたしが誰からも認められる立派な公爵令嬢になれたら。ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」

 

「……内容による、かな」

 

 

 

 

 そんな立派な公爵令嬢なら、きっと今と気持ちは変わっているだろう。そんな思いが反映されてしまった酷い回答に、フィリアは綺麗な笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

「ルーク様は、ひどい人です。でも―――わたしにとっては」

 

 

 

 

 

 フィリアはそれきり何も言わず。

 気を利かせたメイドが持ってきた夕食を二人で食べ終わるまでただ穏やかに時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。